[ブルーアーカイブ] トリニティのブドウ農園主 作:ancoracor08
第1章 シスターフッド・プロローグ:慈愛の破壊戦車と光と塩
巨大な樫の木で組まれた大礼拝堂の扉が、鈍い破裂音を立てて勢いよく開け放たれた。
切迫した様子で扉を開け、駆け込んできたナホトの息は顎先まで上がっていた。だが、その荒い呼吸さえも、目の前に広がる凄惨な光景を前に、一瞬で凍りついてしまった。
ステンドグラスを通して降り注ぐ聖なる光の下、シスターフッドの大礼拝堂は、まさに阿鼻叫喚の惨状と化していた。整然と並んでいるはずの長椅子は、爆撃でも受けたかのようにあちこちで砕け、転がっていた。そして敬虔な賛美歌を歌っているはずの修道服姿の生徒たちは、至るところで意識を失ったまま倒れていた。
「くっ……」
真っ先にナホトの視界に入ったのは、壇上の下にうつ伏せになり、苦しげな呻き声を漏らしているシスターフッドの院長、サクラコだった。いつもなら一糸乱れぬ古風で気品ある姿を保っている彼女だったが、今は制服をひどく乱し、自らの肋骨のあたりを押さえていた。おそらく、この異常事態を最初に鎮圧しようとして、凄まじい一撃を真正面から受けてしまったのだろう。
ナホトは唇を噛んだ。普段から他人への思いやりが深く、優しい性格の彼にとって、倒れた生徒たちと苦しむサクラコの姿を見るだけで、胸が締めつけられる思いだった。
――こ、これはいったい何が起きたんだ?
絶望的な独白が、ナホトの脳裏をよぎった。
そして礼拝堂の中央。惨劇の元凶が、そこに立っていた。
普段であれば、どこまでも優しく、申し訳なさそうに謝ってばかりいた少女――ヒナタだった。
だが、今のヒナタは違っていた。彼女の修道服とヴェールのあちこちには、どす黒い赤色の液体が飛び散っていた。
まるで凄惨な惨劇のただ中を歩いてきたかのような、ぞっとする姿だった。にもかかわらず、当のヒナタの顔には、この世の誰よりも無邪気で、恍惚とした笑みが浮かんでいた。
「いけません、ヒナタ先輩! お願いです……お願いですから、正気に戻ってください!」
ヒナタの正面で、まだ倒れていないシスターフッドの生徒たちを背中にかばいながら、マリーが叫んでいた。黒いヴェールの向こうで、橙色の狐耳が恐怖に震えてぴくぴくと揺れていたが、マリーは両手で愛用のハンドガン、ピエティを固く握りしめ、ヒナタへと向けていた。引き金にかかった指がかすかに震えているのは、ヒナタを撃ちたくないという彼女の迷いだった。
しかし、マリーの悲痛な叫びにも、ヒナタはただ小首をかしげるだけだった。
「ええ? 正気に戻れって、マリーちゃん? 私は今、とっても普通ですよ?」
どす黒い赤色の液体を浴びたまま、ヒナタは気の抜けた笑い声をこぼした。そうして次の瞬間、武器ひとつ持っていない自分の両腕を、大きく広げてみせた。まるで、自分には何の危害を加えるつもりもないのだと証明するかのような、あまりにも平和で無防備な仕草だった。
「見てください〜。むしろ、いつもよりずっと、ずうっと気分がいいくらいなんです!」
ヒナタは両腕を広げたまま、マリーへ向かって歩き始めた。彼女は無邪気な顔で、敵意もなく近づいているだけだった。だが、倒れたサクラコとシスターたちを見たマリーにとって、それは両腕を広げて迫ってくる野生の熊と向き合うにも等しい、恐怖そのものの前進だった。
その絶望的な軌跡を見つめながら、ナホトは額を伝う冷や汗を拭うことすらできなかった。
――トリニティの心臓部。それも、シスターフッドの最も神聖な大ミサの場。僕のたった一度の納品ミスで、大ミサがこんなことに……!
遠のきかける意識をどうにかつなぎ止めながら、ナホトの頭は急速に回り始めた。善意、責任感、罪悪感。そして、農園の営業停止や、自分の農園へ正義実現委員会が押しかけてくる光景が自然と思い浮かぶ不安。その不安は次々と連鎖し、ついにはトリニティ自治区から追放される未来まで描き出した。
――……いや、待て。
ナホトの目が、一瞬鋭く光った。
――この凄惨な事態の中で、僕が誰よりも先にあの破壊戦車を止め、事態の収拾に尽力したとしたら? そうだ。もしかすると、減刑……運が良ければ執行猶予も狙えるかもしれない!
生存への――いや、減刑へのかすかな希望が、ナホトの背中を押した。彼はもう迷わなかった。ナホトの手が、自分の背中へと伸びる。
ガチャリ――!
重く冷たい金属音が、大礼拝堂の空気を裂いて響き渡った。彼の手に握られていたのは、頼もしいダブルバレル・ショットガン。左右の銃身にそれぞれ「Light」と「Salt」の文字が鮮やかに刻まれた、彼の愛銃だった。
ナホトは銃口を下へ向けたまま、硬い表情で一歩を踏み出した。砕けた長椅子の残骸を踏み越え、無邪気な顔を浮かべている破壊戦車――ヒナタの背後へ向かって、まっすぐ歩き始める。
光と塩の導きが、今この礼拝堂には切実に必要だった。
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