旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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ココネと消えない憎悪

 この新世界で旧世界の遺跡と呼ばれるものは、旧世界人の想いが強く遺った場所とされています。

 

 新世界人を名乗るにんげん達は、元々彼らの故郷にあった大地や城などを全てこの世界へ移すつもりでした。トモリさんは上書きや侵食と呼んでいた現象ですね。彼らの試みはほとんど成功したようですけども……全てとはいきませんでした。

 

 旧世界の神が祀られていたという聖域や、多くの人が避難して最期を迎えた建物。それに、戦士達が命を散らした戰場など。多くの人の強い想い……祈りや呪いが集まる地は、今も旧き姿のままそこに在ります。隣の世界からの干渉を、時の流れをすら拒絶したそれは本来であれば朽ちているはずの年月が過ぎても在りし日の姿を保ち続ける。世界を渡り塗り替えるなどという理外の力を受けた影響なのか、旧世界人の想いの力なのか。その答えはまだ出ていませんけども。

 

 遺跡と呼ばれるこれらは、外観こそ千年以上の時が過ぎた今でも変わりませんが内部は非常に不安定なものが多いです。外と時間の流れが違ったり入る度に景色が変わったりと、内部の情報無しに入るとそのまま帰ってこれなくなったりするわけです。これで追手を完全に撒けると良いんですけどね。気配は無いので大丈夫とは思いたいですけども。

 

 ……さて、本題。かつてはチカテツなどと呼ばれていたらしいこの巨大な地下洞窟もまた不安定な遺跡の一つです。他の空間へと繋がっている裂け目や穴があるのもそうですが、なによりもこの世界とあたし達の世界――あえて魔界と呼びましょうか――とを繋ぐ門が開きやすいんです。

 

 なんというのが正しいんですかね、抵抗が少ないというのが近いかな。まとめると、危険ではあるものの気を付けてさえいれば我々には便利な遺跡というわけです。

 

 余談ですけど、意外な事に旧世界人は遺跡を拠点には選びたがらないそうです。昔を思い出してつらくなるんだとか。

 

「どうもどうも、お疲れ様で……おっと、武器向けないでくださいよ。味方ですって」

 

 遺跡の奥に着くと見張りの同胞がいたので声を掛けたんですが、警戒した様子で構えられてしまいました。きちんと顔見せたうえで構え直されると傷付きますよね。まあ、いつもの事と言えばそうなんですけども。

 

「……生きてたのかよ、角無しが」

「ええ、見ての通りお仕事きっちりしてきましたとも。まあお腹をさぱっと裂かれちゃったんですが、今頑張って塞いでるところですよ」

「聞いてねぇよクソが。黙ってろ」

 

 おやひどい。やっぱり若い子には嫌われがちですねえ。いえ、昔馴染みも好いてくれてるかと言われればそうでもないんですけどね。

 

 ……角や尾、翼。それぞれに様々なひとでなしの部分をもって生まれた魔族達ですが、魔界を故郷として生まれ育った若い子達はこのひとでなしと呼ばれる部分を誇りに思えるように育てられてきました。それ自体は良い事なんですが、にんげん達の悪意に触れる機会が少なかった子はその誇りを自らの手で削り取る者への理解が足りないところがあります。

 

 にんげんの親や大人に角を折られた、翼を捥がれた。これはまだ理解できる、同情もできる。だけども、自分でそれをやるというのは理解できない。軽蔑さえしてしまう。にんげんと認められる為に、殺されない為にとその手で角を削って折った痛みを。化物の仲間でないならできるはずだと強いられ、家族や友を生きたまま捌いてその肉を呑み込んだ絶望を。同胞の愛に守られてきた子供はこういった苦しみを知りません。いえ、知らない方が良いんですけどね。

 

 ……それに、あたしが特に若い子に嫌われているのは自分で角を折って削っているからというだけではありませんし。それもわかっています。

 

 誰だって、仕事にやる気の無い古株なんてのは目障りですよね。偉大なる魔王様を姫様と呼び続ける無能で怠惰な老害……うん、特徴だけ並べると確かに嫌われるところしかない。あたしが彼らの立場ならきっと適当に理由を用意して粛清したくてたまらないはずですもん。

 

 まあ、そんな嫌われ者のあたしですがお仕事はまだ続いていますしここで睨まれ続けるわけにもいきません。ちゃっちゃかラス君に報告して、トモリさんも探したいところですしね。あの子、急に拐われて泣いてたりしたらどうしましょう。あたしの事情をどう説明するかも問題です。

 

 そんなこんなと睨まれながらも開門の術式を起動すると、思っていたよりもすんなりと開いてくれました。少し前にも開いた痕跡があるので時間が掛かると思ったんですけど……ラス君は魔術というか魔力の扱いがかなり雑なのを考えると、違う誰かがやったのかな。あたしの知ってるラス君の配下で一番丁寧なのはメリルさんかなあ。覚えが良かった気がします。

 

「ではでは、お先に失礼しますねえ」

 

 一応挨拶してみたらへ返事の代わりに舌打ちが二つ返ってきました。いくら嫌われ者といっても、もうちょっと優しくしてくれてもと思うんですけどね?

 

 

 

 星の無い夜空を見ると悲しくなるのはどうしてなのでしょうね。魔界の空は久し振りとはいえ、幾百年と見てきたはずの景色なのですけども。

 

 ……やっぱり、ここ百年程は向こうで星空を見る事ができたせいですかね。この世界はやはり終わってしまったのだと突き付けられているようだから悲しくなるのかもしれません。再生なんてできないのだと、諦めたくなってしまうから。

 

「まあ、感傷に浸ってもしょうがないですね……」

 

 独り言ちたところで誰も否定も肯定もしてくれないわけですが。寂しくなってきましたし早く城へ向かいましょう。

 

 ――さて。冷たい視線に手を振ったり肩ぶつけられてぷんすかしたりしながらも、ラス君に渡されていた地図を頼りに城へ辿り着いたわけですが。

 

「ええっと……これ、どういう状況ですか?」

 

 ラス君達がいるという部屋へ案内されて最初に出た声は、我ながら情けない困惑に満ちたものでした。

 

 ものすごく機嫌の悪そうなトモリさんと気不味そうなラス君、それからトモリさんの隣で跪いてる知らない子とラス君の膝に座っている知らない子。それと、ここまで案内してくれたメリルさんが隣で溜息を吐いています。この状況を知ってたなら道中に教えてくれてもよかったんですけどね。

 

 というかこれ、不味くないですか? あたしの素性とか目的は状況が落ち着いてからって考えてたんですけど……本当にどういう状況なんですかこれ。

 

 

 とはいえ、今はそれどころじゃないですね。やらないといけない事がまず一つあります。後が面倒ですし気乗りはしないんですけども、全部ラス君が悪いということで。

 

 

「……色々と説明が欲しいところですが、とりあえず」

 

 想像するのは不可視の筆。右手を上げて、すっと線を引くように。線が走るのは――ラス君の首。

 

 ひゅんっと風の走る音が一つ。ついでにごろりと首の落ちる音がするべきなんですが、しませんでした。さすがに防ぎますよね。避けなかったのは意外でしたけど。

 

 赤髪の青年が、にっかりと獰猛に笑っています。剥き出された牙は鋭く、口の端からは火の粉を散らして笑っています。首をよく見れば鱗ができている……人形遊びの成果かな、少しは器用になったみたい。

 

「良いのかよ? 巻き込むとこだったぞ今」

「姫様に魔術教えたの誰だか忘れちゃいました? 君はそれなりに味わってきたと思うんだけどな」

 

 さてさて。状況はさっぱりですがわかった事も少しあります。疑問も増えてしまっているわけですけども。

 

 まず、どうしてかトモリさんがここにいる。あたしはてっきり他の勇者とまとめてるか気を利かせて何処かに寝かせてくれてるかだと思ってたんですが、何を間違えたかラス君と一緒にいますね。知らん子に跪かれながら不機嫌そうにしています。

 

 次。その知らん子ですけど、恐らく同胞です。耳が四つあるのでわかりやすい。どうしてここにいるのかなど気にはなりますが、一旦捨て置いてよしとしましょう。

 

 次。これが問題です。また知らん子なのはどうでもいいけども、首の光輪がよろしくない。幼い子供の姿こそしていますが、これは終末です。世界を終わらせる災厄、殺さねばならない怪物です。あたし達の明日の為に、否定しなければいけない存在です。

 

 それがどうしてここにいる? さすがにこれは無視できません。許してはいけないんですよ。腑抜けたどころの話ではなくなります。

 

「まァ、こうなるわな……話を聞いてくれる気はあるか?」

「遺言であれば」

「そう言ってくれると思ったよ同胞殿。まァ長く語るつもりは無ェから安心してくれや」

 

 あたしの殺気を気にもせず、膝に乗せた終末の頭を撫でながらラス君が笑います。その終末はといえば無邪気に笑って頭をラス君の胸に押し付けています。なんですかねこれ。怪物が何をしてるんですかね。

 

「睨むなよ、怯えるだろ。最初に誤解を解いておくと、こいつはまだ終末じゃない。ユリィカと名付けたんだ、覚えてやってくれ」

「……その光る輪っか、見えてないんですか?」

「それでもまだ、にんげんだよ。光輪なんざ誰でもいずれ戴くもんだろ、少し眩しいだけさ」

「そんなわけ――」

「――なら、陛下はどうなんだ?」

 

 その問いは、予想の外にありました。いえ、予想するべきだとわかっているんです。それでも、考えたくなかった。だから気付けなかった。姫様は別だと答えるべきなのに、言葉が出てくれませんでした。

 

「この光を赦せないのなら、先王を討ったあの夜に陛下も討つべきだっただろう。オレは、あの方が黒い光の冠を戴くのを見たぞ。あの昏い光をテメェも見たはずだ。だが、オレ達は誰もあの方に刃を向けなかった。違うか?」

「それはっ」

「違わねェよな。違うと言うなら、何が違うか言ってみろ」

 

 ……ああ、成程。一つ納得してしまいました。この状況でメリルさんが全く動かないのは妙だと思ったんです。

 

 この子がラス君に忠誠を誓っているのは知っていましたし、あたしや彼が姫様を慕っている事をよく思っていないのもわかっていましたから。あの終末をラス君が受け入れているなら、この子の敵はあたしになるはずなのに。少しも動きを見せないのはおかしいとは思っていたんです。

 

 なんてことはありません。ただ、ああ問い返されてしまえばあたしは何も言えなくなってしまうから。そうして少しでも冷静になってしまえば、どうしてだかここにいるトモリさんを無視できなくなってしまいます。旧世界人である彼女にどこまであたし達の事情を話して良いのかも考えなければいけなくなりますし、それを気にすればあたしはもう何も言えません。

 

「まァ、そう怒るなよ。一緒にするなと言いてェんだろうがオレからすれば同じって言いてェだけさ。陛下は己の怒りと絶望を抑え魔王を継いだ。なら、こいつにもそうさせてやりたい。そう願うには王都での仕事を済ませねェと……ってェわけで、事が済むまで見逃してくれや」

 

 それは、もう決まっているとでも言うような声でした。にっとした笑顔にもうあたしの答えまで決まっているかのような声は、まるで質(たち)の悪い金貸しのようです。本当に殺したい。

 

「……見逃してあげると思います?」

「思うねェ。これ以上ダチの心証を悪くしたくねェなら、ここでオレと喧嘩はできねェだろ」

 

 気にしないようにしているつもりでしたが、視線がトモリさんへ向いてしまいました。彼女もこちらを見ていたようで一瞬見詰め合い……ほとんど同時に逸れました。気不味い。

 

 少し意外なのは、ここまでのラス君との遣り取りでトモリさんに怯えた様子が見えない点でしょうか。仮にも勇者なのだしとは思っていましたが、実際あたしが思っているよりも修羅場慣れしているのかもしれません。良い事ではあるんですが、ちょっと複雑ですね。

 

 

 本当は、この子とはただ話すだけの友でありたいと思っていました。旧世界の技術や歴史を知る限り教えてくれれば、後は本当に一緒に笑ってくれるだけで良いと思っていたから。戦えなくて、戦うのが怖い子であれば。適当な理由を付けて安全なところにいさせてあげられたから。そ身勝手な理由ばかりですけど、本当にそう思ってるんです。

 

 時々疑問に思います、どうしてこんなにこの子に優しくしたくなるんだろうって。笑顔が似てるせいなんでしょうけどね。この子、笑い方が幼かった頃の姫様に似てるんです。魔王を継いでからは、あんなふうに笑わなくなってしまったけども。

 

 今考える事じゃ、ないですよね。今は、他にたくさん大事な話があるんですから。

 

 

「……もう、いいです。今は乗ってあげますけど、後で覚えておいてくださいね。君の首だけで済むかどうかも、よくよく考えることです」

「応よ、考えて辿り着いたのが今さ。とりあえず最初の賭けには勝てたしな、後は楽なもんよ。なァメリル!」

「うす! 正直我が王が何考えてんのかさっぱりすけど!」

「ユリィカも! ユリィカもわかりませんけど!」

 

 がはは、と二人と一体が笑い始めました。終末はさておきラス君とメリルさんは嘘吐いてますね。こいつら絶対まだ何か企んでる。

 

 トモリさんは……あ、すっごい嫌そうな顔してる。よかった、トモリさんの感性はあたし寄りだ。この子もあれを受け入れているならと考えると怖かったので、ちょっと安心しました。

 

 ……まあ、ここからも大変なんですけども。あたしは彼女を騙していた事を謝罪しなければいけませんし、トモリさんに対してもどうしてここにいるのか問い質さなければいけません。

 

 王都での仕事はまだ終わっていません。月へと至る鍵、最も求めていた探し物は見付かりませんでした。だけども、まだやらなければいけない事は残っています。

 

 月面砲撃塔かぐや。あれを破壊する事も、我らが悲願の一つです。そしてきっと、旧世界人であるトモリさんにとってもそうであるはず。これはあたしの願望なだけかもしれませんし、本当は壊した後に確認をしたかったんですけども。

 

 

 厄介なお爺さんに、法国の猟犬の始末。できれば王国聖騎士団とアルステラの聖女も。ついでにやれればという仕事は多いんですけど、この辺りは諦めておくべきですかね。一つずつならさておき、全てと欲張ればさすがにあたしとラス君でも死にますし。

 

 やれる事からこつこつと、それが一番大事ですよね。まずは、トモリさんとの信頼関係を築き直さないと。ラス君の悪巧みのせいででしっちゃかめっちゃかにされていますが、まだトモリさんの勧誘はできるはずです。やっぱり王国に帰るなんて言われたら困りますし――

 

 なによりも。そう、なによりもです。あの赤ずきんちゃんにだけは、奪われたくありませんから。

 

 レッドラム。にんげんと魔族の区別無く、その名を恐れない者は西の地にはいないと言ってもいい存在ですけども。あたしにとっては特別憎い名です。

 

 あの子じゃないのは、わかってるんですけどね。でも、両親の仇と同じ名前をしていたら、誰だって憎いじゃないですか。殺したいじゃないですか。百年、千年とどれだけの時が過ぎたとしても。この怒りと憎悪は消えてくれません。

 

 

 ――うん。やっぱりあいつ、邪魔だなあ。できるなら殺しておきたい。

 

 

「さて、ラス君を詰めるのは後にしてお仕事の話をしましょうか。そんなに時間は残されてないですからね。トモリさんも……ごめんなさい、きちんとお話するのは後にさせてもらっても良いですか?」

「…………はい。わたしも言いたいことと聞きたいことがありますけど、今は優先するべきはそれじゃないですから」

 

 話が早くて助かりますね。やっぱりあの塔はトモリさんにとっても重要と見て良いのかな。そう考えれば、ラス君が勝手に巻き込んだのも悪くないと……言えるかは怪しいですけども。

 

 あの子を殺したら、トモリさんは悲しむのかな。怒るのかな。いけないな、どうでもいいことばかり考えてしまいます。今大切なのはあたしの憎悪じゃないのにね。

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