[ブルーアーカイブ] トリニティのブドウ農園主   作:ancoracor08

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第2章 ミレニアム第4話:賢い農夫は油を備える

「……あり得ない。」

 

ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部の部室。

 

大型モニターに映し出された映像を呆然と見つめていた部長、白石ウタハの口から、低い独り言が漏れた。

 

画面の中で再生されているのは、ナホトが先ほど送ってきた農園のCCTVと、ドローンのEDR映像だった。

 

空では狡猾になった鵲たちが曲芸飛行をしてタレットのヘイトを引き、その隙を突いて狐たちが後ろ足で泥を蹴り上げ、カメラセンサーを覆い隠していた。視界を遮られたタレットの柱へ向かって、重々しい猪が体当たりを食らわせて無力化し、一部の巨大オオスズメバチが害虫迎撃ドローンと対峙している間に、別の蜂の群れや獣たちが押し寄せ、葡萄を食べたり持ち去ったりしていた。

 

獣、鳥類、昆虫。大自然の被造物たちが種を超えて完璧な戦術的連合を組み、ハイテク要塞を攻略する、まさに驚愕すべき攻城戦だった。

 

ごくり。乾いた唾を飲み込んだウタハが、画面越しに通話中のナホトへ震える声で尋ねた。

 

――「ナ、ナホト……。さっき送ってきた映像、これは本物なのか? AIで合成した悪質な冗談ではないのだな?」

 

普段の自信満々な態度はどこへやら、現実を半ば否定しようとするウタハ。その問いに、ナホトは深いため息を吐いて答えた。

 

「僕だって、これがAI映像だったらどれほどよかったかと思ってるよ。けれど残念ながら、さっき僕の農園で起きたドキュメンタリーだ。」

――「これは到底あり得ない現象です!」

 

突然、画面の片側から部員の豊見コトリが眼鏡を光らせながら飛び出してきた。彼女の声には、恐怖と学究心が半分ずつ混ざっていた。

 

――「獣たちが種の限界を超え、葡萄という共通目標のために一時的な連合戦線を構築するだなんて! これはまるで、ノアの方舟にすべての動物種が一対ずつ入っていたにもかかわらず、肉食動物が草食動物を食べなかったのと同じくらい奇跡的な出来事です!」

――「……タレットの火力が足りなかったのかな。」

 

コトリの長大な説明が終わる前に、普段は物静かなヒビキが無表情のまま呟き、レンチを一本持ち上げた。犬耳をぴんと立てた彼女の目には、危険な火力オタクの狂気が宿っていた。

 

――「……なら、獣たちが近づく前に空中で迎撃できるように……タレットに小型対空砲を付けるのはどうかな。……あるいは、偵察ドローンで位置座標を把握して撃つ自動迫撃砲とか。」

――「あ。機械が壊れる時に備えて、自爆スイッチも付けてあげる。……完璧。」

 

「はあ……。僕も気持ちだけなら本当にそうしたいよ、ヒビキ。でも対空砲や迫撃砲みたいな重火器を設置した瞬間、ここは『農園』じゃなくて『防衛拠点』か『軍事施設』に分類されるんだ。」

 

本気で農園を軍事要塞に改造してしまいそうなヒビキの提案に、ナホトは重いため息をつき、額を押さえた。

 

「軍事施設で生産された物資は、民間流通が全面禁止になる。そうなると、僕の葡萄の納品先は正義実現委員会、シスターフッド、救護騎士団、ティーパーティー……このトリニティの権力機構四か所に『軍需副食』として納める以外になくなる。だから迫撃砲や対空砲は遠慮しておくよ。ああ、畑を吹き飛ばす自爆スイッチもね。」

 

生計に直結した資本主義的かつ現実的な叫びに、ヒビキは残念そうに犬耳を垂らした。ナホトは慌てて空気を変えるため、脳裏をよぎったアイデアを一つ投げた。

 

「レーザーの火力が問題なら……。あっ! ゲーム開発部のある子が使っているすごいレールガンを作ったのは、君たちエンジニア部なんだって? あれを小型化してドローンに載せることはできない?」

 

すると画面越しのウタハが、ため息をついて答えた。

 

――「残念ながら、それは難しいな。たとえ標的が戦艦ではなく害虫や害鳥獣だとしても、その出力に使われる部品の重量は、農業用ドローンが耐えられる水準ではない。せいぜいタレットには適用できそうではあるが……。」

――「タレットにそのレールガンを載せたら、ナホトさんがどれだけ農業用電力を使っているとしても、とんでもない従量課金と電気代を背負うことになります!」

 

ナホトは諦めたようにため息をついて言った。

 

「そう? じゃあ仕方ないね。ともかく、奴らは機械のパターンと弱点を完全に学習した。今すぐ現実的なアップグレードが必要だ。」

 

ナホトは腕を組み、モニター越しのエンジニア部へ、用意しておいた本当の要求事項を並べ立てた。

 

「まず、害虫を狩るドローンには、周囲の風景と完全に同化できる『光学迷彩』技術を載せてほしい。昆虫や鳥類の視界を考慮して、紫外線と赤外線帯域までカバーし、遮蔽コーティングも適用して。」

 

――「それならやはりナパームを……。」

「いや、タレットが状況に応じて弾を切り替えて使えるようにしてほしいんだ。普通の鳥や蜂を追い払う時は従来のゴム弾を撃ち、狸や狐みたいな素早い獣を無力化する時は、丈夫なネット弾を発射する。最終的に葡萄へ到達される場合は……心苦しいけれど、バードショット(Birdshot)みたいな散弾を柔軟に撃てるようにしてほしい。」

 

ナホトの要求はかなり具体的だった。

だが彼の提案を聞いたウタハは、困ったような表情で咳払いし、視線を逸らした。

 

――「こほん! ナホト。切迫した気持ちは理解するが、そこまで全面的なハードウェアのカスタム再設計を行うとなると、膨大な時間と労力が必要になる。君、もしかして忘れているようだが、我々は専門の軍需企業や業務委託センターではなく、ミレニアムサイエンススクールの『学生サークル』なのだぞ。」

 

「分かってるよ。だから正当な依頼費を払ってるじゃないか。」

 

――「単なる金の問題ではない! もうすぐ夏休みなんだ! 我々エンジニア部も、休みの間は部室に籠もって、前々から企画していた宇宙戦艦のエンジン設計プロジェクトを進めなければならない。君の農園の防衛システムにかかりきりになって、我々の大切な青春と夏を浪費するわけにはいかないのだ。」

 

ウタハの言うことにも一理あった。彼女たちはあくまで学生であり、自分たちの好奇心とロマンを満たすためのサークル活動が最優先だった。

 

しかし、トリニティで生まれ育ち、幾多の荒波を越えてきた十八歳の成人であるナホトの口元に、柔らかくも狡猾な資本主義的笑みが広がった。

 

「ふうん、そう? 宇宙戦艦か……。確かにエンジニアのロマンではあるけど、ミレニアムの生徒会である『セミナー』の早瀬ユウカが、それをすんなり見逃してくれると思うかな?」

 

「ユウカ」という名が出た瞬間、画面越しの三人の肩が目に見えてびくりと揺れた。

 

「ただでさえ君たち、しょっちゅう事故を起こして建物を吹き飛ばしては、セミナーに呼び出されてものすごく叱られてるって聞いたけどね。前にミレニアムへ行った時も、これ以上問題を起こすなら予算を削るって脅されがちな部活だって噂が広まっていたよ。そんなところでエンジンを作ると言って、ユウカが簡単に承認してくれるかな?」

――「うっ……! そ、それは我々が自力でユウカを説得して……。」

 

ナホトはモニターへぐっと近づき、決定打を打ち込んだ。

 

「少し考え方を変えてみよう、ウタハ部長。これは単なる改造依頼じゃない。『トリニティ郊外の農園を脅かす生物から、第一次産業インフラを守るハイテク防衛システム実証』だ。これを夏休み中に行った『社会貢献活動』名目で包装して、セミナーに結果報告書を上げるんだ。」

――「……社会貢献プロジェクト?」

 

「そう! ミレニアムの技術力が、キヴォトスの農業発展と地域社会の治安にどれだけ革新的に貢献できるかを証明する、完璧な実証事例だよ。このプロジェクトを成功させれば、今回の夏休み部活動評価で、ものすごい社会貢献加点を受けられるんじゃないかな? 加点をたっぷり受ければ、自然と次四半期のエンジニア部の予算も大幅に増えるだろうし。」

――「……ユウカちゃんのお説教も、確実に減る。」

 

ヒビキが目を輝かせ、静かに援護した。

 

「そうだね。これを機に社会貢献もしたとなれば、エンジニア部を見直してもらえて、セミナーの干渉も減るかもしれない。予算だって増やしてもらえるかもしれないだろう?」

 

ナホトのもっともらしい論理展開に、画面越しのウタハとコトリが「おお……!」と頷いた。

 

工学者の足を引っ張るものは、不足した想像力や情熱ではなく、予算不足である。

「社会貢献加点」と「セミナーの予算増額」。

この二つの言葉は、予算不足とユウカの説教に悩まされていたエンジニア部の生徒たちにとって、かなり耳触りのよい提案だった。コトリはすでに空中へホログラム計算機を浮かべ、エンジニア部のイメージ改善と社会貢献度加点によって増える予算案を叩き始めていた。

 

――「……いいだろう。」

 

しばらくして、乾いた唾を飲み込んだウタハが、眼鏡を光らせながら決意に満ちた声で叫んだ。

 

――「乗った! 資本主義と官僚制の生理を骨の髄まで見抜いているな、悪徳農場主! 明日からただちに全部員を投入し、第1地帯から第3地帯までのすべての機械に、光学迷彩と多目的AI弾倉アップグレードを最優先で実施する! その代わり、セミナーへ提出する満足度調査書類には『非常に優秀』だったと、しっかり報告してもらうぞ!」

 

交渉は完璧に成立した。

 

ナホトは満足げな笑みを浮かべ、管制室の椅子に深くもたれた。来るなら来てみろ。彼は〈Light & Salt〉の銃身を撫でながら、機械たちがアップグレードされる決戦の日に向けて闘志を燃やした。

 

数日後。

 

エンジニア部の骨身を削る徹夜作業の末、大規模プロジェクトは成功裏に完了した。

農園の空には、肉眼ではまったく見えない、揺らめく陽炎のような形の光学迷彩ドローンが、音もなく巡回していた。地上のタレットは、ウタハが組んだAIアルゴリズムを搭載し、獣の大きさと脅威度をリアルタイムで分析したうえで、ゴム弾、ネット弾、散弾を自在に切り替える完璧な機械へと進化していた。

 

「完璧だ。」

 

ナホトは万全の準備を整えた。厚手の作業用エプロンの上から散弾銃の弾帯をX字に巻き、ショットガンを膝に乗せたまま、農園第1地帯の中央にキャンピングチェアを広げて座り、鷹の目で周囲を警戒した。

 

『さあ、来い。今度こそ羽一枚、尻尾の毛一本残さず、まとめて駆除してやる。』

 

だが……。

 

一日が過ぎ、二日が過ぎ、一週間が過ぎても、農園には虫の鳴き声ひとつ聞こえなかった。

 

もしかすると、前回ナホトが撃ち放った本物の火薬の轟音と血の匂いに、獣たちが完全に怯えきったのかもしれない。あるいは、空中から見えもしないまま飛んでくるドローンの攻撃と、粘着性のあるネット弾に絡め取られて散々な目に遭った先遣隊の惨状が、森の獣たちの間で噂にでもなったのだろう。

 

いずれにせよ、農園はぞっとするほど完璧な平和を取り戻した。

 

また獣たちがどんな戦略を立てて来るのかと緊張し、浅い眠りを繰り返していたナホトは、数週間が過ぎる頃にはショットガンをぽんと下ろした。

 

「なんだ、完全に気勢を削がれたのかな。こうなると分かっていたなら、アップグレードを全部やるんじゃなくて、一部だけにしてもよかったかもしれない……。」

 

少し拍子抜けした虚脱感に呟いていたナホトの頭の中に、ふと幼い頃、トリニティ本校に在学していた時、シスターフッドのシスターたちから耳にたこができるほど聞かされた教えがよぎった。

 

【愚かな者たちは灯火だけを持ち、油を持っていなかったが、賢い乙女たちは油を器に入れ、灯火とともに備えていた。花婿が遅れて油の尽きた者たちが買いに行っている間に花婿が来ると、備えていた者たちだけが婚宴に入り、扉は閉ざされた。ゆえに、目を覚ましていなさい。】

 

天の国が到来する日も時も分からないゆえ、常に備え、目を覚ましていなければならないという、トリニティの教訓。

 

「……そうだ。収穫もまだ終わっていないのに、武器を下ろして油断して眠るわけにはいかない。」

 

ナホトは独り言を繰り返し、冷ややかに笑った。

 

油断は禁物だ。どうせアップグレード費用は返金されない。第1地帯の新品種が完璧な実を結び、その濃密な香りが極限に達する秋の収穫期が来れば、大自然が総力戦を覚悟して、この要塞をもう一度叩きに来るかもしれないのだから。

 

その時のためにも、今のこの過剰なほどの武装状態を頼もしく維持することこそ、賢い農夫の姿勢だった。

 

暖かな初夏の陽射しが、再び農園へ降り注いだ。

 

ナホトは見えないドローンたちが空を掌握し、多目的弾倉を口にくわえたタレットたちが沈黙を守る農園の中央で、満足げに伸びをした。

 

徹底して油を備えた者の余裕が、静かな葡萄畑の平和を堅固に支えていた。

 

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