旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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キユと貌無しディレ

 失敗した。判断を間違えた。いけ好かない制服を助けた直後に感じたのは、そんなどうしようもない後悔だった。

 

 生物を殺さないように転送するのはかなり気を遣う。計算も必要だし魔力と一緒に精神も疲労で削られるのだ。別に助けなくともよかった……が、見捨てるという選択もしたくなかった。

 

 見殺しにするのは、この手で殺すのとほとんど変わらない。死んでほしい者以外は助けられるなら助けるべきだ。これは、人として最低限の善性の話だ。

 

「ねぇちょっと……二対一って卑怯だと思いません!?」

「お一人逃がしたのは貴女でしょう」

 

 首無しの攻撃を躱しながら聖女擬きに声を掛けると、それはそうとしか言えない返しをされてしまった。とはいえ、あれが残っていても邪魔でしかなかったわけだが。

 

 首無しの動きは殴る蹴ると単調だが速く力強い。奇襲されたとはいえ、私が反応すらできず蹴り飛ばされたのだ。突然影から飛び出たように感じられたのは……私と同じ手ではないと思うが似た系統の魔術か? 魔術の知識が豊富なわけではないが、影の中を移動する魔術というものはあってもおかしくはない。

 

 この予想が合っているのであればこれを繰り返されるだけでも厳しいのだが、今のところ仕掛けてくる様子は無い。消耗の激しい術なのか、忘れた頃に仕掛けてくるつもりか。

 

「まぁ、そっちに仕掛けるつもりが無いなら――キユからやるだけですよねぇ!」

 

 首無しは確かに厄介だが、距離を置けば問題は無い。速いといっても奇襲さえされなければ充分に反応できる程度だ。死霊術の類だと考えるなら、あの女を黙らせれば首無しも止まるか?

 

 ぱちんっ。指を鳴らし聖女擬きの背後へ転移する。やつが振り向いたところで再び指を鳴らした。勢いよく振り向き過ぎだな、これでは気付いたとして対応が遅れるだろうに。

 

 まずは足を落とす。逃げられなくしてから――

 

「――おっと。今のはひやりとしました」

 

 かあん、と甲高い音が響いた。右手がびりびりと痺れている。大鉈の刃が、影から伸びる棒のようなものに止められている。戦鎚……影の中に隠していたのか?

 

「……それ、ずるじゃないですか?」

「あちこち跳び回る方が余程のずるだと思いますよ。それより、後ろ」

 

 ぱちんっ、指を鳴らして階段の上まで転移する。先まで私の立っていた場所には、首無しの踵が叩き付けられていた。あれを頭に喰らうとさすがに即死だな。

 

「赤い頭巾に大鉈。転移と転送の魔術に長けた魔術師……何処かで名を聞いたような。名乗っていただけませんか?」

「嫌ですよぅ、恨み買ってたら怖いじゃないですか」

「買った恨みの数を誉れとして競い合うのが傭兵かと思っていましたが」

 

 こいつ、何か傭兵に恨みを持っていそうだな。ヘビのいる藪を突く気は無いが。

 

 影に干渉する魔術の使い手……少なくとも歴の長い傭兵ではないな。聞いた覚えが無い。それに、どちらかといえば戦場で振るうよりも暗殺などに向いた魔術だ。イザナがいれば何か知っているか気付いたかもしれないが。

 

 壁の向こう、旧市街では火を放たれたようで階段の上からだと燃えているのがよく見える。まだ一部のようだが、消火されなければじきに旧市街全体を炎が呑んでしまうだろう。

 

 

 ……イザナの報告を信じるなら、トモリが入り浸っているらしい区画からはある程度離れているか。あのお馬鹿、変な事に巻き込まれていないといいのだが。

 

 

「うぅん、キユ本当にけっこう忙しいんですよねぇ……お友達が二人いまして、一人は絶賛療養中でもう一人が迷子なんですよ。ここであなたに構ってる暇、正直無いんですけど」

「契約期間中である以上、仕事を投げ出して私事には動けないと。律儀な傭兵もいるのですね、驚きました」

「傭兵は信頼が大事なんですよぉ、特に大きな団に所属していると! そちらは何処かの教団か何かですか? いますよねぇ、悪事の責任を大きい宗教に押し付けちゃおうっていう規模も肝っ玉も小さな教団!」

「ふふ、そうかもしれませんね」

 

 煽ってみたものの効果無し。どこぞの教団の熱心な信者という線は消してよさそうだ。さて、そうなると本当に心当たりが無い。雇われの刺客か?

 

 まぁ、諸々は手足を落とした後に聞けばいい。こいつを王国に引き渡してよいかは、吐かせるだけ吐かせた後に考える。

 

「もう一回言いますけど、キユけっこう本気で急いでるんですよ。なのでちょっとだけ、本気を見せてあげます。本当にちょっとだけですけどね」

「おや、それは嬉しい。死ぬ前に全て出し切ってくださいね」

「なら、出し切るまで耐えてみてくださいよ。――牙を剥き出せ」

 

 ばぎん。私の言葉と同時に、大鉈の刃から牙のように小さな刃が幾つも生えた。綺麗には斬れなくなるが、元よりこいつに綺麗に斬ることは求めていない。

 

 走りながら指を鳴らす。が、転移はしない。女の意識が背後に向いた隙を突き、首無しの方まで一息に踏み込んだ。まず狙うべきは首無しの方だと考えを改めた。こいつを潰してからの方が聖女擬きに集中できる。

 

 右肩から左腰にかけて、跳んで回転の勢いで叩き斬る。両断はできなかったがそれで問題は無い。傷さえ与えられれば、それでよい。

 

「ほら、久し振りの餌ですよ。やる気を出せ、愚図魔剣」

 

 右手にどくんと脈動を感じた。一度叱咤を入れないとまともに働かないのは本当に気持ち悪いのでどうにかなってほしい。

 

 首無しが膝から崩れ落ちる。倒れようとする胴を左腕で支えようとして、それもできずどさりと音を立てた。肉片の付いた刃から、ぎゃりぎゃりと刃が擦り合わされ嫌な音がしている。久々の食事に喜んでいるのだろう。

 

「……驚きました。それは、魔剣ですか?」

「えぇ、そうですよ。銘無しかつ低位の人造ですけど」

 

 ばきん、ばぎん。不快な音を立てながら右手のそれは本来の姿を取り戻してゆく。あまり使いたくもなければ見たくもなかった姿だ。それでも、王国内で誰かに見られるならこれが一番マシな手ではある。どうせ爺には知られているし。

 

 一振りの大鉈だったそれは、刃が分かたれ中で刃を繋げていた糸を剥き出しにしている。だらしなく伸びて地に落ちた剣身は血溜まりを啜っている。躾のなっていない獣のようで見ていて気分が悪い。

 

 この姿を見るのは嫌なんだ。それでも他の手を見せるよりはマシだというのが余計に私の気分を悪くさせる。本当に今日は散々な一日だ。

 

「折れるまで握っていてやるという契約なんです。なので、折れるよう頑張ってみてください」

 

 言って、右腕を振り上げた。軽く振っただけだ。それだけで、魔剣は勝手にしなり私の頭上で(とぐろ)を巻く。

 

「おや、これは――」

 

 思い切り振り下ろす瞬間、女が何かを言い掛けた。どうでもいい。このまま細切れにしてやる。

 

 この魔剣には、斬ったものの生命力を喰らう力がある。傷が深ければ深い程、多ければ多い程にその力は増してゆく。糸で繋がり鞭のように振るえる剣身も、牙のように剥き出された小さな刃の群れも。傷を深く、多くする為の構造だ。少なくとも人間相手であれば、こいつから逃げられた者は片手で数えられる数しかいない。

 

「――その妙な魔剣。やはり聞き覚えがありますね。思い出しました。貴女、処刑隊のレッドラムですか」

 

 足元から声。跳び退くと同時に影から無数の剣が生えた。私の素性を知っているうえにあの魔術、厄介だな。

 

 剣によってできた影から女が現れる。やはり、勿体振っていただけであの術はそれ程魔力の消費は重たくないのか? あるいはこいつが馬鹿げた魔力を持っているか、そもそも魔術ではないのか。これは今考えても無駄か。

 

 ……あの頭巾を取ってやるまでわからないが。あいつ、もしかして人ではないんじゃないか。魔族であるとすれば、いや魔族は結界を越えられないはずなのだが。

 

 

「知ってましたか、キユってば有名人ですね! 可愛くて強くておまけにすっごく可愛いキユちゃんは西ではけっこう有名ですもんね?」

「赤い頭巾の殺人鬼。肉屋のキユ。切り裂き鬼。解体屋。処刑人。それから、芸術家や料理人とも呼ばれていましたか。確かにとても有名ですね。貴女の残忍さはよく聞いています」

「あぁっと……そっちは忘れてほしいですねぇ。特に前半は謂れのない悪口です。誹謗中傷ってやつですよ」

 

 本当に。鬼の血など引いていないし肉を売った覚えも無い。私の家系は始まりが剣を打つ鍛冶師で最後は銃職人だ。肉屋になった者は恐らく一人もいない。

 

「そうであると証明するには、ここで命を捧げていただくのが一番だと思いますよ」

「意味わかんないですって。読めてますよ、キユも首無しにしたいんでしょう」

「おや、読まれてしまいました。では、無理にでも頭を潰すしかありませんね」

 

 戦鎚を杖のようにくるりと回して、聖女擬きがくすくすと笑う。首無しがやられたというのに余裕がある……傀儡頼りの術師ではなさそうか。

 

 さて。魔族であれば首から下を細切れにしても生きているだろうし、うっかり殺す心配も少なくはなるのだが。同時に何故王都に潜り込めているのかも問い質さないといけなくなる。

 

 このどこぞの暗殺者、あるいは魔族と思われる女を無力化して制服共に見付からない場所に転送、王都内にこいつの仲間が潜んでいないかを確認した後旧市街へトモリを探しに行こう。

 

 ついでにあの遺跡で天使とやらと何を話したのか聞いておきたい。折角時間ができたのだから、爺にどう嘘を吐くかも考えたいし。やらなければいけないことが多い。んだ

 

 

 うん。こいつ、本当に邪魔だ。悪いが、魔族でないなら大人しく細切れになってもらおう。

 

 

「――知ってるみたいですけど、ちゃんと名乗りましょうか。処刑隊、キユ・レッドラム。その首差し出すなら綺麗に刎ねてあげますけど?」

「その剣では無理でしょう。私は名乗る程の者ではありませんので、どうぞお好きにお呼びください。ところで、貴女はきっと良い人形になれます。首から下を譲ってくださいな」

 

 譲るかぼけが。口汚い言葉を呑み込んで、私は魔剣を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 面倒臭いなあ。赤ずきんちゃんが法国の処刑人と気付いてから、ずっとそればかり考えてます。

 

 処刑隊。傭兵団の一部隊ではありますが、終末を信仰する者や旧世界の危険な兵器を目覚めさせようとする者を文字通り処刑する為に動いている連中です。新世界の守護者を謳う法国らしい傲慢な部隊ですね。

 

 基本的には対人専門。終末や旧世界の兵器が本当に出てきてしまった時は化物退治専門の不死隊が出てくる……という感じだったはずですけど。あと混沌の偵察、撃退は共同でやるんだったかな。あたしも不死隊は一度見た程度ですけど、あれはあんまり関わりたくない類です。

 

 ……まあその辺はどうでもいいとして、問題はこの赤ずきんちゃんです。キユ・レッドラム。この王国のある東じゃ無名ですけど、西の方ではそこそこ名の知れた傭兵のはずです。こいつがいると聞いたら逃げ出すやつがいる程度には。

 

 一つ違和感があるとすれば、妙にお喋りなところですかね。あたしの聞いた話じゃこいつは淡々と仕事をしていく手合いなんですけど。

 

「――そろそろ終わらせたいんですけど」

「おっ……とと。それには同意します、よっと」

 

 ぎゃりりり、と奇妙な音を上げながら迫る鞭のような魔剣を躱しつつ接近、戦鎚で頭を狙うも上手く防がれた後は戻ってくる魔剣に首を狙われる、と。これ刃を戻す勢いで鋸引いたみたいに斬り殺すつもりですね。怖過ぎでしょ。

 

 魔剣もそうですが、飛び散る石畳や家々の破片にも注意が必要です。もしあたしが転移、転送の魔術を扱えるなら――

 

 ――ぱちんっ。笑顔を消した赤ずきんちゃんが左手で指を鳴らすのと同時に、あたしは魔力を込めて思い切り石畳を踏み砕きました。砂煙にまであたしの魔力が行き渡るよう、しっかりと意識して。

 

 もしあたしがあの魔術を扱えるなら、小石を体内に転送して殺せるか試します。内側を流れる魔力や呪力に弾かれるからか、術師の類には失敗する可能性が高いですけど。それでも上手いこと重要な臓器のいずれかに小石を送り込めればそれで終わりですからね。そうでなくても体内に異物を送り込まれるのは怖い。

 

 咄嗟に思い付いた防ぎ方は当たりのようです。視界を遮り座標の計算をずらす、あたしの魔力が宿った破片を囮にして転送先を誘導する。どちらか、あるいはどちらも当たりだったのでしょう。落ちていく破片には釘が刺さっている……というより同化していました。なるほど、妙に攻撃が大雑把だなと思ったら釘が欲しかったのか。扱い慣れてるのかな?

 

「騎士ともあろう御方が、民の住処を巻き込んで良いのですか?」

避難(追い出し)済みですよ。それと生憎、キユは騎士ではなく野蛮な傭兵ですので。雇い主がこんなところの防衛を任せたのが悪いんです」

「そうでしたね、忘れていました……っと」

 

 鞭のように振るえる剣というのは、相手にしてみると中々に厄介です。相応に扱い難そうでもありますけど、才があるか修練を積んだのでしょう。どうにも根はかなり真面目そうですし。

 

 話し掛ければ少しだけ応じてくれますが、攻撃の手は緩まりません。ううん、何か調子を崩せる一言は無いかな。ラス君の合図があるまではあんまり派手にやれないんですよね。

 

 ……まあ、合図の時にはもうこいつと遊ぶ時間も無くなってるんですけど。ままなりませんね。

 

 

 カラスが三羽、その他何がしかの小鳥にネズミ。ずっとこっちを見てるんですよね。あたしとこの子どっち目当てだろ。あたしはここまで静かにやり過ごしてきた自信があるし、この子目当てだと思いたいけど。

 

 動物の視界を借りる術は魔力の流れを辿りやすいのでぷちっと術者の目を潰したいところなんですが、気付いているのかいないのか赤ずきんちゃんが邪魔だなあ……なんか妙にやる気出してきたし。

 

 

「赤ずきんさん。ここは見逃していただけませんか? 貴女に王国への忠義は無いでしょう」

「ここで逃がすと給料に響くんですよ」

「金に執着のある者には見えませんが」

「いえいえ。キユは金の亡者です、よ!」

 

 石畳を巻き込みながら叩き付け、振り上げ。次いで叩き付けと見せ掛けて左に薙ぎながら刃を引き戻して指鳴らし。魔術は起動させず、あたしが反応した隙を突いて連結させた魔剣を突進の勢いで叩き付け。会話の間にここまでやられると、さすがに評価を改めないといけないかな。

 

 これ、適当に話しながらやってるとあたしの方が斬られますね。こいつ思ってた以上に面倒臭い。

 

 今斬られるのは困るんですよね。あの魔剣めちゃくちゃ痛そうだし、できれば中央までは消耗無しで行きたい。さすがに三から下の区画はもう少し上等な結界を張っているかもしれませんし。

 

 ……仕方ありません。次の人形を確保するまでは一応とっておきたかったんですけど、ここで使い捨てちゃいましょう。さっき斬られたので限界は近いですしね。

 

 

「赤ずきんさん。一つ、面白いものを見せてあげましょう。――そのちはたきぎ」

 

 声に魔力を込めた、短い詠唱。略式ですが、これで充分です。いえ、正確にはこれ以上は壊れるのでできないと言うべきなんですけども。

 

 その血は薪。一瞬であたしの詠唱を聞き取ってその意味まで考えたんでしょうね。優秀なのは確かだけど、今回は選択を間違えましたね。そもそも反応に遅れが出る程に考えるのは駄目でしょう。

 

「何を……っ!?」

 

 何をした、それとも何をするつもりと聞きたかったのかな。だけど、赤ずきんちゃんは問いが終わる前に大きく吹き飛んでしまいました。ついさっきと同じ、いえ、それより大きな音を立てて。

 

 さて、ちょっと時間稼ぎに喋らせてもらいましょう。どうせこれくらいの奇襲じゃ死んでくれないし、最悪に備えておきたい。

 

「発掘場所を問わず、旧世界の戦士達は皆首輪を着けているのは御存知でしょう。あれは彼らの扱う奇妙な力を制御する為の物だったそうですが、一部の特別優れた戦士はその制御機能を無理矢理解除する術を持っていたそうで」

 

 砂煙の中から出てきた赤ずきんちゃんは、その特徴的な頭巾を破られてしまったようでした。金の髪を血で汚して、むすっとした顔をしています。

 

 頭巾が無い以上もう赤ずきんとは呼べないんですが、変わらず赤ずきんちゃんと呼ぶ事にしましょう。レッドラムって名前の響きが嫌いなんですよね。

 

数字付き(ナンバーズ)と呼ばれる特別優れた戦士がいたそうです。彼らは皆、首輪の制御機能を一時的に解除する術を知っていたのだとか。優れているから教わったのか、教わったから優れているのかまではわかりかねますが」

 

 とぷん、何かが水の中に沈むような音が聞こえました。立てたのはあたしなんですけどね。

 

 ぎゃりりり。赤ずきんちゃんの右手で高く掲げられた魔剣が、ヘビのように塒を巻いています。左手はたくさんの釘を放って、そのまま中指と親指をぴったりと合わせてみせて。

 

「いつか旧世界人の友ができた日の為に、首輪の外し方を探していた頃がありまして。結局見付からず諦めたのですが、代わりに見付けられたのがこれです。制限を解除できない者が編み出した、己の命を糧に力を得る呪術。死体にも使えるのが面白いところですよね」

 

 ぱちんっ。指が乾いた音を鳴らすのと同時に釘が目の前に現れました。妨害はしましたけど妙にずれてるな。頭から血を流しているし、計算を間違えたのかな。

 

 

 ――いや。そんなわけはない。法国の処刑隊が、西では名を聞くだけで震え上がる者がいる程の強者が。レッドラムの名を継いだ者が。この程度のはずがない。

 

 じゃあ、この釘は。その答えは考えるよりも先に出ていました。釘が赤く光って膨らんでいる。まだ膨らみきっていない釘はよく見れば何か刻まれているようでした。読もうとしなくとも状況でわかります。これは術式です。

 

 頭から流れる血が目に入っても、瞬きすらせずに赤ずきんちゃんがあたしを睨んでいます。とぷん、彼女の影から剣が生えました。だけども、届く前にみんな何処かへ消えていく。

 

 

 ほらやっぱり。絶対こうなると思ったんですよね。少し見縊(みくび)ってたのはありますけど、声を掛けられた時から上手くはいかないと思ってたんです。

 

「――はじけろ」

 

 ぱちんっ。小さな声と、指の鳴る音の後に。あたしの身体は、真っ赤な光と熱に呑まれてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 轟音。耳が痛くなる音を幾つも上げながら、術式を刻んだ釘が爆発してゆく。一つで三人は殺せる爆発する釘を合わせて十二本、過剰な火力だ。それでも安心はできないが。

 

 魔剣を思い切り振り下ろし、爆発により巻き上がった砂煙の中に何度も叩き付ける。防がれているような感覚はしない。避けたか、逃げたか。死体を見るまでは終わったと考えるべきではない。

 

 

 あの女は何かがおかしい。生け捕りは早々に諦め殺しに掛かったが、手札を隠して戦っているのもあり手間取ってしまった。これでまだ生きているなら、撤退か覚悟を決めてもう一つ手を見せるかの選択をしなければいけなくなる。

 

 ばきんっ。不快な音と共に、右手の魔剣がどくどくと激しく脈打った。もう終わりにしたかったのだが、そうもいかないらしい。

 

「……アウラアウルといい、こういうのいい加減にしてほしいんですけど。キユそんなに体力無いんですよ」

 

 悪態を吐いても返事が返ってこない。聞こえなかったか、相当に機嫌が悪いか。どちらにせよ、面倒に変わりはない。

 

「イリアの白面、真実覆い隠す月の光よ」

 

 砂煙の中から、女の声が聞こえた。短い詠唱で魔力は感じられないが嫌な感覚がする。言葉の響きは祈術と呼ばれるものに近いか? 幾つの術を扱えるんだこいつは。

 

 煙の中から現れた女は、爆発で頭巾を失くしていた。これで私のお気に入りを駄目にしてくれた仕返しはできたといえるだろう。ただ、顔は見えないままだ。

 

 白い光が仮面のように顔を覆い隠している。先の祈術はそういうものなのだろう。こいつに奇跡を再現するような神への信仰心があるようには見えないが、まぁそれはどうでもいい。

 

 隣に立っているのは黒焦げの首無し女。爆発から聖女擬きを庇ったのだろう、ぼろぼろと身体が端から炭となって崩れ始めている。そもそもこいつは何故魔剣で斬られた後も動いている。私の頭巾を駄目にした一撃もこいつなのだろうが……旧世界がどうだのこうだの話していたのと関係あるのか? 頭が痛くて碌に聞いていなかった。

 

「まずは謝罪を。貴女を見縊っていました。貴女は優れた戦士だ、それを認めましょう。この姿は中央まで見せるつもりが無かったのですよ」

「……認めるついでにちゃんとお顔を見せてほしいんですけどねぇ?」

 

 くすくす笑うだけで返事は無し、どうあっても顔は見せてくれないらしい。殺した後にあの光が消えればよいのだが。

 

「名乗ってくれてもいいんですよ」

「名乗る程の者ではありません。が、こうなってしまっては別ですね。知りたいのであれば、名乗りましょう。特別ですよ」

 

 くすくす。光の仮面の奥から笑い声が聞こえる。声に違和感があるのはあの光のせいか?

 

 ばきん。ごり、ばぎっ。不快な音があの女の方から響いている。頭から角の生えている音だと気付いた瞬間、背筋を悪寒が走った。あれの名を聞いてはいけない。挑んではいけない。逃げなくてはと、右手の魔剣がどくどくと脈打ち訴えている。

 

 ばぎん、ばぎんと何かの悲鳴のような音を立てて角が巻かれてゆく。ヒツジのそれに近いが、あれよりもずっと不気味で悍ましい。

 

 今まで見た魔族の中で、一番大きな角だ。あれをどうやって隠していた? まさか見た通りに今伸ばしたのか? いや、そもそも。何故魔族が王都の中に。結界は破られているのか?

 

「あの、やっぱり要らな――」

「――――そう言わず、お聞きくださいな。魔王の怒りが一柱、貌無しディレ。今日を生き延びる事ができたら、この名を広める栄誉を与えましょう」

 

 魔王の怒り。よりにもよって、魔王の怒りときたか。何故それがこの王都の中に入れているのか、目的は何だというのか。爺共が召喚するつもりだったのは捨て火のラスで、それは三日後ではなかったか。色々と疑問はあるが、もう全部どうでもよくなってきた。

 

 最悪だ。本当に今日は散々だ。もう、今はそれしか考えられない。今すぐイザナとトモリを回収して逃げ出したくなってきた。逃げるアテも無いし、するわけにもいかないのだが。

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