旧世界より、愛と呪いを込めて   作:にとずみ

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キユのお仕事、イザナの信条

「――トモリさんは、魔王の怒りって知ってますかぁ?」

 

 トモリが寝床に使っている内の一つである、十二番街の橋の下。もう数年はやっていると言うのに未だに慣れず自分でも嫌になる間延びした口調で問い掛けると、トモリはきょとんとした顔で私を見た。まあ、そういう顔をする気持ちは理解できる。私なら「いきなりなんですか」くらい返す。なんなら嫌味も混ぜる。

 

「ご、ごめんなさい……わたしの知らない話だと思います。えっと……五つの終末とは、違う話なのかな」

「違うお話ですねぇ。……五つの終末のことは知っているんですか?」

「起きたばかりの頃、団長さんに聞かれました。君の時代の話なんだから、覚えてるよねって。あんまり覚えてないから、役に立てなかったんですけど」

 

 勇者に終末の話を振るのは御法度だと思っていたのだが。昨日のイザナの推測、当たりに近いのかもしれないな。

 

 ――五つの終末。旧世界が滅びた原因であるとされる、終末と呼ばれる化物達の中でも新世界に名が残る程強力だった五体がそう呼ばれている。初めにそう呼び始めたのは、確か今は終末観測所と名乗っている連中だったか。

 

「あのじっ……んん、団長様とは何をお話するんですか? キユなんか呼び出される度にいじわるされるんですよ! ひどくないですか?」

「い、意地悪は、されませんけど……思い出したことはあるかって、よく聞かれます。多分……わたし以外にも、そうしてるんだと思いますけど」

 

 それは当たっている。王国、特に王都近郊では勇者には不定期に記憶の確認と精神鑑定が行われるそうだ。あの爺自ら行うというのは聞いた事が無いが。

 

 少し、仕掛けてみるか。効果はさておき、いくらかは爺どもへの嫌がらせになるだろう。

 

「トモリさん、黙秘権って知ってます? 情報は武器なんです、思い出したら全部話すというものじゃないんですからね? あ、でもキユには言ってくださいね! 相談に乗って、それから……高い売り方を教えてあげます!」

「ありがとうございます。でも、うん。そうですね。知ってほしいことは知ってほしいけど、そうじゃないことは、知られたくないですよね……うん」

「そうです! こういうのはね、都合のいいことだけ教えちゃえば良いんです! 嘘とほんとをごちゃ混ぜにして、歴史家を大混乱させちゃいましょう!」

「あはは……わたし、嘘下手だからすぐにばれて怒られちゃいます」

 

 適当な会話を続けながら先の言葉について考える。知ってほしいこととそれ以外、嘘は下手。この子と爺の遣り取りがどれくらい前から、どれだけの頻度で行われたのかは知らないがそれなりの回数を重ねているのだろうとも思う。爺の話になった時、少しだけトモリの瞳と声に陰を感じるのだ。嫌悪感、というのが最も近いか。

 

 トモリと爺の関係については、今はまだ触れない方がよいだろう。この子が本性を隠した化物であれば警戒されて殺し難くなるし、そうでなければただ精神的に追い詰めるだけになるかもしれない。

 

 あるいは。理性的な化物であるならば、関係を築く事もできるかもしれないが。少なくとも、この王国を地図から消すまでの間は。

 

「お話を戻しますねぇ。魔王の怒り……トモリさんでもわかるくらい簡単に言うとすっごく強い魔族をですね、倒そうって話があるんです。勇者も増えましたし、そろそろ人間の怒りも知ってもらうべきだってことです」

「人間の怒り、ですか」

「はい! ずうっと昔から人間(キユ達)と魔族は仲が悪いんです。たくさん殺し合って奪い合ってきましたけど、最近は魔族に押され気味ですから。王国は人間の勝利への道の一歩目になりたいんです。ほら、その後他の国に大きい顔できるでしょ?」

 

 こんな話、旧世界の人間がそんな話をされても困るだけだろうにとは思っている。それを口にすることも、顔に出すことも決して無いが。

 

「……あの。魔王の怒りって、誰がそう呼んだんですか? それとも、魔族の人達がそう名乗ったんですか?」

「最初がどうだかは知りませんけど、魔族の中にそう名乗り、呼ばれる個体がいるのは事実です。魔王が優秀な魔族を選んでそう呼んでるっていうのが通説ですね。何匹いるとかそういうのはわかりませんけど」

「倒そうって言われてる人……魔族、は。それだけの恨みを買ったんですか? それともっ!?」

 

 言葉の途中でトモリの口に手を当てて無理矢理話を止めた。これ以上言わせるのはさすがに不味い。

 

 人の気配と足音が四つ。三つは橋を渡っている市民だが、一つはこの区画では聞くはずの無い音だった。聞き慣れた靴音、ジュウゾの騎士団で支給されている靴の音が通り過ぎては戻ってきている。監視だとしたら下手過ぎる。つい数日前に呪いの巻き添えで死に掛けた私が言えることではないが。

 

「むぐっ……あの、キユさん」

「トモリさん。それ以上は言わないでください。それから、キユ以外にこういうお話は絶対にしないでくださいね」

 

 顔を耳に寄せて、トモリにだけ聞こえるように囁いた。普段ふざけている人間がこういう時に真剣な声を出すと中々怖いそうだが、果たしてこの子に通じるかな。通じなければもう少し強引な手を取らなければならなくなる。

 

 ……それにしても。この子が勇者だけでなく制服共からも嫌われている理由がわかった。魔族を人扱いするだけでも国によっては何をされてもおかしくない罪になると知らないんだ。旧世界の人間なのだから当然といえば、そうなのだが。

 

 このまま放っておけば、何処かで裁判に掛けられて処刑されるのではないか。身体がやたらと頑丈とはいえ、不死の類ではないだろう。あるいは不死と呼ばれる身体であったとしても、やりようはいくらでもある。死に等しい、あるいはそれ以上の罰なんていくらでもあるのだから。

 

 

 今から口にするのは、余計な御世話というものなのかもしれない。いや、間違い無くそうだろう。だが、私には必要な言葉だ。トモリでも、キユでもなく……私に必要なことを言おう。私をこれからも納得させる為に必要な言葉を。

 

 

「ねぇトモリさん。キユねぇ、けっこう旧世界の歴史お勉強してるんですよ。戦争がたくさんあったことも、扱う言葉や肌の色、食べ物の違いとかいろいろな理由で差別があったことも知ってます」

「……そう、ですね。それは、憶えてます」

「なら、わかりますよね。この新世界の戦争もね、それとそんなに変わらないと思うんですよ。魔族は人間と同じ言葉を扱うし同じものを食べるけれど、キユ達に無いものを持っていて有るものを持っていないんです。お互いに怖くて憎いからどちらかが滅ぶまで殺し合うしかないんです。そういうものなんですよ。でも、怖いって認めたくないから見下してるんです。これは誰にも言ってはいけない内緒の話ですよ」

 

 言いたくないことを言っている。納得していないことを納得しようと、させようとしている。それでも言うしかない。納得して、させるしかないんだ。事実として、人間も魔族も共存する気なんて無いのだから。一部が望んでも、全てが望まないのなら共存は叶わない。

 

 それでも、トモリは納得しない。まるで童話の勇者様のようだ。みんなが仲良く手を取り合える世界なんて、童話の中にしか存在しないというのに。あるいは、童話ですら許してくれない。

 

「……たとえばのお話。混沌がこの世界の全てを呑んだとしても。それでも、人間と魔族は手を取り合えないんでしょうか」

「……混沌も知ってるんですか。はい、そうですね。呑まれて溶けてひとつになるまで、足を引っ張りあうと思いますよ。月から降る獣に幾億と殺されて、それでも同族間の戦争を続けていた旧世界人と同じように」

「そっか、うん……そっか。そういうもの、なんだ。そういうもの、なんですよね」

 

 

 重くて固いものを、無理矢理飲み込もうとしているような。吐き出さないように堪えているような、耳にしていると、こちらの方が吐き出したくないものを吐き出しそうになってしまいそうだ。

 

 腹の奥に手を突っ込まれて、おまえも何かを隠しているんだろう。無理矢理飲み込んだだけで吐き出したいんだろうと探られているような気持ちの悪さがあって。黙って納得しろよ、諦めろよと怒鳴り散らしたくなってしまう。

 

 人間と魔族は共存できない。魔族はどうしようもない悪で、どちらかが滅ぶまで殺し合うしかない。国に関係無く、ずっと信じられてきたことだ。旧世界が滅び、この新世界となってから。数百年に渡り伝わってきた常識だ。これを受け入れられないのは、一部の勇者だけだ。

 

 そういう者は、いつかこの新世界に絶望しておかしくなってしまう。黒波アルガや混沌喰らいのシチラクのように、世界を滅ぼす災厄となってしまう。この世界の常識を受け入れられない者への強い嫌悪感は、新世界人に備わった本能なのかもしれない。こいつを放っておけば、自分達の世界を否定する化物になるのだと。本能が警鐘を鳴らすのだ。

 

 

「うん、そっか。そうだよね。あの、ありがとう……いえ、ごめんなさい。わたし、キユさんに嫌なこと言わせちゃいました」

「……別にありがとうでいいですけど? トモリさんがお友達じゃなかったらこんな親切しませんでしたし!」

「……ありがとう、ございます。うん、キユさんが良い人で良かった」

 

 何がいい人だ。私が善人なわけがないだろ。納得するなよ。おまえは怒るべきなんだよ。私を嫌うべきなんだよ。喉から出かけた言葉を吞み込んで笑顔を作る。納得させようとした私が、納得するなと怒ってはいけない。

 

 

 わかっている。わかっているんだよ。なのに、この子を見ていると苛々するんだ。これで上手くやってきたはずなのに、この子の言葉を聞いていると心の奥底に沈めた何かを無理矢理掬い上げられているような気持ちの悪さを感じるんだ。私のこれは、私個人の問題なのかな。新世界人の本能のようなものなのかな。後者であってほしいものだが。

 

 

「トモリさんが変なことばっか聞くから脱線しちゃいました。お話、戻しますよ」

 

 ぴっと鼻先に指を突き付けてみせると、しゅんと申し訳なさそうな顔でトモリが頭を下げた。よし、少し気持ちが楽になってきた。この馬鹿みたいな演技の数少ない利点は八つ当たりで気晴らしがしやすいところだ。

 

 ……後々冷静になった時自己嫌悪に襲われるのでやはり利点では無いのかもしれないが、今は考えないことにする。

 

「魔王の怒りの討伐作戦っていうのがね、近い内にあるそうなんです。こういう大きなお仕事はまず勇者を使うのが王国じゃ定番の手ですから、トモリさんにも出番があるかもしれません。キユは親切なので先に教えて覚悟する時間をあげようと思ったってわけです! はい感謝」

「あの、上に人……あ、いぇ、はい。ありがとう、ございます」

 

 おや意外、橋の上の雑な監視に気付いていたのか。なら先のような疑問を口にするのはやめてほしいのだが、この子そういうのには疎そうだからな。

 

「あれは気にしなくていいですけど、さっきみたいなお話はもうしないようにしてくださいね。耳も悪そうだから、たいして聞こえてないでしょうけど」

「あ、はい……そう、します。それで……えぇと、わたし、何もできないです。団長さんも、わたしには声を掛けないと思いますけど」

「甘いですねぇ、絶対掛けられますよ。戦えなくても的にはなれるんですから」

「そっか……的でならわたしも長持ちするかもですよね」

「……その考え方、やめたほうがいいですからね」

 

 旧世界人がこの新世界の為に己を犠牲にする必要など無い。そうでなくとも、こんな世界の為に死ぬなどと。

 

 これは、言葉にしてはいけない。トモリに言ってはいけないことがあると諭しておきながら、私が呑み込めないなどあってはならない。わかっている。呑み込め。

 

「いいですか、トモリさん。これは好機なんですよ。この先にある戦で成果を挙げれば、トモリさんは誰にもいじめられなくなるんです。あなたをいじめる人は、あなたに罰を与えているつもりなんです。弱いって罪なんですよ。でも、強くなる必要は無いんです。弱くないと思わせられれば、それで罰の矛先から逃れられるんです」

 

 弱さは罪である。嫌いだが、否定のできない言葉だ。誰に言われたのだったかな、もう死んでいることだけは忘れていないのだが。

 

「……わたしは、どうしたら、良いんでしょうか」

「キユは優しいので、たくさん殺せとか言いませんよ。でも、戦わなくて良いなんてことは言いません。自分の身を守るくらいはしないと、また誰か()()()があなたを守ろうとして死んじゃうかもしれませんし!」

 

 少しはやる気を出すかと言葉にして、すぐに後悔した。ほんの一瞬だが、殺意のようなものを感じたのだ。トモリの瞳に、暗い怒りと殺意を感じた。そうか、こいつにも言われて嫌なことや誰かを殺したいという感情はあるのか。よい事だと思うのに、胸がずきりと痛い。

 

「――そっか。そう、ですよね。それは、もう嫌です」

「嫌ならちょっとは頑張らないとですよぉ。守れとは言いませんけど、守られなくていいくらいにはならないと」

 

 もっと強く脅すべきなのだろう。戦う覚悟を持てと、背中を叩くべきなのだろう。この子が本当に戦えないのかそういうふりをしているだけなのか、確かめるならこれでは弱い。

 

 

 ――あなた、勇者なんて向いてませんよ。何処かの村にでも逃げて畑仕事でも手伝ったらどうですか? 死んだことにしてあげてもいいですよ。

 

 

 言葉にしてはいけないものを、吞み込んで。意地の悪い笑顔を作って張り付ける。今の私がするべきは、子供を一人助けることではない。呑み込めてしまうようなちっぽけな善意に負けて後の面倒を増やすな。

 

 

「キユは剣術とかわからないので戦い方は教えられませんけど。覚悟を持つお手伝いくらいは、してあげますよ。丁度一つお仕事があるんです」

 

 今の私の笑顔は、トモリにはどう映っているのだろう。鏡を見たら、私は私の笑顔をどう思うのだろう。

 

 

 きっと、殴って割りたくなる程に意地が悪く醜い笑顔なのだろう。トモリの瞳に映る自分を見たくないのは、きっとそれが理由だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イザナ・オウダインには二つの信条がある。

 

 一つは常に正しく在り続けろ、正しさを求め続けろというもの。潰えた家の教えであり、最近は疑わしくなってきたが今の拠り所も似たような考えを持っている。世界平和だの終末の回避だのには毛程の興味も無いが、正しく在るべきだという考えにはイザナも共感している。これは、家が潰える前から変わらない。

 

 二つ目は、もしかすれば一つ目と矛盾してしまうのかもしれないけれど。そうとなれば、一つ目を捨ててしまってもよいと考える程度には重要なもの。命も魂も含めて、何よりも優先するべき信条。

 

 

 友を守る。故郷も家族も喪い、名を捨てた友を。どのような手段を取ってでも。

 

 それが彼女への呪いになるとしても、己よりも先には死なせない。喪った心の穴を埋められるとは思わない。捨てた名を取り戻せるとも思わない。それでも、諦めによる死は選ばせない。成したい願いを成す前の死を許さない。許されるなら幸せに生きて死ねと呪って先立つ。何もかもが叶わなかったなら、せめて絶望を知る者として最期まで見届ける。それが己にできる唯一のことだと理解している。それだけは、誰にも譲らない。

 

 譲れない一つの為であれば、イザナは何だってできる。友を嫌い殴る嫌な女を演じ、演技で得た印象を利用して情報を掻き集め。友が厄介な爺の注意を引き付けている間に本来の仕事を慎重に進めてゆく。

 

 探し物は、まだ見付からない。探す場所は合っているはずだ。それならば探し方が悪いのか、気付かないよう巧妙に隠されているか。どうあれ、見付けるまでは王国を出られない。焦りは禁物だと言い聞かせながら、イザナは王都の警備という昼の仕事をこなす。とはいっても、決まった道を巡回しているだけなのだが。

 

 

 その日もいつも通りの仕事になるはずだった。今日は十二番街で明日は十三番街、明後日は一つ飛んで十五番街。道順を思い返しながら橋を渡ろうとしたところで問題に気付かなければ、いつも通りに終われたのだけれど。

 

 橋の下からよく知っている声が一つと、監視の為に覚えた声が一つ。それから、この一月で聞き慣れた靴の音が二つ。厄介事だ。イザナは口を閉じたまま舌を打った。

 

 下にいるのは友であるキユ・レッドラムと監視対象となった勇者であるトモリノドカだろう。では、橋の上にいるのは……考え、答えを出す前にイザナは歩調を速めた。今なら一人は減らせる。

 

「――そこの。止まりなさい」

 

 声が響かないよう意識して、橋を渡ろうとしていた制服二人組に声を掛けた。イザナは普段の暴力的な振舞いのおかげで、騎士団の若い者達から恐れられている。だからだろう、耳元で囁かれた男女はびくりと肩を跳ねさせたあと石になったように固まってしまった。

 

「丁度良いところに来ましたね、少し人の手を借りたいところだったのです。付き合ってくれますね?」

 

 声を掛けながら二人の肩に手を置く。ぎぎぎ、と軋んだ音のしそうな動きで二人が振り向き、イザナの顔を見た。予想はしていたが、やはり恐怖に染まっている。

 

「……お、オウダイン四等騎士。我々は今極めて重要な任に就いています。申し訳ありませんが、お一人で」

「旧市街に繋がっているという噂のある、制服の似合わない薄汚れた地区で? それでしたら、わたくしも手伝いましょうか」

「い、いえ。二人で充分です。貴殿は巡回中のはずでしょう。仕事に戻りなさい」

 

 二人組の片方、男の方は中々気丈なようだった。こちらを刺激しないように気を付けながらイザナの()()()を断ろうとしている。女の方はすっかり怯えているようで、息も乱れてしまっている。

 

 よし、こいつだな。イザナは男の方に狙いを定めた。女の方はイザナに怯えて調子を崩した。元が優秀だったとしてキユが気付かないとは思わないが、今ならより確実に気付くだろう。

 

「その仕事の為に人手が必要なのですわ。そこの貴女、彼を借りますわよ」

「いえ、ですから自分達はっ……!?」

「黙って。首を捥がれたくなければ歩きなさい」

 

 右手を伸ばして首を絞め、強引に引っ張って歩き出した。さて、言い訳はどうしようか……いや、この区域は治安が悪い。適当に歩いていれば理由は勝手に転がり込んでくるか。頭を回しながら、イザナは更に歩調を速めた。

 

 

 

 十二番街を適当に歩いて三分後に強盗と遭遇、制圧後に男が急いで戻ろうとしたところを強盗の仲間が奇襲。普段は面倒になったと舌を打っているところだが、今日に限っては丁度良いところに来たと褒めてやりたい気持ちになりながらイザナは仕事をこなした。

 

「はぁ……ふぅ、くそ。これで、いい、ですか。自分は、本来の任に、戻ります」

「まぁ。彼らを連れてゆくのは誰が? わたくし、生きている人間を運ぶのは苦手ですのに」

「このっ……はぁ。鳥を飛ばして、応援を呼んであります。彼らの連行は応援に任せますので、貴殿は引き継ぎ後巡回に戻ってください」

 

 おや、中々に優秀らしい。やはりこっちを連れ出して正解だったな、イザナは考えつつひらひらと手を振ってみせた。何か言いたそうにしながら、男は身を翻して橋の方へ走ってゆく。

 

 あまり長ければ置いていくかと考えていたのだけれど、すぐに応援の騎士達がやってきたのでイザナも引継ぎをして、巡回に戻ると言い制服の群れから離れていった。

 

 

 さて、キユちゃんは上手くやれたかしら。言葉にはせず、イザナは友を想う。キユは旧世界人と接触する度に精神的に調子を崩すところがある。あまり入れ込み過ぎないと良いのだけれど。

 

 

 

 イザナとキユの故郷は、十年程前の夏に隣の国の侵略を受け滅びてしまった。その国も、五年前の春にナルカサテラとの戦争中混沌という災厄に呑まれ地図から消えてしまった。復讐の相手がいなくなってしまったキユは、生きる意味を見付けられないままでいる。

 

 故郷を喪った彼女は、同じように故郷を喪った旧世界人にどうしても同情してしまうところがある。イザナがやめるように諭しても、優しいあの子はやめられない。優しいくせに復讐を望んで、人殺しになってしまった。正義の為なのだと言い聞かせて続けていたが、ここ数年で拠り所であった法国の正義も信じきれなくなってきた。

 

 

 ナルカサテラ王国の首都には、旧世界が滅びた原因である遺物が眠っている。王国は次の春にそれを起こし、再び世界を滅ぼそうとしている。イザナとキユに与えられた仕事は、王国が目論む終末を阻止することだ。

 

 そもそも、本当なのかしら。本当だとして、誰がそれを知って伝えたのかしら。考えていることは、口には出さない。こういった疑念は他人の思考を蝕む。あまりキユに負担を掛けたくない。

 

 

 橋へ戻ったところ、すでに制服二人組はおらず、キユとトモリも見当たらなかった。争った形跡は無いので上手くやれたのだろうと考え、巡回を切り上げ詰所へ戻ることにした。報告をして、さっさと宿へ帰ろう。

 

 

 

 イザナの借りている家はキユの借りている家からは離れているが、窓からよく見える場所にある。何かあればすぐに確認したいからと説得して今の位置にしたが、時々キユは引っ越そうとするのでまだ説得は終わっていない。

 

「さて、そろそろキユちゃんが帰宅する時刻ですわね」

 

 時計を確認して、窓を開いて外を見る。開く必要は無いのだが、見ていた事に気付かれた場合換気をしていたと言い訳するのに必要なのだ。寒いとは思っているが、我慢するしかない。

 

 予想通りに、キユの姿を確認できた。紙袋を抱えて歩いている。夕飯を買ったのだろう、今日は普段よりも数分遅れている。

 

「……嬉しそうな顔してますわねぇ」

 

 イザナは視力には自信がある。遠眼鏡の類を使わずとも、王都の区域二つ分くらいの距離であれば人の表情もわかる。だからきっと、キユが嬉しそうに笑っているように見えるのも勘違いではないのだろう。

 

 

 そういえば、時々通うパン屋がもっと食べなとおまけをくれる事があると言っていたな。食べ切れない、迷惑だと言いながら嬉しそうにしていたのを憶えている。

 

 

「……本当、嫌な仕事ですわね。キユちゃんには向いてませんわ」

 

 

 あの意地っ張りは、何度言っても受け入れずに否定するけれど。

 

 やはり、あの子に人殺しは向いていない。

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