旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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閑話:五代歌乃は添い遂げたい

 めんどっちいことになったなぁ。五代歌乃(いつしろうたの)が要請に従い旧市街に着いてからまず考えたのは、ここからどう逃げ出すかという管理官に知られれば仕置きを受けそうな思考であった。

 

 まぁ、その管理官は胸に穴を空けて倒れているのだけれど。蘇生を試みはしたのだけれど、心臓が無いのでもうどうしようもない。ほんとめんどっちいなぁ、五代は栗色の髪を指先で弄びながら深く溜息を吐き出した。

 

 

「あーあ、あーあ。とうとうやっちゃった。けっこう我慢してきて、このまま穏便にドロンって考えてたのにねぇ」

「いやあ無理だろ、この兄ちゃん中々鋭かったしな。俺らが脱走企ててんの気付いてたろ……っとと」

 

 頭上から掛けられる男の声にむかついて倒れるように背をぶつけると、くくっと乾いた笑い声が返ってきた。少しは痛がれと肘を打ってもやはり笑い声が返される。

 

 頭をぐりぐりと押し付けるようにして背を反らせば、白の混じった黒髪の男が苦笑いを浮かべている。幼馴染の四羽英助(よつばえいすけ)。旧世界でも相棒として命を預け合っていた仲だ。

 

 もっとも、幼馴染であると憶えていたのは五代だけで四羽は五代のことを思い出すのに一年も掛かったけれど。これに関して五代は今でも根に持っている。

 

「あのさぁ、こちとら計画狂って落ち込んでるわけ。気の利いたこと言えないのかな? お前が可愛過ぎたからさ、とか」

「ああっと……そうだな、のっちゃんの可愛さは新世界人には伝わらねぇだろと思いまして」

「はい減点。もうこっからマイナスいくからねあんた。お前の可愛さは世界の新旧程度じゃ揺るがないさくらい言おうよ」

「お、お前の可愛さは……ぐっ」

「言われたまんまに棒読みすんな!」

 

 痛いところに入ったようで、珍しく男が苦しそうに声を漏らした。反応が面白かったのでもう何度か肘を入れてみる。もう悲鳴は聞けなかったけれど、暫く耳にしていなかった男の情けない声に五代は少し気分を良くした。

 

 今日は良い日と言えるだろう。すかした態度がむかつく幼馴染の情けない声を聞けた。五代歌乃にとって、それだけで良い日と言える。

 

 空に走る裂け目、魔族と思われる連中の襲撃。そこそこ気に入っていた後輩達と口煩く性格は合わないけれど悪人というわけでもなかった管理官をまとめて殺す羽目になり、春に予定していた王国からの逃亡計画がめちゃくちゃに狂ってしまった点に目を瞑れば。今日は良い日と言えるだろう。

 

「はぁ、どうすっかな。混乱に乗じて逃走を企て管理官と戦闘、後輩ズは相討ち。私らは魔族に殺される……ってのが理想なんだけど」

「リュウ達はその筋書きで行けるとして、俺らは無理じゃねぇか? 化物の類は連れてねぇっつうか、そもそも魔族の数が少ない。俺らを襲ってきたのって多分地下に隠れてたやつらだろ。勇者があれに殺されるかって疑問持たれねぇかなぁ」

「そこなんだよねぇ……管理官死んでなければ脱走兵の一匹二匹なんて気にしなかったと思うんだけど。はぁ、めんどっちぃなぁほんと」

 

 魔族が王都を攻めてきた、などと報せが飛んできたわりにはあまりにも規模が小さいのも気になる。自警団すらいないような村を攻めるならまだしも、複数の騎士団に傭兵、勇者を抱える王都を攻めるにしては少な過ぎる。

 

 この状況を好機と見て脱走を試みる勇者はそれなりにいるだろうけれど、大半が失敗に終わるのではないかと五代は考えている。その大半の内に入らないようにするには、どうすべきか。

 

「……裂け目からなんか出てくるのは見た?」

「いんや。ただ、裂け目の付近から生体反応が五十近く出現したな。それでも少ねぇけど」

「わっかんないな……ヨツバ、あれが何かは覚えてる?」

「最近思い出した。月獣(げつじゅう)が出てくる時のやつだろ。いや、月人(げつじん)の方だったか? この辺まだ曖昧だな。生き残りがいるとは思えねぇけど……あれって再現できるもんなの?」

「無理。人間には絶対無理。まぁ魔族ならありえんのかな……あいつら、旧世界人(私ら)の裏切り者がルーツって説もあるから。純血は無いと思うけど、混じってんのはいるかも」

 

 空に走る裂け目は、旧世界人にとって忘れられない、あるいは思い出してはいけない心の傷だ。旧世界の終末は空に罅の入る音から始まった。五代も思い出した夜は胃の中身が空になるまで吐いたので、狂ってしまう気持ちも理解できなくはない。

 

 リュウと呼ばれていた少年は、ミナと呼ばれていた同胞の死から精神を崩し始めていた。他の同胞達も似たようなものだ。今日でなくとも、王国にいればいずれは限界を迎えていた。

 

 月から降る怪物と戦っていたといっても、元は青春を謳歌していたはずの少年少女達なのだ。そもそも旧世界の頃から精神的に限界は近かったのだろうと考えている。五代は己の脆さを自覚している。己より脆い者が多い事も知っている。

 

「やっぱコールドスリープ組はメンタル不安定だね。そもそも終末化の兆候あったから凍らせてたんだろうし」

「結局完成しなかった技術だしな。どうにか面倒見て外までと思ってたんだけどなぁ……結局俺らだけになっちまった」

 

 四羽は寂しそうに呟いたけれど、五代は同意できなかった。可哀想と思うけれど、面倒を見たいだの守りたいだのと思える程の情は無かったのだ。

 

 五代歌乃は自分と幼馴染の事で精一杯だ。それ以外を考える余裕は無いし、あってもその分は別の楽しいことに使いたい。二人で行きたいところ、やりたいことはこの新世界にもたくさんある。

 

「なにヨツバ、私と二人は嫌って言うの?」

「のっちゃん、そのぐりぐり痛い。嫌なわけ無いけどさ……それより、あれをやったのが魔族だとして目的は何だと思う?」

「話逸らすなよ。……まぁ、陽動かな。あとありそうなのはメッセージ? これを覚えてる旧世界人はおいでとかさ」

「魔族がそんなんするか?」

「無くはないでしょ。魔族って長生きらしいし、私らの時代を知ってるやつがいるかもよ。それの子孫とか」

 

 呼び寄せて何がしたいのかまでは、五代にもわからないけれど。ただ、魔族に対しては王国の貴族や騎士と比べても悪意をあまり感じない印象がある。彼らがそういった感情を向けているのはこの新世界の、特に王国のような魔族を積極的に狩ろうとする国の者に対してだけだ。

 

 例外もそれなりに経験しているけれど。なんであれ、罠や精神攻撃と決め付けて掛かると余計な面倒を起こす気がする。どちらであれ今はあまり関わりたくない連中だ。

 

「……まぁ、私らには関係無いよ。別に王国も新世界もどうでもいいわけだしさ。さすがに旧市街(ここ)のガキ共まで死ぬのは可哀想だから警告はしたけど、聞いてくれたかわかんないしね」

「聞いてくれたんじゃねぇの? だってほら、のっちゃん懐かれてたじゃん。俺怖がられるから離れてたけど」

「お、嫉妬? どっちに?」

「そんなんじゃないって」

「とか言ってほんとは? ……なんてね。ほんとどうでもいいんだけどさ」

 

 どうでもいい。そう、どうでもいいのだ。この国を守る為に戦おうとは思わないし、かといって滅ぼそうとも思えない。五代が望んでいるのは幼馴染との平穏だ。そこに邪魔が入らなければ、他は手に入らずとも最後には諦められる。

 

 二人で観るはずだった映画、楽しみにしていた夏祭り。してみたかったメイクに髪型、見てほしかったお洒落。行きたかった大学、夢見ていた未来。何もかもを奪われて、諦めた末に今がある。これ以上壊されてはたまらない。

 

 

「――九号はあれで釣れるだろうけど。案外、あの子を釣る為だけの餌だったりしてね」

 

 半月程前まで班に所属していた少女の顔を思い浮かべ五代は苦笑する。五代は彼女を憶えていたけれど、彼女は五代を忘れていた。それに少しだけ傷付いて、何よりも安堵してしまった己を五代は嫌っている。

 

 五代歌乃の知る友守平和は、機械のような人間だった。あるいは人間に擬態している怪物だった。主の最後の命令に従い続ける機械のように、あるいは人に愛されたいとへたくそな擬態を続ける怪物のように。何をされても、言われても顔色一つ変えずに戦い続ける人類の道具だった。少なくとも、五代が友守の顔を直接見た最後の日までは。そういう存在だった。

 

 変わったのはいつからなのだろう。聖女などと呼ばれていた子供の護衛を命じられた頃からだろうか。その頃から友守は各地を転々としていたようだから、五代の知らない変化があったのかもしれない。まぁ、あれも最期は暗殺された末に終末と化してしまったのだけれど。

 

 

「……この新世界でもあの化物はモテモテってか? くだんねぇな」

 

 四羽は吐き捨てるように言い、少し考える。あれを殺すなら今が好機なのではないか。今を逃せば今度こそ二度と殺せないのではないか、と。

 

 

 四羽英助の知る友守平和は、欠陥兵器にして裁かれるべき裏切り者だ。何も守れなかったくせに、何も救えなかったくせに。何もかもを終わらせようとした災厄だ。

 

 いつだって何もかもを諦めた目と声をしていた。手遅れになってから動き出す役立たずだった。そのくせ、堕ちた同胞を殺すのは誰よりも速く確実だった。四羽にはそれがなによりも許せなかった。

 

 あと少しでも到着が遅れていれば、一瞬でも躊躇っていてくれれば。忘れてしまうべきだった記憶は、いつまで経っても消えてくれない。

 

「あんまり同胞を化物とか言うもんじゃないよ。思いはしてもさ、私らもそこまで変わんないんだから」

「あいつは例外だろ。月を三つに割った女だぜ」

「確定じゃないっしょ。関わってはいんだろうけど」

 

 割れた月は、五代が王都から離れたい理由にも関わっている。以前遺跡の調査を命じられた際に地図を作って気付いた事だけれど、この王都にはある遺物が眠っているはずなのだ。地中に埋もれたか壊れたか、探しても姿は見えないけれど。

 

 四羽の班に加わる前から、友守平和は王都と旧市街で何かを探しているようだとも五代は気付いていた。とはいっても、己ですら何を探しているのかわかっていないようではあったけれど……いや、リュレという街で騒動に巻き込まれてからは少し印象が違ったか。

 

 

 かつて東京と呼ばれた地に重なるように隣の世界の大地が転移してできたこの王都には、旧世界終末の引き金となった遺物が眠っている。五代はそう感じているだけだけれど、友守平和は確信しているのだろう。

 

 遺物を見付けて友守平和がどうするつもりなのか、五代にはわからない。この新世界も滅ぼすのか、そうさせない為に壊すのか。あるいは何か、別の目的でもあるのか。友守を知ってはいても友人ではなかった五代には、何を望んでいるのかなどわからないしわかるつもりもない。

 

 あの化物は死ぬべきだ。四羽英助はそう考えている。あれはいつか終末となる。そもそもを言えば、今そうなっていないのがおかしいとすら考えている。けれど、唯一人の幼馴染がどうでもいいと言うのなら。この私怨に近い殺意を呑み込む事はできる。この天秤の傾きが変わってしまった時、己は死ぬべきなのだろうと理解している。

 

 

「判断は任せるよ。のっちゃんが間違ってた事はあんま無いからな。いやさ、姉御の仇討ちをしたいってのはやっぱ否定できねぇけど」

「…………仇討ち、ね」

 

 四羽の言葉に五代は唇を噛んだ。姉御、四羽は五代の姉をそう呼んで慕っていた。人目を憚らずに月を綺麗と言えた頃からそうだった。それがどうしようもなく苦しかったことを、五代は憶えている。憶えているけれど。

 

「そんじゃあ九号ちゃんには関わらない方向でいこ。ちょいちょい鳥とか虫の目借りて観察してたけど、当時の性能の二割以下ってとこだし。あのままなら放っといてもどっかで勝手に死ぬでしょ。関わるにしても王都からは離れたい。首輪が起動したら最悪だよ、誰がリモコン持ってるかわかんないんだから」

「それはそうだな……でも、記憶と力を取り戻したら?」

「それはそん時考える。私以外にも見てるやつらがいてさ、そっちが動くんじゃないかな? つうかあいつら下手過ぎるせいで見てるの気付かれたから、これ以上関わって敵視されたくないかな。次はお仕置きみたいなこと言われちゃったし」

 

 嘘は吐いていない。全てを伝えたわけでもないけれど。

 

 ナイン、あるいは対星兵器九号などと呼ばれていた少女はかつての兵装の大半を破損などにより喪失、あるいは没収されている。兵装に頼らない力も記憶喪失の影響なのか上手く扱えていないようだった。それは五代や四羽も同じではあるけれど、友守に比べればずっとマシな状態だ。

 

 ジュウゾ・アンデッタと名乗る新世界人は友守平和に異常な執着を持っている。陰湿に、執拗に嫌がらせをして記憶を刺激しようとしている。面倒臭がる四羽に代わり報告をしていた五代は、あの老人が友守の記憶に拘っている事を知っている。

 

 老人が持つ異常な執着を四羽に伝えないのは、彼がそれに同調してしまうのが恐ろしかったからだ。狂気は伝染するものだと五代はよく知っている。憶えている。

 

「あと、さ。お姉ちゃんがどんな死に方したのかわかんないけど、私のお姉ちゃんは復讐とか望まないって。多分」

「それは、うん。わかってる。わかってるんだけどな……どうしても思っちまうんだ。なんであの人が殺されて、あいつが今も生きてんだって」

「なんで殺されたのかもわかんないから、何も言えないけどさ。ヨツバも教えてくれないし」

「……殺した理由なんて、どうでもいいだろ。どんな理由でも殺人は殺人だ」

「そうだけどさ、時代が時代だったからね」

 

 姉が殺された理由を知らないというのは嘘だ。こんな嘘を吐いたのは、醜いと自覚している嫉妬心からだった。

 

 この幼馴染が今でも姉に惚れている事が、惚れた女の仇を討ちたいと願っている事が。どうしても許せなかった。今もそうなのだと思いたくなかった。

 

 

 長く苦しい戦いに耐え切れず壊れてしまった姉は、世界の終末となる前に友守の手で()()された。友守にとっては命じられた仕事の一つでしかなかっただろう。だからきっと、全ての記憶を取り戻したとして五代歌鈴(いつしろかりん)という女の名など覚えていないだろう。

 

 姉のことは大好きだった。いつだって前を走り手を引いてくれる人だった。決して希望を捨てない人だった。そう信じ込んでいたから、心に少しずつ罅が入っているのだと気付けなかった。気付いていれば、心を壊す前に救えたかもしれないのに。そう考えれば、五代には友守を責めようと思えない。

 

 それに、本当は。これで大好きな人を独り占めできると、少しだけ思ってしまったから。大好きな姉が心を壊した末に殺され世界は終末を迎えているという中で、己の醜い恋心を優先してしまった。今も優先し続けている。五代は己に友守を裏切り者と憎む資格が無いのだと自覚している。

 

「……ま、きっとその内思い出すからさ。そん時私がおかしくならないように気を付けといてよ。じゃなきゃ、ちゃんと殺してね」

「あいよ。でも忘れてるかもしれねぇんだけどさ、俺ってのっちゃんにケツ叩かれる側なんだよな」

「たまには叩いてよ。あ、やっぱなし。セクハラだからね」

「叩かねぇしわかってるって。まぁ、そうだな……泣き止ますくらいはできる男だって証明するさ」

「あははっ、期待しないどくわ」

 

 

 ねぇ、ヨツバ。えい君。あなたが何を忘れて何を憶えているのか怖くて聞けないけど、私のことはどれだけ憶えているのかな。私があなたを好きなことは気付いていたのかな。気付いてないんだろうな、お姉ちゃんを好きだったんだもんね。

 

 

 伝えたい言葉は、決して言葉にしてはいけない。今失恋したらきっと本当に心が壊れてしまうから。だから、というのはやはり醜い言い訳でしかないのだけれど。

 

 私を好きにならなくてもいいから、ずっと一緒にいてね。私じゃない誰かを好きにならないで。

 

 心底から己を嫌いになりそうな、呪いの言葉を呑み込んで。

 

 

「――――それじゃ、逃げよっか。逃げて、逃げてさ。人間らしく生きて死のう。ついてきてくれるよね」

「許してくれるなら何処までも」

「なら、一生だね」

 

 ねぇ、お姉ちゃん。せめて、この人の最期は私にちょうだい。心はいつか、諦めるからさ。

 

 醜い願いは、何処までも。

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