[ブルーアーカイブ] トリニティのブドウ農園主   作:ancoracor08

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第2章 ミレニアム第11話:お節介な成人

 

 

「グアアアアア!!」

 

引き裂かれるような咆哮とともに、王の形をした醜悪なものが動いた。

 

その巨大な肉体を撃ち上げたのは他でもない、奇怪に折れ曲がった下半身の「イナゴの後脚」だった。昆虫特有の太く強靭な大腿部が、攻城兵器のバネのように限界まで圧縮され、膨張した瞬間。面積が狭く鋭い昆虫の足先が、第3区画の柔らかく耕されたふかふかの土壌へ深く食い込み、跳躍の凄まじい反発力によって巨大な土塊が爆発するように四方へ跳ね上がった。

 

重量級の巨体とは到底信じられない、物理法則を無視した爆発的な跳躍だった。土埃の柱とともに視界から完全に消えた怪物が、一瞬で空を裂いて現れ、錆びた刃のような巨大な上顎、マンディブルと、上段の二本の鋏腕を雷のように振り下ろした。

 

ナホトは反射的に腰を捻り、地面へ身を投げた。

 

ドゴォォン――!!

 

彼が直前まで立っていた地面に、深い裂傷が刻まれた。ナホトは転がって起き上がると、すぐに体勢を立て直し、次の軌道を捻ろうとした。

 

『くっ……!』

 

本来のナホトであれば、全力で回避機動を取った直後、背中にあった翼を大きく広げて巨大なパラシュートのように利用し、刹那の瞬間に急停止するか、翼を広げる角度と方向を調整して、慣性を無視するかのような素早い方向転換を成し遂げていたはずだった。

 

だが現在のナホトに翼はない。中学生の時の戦闘で翼を失ったからだった。

久しぶりに翼の補助まで引き出さなければならないほど際どく圧倒的な死闘の中で、彼の肉体が無意識に過去の戦闘方式を選んでしまったのだ。

 

存在しない翼を広げようとした代償。

骨の髄まで刻み込まれたマッスルメモリーが空虚な宙を掴んだ瞬間、ナホトは肉体制御の均衡が崩れ落ちる、眩暈のするような乖離感に襲われた。

 

その微細なバランス崩壊が生み出した、0.1秒の痛恨のディレイ。

イナゴたちの王、その怪物の不快な真っ黒い複眼が、その刹那の隙を完璧に捉えた。ナホトの肉体的乖離感が生み出したステップの乱れを完全に見切ったかのように、胸部下段に生えた昆虫脚型の二本の腕を槍のように突き込んだ。脛節と跗節に生えた鋸のような棘が、ナホトの命を狙って殺到した。

 

タァァン――!

 

ナホトは体勢を崩した状態でも、本能的にショットガンを持ち上げ、右側の「Salt」銃身を撃発した。銀白色のナトリウム片が散弾のように広がり、奴の下段腕と胸甲を強打した。

 

キン! ガキン! ギギギッ!

 

しかし結果は惨憺たるものだった。奴が纏う黒褐色の分厚い装甲は、一般的な昆虫の皮膜とは次元が違っていた。厚いキチン質の装甲が、ナトリウム片の貫通を完全に弾き返してしまったのだ。土の上に無力に散らばった銀白色の欠片は、何の反応も起こせなかった。

 

『殻が厚すぎる』

 

ナトリウム片の化学反応は、外甲殻を貫いて奴の体内へ入り、体液と反応して初めて爆発が起こる。そうでなければ、バードショット弾にも劣る威力しか持たない、使い道の難しい弾でしかない。

 

ナホトは唇を噛み、降り注ぐ怪物の連打をかろうじて避けながら距離を取った。闇雲に引き金を引くのは、貴重な弾薬の無駄遣いでしかない。彼は怪物の微細な関節部だけを執拗に睨みつけ、反撃の機会を窺った。

 

その時だった。

 

[כָּל פֵּרוֹת הָעֵדֶן הַזֶּה יִבָּלְעוּ בְּמַלְתְּעוֹתַי]

 

怪物の裂けた顎から、再び古代語が流れ出た。

それと同時に、ナホトの頭上、パステルトーンの黄緑色のブドウ蔓ヘイローが激しく脈動した。

 

『くそ、また……!』

 

ナホトは眉間を歪め、片目をぎゅっと閉じた。自身の神秘が勝手に、あの醜悪な怪物の忘れられた言語を人間の知覚へ直訳し、脳裏へ直接ねじ込み始めたのだ。

 

[この楽園に実ったすべての果実は、一つ残らず我が顎の下で噛み砕かれ、呑み込まれるだろう。]

 

前頭葉がチェーンソーで削られていくような、凄まじい片頭痛が襲ってきた。神聖な存在の波動が、無理やり脳血管を流れているかのような感覚だった。刹那の集中力が生死を分ける戦場で、この強制的な翻訳過程は凄惨な妨害だった。

 

「くっ……指揮部! 聞こえるか!?」

 

ナホトは耳元を打つ耳鳴りの唸りと頭痛を無理やり噛み殺しながら、インイヤーの通信ボタンを押した。彼は迫りくる怪物の鋏を銃床で紙一重に弾きながら叫んだ。

 

「誰でもいい、今すぐ僕の寝室に行って、サイドテーブルの二段目の引き出しを開けて! そこに赤いテープが巻かれた特殊弾の箱がある! すぐに配送ドローンに積んで、僕の方へ飛ばして!」

 

弾丸を要請したナホトは、薬室へ再びナトリウム弾を押し込みながら、襲いかかる怪物との血の気が引くような対峙を続けた。ナトリウムだけでは、あの分厚い装甲は砕けない。装甲を貫き、内部を気化させるほどの、極めて強烈な光が必要な瞬間だった。

 

一方、ナホトから少し離れた第3区画のキルゾーンの畝の間。

 

ミレニアム最強の武力集団C&Cのコールサイン00、美甘ネルは、生まれて初めて経験する奇怪で不快な乱戦に苦戦を強いられていた。

 

「あぁん?! このゴミが、ちょこまか動きやがって、本当にムカつくな!!」

 

ネルが二丁サブマシンガン〈ツイン・ドラゴン〉の引き金を引きながら、苛立たしげに唸った。彼女が相手にしているのは、深淵の君主から力を受け、悍ましく進化した「オオスズメバチ指揮個体」だった。奴の大きさは、なんとネルの身長に匹敵するほど巨大だった。だがその巨大な体格にもかかわらず、背中で狂ったように振動する四枚の羽は、奴に想像を絶する機動力を与えていた。

 

ブウン――! ブウウウン――!

 

ヘリコプターのローター音のような凄惨な羽音とともに、スズメバチは空中に完璧に静止、ホバリングすると、重力を無視したまま直角に軌道を折り曲げ、ネルの死角へ潜り込んだ。

 

さらにネルを苛立たせたのは、奴の変則的な「六脚歩行」近接格闘術だった。

 

スズメバチは奇怪にも、最後部の脚二本で地面をしっかり踏みしめたまま、昆虫特有の弾力で上体をまっすぐに立てていた。そして中脚二本を交差させ、ネルが振るう鎖と銃弾の軌道を弾くガードとして使った。防御と同時に、最前部にある鋭い前脚二本が、ネルの心臓を狙って槍のように突き込まれた。

 

ガァン――! ギン! ヒュッ!

 

ネルが腰を後ろへ反らし、辛うじて前脚の突きを避けた。脚に生えた鋸のような棘が虚空を裂き、背筋の凍る風切り音を立てた。ネルは即座に反撃するため、ツイン・ドラゴンを奴の顔面へ向けて乱射したが、致命的な相性が彼女の足を引っ張った。

 

キン! キキン!!

 

「はぁ?! 貫通もしねぇとか、マジでふざけてんのか!」

 

本来、ミレニアム最強であるネルの圧倒的な神秘が込められた弾丸なら、たとえ9mm弾に過ぎなくとも、昆虫の外骨格程度は潰してしまうほどの破壊力を持つのが普通だった。だが、怪物から直接力を授けられて奇怪に進化したオオスズメバチの外骨格が問題だった。奴の殻に宿る不吉な力が、彼女の猛烈な銃弾を、ただの平凡な9mm鉛弾へと貶めていたのだから。

 

「はぁ?! 弾が通らねぇ? だったら直接潰してやるよ、このゴミが!!」

 

ネルは躊躇なく戦術を変えた。距離を取りながら射撃する代わりに、むしろ猛烈な速度で奴の懐へ潜り込み、積極的な肉弾戦を展開した。両袖から噴き出した無慈悲な鎖が、奴の関節と胸甲を狙い、鞭のように殺到した。

 

ガァン――! ギン! バキィッ!

 

鎖と昆虫の強靭な脚が衝突し、戦場には火花が散った。最初は奇怪な六脚歩行の怪物の多関節格闘術に戸惑っていたネルだったが、ミレニアム最強という称号は決して飾りではなかった。彼女は支柱として使っている後脚を除き、絶え間なく攻防を交差させる前脚と中脚、二対の軌道とタイミングをリアルタイムで読み取り始めた。ネルは徐々に、この変則的で奇怪な肉弾戦のリズムへ完璧に慣れていった。

 

ついに奴のパターンを看破したネルが、体重を乗せて鎖を大きく振るい、強靭な脚のガードを完全に払い除けた瞬間。

姿勢が崩れたように見えたスズメバチの醜悪な腹端が、背後で弓のように鋭くしなった。ネルが脚の方へ神経を集中し、ガードを砕くために大きく身を開いてしまった刹那の空白。その致命的な死角を狙い、猛毒を宿した巨大な毒針がピストンのように突き下ろされようとした、その瞬間だった。

 

ドゴッ――!!!

 

どこからか飛んできた無慈悲な蹴りが、スズメバチの胸部を荒々しく蹴り飛ばした。

 

イズレ・ナホトだった。

 

彼は王の形をした怪物との血の気が引くような対峙を続ける最中にも、ネル側の状況を横目で確認していた。奴のパターンを読み切ったネルなら、自力で毒針を避けられたかもしれない。だがナホトは、生徒がそんな致命的な危険に晒される光景を、黙って見ていられるほど大人しい性分ではなかった。シャーレの先生のような大仰な「大人」ではないとしても、少なくとも歳を重ねるだけ重ねた「成人」として、目の前の生徒が凶悪な毒針に刺されるかもしれない状況を傍観するわけにはいかなかった。

 

結局、余計なお節介を発動させたナホトが、怪物の振り下ろす攻撃の反動を踏み台にして跳び上がり、ネルとスズメバチの間へ全力でスライディングしてきたのだ。

 

ナホトの重い蹴りを食らったスズメバチが衝撃によろめき、毒針の軌道が逸れた。

ナホトはショットガンの銃口を持ち上げ、スズメバチの最も柔らかい部位である下腹部の節の隙間に、完璧に押し当てた。

 

タァァン――!!!

 

完璧なゼロ距離射撃。

数百個の銀白色のナトリウム片が薄い腹部皮膜を裂いて入り、体内の奥深くへ無慈悲に雪崩れ込んだ。

 

ナホトは銃を撃った瞬間、ネルの腰を引っさらうように抱え込み、地面へ向かって身を転がした。

その瞬間、スズメバチの腹の中で水分がナトリウムと結合し、莫大な量の可燃性水素ガスと沸騰する高熱が発生した。腐食性の水酸化ナトリウムが内臓を溶かし、体内に閉じ込められた水素ガスが熱によって着火し、奴の腹のど真ん中から猛烈な化学爆発が起こった。

 

ドゴォォォォン――!!!!

 

オオスズメバチの巨大な胴体が、圧力に耐えきれず巨大な水風船のように弾け飛んだ。

ナトリウム反応によって煮えたぎる青黒い体液と猛毒が混ざった酸性雨が、豪雨のように降り注いだ。

 

「くっ……!」

 

ナホトは地面に倒れたネルの上へ、自分の背中を丸めて完全に覆った。溶岩のように煮えたぎる猛毒性の体液と破片が、ナホトの広い背中へ降り注いだ。

 

ジィィィッ――!!

 

分厚い作業用エプロンとシャツが溶け落ち、皮膚が焼けただれるような苦痛がナホトの全身を直撃した。

 

「はぁ?! おい、お前……! 今、何を……!」

 

自分を抱え込んだナホトの顔を見上げながら、ネルが困惑と驚愕の入り混じった表情で目を見開いた瞬間だった。

 

ブスッ――!!

 

ネルを酸性体液から守るため、戦場のど真ん中で無防備に晒されてしまったナホト。

彼の丸まった背中の後ろに、いつ近づいたのか、あのイナゴたちの王が濃い影のようにそびえ立っていた。

怪物の胸甲の向こうで高く掲げられていた凶悪なサソリの尾。

その先にある毒針が、ナホトの背中の腰元へ深々と突き刺さったのだ。

 

「ああ、くそ……」

 

ナホトは悲鳴すら上げず、眉間を歪めて低く悪態を噛み殺し、痛みを飲み込んだ。背筋を裂いて入ってきた毒針の悍ましい異物感とともに、血管へ毒が注入される感覚が伝わってきた。

だが皮肉にも、ナホトはむしろ痛みが遠く消えていくのを感じた。奴が注入したものが麻痺毒だったのか、それとも極限状況で噴き出したアドレナリンのせいなのかは分からなかった。

 

確かなのは、時も場所も選ばずヘイローが脈動し、脳裏を抉っていたあの酷い片頭痛まで、綺麗に鎮まってしまったという点だ。頭が背筋の凍るほど澄み切った。

 

『今だ』

 

血を吐くナホトの両目が、冷たく閃いた。イナゴの脚で狂ったように跳躍するせいで到底届かなかった奴の本体が、致命打を与えるために自ら距離を詰め、尾を突き刺して、完璧な「連結点」を作ってくれた形だった。

 

「捕まえたぞ、このイナゴ野郎」

 

ナホトは背中に刺さった毒針を無視したまま、強靭な左手を後ろへ伸ばし、自分を刺したサソリの尾の節をがっしりと掴んだ。そして大自然と取っ組み合いながら鍛え上げた獣のような筋力で、尾を前方へ荒々しく引き寄せた。

 

奴がバランスを崩し、巨大な体がナホトの背中側へ一気に傾いた、その刹那の隙。

 

ナホトは腰を捻り、残った右手で銃口を奴の胸甲へ完璧に押し当てた。

 

タァァン――!!

 

完璧なゼロ距離射撃。引き金を引くと同時に、ナトリウム弾の無慈悲な爆発力が奴の黒褐色の外骨格を強打した。

 

バキッ! メキィッ――!!

 

背筋の凍る破裂音とともに、難攻不落に見えた奴の厚い胸甲へ深い亀裂が走った。そしてその隙間から、奴の青黒い体液がどろりと漏れ出し始めた。

 

[キィィィィッ――!!]

 

怪物が凄惨な金属音の悲鳴を上げ、棘の生えた前脚で暴れながらナホトの腕を弾き飛ばすと、毒を注入していた尾をナホトの背中から引き抜き、後ろへ下がった。ナホトは背中に穿たれた巨大な傷口から血を流しながら、その場に膝をついた。

 

[מַרְהִיב לִרְאוֹת שׁוֹמֵר חֲסַר כְּנָפַיִם כּוֹרֵעַ]

 

胸元の装甲が砕け、体液がぽたぽたと滴る苦痛の中でも、怪物は致命的な猛毒がナホトの全身に回ったのだと、勝利を確信していた。奴は自分の足元に座り込んだナホトを見下ろし、不快な金属音で凶暴な嘲笑を漏らした。

 

酷い片頭痛が晴れ、いくらか静かになったヘイローが、脈動が消える直前、最後にその傲慢な宣言を、ナホトの澄み切った脳裏へはっきりと翻訳して意思を伝えてくれた。

 

[翼なき門番が跪く姿は、実に見物だな。]

 

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