[ブルーアーカイブ] トリニティのブドウ農園主 作:ancoracor08
8月末の晩夏、午後6時。
トリニティ自治区の最外縁、海岸の断崖に位置するイズレ・ナホトのブドウ農場の上へ、遅い午後の柔らかな陽射しが斜めに降り注いでいた。真夏の息苦しいほどの炎天下は一段落し、日没時刻である午後7時まではまだ一時間ほど残っていたため、周囲はなお明るい光を含んでいた。西の水平線の向こうへゆっくりと傾き始めた太陽が、空をキャンベルブドウ色と淡い橙色、そしてグレープフルーツ色に幾重にも染め上げ、目が痛くなるほど静謐で美しい風景を作り出していた。
海から吹いてくる塩気を含んだ海風が農場を柔らかく撫でて通り過ぎるたび、第1区画の究極の新品種苗木たちから漂う濃密で甘いマンゴスチンの香りが四方へ舞い散った。嵐の前夜の重い緊張感を、その甘い香りが薄く麻痺させるような奇妙な空気の中で、ナホトは作業用エプロンを身につけたまま農場の進入路を見つめていた。
静まり返っていた農場の未舗装の土道の上に、荒々しいエンジン音とタイヤの摩擦音がけたたましく響き渡ったのは、まさにその時だった。
キキキキキィ――!
農場の空き地に荒く土埃を巻き上げながら停車した車両は、側面に「SCHALE」のロゴが鮮明に刻まれた、重厚な黒色SUVだった。ガチャリ、という鈍い音とともに運転席のドアが開き、一人の女性が姿を現した。
「うああ~、肩が痛い! 凝って死にそう。シャーレからトリニティ最外縁まで一気に長距離運転するの、本当に久しぶりだね」
運転席から降りた女性は、皺の寄ったスーツシャツの身なりを整える気もないまま、凝った肩をぐるぐる回しながら大げさに伸びをした。疲れていてもおかしくないはずなのに、彼女の口元には特有の緩くも優しい笑みが消えずに浮かんでいた。キヴォトスのすべての生徒たちを導き、あらゆる奇跡を成し遂げるという連邦捜査部シャーレの先生だった。
ナホトは庭に立ったまま、その姿をじっと見守った。
『この方が、噂に聞いていたシャーレの先生……』
クロノス報道部のニュースや世間に出回る数多の噂でしか接したことがなかった時は、莫大な超法規的権限を握り、巨大な学園同士を仲裁する、近寄りがたいカリスマを持つ総生徒会長のような鉄人なのだと思っていた。
しかし目の前で腰をぽんぽん叩きながらへらへら笑っている姿は、どこかネジが一本抜けているように抜けて見え、そのあまりにも無害な雰囲気は「鉄人」というタイトルとはかなり距離があるように見えた。
正直に言って、ナホトの心の中でほんの一瞬、「果たしてこの方に自分の農場の命運と大災厄の防衛をすべて任せてもいいのだろうか」と、信頼度が浅く揺らいだ。
しかしナホトはすぐにハッとして、心の中で激しく首を横に振った。外見と薄っぺらい第一印象だけで人の器を軽々しく裁くことは、彼がトリニティ本校中等部時代に保健委員長として転がりながら最も嫌悪していた傲慢であり、自分を救いに来てくれた恩人に対して抱くべきではない無礼な考えだったからだ。トリニティのあの鼻持ちならない首脳部たちでさえ盲目的な信頼を寄せ、すでに何度も奇跡を起こした当事者ではないか。彼は気持ちを正し、最も優しく礼儀正しい笑みを浮かべて近づいた。
その時、ワゴン車の後部座席のスライドドアが勢いよく開き、ミレニアムサイエンススクールの制服を着た幼い少女たちがわいわいと降りてきた。ゲーム開発部の部員たちだった。
「うわああ! ここがその農場なの!? 本当に海のすぐ前じゃん! マップデザイン、めちゃくちゃすごいじゃん!」
「お姉ちゃん、マップじゃなくて現実だよ」
「……男の人がいる……」
「パンパカパーン! 勇者アリス、魔王軍の侵攻を防ぐため、伝説のブドウ村へ無事到着しました!」
桃色の髪のモモイが目を輝かせながらぴょんぴょん跳ね、黄緑色の髪のミドリがそんな姉を止めながらため息をついた。段ボール箱の代わりに古いキャビネットの扉模様が描かれたバッグを背負ったユズは、見知らぬ大人であるナホトと目が合うとびくりと驚き、そっとミドリの背中の後ろに隠れてしまい、最後に自分の体よりも巨大なレールガンを背負ったアリスが威風堂々と着地して叫んだ。
「こんにちは! 遠いところをお越しいただき、本当にお疲れ様です」
ナホトは柔らかなペリドット色の瞳を細めながら近づき、子どもたちの挨拶を一人ひとり優しく受け取った後、先生に向かって丁寧に頭を下げた。
「長距離運転、本当にお疲れ様でした。今回の件で、ここまで超法規的な権限まで動員して、すぐに来てくださるとは思いませんでした。心から感謝します、先生」
「あはは、災害レベルの虫の群れですからね。当然、シャーレが動くべきでしょう。ナホトさんも、気苦労が多かったですよね?」
先生が優しく手を握って応じた。大人同士が挨拶を交わしている間、畑の巨大な規模と地形物を鷹の目でスキャンしていたモモイが、ゲーム機のコントローラーを握った手を高く上げて叫んだ。
「ねえ、これ完全に大当たりクエストじゃん! 植物がいっぱい植えられたこの巨大な畑で、億単位の虫の群れを防ぐなんて、現実で『プラント vs. ゾンビ』をやることになるとは夢にも思わなかったよ! 私たちもピーシューターとかヒマワリみたいなのを植えなきゃいけないんじゃない?」
すると隣でスマホを覗いていたミドリが、深くため息をつきながら突っ込みを入れた。
「プラゾンは古典すぎるでしょ。こういう複雑な地形で、押し寄せてくるルートを塞いで、オペレーターたちを角度よく適材適所に配置して防ぐんだから、むしろ『アー○ナイツ』の方にずっと近いよ」
姉妹の掛け合いを聞いていたユズが、畑のあちこちに設置されたエンジニア部の機械をちらちら見ながら、気弱で消え入りそうな声で加勢した。
「で、でも……。あとでエンジニア部の先輩たちが、あのタレットとか防衛機械も3D空間に合わせてものすごくアップグレードして、立体的に配置するはずだから……。それは3Dタワーディフェンスに建設要素が加わった『アー○ナイツ:エン○フィールド』なんじゃないかな……」
少女たちの突拍子もなく、それでいて真剣なゲームジャンル論争が続く中、背中にとんでもない武器を背負ったアリスが目をきらりと輝かせ、堂々と前へ出た。
「モモイ、ミドリ、ユズ! みんな、ディフェンスゲームの真の原点を忘れています!」
「ん? 原点?」
「その通りです! 圧倒的物量の敵が一方向から押し寄せてくるのを、狭い入口と要所で火力によって押し潰すこの状況は、間違いなく『ス○ークラフト』の『入口封鎖』や『7人用入口ディフェンス』ユーズマップと完全に同じです! アリスは中央入口を堅固に塞ぐシージタンクとバンカーの心構えで聖剣を振るいます!」
ナホトはアリスの明るく突拍子もない宣言にくすりと笑いながらも、自然と彼女に視線を固定した。
命を育て、育む農夫として、そしてヘイローを通じて自然の生命に極度に敏感になったナホト。彼のキャンベルブドウ色の髪の上に浮かぶ、聖餐杯に絡みつくブドウ蔓の形をしたパステルトーンの黄緑色のヘイローが、微かに揺らめいた。彼の「神秘」が、本能的にアリスへ妙な違和感を感知したのだ。
『なんだろう、この子? 確かに見た目は普通の子みたいなのに……人間と呼ぶには、何か根本的な異質感がある』
ナホトは心の中で怪訝に首を傾げた。しかしさらに彼を驚かせたのは、その冷たく人工的な鋼鉄の殻の内側から噴き出している波動だった。その異質な肉体の内側では、この農場で育つどのブドウ苗木よりも、ひいては大自然のどの獣よりも眩く、躍動的で、純粋な「生命」の波動が脈打っていたからだ。
機械なのに、完全な生命が感じられるという矛盾した感覚。
ミレニアムという場所は本当に、分かるようで分からない神秘的な場所だと思いながら彼が感嘆を飲み込んでいる頃、また別の重厚なディーゼルエンジン音が空き地の空気を裂いた。
ブアアアン――!
ミレニアムエンジニア部のエンブレムが大きく刻まれた大型貨物トラックが一台、庭へ進入してきた。トラックが止まるや否や、作業着姿でレンチを持った白石ウタハが豪快に笑いながら車から飛び降り、続いて豊見コトリとヒビキが各種工具箱と太いケーブルの束を山ほど抱えたまま降車した。
「ははは! シャーレの先生、そしてトリニティの悪徳農場主! 我々が来たぞ!」
「夏休みにうちの農場の防衛網をアップグレードしてもらって以来、みんなで会うのは久しぶりだね。みんな元気だった? それにしても悪徳農場主はひどくない? 賃金も払ったし、評価も最高点にしたおかげで、セミナーから予算はかなりたっぷり引き出せたって聞いたけど?」
ナホトのいたずらっぽい挨拶に、ウタハが誇らしげに胸を張った。
「ふふ、君のその狡猾な資本主義的洞察力に、改めて深く感謝しよう! セミナーのユウカが実証データ報告書を見たところ、予想していたよりはるかに莫大な予算を承認してくれた! おかげで我々の長年の悲願だったプロジェクトも、非常に順調に進行中だ!」
エンジニア部の自慢を聞きながら笑っていたナホトの視線は、いつの間にか、先ほどからアリスが背負っている重厚で巨大な銃造形物へ向かっていた。冷たい金属光沢を放つ、凄まじい砲身。
「ところで……。アリスさんが持っているあの武器、あれが噂に聞いていた、エンジニア部の予算が丸ごと集約されたっていう武器なの?」
ナホトがあえてあの武器に深い関心を持つ理由は明確だった。
昨年の夏、農場の防衛施設を改造した時、タレットの火力が足りないと言ってあのレールガンをタレットに取り付けようと提案した際、ウタハとコトリが仰天し、「あれを取り付けたら、農業用電力を使うとしても、とんでもない電気代と累進課税に耐えられない」と強く止めた記憶が鮮明だったからだ。
農場主としては、いったいあの武器がどれだけ電気を食うからそんな話になるのか、そしてその武器の本当の威力がどれほどなのか、とても気にならざるを得なかった。
ナホトのちらちらとした視線に気づいたコトリが、眼鏡をきらりと光らせながら意気揚々と前に出た。
「あ! ナホトさんの視線は実に正確ですね! あそこにある〈光の剣:スーパーノヴァ〉こそ、今回のディフェンスの中核兵器になると言えるでしょう! 今回押し寄せる約5億匹の昆虫雲は、あれの最大出力なら8割ほどは空中で跡形もなく焼却し、消し去れるはずです!」
「……8割も? 正気か。いったいあんな怪物みたいな武器を、どうやって作り出したんだ?」
想像を超える破壊力にナホトが呆れたように息を呑むと、ヒビキが犬耳をぴくりと立てながら、無表情のまま答えた。
「そもそも宇宙戦艦の主砲に載せるつもりで設計したレールガンだから。私たちエンジニア部の傑作だよ」
「いや……。エンジニア部が宇宙戦艦を作ってるっていうの、尾ひれがついて膨らんだ噂じゃなかったの?」
ナホトの唖然とした問い返しに、ウタハとコトリは示し合わせたかのように眼鏡を光らせ、悲壮に宣言した。
「何を水臭いことを! 我々エンジニア部は、機械工学のロマンの前で、一度たりとも本気でなかったことなどない!」
彼女たちの威風堂々たる布告が終わるよりも前に、あらゆるアンテナとパラボラアンテナが屋根に取り付けられた黒いバンが、土埃を上げながら静かに庭へ進入してきた。ミレニアムの情報セキュリティ特化型ハッカー部、ヴェリタスだった。
各務チヒロを先頭にハレ、マキ、コタマが疲れた様子で降りると、すぐに無線通信機器と高性能ラックマウントサーバー、太いケーブルの束を荷台から次々と下ろし始めた。
「うわ、暑い暑い。こういうオフライン肉体労働、本当に苦手なんだけど……」
ハレがエナジードリンクをちびちび飲みながら気だるげにぼやいた。ナホトと女先生、そしてエンジニア部の生徒たちは急いでヴェリタスのバンへ近づき、重いサーバー機器と通信機材を降ろすのを素早く手伝った。
荷物をほとんど運び終え、一息つこうとした刹那、空気を裂く鋭い排気音とともに、最高級の漆黒SUVが二台、農場の入口へ滑るように停車した。車のドアが開き、黒白の端正なメイド服を身につけているものの、手には物騒な火器を握った少女たちが順番に降りてきた。ミレニアムの公然と知られた秘密清掃部隊であり、最強の武力集団、C&Cだった。
最初に降りた小柄な少女。華やかな金色の刺繍が入った赤いスカジャンを羽織った美甘ネルだった。彼女はサングラスを荒々しく外しながら農場をざっと見渡すと、ケーブルを整理していたナホトと真正面から目が合った。瞬間、ネルの眉間が恐ろしく歪んだ。
「あぁん? お前……」
ナホトも驚いてネルを見つめた。
ミレニアムキャンパスで道を尋ねた時、不良っぽい態度を見せながらも親切に道を教えてくれた、スカジャンを着た反抗期の少女だったからだ。
「C&Cだったの?」
「あのムカつく外部人じゃねぇか!」
ネルが唸りながら凶暴な殺気を放った。過去、ミレニアムで道を尋ねたナホトが、自分を子ども扱いしてゼリーを握らせたあの屈辱を忘れていなかったのだ。しかしネルはやがて、女先生が隣で苦笑しながら見守っていることを意識すると、荒々しく深いため息をつき、斜に構えた片足立ちで不良っぽく言い放った。
「はぁ……ったく、イラつくぜ。シャーレの緊急依頼だから仕事に来ただけだ。私情は置いといてやる。コールサイン、ダブルオー、ミカモ・ネルだ」
ネルの荒々しい自己紹介を皮切りに、他のメンバーたちも順に前へ出た。
「やっほー! コールサイン、ゼロワン、一之瀬アスナだよ! 農場、すっごく広くて綺麗だね! あはは!」
「コールサイン、ゼロツー、角楯カリン。指示をくれ」
「コールサイン、ゼロスリー、室屋アカネです。農場のゴミは確実に清掃いたします」
「ピース、ピース。コールサイン、ゼロフォー、飛鳥馬トキです。よろしくお願いします」
彼女たちの服装と幼い顔立ちを交互に見比べていたナホトの澄んだ瞳が大きくなり、再びネルを見ながら思った。
『この一番小さい子が“ダブルオー”だったのか?』
C&C。
キヴォトスでは誰もが知っている秘密。
最も有名な秘密組織。
その組織の長にも気づけなかったとは。
ナホトは顔を手で覆った。
もっとも、ナホトはトリニティ中央自治区側で暮らしていた頃から、情報力など皆無だったのだ。
ナホトは久しぶりに、自分の異名が「盲人」であることを思い出し、額を押さえた。
ナホトの反応に、ネルはせっかく沈めた腹の虫をまた煮え立たせながら言った。
「おい。つーか名目上はブドウ農場だってのに、肝心のブドウは影も形も見えねぇな? あっちの外側の畑なんか葉っぱばっかりでスカスカじゃねぇか。虫の群れが来る前に、もう農業は派手にしくじったのか? だから腐った甘ったるい匂いなんかさせて、虫の群れを呼び寄せるんだよ」
明らかに過去の因縁を持ち出し、ナホトの神経を逆撫でしようとする、彼女なりに棘のある挑発だった。だがナホトは、トリニティ本校中央自治区で生まれ育ったトリニティ生え抜き。保健委員長として、笑顔で背中に刃を差し込み、優雅なティータイムの下で血生臭い政治工作が交わされるお嬢様たちの数多の権謀術数を全身で経験してきた男だった。
ネルのこのような一次元的で直線的な挑発は、彼にとってはただの思春期の不良生徒の癇癪か、小学生の可愛らしい拗ね方程度に過ぎなかった。ナホトは一寸の乱れもなく、むしろ目尻を柔らかく細めた穏やかな笑みを保ったまま、優しく答えた。
「あはは、僕の農業の心配までしてくれてありがとう。君にはスカスカに見えるかもしれないけど、実は今年の農業は大豊作だったんだよ。収穫した後だからね」
笑顔に唾は吐けない、ということだろうか。明らかな皮肉を純粋な親切と説明で完全に受け流すナホトの大人びた対応に、むしろネルの顔が気まずそうに赤くなった。下手に気勢を張ろうとして元も取れなかった彼女は、宙に向かって八つ当たりするように足を踏み鳴らした。
「はぁ……くっ! 分かったから! こんだけの人数をいつまで突っ立たせとくつもりだ? とっとと作戦指揮する場所に案内しろ!」
「はいはい、こちらへどうぞ。第1区画の中心部にある僕の自宅兼事務所を、指揮部として使えばいいと思います」
ナホトの案内に従い、第1区画のど真ん中に位置する彼の事務所へ移動した一行は、素早く動き始めた。ヴェリタスの手が入ると、素朴だった農場事務所は瞬く間に先端シャーレの作戦統制室へと変貌した。ハレとチヒロがナホトの農場管制システムをヴェリタスのメインフレームへ連動させ、机の中央には農場全体と、アビドスから続く海岸線地形を具現化した巨大な3Dホログラムミニマップが浮かび上がった。
「セッティング完了。みんな注目して。先生。ナホトさん。ブリーフィングを開始します」
チヒロが眼鏡を直しながら、リアルタイム衛星写真と赤い熱映像データを画面いっぱいに表示した。アビドスの赤い砂漠を横切り、海を渡ってきている、真っ黒な暗雲のような形だった。
「衛星追跡の結果、イナゴとアビドス巨大スズメバチの昆虫連合軍の移動速度が非常に速いです。現在の気流と風向きを計算したところ、明日の午前6時中……つまり日が昇る頃には、正確にこの農場の海岸崖を通じて上陸するものと見られます」
チヒロがホログラム地図を操作し、暗雲の先頭部分をピクセル単位で大きく拡大した。すると真っ黒な点の間に、ひときわ赤褐色を帯び、体格が異常に巨大なスズメバチ四匹のシルエットがくっきりと浮かび上がった。
「そして注目すべきはこれです。群れを率いる先鋒隊に、特に色が濃く、体格が圧倒的に大きい特殊個体が4匹確認されました。それぞれイナゴ2匹とスズメバチ2匹ですが、分析の結果、この個体たちがフェロモンと超音波を通じて、数億匹の虫たちに統制の取れた飛行経路を指示しているものと推定されます」
その説明を聞いていたアリスの目が、星のように輝いた。
「おお! 『四天王』です! 中ボスに違いありません!」
興味津々なアリスの叫びに先生は薄く微笑みながらも、すぐに真剣な表情でチヒロから指揮棒を受け取り、テーブル上の地図を指した。彼女の普段の抜けた眼差しはどこにもなく、生徒たちを導く断固として柔らかなカリスマが指揮部を掌握した。
「アリスの言う通り、あの『四天王』が群れを統制しているのは確実に見えるね。敵の数は5億匹、しかも知能を持った四天王まで存在している。これは単純な防衛戦じゃない。農場の地形と私たちの全火力を有機的に噛み合わせなければならない総力戦だよ」
先生の指揮棒が、モニターに浮かんだ農場前方の海岸線の外側を指した。
「第1段階。海上迎撃。5億匹という物量を農場内にそのまま入れるのは自殺行為だから、奴らが陸地に到達する前に、海上で可能な限り数を減らす必要がある。ヒビキは迫撃砲を構築してナパーム弾を広域に絨毯爆撃し、トキはアビ・エシュフを装着して圧倒的な命中率で全方位爆撃を叩き込む。そしてアリスの〈光の剣:スーパーノヴァ〉で、イナゴの群れが陸地へ上陸する前、海上上空で群れを貫通して焼却する」
「はい! 勇者の光で海を割ります!」
「分かりました、先生。お任せください。ピース」
トキがピースサインを作り、淡々と答えた。
「第2段階。四天王狙撃。カリンは農場で最も標高の高い第4区画の管制塔の屋根に陣取って。上陸直前、最も混乱するタイミングで、群れを統率するあの特殊個体4匹を特殊徹甲弾で正確に狙撃して、指揮体系を崩壊させて」
「了解した、先生」
カリンが対物狙撃銃のボルトハンドルを引きながら、静かに微笑んだ。
「第3段階。二重シールド展開および出入り封鎖。指揮官を失って本能に引かれた残党が陸地に上陸し、農場へ進入してきたら、エンジニア部の出番だよ。集合を要請した時、エネルギーシールド発生装置を持ってくるよう頼んでおいたよね? それで即座に第2区画を覆う内部シールド装置を稼働させて、虫たちがすべて上陸したら、農場第5区画外縁全体を覆う広域シールド装置を稼働し、奴らの出入りを完全に封鎖する」
シールドで二重構造を作り、虫たちの退路を断つという発想だった。
「第4段階。キルゾーン殲滅戦。シールド内に閉じ込められた奴らに対して、オーバークロックされたレーザードローン、火炎放射ドローン、タレット、超高圧電気捕虫網、殺虫剤散布機をフル稼働させる。その中でネルをはじめとするC&Cとゲーム開発部、そしてナホトさんは、奴らの残党に対してショットガン乱射と榴弾発射で地上阻止線を構築して」
最後に先生の指揮棒が、農場の心臓部である第1区画を指した。
「第5段階。クロスファイア作戦。海岸線で第1次打撃を終えたアリス、トキ、ヒビキ、カリンが本陣へ復帰する。そして二重シールド内に閉じ込められ、前を突破できずにいる虫たちの背後を突く挟撃を取り、完全に殲滅する。これが明日の朝、私たちが実行する今回のディフェンスの基本戦略だよ」
全員がそれぞれの役割を把握し、頷いた。作戦会議が終わり、子どもたちがそれぞれの装備と防衛線を点検するために外へどっと出ていった後、指揮所には女先生とナホトの二人だけが残った。
ホログラム地図を見下ろしていたナホトの組んだ手には、冷や汗が滲んでいた。
『海上で8割を消し飛ばしたとしても、残るのは実に1億匹だ。二重シールドで第2区画外縁まで完璧に守ってくれるなら、この上なくありがたいけど……』
ナホトは心の中で、苦い唇を噛んだ。いくらミレニアムのオーバーテクノロジーが動員されるとしても、大自然の変数の前では、機械の過負荷によって防衛線が崩れる可能性を排除できなかった。第5区画から第3区画までを徹底して戦場として使うという計画上、残ったブドウの木々が炎と銃弾でめちゃくちゃになることは火を見るより明らかだった。さらに、5億匹という物量を相手に第2区画を守れるという保証もない。
ナホトが拳をぎゅっと握った。その農夫としての切迫感と決意に、先生はシャーレの責任者らしい、強くも柔らかな光を揺らめかせた。
「心配しないでください、ナホトさん」
女先生がナホトの肩をぽんぽんと叩き、優しい、しかし絶対的な信頼を与える笑みを浮かべた。
「私が導く生徒たちは、奇跡を現実にする専門家ですから」
その確信に満ちた声に、ナホトはようやく緊張を解き、かすかに笑みを浮かべた。窓の外ではいつの間にか日が完全に沈み、冷たい海の闇が農場を覆い始めていた。
嵐の前夜の重い静けさの中で、決戦の朝を告げる太陽までは、もう11時間も残されていなかった。
「セラフィス」を裁いた大自然の災厄に立ち向かい、農場を守り抜くための、キヴォトス史上類を見ない超巨大実写版タワーディフェンスゲームの幕が上がろうとしていた。