秀乃は機械少女である。2200年、地球という星の人類によって極めて人間に近い存在として設計され、侵略兵器として各星々へ送られた。
だが、秀乃は侵略兵器として役目を果たす必要はないし、意味もない。何故なら彼らはもうこの世界から消えてしまったのだから。
★
「ようこそ来てくださいました!ささどうぞ……」
地球時間で56時間の旅を経て、秀乃はとうとう惑星フィーアのトリンプ国へとたどり着いた。カプセル船から出た後に彼女を迎えたのは褐色がかった色をしている空と雪の結晶の様なペンダントを身に着け、白を基調とした服を身に着けたタコ型宇宙人だった。
宇宙人はレーグルと名乗り、秀乃を宮殿内部へと案内した。宮殿は黄金の装飾がなされ、レーグルを模した像がいくつも建てられている。
秀乃はやがて応接間へと通された。宝石を大量に使用したオブジェクト、レーグルの金色の像、そして会議をする時に使うであろう大量の椅子と机が秀乃を迎えた。
たった二人。レーグルと秀乃が向かい合わせとなって座る。始めに口を開いたのはレーグルだった。
「で……依頼なんですが……隣国のヌル国を我が軍隊とともに制圧していただきたい」
ヌル国、トリンプ国どちらも国としては非常に小さくどちらも国というよりは二つの栄えた都市だった。そのためか二人が話している間でも爆発音が耳に届く。
「なぜ始末してほしいか――」
レーグルは今にも両国の歴史を語り出そうとしていた時、秀乃はうんざりとした表情を浮かべ、手を前に出し、話の腰を折った。
「つまり戦争を終わらせたいって?」
「ええ。国家が再建できぬようにしていただければ。例えばあちらの国の宮殿の破壊や首相ラビなどの暗殺をしてくだされば助かります。写真はメールでお送りいたしましょう」
「んっ。じゃ」
依頼内容の詳細を聞いた後、すぐに秀乃はどこかへ去っていく。
◇
秀乃は仕事をレーグルから聴いた後、町中を散策していた。秀乃の楽しみにしている事の1つである。彼女は仕事合間に散策し、その過程で美味しいご飯を食べたり、お酒を見つけるのが趣味だった。
だが、このトリンプ国という所は悲惨そのものだった。戦争によって爆撃された建物、至る所に散らばる顔すら分からぬ死体の山、至る所に縫い合わせた跡がある服を着る宇宙人、各地に響くノイズが酷い機械音声。地獄と評してもおかしくは無かった。
だが、秀乃は別に驚くことも無く、街を散策していた。鼻歌を歌い、ピストルを回し遊びながら歩く。街の人は銃を持っていようが然程驚くことは無かった。
「おっさけおっさけ〜」
彼女が視線を向けていたのは看板。特にバーやお食事処といった類のものだ。
だが、秀乃の至福の時間を邪魔する者がいた。
スキップが止まる。後ろを向くと、1人の宇宙人が申し訳なさそうにやせ細った触手で足を強く掴んでいた。
「旅人の方……。少しでも良いから何か施しを頂けませんか……?」
乞食だった。恐らく秀乃の様な裕福そうな旅人なら何かくれるだろうと期待し、掴みこんだのだろう。一人が足を掴み頼み込んだ瞬間、他の道路に寝転んでいた者や建物にいる者、一斉に集まり、秀乃を取り囲んだ。
「すみません私も!」
「どけ!俺に全てくれ!」
「ぼくの妹が死にそうなんです!」
取り囲まれた秀乃は思わず顔をしかめる。その表情はまさに遊びの時間を奪われた幼い子供のようだった。
秀乃は溜息を付きながらポケットに入れていたスキャトルを取り出し、中のお酒を全て飲み干し、その後めんどうくさそうに欠伸をしながら民衆の触手を振り払った。
「はいはいどいたどいたっと……」
しかし民衆は止まらない。そこに希望になりうる存在がいる限り。
――だが秀乃は機械少女だ。彼女はスキャトルに付いていた小さなピンを引き抜き、自身の立っている下に投げ捨てる。
秀乃を中心としたタコたちは目撃する。見覚えのある眩しい光を。聞き覚えのある悪夢の鐘を。
爆風の中出てきたのは秀乃ただ一人。彼女の歩みを誰一人止める者はいなかった。
◇
トリンプ国の某地区、バーのドアに付いているベルの音が響く。秀乃が店から出てきた。これから彼女は行く宛はない。ホテルを取るつもりもない。ただ目の前に道があるから歩く流れ者だった。
「ふぁあ……眠い……」
秀乃は目がトロンとした様子だった。そう。彼女は異国だろうが動じること無くいつも通りに酔っていた。
――眠い、頭がぼーっとする、身体が動かない、熱い、気持ち良い……。彼女を微睡みに誘う要素は幾らでもあった。
そして彼女はとうとうバーの横にあるゴミ捨て場の上に顔から倒れ込んだ。その寝顔は宇宙傭兵でも機械少女でもない一人の少女の可愛らしさに溢れるモノだった。
「すぅ……すぅ……」
暫く……。彼女が寝ていると、三人のタコ宇宙人がその元へ来た。
「見ろよ……!見られないやつだ」
「闇医者に売り飛ばそうぜ」
「ああ……」
皮膚に縫った跡。昼の乞食とは違う綺麗に整えられた衣類。彼らはこの街に蔓延るギャングだった。秀乃は狙われたのだ。彼らの資金源として。
しかし彼らは気づかない。秀乃の耳が微かに動き、彼女の口が少しだけ開いたという事を。
何かを噛み切るような音が小さく鳴り、次の瞬間――。
「ちゅどーん」
秀乃が目にも止まらぬ速さで発砲した。銃弾はギャングの一人の片耳を捉え、そのまま耳を吹き飛ばした。ギャングに耐え難き苦痛が襲いかかる。ドクドクと身体半分から血がこぼれ落ちる。仲間のギャングはその様子を見て警戒心をあらわにし怒りの形相で彼女に光線銃を構える。
「てめぇ何しやがる!?こいつで撃ち抜かれたくないなら言う事聞きやがれ!」
ギャングの脅しが町中に響く。秀乃は自身の頭に光線銃を突きつけられ、距離は額の一ミリにも満たない。冷たい銃口の感触が額を刺す。だが、そんな状況下でも彼女は不敵に笑った。
その笑みを見てギャングの怒りは最高潮に達し、光線銃のトリガーに手を掛ける。
だがその銃声は聞こえることはない。秀乃は強く頭突きした。額に突きつけたギャングは衝撃に耐えかね、地面に得物を落とした。刹那。残りの二人も発砲する。
――彼女は傷つかなかった。近くに使いやすい盾がたまたまあったから。
熱で焼け焦げる盾。困惑と焦りの面を浮かべたギャング。瞬間、盾を貫通した銃弾が二人を襲う。
予測不能な位置からの攻撃。彼らはただ自身の運命を受け入れるしか無かった。
――街は静かになった。残ったのは一人の少女。そして静かに灰と化した人だったモノだけ。
秀乃は相棒にふうと息を吹きかける。機械少女から放たれる冷たい息はまだ銃口に残っていた煙を離散させ、空気中に溶かした。その後ホルスターに銃をしまい込む。
それから秀乃の意識はない。