「――まぁ。久し振りにキユちゃんの顔を見れたと思ったら、随分とぼろぼろですわね?」
イザナと再会してまず掛けられたのは、そんな言葉とくすくす笑いだった。少し痩せたようだが、やつれているという程ではないようだ。
……生きている。良かった、なんて言葉にしたら叱られてしまうから言わないけれど。それでもやはり、安心してしまう。一番失いたくないものはまだ失わずに済んでいる。それだけで、胸の苦しさが少し弱くなった気がする。
「少し派手に転びました。オウダインさんは見ない間に痩せたみたいですねぇ?」
「そこの怖い聖女様が鍛錬を許してくれないもので。ふふ、可愛かった頃を思い出しますでしょう?」
「おまえを可愛くないと思った事はありませんよ」
くだらない冗談を言える程度の余裕もあるようだ。最悪役立たずだなんだと言い訳を並べて上に迎えを用意させるつもりだったが、どうするかな。こいつは傷を隠す悪癖があるから気を付けないと。
「……キユちゃん、もっと近くでお顔を見せてください。それと、力の限り抱き締める許可をいただけますかしら? 愛おしさで狂ってしまいそうですわ」
「キユの全身の骨が砕けるので却下。それより、傷の具合を正直に答えてください」
後ろからの視線が痛いのでさっさと本題を切り出す事にした。イザナの現状を知らなければ、ここからどう動くかを決められない。
イザナの視線が私と背後の女とを何度か往復する。と、同時に背筋を冷たい何かが流れる感覚。やはり厄介だな。この女の隙をどう突くかも考えなければ。
「全く問題無し、と言いたいところなのですけれど……右脚が思っていたより酷かったようでして」
「いっそ切断するか迷う有様でしたからね。まだ日本の足で歩ける事を感謝して、アルステラの門を叩いていただけると嬉しいのですけれど」
「申し訳ありませんけれど、わたくしの故郷では神を敬う事が禁じられているのですわ。たとえ偉大なる母であろうとも例外無し、ということでお許しくださいまし。勿論、教会の方々には深く感謝していますわよ」
イザナは一つ嘘を吐いたけれど、私は訂正しなかった。勧誘を断るにはよい言い訳だし、敬うつもりが無いのも事実だ。ただ、私達の故郷は本来アルステラをはじめとした神々を深く敬う国であったというだけで。
イザナは礼拝や狩りの前の祈りを欠かさない敬虔な子供で、私は神の教えよりも図鑑や物語を読む方が好きな子供だった。父も仕事前の祈りを欠かさない人だったので、これに関してはよく叱られていたな。
イザナはさておき元々信心の浅かった私が今も生きてしまっているのだ。やはり、神はいるにしても人間などもう見ていないのだろう。
「……外はなにやら大騒ぎ。こうしてキユちゃんが聖女様同伴で見舞いに来た。ふむ、読めました。早めの退院ですわね?」
伺うように言うけれど、イザナはすでに確信しているようだった。実際、その推測は当たっている。
イザナが戦える状態であればこのまま連れて騎士団の詰所まで行くつもりだ。まともに機能していれば魔族の襲撃に突然顕れた塔への対処を話し合っているはず。何か手柄を挙げるにしても情報が要る、詰所が駄目でも何処かに騎士が集まっているはずだ。
……イザナが戦えないのであれば、できる限り遠くの安全な街に跳んでから迎えを要請するつもりだ。まずはこいつの安全を確保してから王都に戻り、イザナの分まで手柄を挙げる。今すぐに浮かぶわかりやすい手柄は、やはり塔の調査かあの魔族の首か。
あとは、トモリを見付けられれば。あれも爺に嫌がらせで押し付けられた子供だが、爺の悪意のままに死なせるのは気に喰わない。いつかこの手で殺すかもしれない子供ではあるが、確定しているわけでもない。生きられるかもしれない子供を見殺しにはしたくない。
まぁ、トモリの事は今はいい。問題はイザナだ。戦えるのであれ、そうでないのであれ。どちらにしろ、これ以上イザナをこの場には置けない。後ろの女には悪いが――
「――退院、ね。させると思いますか?」
かつん、床を踏み叩く音と共に女が呟いた。それが私に向けられたものだと気付くのに一瞬遅れてしまったのは、あまりに濃密な死の予感に身体が動きを止めてしまったから。
みしり、床の軋む音が聞こえた。そう大きな音ではなかったはずなのに、イザナの肩が大きく跳ねた。いや、イザナだけではない。病室にいた他の患者も怯えたように顔を青くして震えている。
「どうにもこう、戰場に出る方々は我々を侮っているところがありますよね。いえ、最近は貴女方に限らないのですけれど。怪我や病気は治してもらえるのが当然だと考える者が多い。多過ぎる」
溜息、同時に病室の鍵が閉められた。かつかつとわざとらしく靴音を鳴らして女がこちらへ迫っている。殺意は感じない、だというのにどうしようもない死の恐怖を身体が訴えている。
なんだ。何を怒っている。何がこの女を怒らせた。何がしたいんだ?
「オウダインさん。貴女に銃をお返ししたのは今王都で起こっている騒ぎからこの病室を守る為です。レッドラムさん。貴女に面会を許したのは心から彼女を心配していると信じたからです。禄に歩けない足で戦場に送り出す為に銃を返したわけでも、連れ出させる為に案内したわけでもないんですよ。まず、これがわかる程度の頭はありますか?」
ゆっくりと、言い聞かせるように女が言う。言っていることは理解できるし納得もできる。ただ、今はそう言っていられる状況ではない。私個人の事情としても、王都の状況としてもだ。
「あの、今はそれどこっ」
「私は問いを掛けたはずですが。それは私は何もわからない愚か者です、ここで殺してくださいという返答と受け取って良いですか?」
鼻と鼻が付く距離に、にこりと笑う女の顔が迫っていた。目が全く笑っていない。
しゃっと何かの走る音が病室中から聞こえた。なんとか視線を周囲へやれば、幾つかの寝台が幕で隠れている。あいつら、逃げやがった。
「同僚ともよく話しますけどね、死にたがりを治すのが一番嫌なんですよ。治してもまた勝手に死にに行く、それで戦場で死ねなければ次こそ戦場で死ぬ為に治してくれと当然のように求める。そしてまた死にに行く。腹が立ちませんか? お前達を治す時間と資材で死にたくない人を救えたかもしれないのにって思う事が多いんですよ。薬だけじゃない、祈りと奇跡も有限なんです。馬鹿に使うのは勿体無い。ねぇヘムウィックさん、ミリアスさん。それにアンドルさんも。そう思いませんか? 私は今この場にいる全員に怒っています。誰が幕を閉じる許可を出したんですか?」
長々と、しかし一息に。一度も息継ぎをせず、噛みもせずに女が言う。その言葉の端々まで強い怒りに満ちていて、私とイザナは何も言葉を挟めなかった。イザナに至っては私以上に怯えているように見える。入院中に何かあったのかもしれない。
「さて。ここまで話せば死にたがりの皆様方にもわかっていただけると思いますが。オウダインさんの退院は許可できません。足の状態を考えればあと三日は許せません。それとレッドラムさん、貴女にも――」
入院してもらう。恐らくは、そう言おうとしたのだと思う。イザナの病室に向かう前から私の怪我についても怒っている様子だったから。ただ、こんこんと扉を叩く音が女の言葉を止めた。止めてくれた、なのか止めてしまった、なのかはまだ判断できないが。
「オレガノ様、騎士団から遣いが来ました。七番街のジュウゾ・アンデッタからです」
重力すら感じる怒りの圧に屈しそうになっていると、扉越しに若い男の声が聞こえた。オレガノとはこの女の名前だろう。ここまで一度も名前を聞かなかったので確証は無いが。
……それにしても、今嫌な名前が聞こえたな。いや、今この状況に限れば助かると考えるべきか。私の予感が当たれば、ではあるのだが。
「中に入れていませんね?」
「は。言伝のみ預かり、即座に帰しました。各員へ伝達、警戒中です」
「よろしい。では、言伝の内容を」
「よろしいのですか……?」
「えぇ。予想はできていますし、ちょうど室内に関係者が二名います。そも、彼らの機密だなんだを守る義務もありません。どうぞ」
かちり。鍵の開く音がするのと同時に、声の印象通りに若い男が入ってきた。
病室に入った瞬間に肩を跳ねさせたのは、室内に満ちていた殺意の混じった怒りを感じ取ったからかもしれない。それでも表情は動かないあたりよく訓練されているようだ。
「オレガノ・オラティオに告ぐ。イザナ・オウダイン、キユ・レッドラムを戦闘可能な状態に治療し返還せよ。これは要請ではない、命令である。現状の王都に於いて、我々騎士の立場は教会よりも重く、その言葉は最も優先されるものであり……」
みしり、ばきんっ。オラティオの立つ床が悲鳴を上げた末に砕けた。三階なのだけれど大丈夫だろうか、と思ってしまったのは現実逃避かもしれない。
相当に恐ろしい顔をしているのだろう、男がひっと小さく声を漏らした。あの爺、やはり人を不快にさせる事に関しては天才的だな。指を切り落としたくなってきた。
「けっこう、大凡理解しました。部屋の用意と……動ける者を、聖堂に集めておいてくれますか?」
「……は」
短く応え、男が病室を出てゆく。私もそれに続いてここを出て行きたかったが、睨まれている状況では指も鳴らせない。
……それにしても。あの爺、どうして私がここにいるとわかったんだ。表向き、私とイザナはかなりの不仲を演じているはずだが。いや、角女との戦闘からずっと監視していた可能性はあるか。私がここに向かうのを見て遣いを寄越したのか?
「良かったですねぇ、お二人共。飼い主さんから最優先で治せとのお達しです。お望み通りです。良かったですねぇ」
ぱんっと手を叩きオラティオが言った。全く良いと思っていない声だ。にこりと固められた笑みはやはり目が笑っていない。なによりも、歩く度に床が悲鳴を上げている。
「あの、キユはそんなに怪我を」
「してますよ。息が乱れていますし、反応も遅い。今の貴女なら私でも瞬きの間に十度は殺せます。前にお会いした時は六度程だったのですけれど、弱っていますね」
それは誰と比べているんだとは思うが、評価自体は恐らく正しい。正直に言えば無理矢理傷を塞がれただけで身体中の痛みは全く消えていない。爺の横槍が無ければ抗えずに入院させられていただろう。
肩を掴まれ、再び顔を近付けられた。以前顔の良さには自信があるようなことを言っていたが、今この状況では純粋に恐怖しか感じられない。そう、正直に言って怖いのだ。瞳に怒りが渦巻いているのがよくわかってしまうから。
「……少し愚痴を吐かせてください。どうにも彼らには勘違いされているようなんですけどね、我々がまだ王都にいるのは情けなんですよ。先の騒ぎで中央は駄目になったみたいですし、この厄介事が終わっても治療費の請求は望めそうにない。教会としては、さっさと逃げても問題無いわけです。こんな国を見捨てたところで教会が責を問われる事は無いですし」
ただ、オラティオはそう続けて長く息を吐く。ほぼ同時に病室へ担架を担いだ癒し手達が入ってきた。手際が良いのもあるが、イザナも何かを諦めたように彼らの指示に従っている。本当に入院中何があったんだ。
「その手で救える者には可能な限り手を伸ばせ、とは黎明から語り継がれてきた母の教えですからね。それに、貴女方の本来の飼い主には恩を売っておきたいですし」
「本来の、とは……キユには心当たりが」
「――ねぇ、犬ころ? 私今すごく怒ってるんです、あんまりきゃんきゃん煩いと歯を全て新品に代えますよ。手早く済ませたいので痛くなりますが、耐えてくださいね」
ぼきん。指を鳴らしながら言う姿は、聖女というよりは拷問官や裏路地のごろつきにしか見えないけれど。ずっと身体中を締め付けるように感じられた圧が消えたあたり、確かに治療はしてくれるのだろう。いや、恐怖はむしろ強まっているのだけれど。
私は歩けるのでイザナを運ぶのを手伝おうとすると、イザナがちょいちょいと手招きをしてみせた。何かと思いながら顔を寄せて気付いたが、イザナの顔が青い。やはりかなり無理をしていたのかと心配になったが、そうではなさそうだ。
「キユちゃん……一つだけ、助言を差し上げたいのですけれど。よろしいでしょうか」
「どうぞ」
「オラティオさん……あの聖女様、医術も祈術も確かに優れているのですけれど……その」
「その?」
イザナが口籠る。こいつがこうして口籠る時というのは、大抵碌でもない何かがある。この時点で私は覚悟を決めるようにしている。
「どうぞ、言ってください」
「…………その、文字通り死ぬ程痛いのですわ。わたくし、傷が塞がるまでの間に心臓が二度止まったそうなのです」
「なる、ほど」
イザナはこういう時に冗談を言わない。つまり、事実だ。この情報は先に知っていてよかったと思うべきなのだろうか。それとも知らないでおいた方がマシだったのだろうか。
この後、寝台に拘束された私はどちらであれそう変わらないという結論を得た。歯こそ新品に代えられずに済んだが、イザナやあの病室の連中がオラティオをひどく恐れていた理由がよくわかる時間だった。
※
『――この状況は君の引いた絵図通りなのかな?』
王都から少し離れた山の奥。着信に出て最初に掛けられたのは、恨みたっぷりなお爺さんの声でした。どうやらかなり怒ってるみたいですね。
……どうにも鳥の数が多くて嫌な感じがするなと撒いてたら、けっこう遠くまできてしまいました。あれ、どう見ても魔術師の類が放った使い魔ですし逃げたのは正解だと思うんですけども。
「はて、何のお話でしょう?」
『とぼけるなよ。君、魔族とも通じているな。あるいは君もまた魔族か。……ああそうか、終末信仰の始まりは魔族からだものな。世界を腐らせる屑共め』
「……はてさて。なんのことやらさっぱりですが」
押し付けるなよ、そのくだらない信仰はにんげんから始まったものだろう。訂正したくなるのをぐっと堪えて適当に言葉を探します。正直さっさと切っても問題無いんですけど、ラス君が逃したならある程度情報を得るべきかな。あの子の場合、故意か否かの判断が難しいんですけども。
「興奮されているようですが、いかがしましたか? 儀式は三日後の予定だったはずですが」
『……とぼけるなと言っているんだ。君が魔族共に情報を流したんだろう。おかげで王都は滅茶苦茶だ。君の所為だぞ』
王都だけじゃないんですけど、このお爺さんがそれを知るのは明日以降でしょうね。王国は他国の情報を仕入れるのが遅いので、海の外に関しては知らないままかもしれません。
――さて。正直なところ、あたしの今回の仕事はもう終わりと言える状況です。探し物の一つは見付からないままですが、もう一つは無事に見付け秘匿を暴く事ができましたし。ついでに私的な怨みを一つ晴らせました。老い耄れた傀儡とはいえ、まだ生きている事は許せませんでしたしね。
十時輝夜、月のお姫様。彼女はその亡骸すらも冒涜され、故郷を穿つ幾つもの兵器とされたのだそうです。我々の先祖には彼女と血の縁があった者も少なくなかったそうで、彼女を見付け弔うのは長年の悲願でもありました。旧世界の終末を生き延びた同胞は、もうほとんどいなくなってしまいましたけども。
姫様は、先に旅立った彼らの悲願を決して忘れようとしませんでした。御父上さえ諦めた悲願を、決して。
『……認めるよ。ここまで僕は君を利用しているつもりで利用されてきた。おかげで計画がパーだ。それは認めるしかない』
少し思案していると、お爺さんの疲れたような声が聞こえました。溜息、いや息切れかな。はあはあと煩いし気持ち悪いな。
……計画ね、このお爺さんも王国で何かやらかすつもりなのは知っていましたけど。いまいち何がしたいのかわからない要求ばっかりされたんだよなあ。
終末を喚ぶ儀式、脱走した剣聖の行方。果ては王国を蝕む混沌の現状。あたしに聞くより君らで頑張って調べなよって内容のが多かったのがちょっと不思議です。やっぱ国としてもう機能できてないのかな。どうでもいいけど。
「おや、計画ですか。お手伝いできる話であれば、お聞かせ願いたいところですが」
『もういいよ。やっぱりこういうのは自分の手と足でやるべきなんだとよくよく理解できたよ。それに、待ち過ぎるのも良くないと学べた』
「それはそれは。おめでとうございます」
『黙れよ。殺すぞ愚図が』
怒りを感じる低い声、同時にみしりと音が聞こえました。この遺物を強く握るとする音ですね。あたしのじゃないからいいですけど、あっちの遺物壊れちゃうんじゃないかな。
『……かぐやの秘匿が暴かれたのも、君の謀りの結果だろう。何を考えているのかか知らないけれど、君はこれから後悔する事になる』
「はて、なんのことやら」
『僕らがあれを封じていたのはね、魔族と旧世界人への優しさだったんだ。旧世界最期の絶望と恐怖を忘れさせてあげようという善意だったんだよ』
押し付けがましい善意だな。余計なお世話というものです。だけども、言い返すのも疲れるので適当に聞き流すべきでしょう。結局のところ、このお爺さんは八つ当たりと負け惜しみがしたいだけなのですから。
……いえ。一つだけ、心当たりが無いわけでもないんですけども。どのみち余計なお世話で負け惜しみである事実は変わらないんですけども、それでも確かに考えるべき点はあります。
かぐやの亡骸を見付けるのは最も重要な使命の一つでしたが、見付けた後にするべき事と起こる事。それは、常に考えていなければいけない事です。あたしに与えられた任は秘匿を暴く事のみでしたが、その後は誰がどうするのか。
『あいつを殺したら、返してあげても良いと思っていたんだ。僕もこの世界に未練が無くなるし、君達があれをどう使おうと興味も無いからね』
げほげほと咳音、それに混じって水音も聞こえました。ラス君が相当に追い詰めたのか、ただの歳なのか。どちらであれ、長くはない音の咳です。ただ、そのわりに死への恐怖を感じられません。受け入れているという感じでもない。
『本当に、最悪だよ。寄生先は勝手に腐っていくし、借りた馬鹿犬共は役立たず。人擬きの魔族共はいつもあと少しというところで邪魔をしてくる。昔から何も上手くいかないんだ。僕って運が悪いから』
咳き込みながら、それでもお爺さんは話し続けます。意味のわからない、どうでもいい愚痴です。そのはずです。
それでも通話を切らないのは、どうしてなのでしょう。最後まで聞いてやろうなどという優しさではありません。ただ、何か嫌な予感がしているんです。聞き逃すと後悔する何かを言おうとしている、そんな嫌な予感がしているんです。
死が迫っているのを感じさせる不快な咳音。その後に、くつくつといつもの嫌な笑い声を上げてみせて。
『――――かぐやは今も月への帰還を夢見ている。空に星が無くなるまで、彼女は手を伸ばし続ける。それじゃあさようなら、情報屋さん。君にもいずれ、謀りの報いを受けさせるよ。今日を生き延びられたら、ではあるけれど』
ぷつり。呪いの言葉を残して、通話が切れました。それとほぼ同時に大きな揺れ、遠くに見える幾つもの建物が崩れて沈んでゆきます。
かつて王城の築かれていた王都の中央には、どくどくと脈打つ巨大な肉の塔が聳え立っています。開かれた掌のような形状の天辺は、まるで空へ向かって手を伸ばしているようで。
なんであれ、あたし単身ではどうにもできません。あれは大き過ぎますし、騎士や傭兵が塔の周辺へ集ってゆくのも見えています。あの赤ずきんちゃんも次は最初から本気で来るかもしれませんし。
「……はあ、一旦退却ですかね。一応の仕事は終わりましたし、この状況も伝えないとですし」
少し気が進まないというか、憂鬱でもあるんですけども。ここらで戻らないと普通に死ぬか後でめちゃくちゃ怒られますからね。
……トモリさん、無事でしょうか。ラス君が上手く見付けて迎えてくれてるかな。いえ、それよりも問題なのは。
魔族であるあたしを。ずっと騙していたあたしのことを、受け入れてくれるのかな。まだ友であると、思ってくれるかな。
あの子に嫌われたくないなと思うのは、どうしてなんでしょうね。別に、嫌われたって次を探せばいいだけのはずなのに。
もしもあの子が、あたしを許してくれなくて、いつか姫様にも刃を向けたら……いえ、そうなったら姫様に届く前に殺すだけなのに。そのはずなのに。
どうしてだか、その未来を考えるととても怖くなるんです。絶対にそうしてはいけないと、胸がずきずきと痛むんです。あたしは、何を恐れているんでしょうね。