旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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キユの正義 そのに

 はじめに馬房を見に行った。丁度馬の世話をしている者を見付けたので話を聞いてみたが、トモリは最初の数日だけ馬房の一番奥で寝泊まりをして、その後出てからは使っていないらしい。

 

 次に稽古場とその裏を見に行った。木剣を持った若者達が打ち合っている。大半は金髪や赤髪なので騎士だとして、何人か黒髪や茶髪が混じっている。これは勇者だろうと考えトモリを知らないか聞いてみたが、騎士勇者共に知らないと答えるか無視をするかで反応が分かれた。

 

 知らないと答えた者が嘘を吐いているようには見えず、無視をした者は何かを隠しているようにも見える。これは当たりかな。私が嫌われ者の余所者でなければもう少し話を聞けたかもしれない。

 

 それから騎士団の敷地内を見て回り、此処にはいないだろうと見切りを付け十二番街と呼ばれる地区へ歩いて向かうことにした。騎士団の詰所がある七番街からの距離だけで考えれば歩いて一刻程度のはず。

 

 

 王都には十八の区画がある。一から三までの区画が王都の中心にあたり、それを囲うように四から八の区画があり、そしてさらにそれを囲うように九から十八の区画と城壁がある。

 

 そこからさらに先の旧市街にも数字が割り振られていたらしいが、二十年程前に放棄されてからはただ旧市街か貧民街と呼ばれるだけらしい。

 

 さて。問題なのはこの十二番街の治安だ。地図だけを見れば旧市街に最も近いのは十六番街で、他の区画と比べても十二番街は遠い方になる。なのだが、何故かこの区画では旧市街から()()()()()()()()犯罪者がよく捕まるらしい。

 

 ……恐らくは旧市街に繋がる隠し道がある。余所者の私がすぐに気付くのだから、王都の連中が気づかないわけもない。それでも何も対策を取らないということは、見逃しているのだろう。何の益があってそうしているのかはわからないが。

 

 今重要なのは、何故勇者という身分を与えられている旧世界人が治安の悪い旧市街に繋がる区画に入り浸っているのかだ。随分と扱いが悪いように見えたのを考えるとただ流れ着いただけかもしれないが、それならそのまま騎士団には戻らず旧市街に隠れ潜むか王都の外へ逃げるものではないか? 考え過ぎかもしれないが、何か目的があるのではないか。

 

 

 兎にも角にも見付けなければ話が始まらない。そう考え、少し高いところを探そうと裏路地に入った瞬間のことだった。

 

 

 はじめに聞こえたのは、誰かの怒鳴り声だった。いや、泣き声と言った方が正しいかもしれない。泣きながら怒っている若い男の声と、何人かの男女の声だった。

 

 

「――お前が! お前が死ねばよかったのに! なんで、お前が! お前が生きてて……クソ!」

「ほら、言われてんぞ? なんか言い訳とか無いの?」

「あったらこんな蹴られてないでしょ。つかさあ、ここ臭くてヤなんだけど。目立つのも困るから我慢してるけど」

 

 音を立てないように裏路地を歩き、声と音のする方へ近付いてゆく。染み付いた血と火薬の臭い、重たい打撃音。武装している。戦士が五人。ならず者の類……いや、羽目を外しにきた騎士か?

 

 異常に興奮している一人を除けば皆落ち着いた声と息遣いだ。ある程度は周囲を警戒してもいる。特に五人の中で一番年長に見える男は冷静だな。今も周囲を警戒しながら、興奮している少年にも気を配っている。

 

「……はぁ。リュウ、そろそろ落ち着けよ。これ以上は目立つ。やめ時だ」

「おちっ……落ち着けるか、よ!? こいつの、こいつのせいで! こいつなんか助けようとして、ミナはっ」

「わかってるよ。わかってるから。ほんとにな、なんでこいつ生きてんだって俺も思うよ。でも落ち着こうぜ。ここでお前がキレても何にもならないんだ」

「ぅ、ぐっ……くそ、クソ!」

 

 気付かれない限界の位置まで近付いたことと、何人かの名前が出たことで彼らの素性に察しが付いた。勇者だ。

 

 学生服と呼ばれる服装の若者が三人……いや、蹲って蹴られているのを含めれば四人か。それからジーンズ、コートと新世界にも伝わる旧世界からの服装の男女が二人。少年を宥めながら冷静に周囲を警戒している男と、口を挟まず気怠そうにしながらも隙の見えない女……この年長二人が厄介だな。

 

「……なぁ、トモリ。お前もわかってんだろ? お前の所為でこうなってるんだ。なにも戦果を挙げろと言ってるわけじゃない、ただもう少しやる気を見せてくれればそれで良かったんだ。お前が戦おうとしてくれていれば、生き延びようとしてくれていれば俺達もこんな面倒をやらなくて済んだ。そうしたら、きっと俺達の大切な同胞が一人減らずに済んだんだ。わかるだろ?」

 

 年長の男がしゃがみこみ、蹲っている人影に声を掛けている。トモリと呼んでいた……あれが爺の言っていた標的なのか? 放っておいても今から殺されそうに思えるが。

 

「ず、み……すみ、ませっ」

「うん、あのな。謝ってほしいわけじゃないんだ。いや、わからねえって謝罪か? なら受け取るべきか。じゃあ俺からも三発くらい殴らせてくれな」

 

 重たい打撃音が三度。常人であれば一度で死んでいるのではないかと思える程の音が三度もトモリの頭部から響いた。その度に、気分の悪くなる呻き声が聞こえてくる。

 

 

「ぅ、ぐ……すみ、ませ。ゎた、し…………ごめ」

「うん、そうだな。ごめんだな。謝ってほしいわけじゃないって言ったんだけどさ。それでも謝るってんならしょうがねぇよな? 俺は殴ったし、もうお前の謝罪を受け止めるしかねぇもんな。よし、じゃあ俺からはこれで終わりにしよう。他にやりたいやつはいるか? いないな? じゃあこれで終わりにしようか」

 

 周囲の四人に確認を取って、男は立ち上がった。確認といっても半ば脅しのようなものだったが。

 

 もう一人の年長である女とぐずぐず泣いている男以外の若者は、どれも何処か引いているような声での返事だ。このように陰湿な行いをしている彼らでも引くような暴力ではあるようだ。

 

「じゃあ、俺らは行くよ。悪いな、こんなとこ連れ出して。ああでも、お前旧市街に友達いるんだっけ? じゃあ丁度良いか。そっちは黙っててやるからさ、お前も俺らと遊んだことは黙っててくれよ」

 

 お互いその方が良いだろ? 顔は見えないが、きっと爽やかな笑顔を浮かべているのだろう声で言って。それから、もう一度屈んでトモリの耳元へ顔を近付けて。

 

 

「――――痛くねぇくせに痛がってんじゃねぇよ、化物が。お前、馬鹿にしてんだろ?」

 

 小さな声だ。きっと、あそこにいる者達にも聞こえない小さな囁き声。それを耳にした途端、息が詰まるのを感じた。

 

 私に向けられたわけではないはずだ。だというのに、首を絞められ息ができなくなる程の圧を感じてしまったのだ。

 

 くそ、耳を澄ませるんじゃなかった。この声、呪いを含んでいる。仲間を巻き込まない為に抑えたのか? それとも私が見ていると気付いていたのか?

 

「ぅ、ぐ……ち、が。ちがぃ……ます」

「ん? なんだ、友達じゃないのか? ま、そういうのは俺わかんねぇけど、頑張ってくれよな。俺らもお前がちゃんと戦おうとしてくれるなら文句は無いんだ。この世界の人間と仲良くできるのもすげぇって思ってんだぜ」

「ゎ、だ……わたっ……げ、ぁ」

 

 男が何かを話しているが、ほとんど耳に入ってこない。息ができない。懐に手を伸ばすとざらざらした感触がした。呪い除けが砕けている。三つ持っていたはずなのに、一度に全部持っていかれた。

 

 離れようとして、足が動かないことに気付いた。歩くこともできなければ、倒れることすらできない。足だけではない。身体中がそうだ。ここから離れようとした瞬間、影を縫い留められたように身体を動かすことができなくなった。

 

 首のあたりが痛い。何かに絞められているような息苦しさと痛みがある。いや、違う。これは、折れようとしている。首の骨が、折れようとしているんだ。このままだと、首が折れるか潰れて死ぬ。

 

 …………手だ。いや、指が動けばいい。右でも左でもいい、指を鳴らせれば。誰かがいたと気付かれるだろうが、逃げることはできる。

 

 そう考え、指に力を込め動かそうとした瞬間――

 

「――ヨツバ、そろそろやめにしよ。なんかここ他の区より寒いし汚いし、私は明日早いしさ」

 

 年長の女が不機嫌そうに声を上げると同時に、首に感じていた圧迫感が消えた。

 

 息ができる。咳き込まないように必死に堪えながらゆっくりと息を吸った後に隠れ場所を変えた。少し離れてしまうが、見る分には問題無い。それに、今ので近付くのは危険だと思い知らされた。

 

 ……助かった。いや、助けられた? あの女はどうして呪いを止めた? トモリを庇った? 先までの私刑を止めなかったのに? 本当に帰りたいだけ? それにしても今言うか? あと少し待てばトモリと、ついでに盗み聞きをしていた私は首が折れて死んでいただろうに。疑問は尽きない。ただ、一つだけ確信できることもある。

 

 あの女、私の気配に気付いている。見られていると仲間に知らせはしないようだが、明らかに私が先まで隠れていた位置を睨んでいる。今隠れている位置もこのままでは暴かれるな。

 

 

「ヨツバ? リーダーさん? 私は帰りたいって言ってるんだけど、伝わらない?」

「…………ん、そうだな。ごめんのっちゃん、ここ寒いよな」

「ほんとほんと。私が風邪引いたらヨツバとそこの後輩共の責任だから。風邪引くと豚汁飲みたくなるのに、王国のお味噌不味いしさあ」

「か、風邪で豚汁飲みたいってのわかんないんっすけど……」

「あ? リュウお前馬鹿だねぇ。お味噌は完全栄養食でしょうが。そこに豚の油が加わったら最強でしょ。それに大根、人参、蒟蒻に芋でしょ……くそ、全部王国じゃ駄目じゃん。むかついてきた、もう帰るよ。私がホームシックで狂う前に寝させて」

「わかった、わかったから……ごめんって。ほら、ダッシュで寮に帰ろうぜ」

 

 のっちゃんと呼ばれた女が仕切り始めた途端、場に渦巻いていた呪いも殺意も全て消えてしまった。そうして、仲の良い若者達といった雰囲気になった彼らはそのまま大通りの方へ走り去ってゆく。

 

 蹲ったままでいる、トモリと呼ばれた制服姿の少女を置いて、ではあるのだが。それさえ除けば、見る者によっては微笑ましい光景に映ったのかもしれない。

 

 

 

 まず考えたのは、このままここで死なせてしまうという案だった。

 

 監視だのなんだのは面倒だ。このまま放っておけば寒さか何かで死ぬだろう。ただ、この案はこれで誰かに拾われたりどうにか旧市街の友人とやらの家まで辿り着いては余計な面倒が生まれると考え却下した。

 

 次に考えたのは、ここで殺してしまうという案だ。

 

 殺しても、私の手で殺したと報告する必要は無い。私が見付けた時には殺されていた、あるいは事故死していたと言える状況を作ってそのように報告すれば爺の企みにも乗らずに済む。この考えは悪くないと思えたが、なんとなく実行する気にならなかった。少しだけ嫌な予感がする。私はこういった嫌な予感を信じるようにしている。

 

 

 それから、最後に考えたのは。今から実行しようとしている案は。

 

 

「――随分とまぁ、酷い目に遭ってましたねぇ。キユびっくりです。旧世界人ってみんな仲良しだと思ってたのにあんないじめもあるなんて」

 

 蹲ったままの学生服に近付くと、びくりと身体が痙攣した後にうぅと呻き声が返ってきた。すんと鼻を鳴らしてみたが、吐いたのか嫌な臭いはするが血の臭いがしない。外傷は無さそうだ。手当の必要が無いのは喜べばいいのか落胆すればいいのか微妙なところ。

 

「……が、ぃます……違い、ます」

「おや、まだ喋る元気があるなんてびっくり! それで? 何が違うんですか?」

「わたしの、せいで。人が、死にま、した。いじめじゃ、ありません。悪いのは、わたし」

「……またまたびっくりです。あんなに蹴られて殴られて、なのに庇うお馬鹿さんだったなんて。それとも、キユがなんていい子なんだって感動するのを待ってます?」

「事実を、言ってるだけ……です。良い子は、誰も死なせません」

 

 息も切れ切れのくせに強気じゃないか。こういうやつを見るとどれだけ痛め付けられれば本音を曝け出すのか、試してみたくなる。実際に試した事は数えられる程度しか無いが。

 

「それで? あの人達に殴られて蹴られて、なんだったら殺されそうになって。あなたが悪いとして、抵抗しない理由にはならなくないですか? あ、キユが見てるの気付いてました? 助けに来てくれるかもって期待させちゃいました?」

「わたし、頑丈なんです。だから、どれだけ蹴られても痛くなくて……呪いも、たぶんあれじゃ死ねなくて。だから、わたしは戦うべきだったんです。でも、戦わなかったから」

「なるほどなるほど、なるほどですね」

 

 今の言葉と先までの盗み聞きで得られた情報でなんとなく状況の察しは付いた。そういえば、昨日帰還した竜伐隊の戦死者の七割が勇者だったか。そのどれかにミナとやらもいたのだろう。

 

「……つまり! 頑丈なくせにのろまなあなたが戦場でなんにもしないでぼけっと突っ立っていたところをなにがしかの攻撃が飛んできて? それをミナさんとやらが助けようとして、巻き込まれてしまったと。そしてミナさんとやらは死んだのにあなたは無傷で生き残ってしまったと! そういうわけですね? ふふん、当たりでしょう。キユこういうの得意ですよ」

「当たり、です。良い人だったんです。あの人達も、良い人なんですよ。わたしが、ごほっ……わたしが悪いんです」

「……いい人、ね。それで死んだら世話無いじゃないですか」

「それも、全部……わたしのせい、です」

 

 淡々とした、感情の乗っていない声。これはどちらなのだろうな。

 

 本当は自分が悪いとは思っていないから声に感情が乗っていないのか、ただ事実を言葉にするよう努めているから乗せていないのか。どちらであれ、同情するつもりは無いのだが。

 

 

 ――どうにも気分が悪い。余計なことを考えずに仕事をしよう。まずは顔と名前ときちんと確認する必要がある。考えるのはそれからだ。

 

「とりあえず、立ったらどうですかぁ? そのすっぱい水溜りを枕に溺れ死にたいなら別ですけど! それにそれに、お名前聞いてないですね? ずるくないですか? キユはキユってずっと名乗ってるのに!」

 

 捲し立てながら肩を指先で突くと、それはゆっくりと顔を上げた。黒い髪に黒い瞳、歳の頃は十五から七といったところ。

 

 自分でぶちまけたのだろう吐瀉物で酷く汚れている点と嫌でも視界に入る首輪を抜きにすれば、人に好かれるだろう整った顔立ちだ。それこそ、真っ当な友人知人がいれば貧民街なぞに足を向けることを許されない程度には。

 

 改めて服装を確認すれば、写真で見た学生服と同じものを着ている。黒のスカートにシャツ、ネクタイとブレザー。この新世界の学校などでも取り入れられた意匠の大元だ。

 

 まぁ、学校に行けるのは余程豊かな国の民か一部の特権階級の者だけなので、私は着たことが無いのだが。

 

「ほら、お名前は? キユはキユですよ。キユ・レッドラムです。旧世界人さんって名乗り返せないくらい無礼なんですかぁ?」

 

 この言葉遣いは酷く疲れて自己嫌悪に苛まれる。正直辞めたいと思っているのに、仕事でやっているからという義務感か舌が慣れてしまったのか必要以上の悪意を持った言葉がすらすらと出る。あるいは、これが私の本性なのかな。

 

 ただ、それなのに。それなのに、目の前の少女は。何故だか嬉しそうに、私を見ているのだ。吐瀉物塗れの顔を拭いもせずに、柔らかく笑っている。

 

「……何がおかしいんですか?」

「ううん……おかしく、ありません。おかしくなんて、ありません。ただ、名前を聞かれるのが嬉しくて」

 

 本当に。本当に、嬉しくて。歌うようにそれは言う。幸せを歌うように。さっきまで死を望まれ、受け入れていたくせに。

 

「顔、洗っても良いですか? ちょっと、このままじゃ恥ずかしくて」

「……どうぞ。でもキユお水持ってませんよ」

「わたしが持ってます。タオルも、あったかな……」

 

 抱いて守っていたらしい鞄から水筒と麻布を取り出して、軽く顔を洗った後に私を見た。本当に暴力も呪いもなんともなかったのだろう。私はまだ首と喉に痛みを感じているのに、目の前の少女は穏やかな笑顔を浮かべている。

 

 それは、写真で見たものと全く同じだった。寸分違わず再現された、よく作られた笑顔だった。作り物だと感じるのに安らぎのようなものも感じてしまうのは、首輪が光っていないからだろうか。

 

「わたし、わたしは――友守平和。日本語、えっと、旧世界の字で友達の平和を守るって書いて、トモリノドカです」

 

 よい名だ。これは本心から思ったこと。何も守れなかったから今があるんだろう。これも、本心から思ったこと。どんな想いでその名を名乗ったのか、私にはわからない。きっと死んでもわからない。

 

 それでも、よい名だと言葉にするだけなら許されるだろうか。過去も、今の想いも知らず。そしてきっと、いつか私が殺す子供の名前を。よい名だと褒めて覚えることは許されるだろうか。

 

「いいお名前ですね! 今のあなたにはちっとも似合ってませんけど」

「……わたしもそう思います。でも好きなんです、この名前。他はなんにも覚えてないけど、この名前が大事で大好きなことだけは忘れてなかったんです」

「そう、ですか。……それは、よかったですね。よかったですね! なんにもない空っぽじゃなくって!」

「はい、本当に」

 

 一瞬。一瞬だけ。思い切り顔を蹴り上げてやりたくなった。これはただの八つ当たりだとわかっているから、やりはしないが。

 

 

 ……はいじゃないだろう。はいじゃないんだよ。怒ってくれ。新世界人(私達)にそんなことを言う資格は無いだろうと怒るべきなんだよおまえは。

 

 名乗れただけで幸せそうに笑うな。名前以外を忘れたのなら名前しか覚えていられなかったことを悲しめよ。憤れよ。おまえ達には怒る権利と義務があるはずだろう。おまえが、おまえ達がそれを放棄してしまったら。この新世界を受け入れてしまったら。

 

 

 私は。私の怒りは、憎しみは。その正しさは、何処に。

 

 

「――トモリさん。あなたのことちょっと気に入りました。頑丈ですし、育てればいい音の鳴る玩具になりそうですから」

「う、うん……えっと、ありがとうございます?」

「はい、感謝してもいいですよ。いえ感謝してください! キユってば優秀で大忙しなので、お手伝いが欲しかったんですよ。キユは傭兵なんですけど、今七番街で雇われて騎士をしてるんです。ジュウゾ・アンデッタ様って知ってます? キユのとこの団長様なんですけど。なんと、団長様のお気に入りなんですよキユってば!」

「…………ジュウゾ。ああ、あのお爺さん」

「大忙しで大活躍なキユがあなたを使ってあげます。暇な時に鍛えてもあげちゃいましょう。そしたら、さっきみたいにいじめられなくなりますよね。ざこざこからせめてただのざこになれば、少しは認めて許してもらえるかも!?」

「えっと、あの」

「つまり! つまりですね」

 

 口を挟む暇を与えず捲し立て続ける。不本意だが、舌を回すのは得意なのだ。

 

 右の人差し指をぴっと突き付けて、にっと意地の悪い笑みを浮かべてみせて。それから、少しだけ覚悟をして。

 

「――キユと、お友達になりましょう。キユの玩具になってください。その代わり、キユがあなたを今より少しだけマシにしてあげます。死ねばよかったのにと呪われずに済む程度には」

 

 友達、友達ね。自分の言葉に背筋がぞわりとした。そんなもの、今までの生で唯一人しかできなかったくせに。その一人すら友としたことを後悔しているくせに。私のような人間は友など演技ですら作る資格が無いというのに。

 

 いつか、この子を殺すのに。このやりとりは、きっと必要の無いことなのに。

 

 それなのに。それなのに、この子は出口を見付けた迷子のように瞳を潤ませるのだ。初めて贈り物をされた子供のように、希望に満ちた目で私が差し出した手を見て、震えた手を伸ばそうとするのだ。

 

 胸の奥がちくちくと痛む。吐いてしまいそうだ。

 

「わた、わたし……役立たずで、嫌われてて。あの、……迷惑を、掛けます」

「それはキユがこれから見て決めます。トモリさんがお馬鹿過ぎて気付いてない使い道もあるかもしれませんし? そういうの、代わりにキユが探してあげるって言ってるんです」

「き、キユ、さんは……わたしが生きててもいいって、思ってくれるんですか?」

「死んだ方がいい人ってけっこう頑張らないとなれないものですよ。トモリさんはまだ頑張りが足りませんね!」

 

 

 吐き気がする。いつか殺すかもしれないくせに、生きる希望を与えようだなんて。死ぬべき者が生きる資格の話をするだなんて。馬鹿みたいだ。気持ちが悪い。

 

 

「うじうじ言うのはかまわないですけど、今キユはあなたを友達にしてあげるって決めたんです。あなたができるのは素直に友達になるか無理矢理友達にされるかだけなんですよ。ほら、どうするか決めてください。返事ははいかいいえで」

「は、……はい。はいっ! 友達、なります! あっ、あの……よろしく、お願いします!」

「はい、よろしくお願いしますねぇ。キユが飽きるまではたくさん遊んであげますから、一緒に楽しみましょうね」

「は、はいっ!」

 

 

 本当に、幸せそうに笑うな。胸が痛い。頭も痛い。喚きながら呑み込んだ言葉も胃の中身も全て吐いてしまいたい。

 

 

 ……きっとこいつの正体は恐ろしい怪物のはずだから。これは正体を暴く為の演技だから。友達なんて必要の無い演技も、そうやって懐に潜り込んだ方が楽しく殺せそうだと思っただけ。

 

 怪物を騙すのはきっと楽しくて気持ちが良いから。こういうお仕事なんだから。だから、吐き気は吞み込んで笑え。

 

 もし、そうでなかったら。そうでなかった時のことは考えない。考える必要は無い。どうであれ、この旧世界人には死んでもらう。王国を滅ぼす為の犠牲になってもらう。それが私のするべきこと。キユのするべきことなのだから。

 

 そう。必要な犠牲なのだ。何もかも。必要の無い殺しはしないと誓ったのだから。そう約束されたのだから。全て、必要なはずなのだ。

 

 

 ――もう、信じられなくなった正義を成す為の。

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