この世界には、終末と呼ばれる怪物がいます。
何かしらがあって世界に絶望して、全部終わりにしたい、終わらせたいと強く願った者の成れの果て。旧世界を終わらせて、この新世界も終わらせようとするそれらをまとめて終末と呼んでいます。そして、それらを崇めて呼び出そうとする困った連中のことをにんげんは終末信者などと呼ぶそうです。
夕暮れ時。子供達を見送って廃教会の掃除をしているところにやって来たトモリさんは、わたしもよくわからないんだけどと言いながら終末とその信者についてお話してくれました。
「――それで、明日の朝に馬車に乗って、リュレっていう街に行くらしいんです。そこで行方不明になった人がたくさんいて、そういうことがあるところにはだいたい終末信者っていう人達が絡んでいるんだって」
話に区切りがついたのか、トモリさんは干し肉とチーズをちびちびと齧り始めました。一口がちっちゃいんですよね、この子。昔飼ってた鼠を思い出すなあ……。
「行方不明が多発してる街の調査かあ。すごいじゃないですかトモリさん、大仕事なんじゃないですかこれ?」
「そ、そうですね、大きなお仕事ですよね……できるか不安なんですけど、ちょっと頑張りたいなって思ってて」
今の言葉は、少し意外でした。この子はだいたい仕事の話になるとできない、できるかなのどれかで終わってしまうところがあったんですよね。やりたいとかやりたくないとか、そういう言葉を引き出すのはあたしの仕事だと思ってたんですけども。
「トモリさん、何か良い事ありました? 頑張りたいってトモリさんが言うの初めて聞きましたよ」
「うっ……その、いつもやる気が無いわけじゃ、ないんですけど。でも、そう、ですね」
恥ずかしそうに頬を赤らめながら、言葉を探すようにトモリさんがううんと声を漏らします。なんでしょうね、待遇の改善とか何かご褒美があるのかな。いずれこちらに来てもらうつもりとはいえ、そういう話はできるだけ祝ってあげたいし教えてくれると嬉しいんだけどなあ。
「嬉しいお話なら共有した方が良いですよう。友人というのは良い事も悪い事も共有できる存在なのですからね」
「っ! そ、そう、ですよね……それじゃあ、その、えっと」
まあ、これは方便といいますか。あたしは友人であるからこそ知られたくない秘密というものはあると考えています。分かち合えるものは分かち合ったほうが良いとも思いますけどね。
急かさないように気を付けながら続きを促すと、トモリさんはゆっくりと口を開きました。さて、祝える内容だと良いんですけども。
「……その、友達が、できて。リュレのお仕事も手伝わせてあげるって、それで頑張れば他の人も見直してくれるかもって。わたしを、助けてくれたんです」
「へえ、良い人じゃないですか!」
これは素直に良い事だと思いました。友人なんて多ければ多い程良いですからね。まあ、ある程度孤立していた方が引き込みやすいというのはありますけど……二人共説得できれば、こちらにとってもお得ですし。
「でもそうですか、ちょっと寂しくなっちゃいますねえ……。友人ができたなら、もうあたしに会いに来てくれる事も無くなっていっちゃうのかな」
「そっ……そんなこと、ないです! ココネさんが迷惑でないなら、ですけど……これからも会いに行きたいですし、お話もしたい、です」
よよよと泣き真似をしてみると、期待していた通りの言葉が返ってきてくれました。ちょっと性格が悪いですけど、こういう言葉が貰えると気分は良いですね。いえ、本当に性格が悪いのであまりやるべきではないんですけども。
「どれくらい掛かるかもわからないんですけど、その……お給料もちょっと貰えるかもしれなくて。前払いみたいなの、できるかな……もしできたら、お土産も買えたらなって思ってるんです」
「お土産ですか、良いですねえ! リュレの辺りって何が美味しかったかな……」
お給料を貰える
それにしてもリュレ……リュレですか。ちょっと時期が悪いというか、逆に良い機会と考えるべきか。
リュレ、王都からは馬車で三日程だったかな。隣国との境目にある山の麓にある遺物の発掘と修復、保管の任を受け栄えた街です。旧世界の遺跡が多く、それを狙う隣国だけでなく山に住まう獣の群れに一攫千金を狙う賊の類と様々な脅威と戦い続けてきたため兵の質も高く、旧世界の技術の利用にも積極的で王国では最初に銃を使ったのはリュレの兵だという話も……と、これが今もそうなら良かったんですけどね。
六年前の秋、現領主の兄が狩りの帰りに賊に襲われ死んでから。あの地を治めていた一族は狂い、領地もまた犯罪者が根を張るのを許し衰えていってしまいました。
今は確か十五歳でしたかね、いろいろ頑張ってるみたいですが地図上の名前が変わるのも時間の問題じゃないかな。終末を望むのもむべなるかな。
まあ、どうでもいい話です。いえ、リュレの領主様の前で言ったら首を刎ねて目玉を抉って髪を毟り取って、ついでに頭蓋を叩き割っても足りない程の憎しみを向けられてしまうのでしょうけども。どうでもいい話ですよ。
「……ま、お土産はそんなに考えなくてもいいですよ! こういうのはあれです、生きて帰ってくるのが一番のお土産って言いますから」
「で、でも……折角お金が貰えるなら、何かしたくて」
自分の為に使うのが一番良いと思いますけどね。真面目なことを言えば武具の手入れか新調、ちょっと贅沢をするならお洒落をするか美味しいものでも食べてくるかするべきだと思うわけですが。
「そしたらそうですね、王都でお酒とおつまみを買ってきてくださいな。五番街にね、良いお店があるらしいんですよ。近所に元貴族だって言い張るおじさんが住んでるんですけど、あそこの酒が一番美味かったってよく言ってて。なんべん聞いても店名変わるから絶対店名覚えてないんですけど」
「五番街……わかりました、探してみます!」
まあ、その人はもう串刺しの火炙りにされてしまったんですけどね。罪はなんだったかな、誰かの暗殺未遂だったか。そんなこと実行どころか考えすらできないような人だったんですけどね。酔っ払うと面白いおじさんで中々嫌いじゃなかったんですけども。まあ、終わった話です。にんげんは、そういう生物ですから。
「……あの、でも。わたし、未成年で」
「みせいねん……? ああ、旧世界って二十以下はお酒駄目とかあったんでしたっけ。お気になさらずですよ、この新世界じゃ三つの子も酒と煙草のお遣いに出ます」
「そ、そういうのは……いえ、はい」
何か言い掛けたのを吞み込んで、トモリさんは困ったような笑顔を浮かべました。こう、くしゃっとした感じの。なんでしょうね、昔飼ってた犬を思い出すな。
「まあ、まずは生き残ることですよ。嫌ですからねあたし、トモリさんがお土産買ってくるのいつかなあって何年何十年って待ち続けるの」
「そ、そこまで経ったら諦めてください……」
「諦めさせんなって言ってんの。それに、あたしってば諦めが悪いんです。トモリさんがあたしへのお土産を忘れてここに来なくなったら王都に探しに来ちゃうかもしれません。衛兵さんに気付かれたら捕まって拷問に掛けられちゃうかも」
「うっ……わかり、ました。そうならないように、頑張ります」
「はい、頑張ってくださいね」
真面目な話、王都を抜け出して旧市街に忍び込んでるのをばれたらトモリさんもけっこう危ないんですけどね。いえ、会いに来てくださいって言ってるあたしが言うことじゃないんですけども。
「なんだったら、そのお友達と会いに来ても良いですからね! お酒を飲める人なら秘蔵の葡萄酒を出して歓迎しちゃいます」
「ど、どうだろ……飲めるかな。でも、はい。一緒に会いに来れたら、嬉しいな」
嬉しいな。そう言葉にしているのに、どこか諦めたような声。この子のこういうところ、直してあげられるかな。余計なお世話かもしれないけども、本当の友となれるのならば。
まあ、新しい友人がなんとかしてくれるかもしれませんけどね。そうなったら、先に友人であった身として感謝とお礼をしましょう。なんて、これこそ余計なお世話でしょうかね。
「……そうだ、どんな人なんですか? 出会いの話とか聞かせてくださいよう、あたしそういうの大好きなんです」
「え、っと……ううん、恥ずかしいんですけど……ちょっと困ってた時に、騎士団に雇われてる傭兵の人が、助けてくれて。それからお話するようになったんです。まだ会って七日くらいなんですけど、いろいろ親切にしてくれて」
おや。ちょっと話が変わってしまったかも。傭兵、傭兵かあ。それはちょっと、違うなあ。
「……へえ。どんなお話をしたんですか? もっと詳しく教えてください!」
きっと本当に良い人なんでしょうね。良い人だと思っているんでしょうね。嬉しそうにトモリさんは話してくれます。言葉の端々に混じり気の無い感謝の気持ちを感じます。きっと本当に良い人なんでしょうね。
感謝するべきなんだろうなあ。この子、下手をするとどこかで誰かを怒らせて私刑で死にそうなところがあるから。そういう可能性が無くなるのは良い事だし、ついでに戦い方や生き延び方を少しでも学んでくれればちょっと楽になりますもんね。そう考えれば、何も悪い事は無いんですけどね。
ただ、うん。傭兵ですかあ。本当に話が変わってきちゃいましたね。困った事になっちゃいそうです。王国の騎士団に雇われた傭兵……うん、そっか。そっかあ。
――――そいつ、邪魔だなあ。
そろそろ明日の支度をしなきゃですねとトモリさんを送り出した少し後。少し悪くなってきた麦酒を喉に流し込んでいると机の上に置いていた薄い板がぶるぶると震えながらぷるると奇妙な音を出し始めました。旧世界の遺物である……なんでしたっけ。すまほ? これ、あんまり好きじゃないんですよね。動力源は抜かれてるのに動き続けてるし。
出ないと駄目かなあこれ。無視しちゃっても問題無い気はするんですけど、それはそれで後が面倒になるんですよね。
……さて。そろそろ覚悟を決めましょうか。こっちはこっちで大事なお仕事ですからね。ちゃっちゃと済ませて、晩酌を再開しましょう。
「はい、もしもし。お電話お待ちしていました。本日はどのような御用件で?」
『――御託はいいよ。僕と君で仕事以外の話をするわけがないだろう』
「さもありなんですね。では、伺いましょう」
精一杯に明るく親切な声を意識してみたんですが、不機嫌そうな老人の声を返されてしまいました。毎度の遣り取りですが、もうちょっと仲良くする努力とかしてくれてもいいと思うんですけどね。いえ、されたらされたで気持ち悪いんですけども。
月に一度、この薄い板が震えたら応じなければならない。非常に面倒ですし、正直投げ出しても責められる事は無いんですけども。
妄執に囚われた老いたにんげんの相手をして、ついでに少しばかりこちらに都合良く世界を転がす。苦労に対して得られる益を考えれば、中々お得なお仕事なんですよね。そろそろ成果を出してこの前みたいな面倒事はもう無いようにしたいですし。
『友人から相談が来たんだ。贄の質が悪い、儀式が成功するか不安だと。少し手助けしてあげてもらえないかな』
「おや。陣の描き方に贄の選別、有用な遺物を見繕い扱い方まで教えて差し上げたのに。それでも足りないと?」
『失敗すれば、君だって困るだろう。それなりに苦労をしたはずだよ、それを無駄にしたくはないだろう?』
「いえ、さしては。彼が駄目ならその次を。次が駄目なら更にその次を。我々はそれを繰り返してきました。何も困らず、変わりません」
『…………狂人め』
気に喰わないにんげんが発する負け惜しみ程耳心地の好いものもありませんね。この老い耄れには何かと面倒事を押し付けられていたので、ちょっと気が晴れました。
さて。気も晴れたところで、やるべきことをやらなければなりませんね。
くすくすと。聞こえるように、意地悪く笑って。言うべきことを、しっかりと頭の中に浮かべたら。
「そう怒らないで。我々としましても、折角の同志が儀式を成せずに果てるのは忍びない。助けとなるかはわかりませんが、一つ助言を差し上げましょう」
さて、どう転がるかな。都合の悪い方に転がると困るわけですけども……まあ、その時はその時ですね。駄目だった時は次がある、そういう考えでやっていくしかないのですから。
……あの子を巻き込んでしまうのだけは、本当に申し訳ないですけども。どうにか生き延びて、糧としてくれることを祈りましょう。
「――三日後の夜、割れた月が蒼く輝くその夜に。貴方の信じた神は呼び声に応えるでしょう。彼にはそうお伝えください。貴方の願った終末はリュレから始まると、我々もそれを望んでいると。そうお伝えください」
さてさて。本当にどう転がるのかな。どうせ失敗すると思っていますが、成功したらそれはそれで少し面白くなるかもしれません。終末信仰などという馬鹿げた狂気をあたしは持ち合わせていませんが、彼らが転げ回る様を見るのは嫌いじゃありません。お酒が美味しくなる程じゃありませんけどね。
「――――楽園の門は、開かれるその時を待っています。門を叩くのが貴方達であることを祈っていますよ」
『僕は別に終末の信者ではないよ。君とは違うんだ』
別に、あたしは終末の信者ってわけじゃないんですけどね。言う前に通話を切られてしまいました。まあ、言うわけにもいかないんですけども。
あの老い耄れは、あたしをなんだと思っているんでしょうね。ちょっと物知りな終末信者かな、どこぞの物好きな魔術師かな。それとも、王国を狙う魔族だと気付いて利用しようとしてるのかな。まあ、どれでもいいんですけども。
どうであれ。四日後の朝には、リュレと呼ばれる地は滅びるのです。ナルカサテラ王国の終末は、リュレから始まるのですから。