[ブルーアーカイブ] トリニティのブドウ農園主 作:ancoracor08
大自然が吐き出した5億匹の災厄が通り過ぎてから、いつの間にか数週間が流れていた。トリニティ自治区の最外縁、切り立った海岸の断崖の上で砕けていた夏の猛烈な熱気は、跡形もなく消えていた。その場所には、透明な秋の陽射しと、塩気を含んだ涼しい海風が訪れ、ブドウの糖度を極限まで引き上げていた。
イズレ・ナホトは、秋の静けさが降りた農場で、一人収穫の季節を迎えた。彼の手に握られた剪定鋏が心地よい金属音を立てながら、第2区画のプレミアム品種を順番に収穫していった。
最初に籠を満たしたのは、翡翠色に玲瓏と輝くトリニティの高級品種、「セイントパール、Saint Pearl」だった。透明な皮の向こうに透ける澄んだ果肉は、職人が磨き上げた翡翠の珠のようで、口に入れた瞬間に優雅に広がる薔薇の香りは絶品だった。このブドウはトリニティ中央自治区の賓客をもてなす時に食卓へ上がり、さりげない富と家門の品格を誇示する手段として使われる、貴い身分の果実だった。
次は山海経農業特区が誇る「山海紫玉」だった。黒赤い紫色が魅惑的なこのブドウは、山海経・玄龍門の門主が主催する秘密めいた華やかな中華宴席のたびに、デザート卓の中央から一度も欠けたことがないという噂が立つほど、濃厚な風味を誇っていた。一粒だけでも口いっぱいに満ちる濃密な果汁は、脂の多い料理を洗い流すための、最も完璧な締めくくりだった。
続いてナホトの視線が留まったのは、「ブラックベルベット、Black Velvet」の区画だった。ワイルドハント芸術学院で培養されたこのブドウは、まるで漆黒のベルベット布を纏ったかのように、完璧な球形と濃い黒色を帯びていた。その形があまりにも蠱惑的で美しいため、静物画で最も頻繁に登場する品種でもあった。美術史に大きな足跡を残した巨匠たちが傍らに置いて愛したと知られているせいで、今もキヴォトスの鋭敏な芸術家たちは、新たな霊感を吹き込んでくれるミューズを探すように、この黒い果実を手に入れようと苦心していた。
そして第2区画の最後を飾ったのは、ゲヘナ学園の最高級品種、「ルビーロマン、Ruby Roman」だった。あのゲヘナで一体どうやってこんな完璧な果実を開発したのか、誰もが疑問を呈する謎めいたブドウ。そのせいで好事家たちの間では、「ゲヘナ史上二度と現れない空前絶後の傑作」、「万魔殿が悪魔との取引によってキヴォトスの外から密かに持ち込んだ品種」、あるいは「悪魔から直接授かった赤い宝石」など、ありとあらゆる不吉で魅惑的な修飾語がつきまとう傑作だった。
だが今年の収穫の真の焦点は、第2区画ではなく、農場の心臓部である第1区画にあった。
「ついに……」
ナホトは慎重な手つきで特殊な袋を外した。その中から姿を現したのは、ミレニアムの遺伝子工学とナホトの血と汗が結びついて生まれた、究極の新品種だった。ガーネット色の巨大で瑞々しい粒。ルビーロマンの限界を遥かに超える圧倒的な膨圧と、鼻先を麻痺させるほど濃く甘いマンゴスチンの香りが、畑全体へどっと溢れ出した。
ナホトは当初、この結実に「プリミティエ・カルメル、Primitiae Carmel」という名前をつけるつもりだった。農夫として自分の根となってくれた母校、「カルメル園芸高等学校」から名前を取ったもので、そこを卒業した農場主が世に初めて披露するオリジナル品種の「初収穫、Primitiae」という意味を込めたかったからだ。だが彼は長い迷いの末、「プリミティエ・エデン、Primitiae Eden」という名前をつけた。
最初は、ただ土を食って生きる一介の農夫である自分が、「エデン、Eden」という大仰で聖なる言葉を軽々しくブドウにつけてもよいのかと躊躇もした。だが、あの凄惨だったイナゴの群れとの死闘の中で、イナゴたちの王がこのブドウを明らかに「エデンの果実」と呼び、貪欲を露わにしたではないか。怪物すら惑わせたその圧倒的な香りなら、エデンという名の王冠を被せても、何ら遜色はないと思ったからだった。
収穫をすべて終えたナホトは、第1区画のプリミティエ・エデンと第2区画のプレミアムブドウを丁寧に混ぜ、高級感のある木製の贈答箱をいくつも作った。異なる色と香りを持つ五種類のブドウが一つの箱の中で調和すると、それ自体がキヴォトスの平和を象徴するかのような、華麗な名画が完成した。
この贈り物は、先日の地獄のようなディフェンス戦に快く飛び込んでくれた、ミレニアムの恩人たちへ送る感謝の印だった。唸りながらも頼もしくキルゾーンを守ってくれたネルとC&C、ゲームを楽しむように明るく弾幕を張ってくれたゲーム開発部、衛星データで戦場の目となってくれたヴェリタス、そしてあらゆるドローンとタレットに奇想天外な機能を搭載して支援してくれたエンジニア部まで。漏れなく感謝の気持ちを押し込めた。
続く箱の宛先はティーパーティーだった。正確には、フィリウス分派の長、桐藤ナギサへ向かうものだった。親しい兄として送る、静かな安否の挨拶。そして、この見事な結実をこれ見よがしに差し出して伝える、無言の抗議でもあった。辺境の土埃の中で元気に暮らしているから、心配せず、わざわざあの息苦しい中央自治区へ来いなどと言って呼び戻さないでほしい、という。
最後に向かった先は、キヴォトスの心臓、シャーレだった。シャーレへ向かう箱には、ブドウだけでなく、重々しく封印された小さな箱がもう一つ入っていた。その中には、なんと1億4千万クレジットという大金が入っていた。
ナホトは金を包みながら、乾いた笑いを漏らした。1.4億クレジット。響きだけ聞けば凄まじい嵩になりそうだが、高額クレジット紙幣の束として箱にきちんと詰めてみると、さほど大きくもなかった。ビタミンドリンクの箱一つにも満たない、その簡素な体積。しかし、それが持つ意味は決して軽くなかった。
シャーレがミレニアムの生徒たちを動員してトリニティ側へ恩恵をもたらした以上、その過程でミレニアムの生徒たちが消耗した作戦費用と莫大な弾薬代に対する、完璧な精算だった。セミナーがティーパーティーへ突きつけるはずの、そのわずかな外交的口実を、農場主個人の段階で事前に完全に消し去るための「名分償却費、外交的名分を金で焼き払って消すための費用」だった。自らを「学生」ではなく「責任を負うべき成人」と固く規定していたナホトが、シャーレの先生へ示す、まっすぐな返答だった。
それから、どれほどの時間が流れただろうか。
キヴォトスの朝を告げるクロノス報道部のニュースマガジンで、信じられないほど大騒ぎしたアンカーの声が響き渡った。
[視聴者の皆さん、信じられないニュースです! たった今、キヴォトス最高級農産物オークションで歴史的記録が更新されました!]
画面の中のアンカーの声は、興奮に満ちて震えていた。
[トリニティから出品された新品種、「プリミティエ・エデン」が、ゲヘナのルビーロマンを軽々と上回り、従来の最高価格の実に約3倍に達する金額、47万クレジットで落札されました! 巷の噂によれば、キヴォトス中の獣たちがこのブドウを欲して押し寄せたという、神話のような話まで出回っているそうです! 首席競売人はこのブドウを試食した後、『エデンの園の果実とは、果たしてこれほど甘かったのだろうか!』と、惜しみない絶賛を送ったとのことです!]
同じ時刻、ゲヘナ学園自治区のとある繁華街。銀髪を長く垂らした美食研究会の部長、黒舘ハルナは、つい先ほど自分が爆破してしまった食堂の焦げ臭い残骸を背に、優雅に立っていた。素晴らしい食材を傲慢にも台無しにした料理人の態度に失望し、容赦なく「美食の審判」を下した直後だった。
焦げ臭い硝煙の中で、彼女の携帯電話がけたたましく鳴った。画面の中のクロノス報道部アンカーのリポートを確認したハルナの足が、ぴたりと止まった。彼女の高雅で優美な瞳の奥で、真の美食へ向かう抑えきれない渇望と狂気が、激しく燃え上がり始めた。
「……エデンという名が冠されるほどだなんて! ああ、これこそ私たちがあれほど探し求めていた『美食のイデア』でなくて何だというのでしょう?」
普段から伝説的な料理一つを食べるためにキヴォトスの反対側まで駆けつけたり、幻の食材を手に入れるためなら手段を選ばず、食堂や車両の爆破テロすら辞さない彼女だった。食事そのものを一種の崇高な芸術行為と見なすハルナにとって、ゲヘナの傑作ルビーロマンを三倍も上回る価格で落札されたトリニティの新品種は、単なる果物ではなく、必ず勝ち取らねばならない聖杯そのものだった。
「キヴォトス全域の獣たちが欲した、致命的なフェロモンと甘美さ! 究極の美食を追求する美食研究会の部長として、このように芸術的な食材を決して見過ごすことはできませんわ!」
ハルナは、イシダイでフィッシュカツを作り、市販のタルタルソースと一緒に出してきた食堂の残骸を背に、アカリ、イズミ、ジュンコへ即座に集合メッセージを送った。
「さあ、皆さん。本日より、私たち美食研究会の次なる目的地はD.U.オークション会場です。その『究極のブドウ』を落札した幸運な方を訪ねて、美食を愛する心で、ほんの数粒だけ分けていただけないか、とても丁寧にお願いしてみましょう」
ハルナの口元に、美しくも冷たい笑みが広がった。
「断られるかもしれませんから……爆薬も持って、ですけれど」
ただその究極のブドウを味わいたいという盲目的な渇きだけが、彼女の優雅な歩みを急かしていた。
一方、世間が自分の名前とプリミティエ・エデンの登場で大騒ぎになっていたその時。肝心のその偉大な果実を育て上げた農場主、イズレ・ナホトは、自分の第1区画のブドウ畑で凄惨なことをしていた。
ザクッ。ギギィッ――!
重い鋸の音とともに、大人の前腕ほどの太さで逞しく育ったプリミティエ・エデンのブドウの木を、数本切り倒してしまった。
「はあ……惜しくはあるけど、またディフェンスゲームをやりたいわけじゃないからね」
ナホトは切り落とされた蔓の残骸を一か所に集めながら、苦く呟いた。プリミティエ・エデンが放つあの目眩のするフェロモンは、大自然の本能を狂わせるほど致命的だった。ブドウ農場近隣の有害鳥獣を引き寄せるだけでは飽き足らず、海を越えたアビドスの砂漠から虫の群れまで呼び寄せたのだ。このまま露地で無防備に栽培を続ければ、来年はどんな災厄が海を渡ってくるのか、想像するだけでも嫌だった。
結局ナホトは、第1区画全体に完璧な空調システムと遮蔽施設を備えた巨大なガラス温室を建てることを決断した。外へ甘い香りが漏れ出すことを根本から遮断し、少数精鋭として、ほんの数本の木だけを安全に管理するためだった。ナホトの決断で運よく生き残った数本の苗木は、ガラス温室が完成するまでの間、一時的にナホトの自宅前庭の花壇へ安全に移植された。
季節はいつの間にか、初冬の入口を越えていた。
ナホトは一日中畑を回り、痩せた枝の下でかさかさと音を立てる乾いた落ち葉を熊手で集め、燃やした。鼻を刺す煙が夕焼けの海岸線に沿って流れる中、一年間頑張ってくれた土地と残った木々へ感謝を示すように、礼肥をたっぷりと撒いた。来たる氷点下の厳寒で配管が破裂するのを防ぐため、畑全体に血管のように張り巡らされた点滴灌水チューブの内部に残った水を、エアコンプレッサーで完全に吹き飛ばす作業まで終えると、いつの間にか太陽は水平線の下へ完全に姿を消していた。
「ああ、節々が痛い……今年の農業も、本当に色々あったな」
凝った腰と肩を叩きながら、ナホトは自宅へ向かって重い足取りで歩いた。疲労は骨の髄まで染み込んでいたが、居間に土埃が落ちることをひどく嫌う彼だったため、家の中へ入る前に庭の隅にある屋外水栓の前に陣取った。氷のように冷たい水で長靴についた泥をゴシゴシと落とし、手と顔についた異物をざっと洗い流してから、首にかけたタオルで水気を拭き取った。
ギィィ、ガチャリ。
古い玄関扉を開け、家の中へ入った瞬間。
「……え?」
ナホトの足が、玄関マットの上で見えない石につまずいたかのように、ぴたりと止まった。
外の土の匂いと汗の匂いを徹底して遮断し、大きなアレカヤシとモンステラが静かに息をしながら、涼しく爽やかな無臭を保っていた一階の居間。
その透明な空気を切り裂き、非常に上品で重く嗅覚を押さえつけるような、濃いダージリン紅茶の香りが招かれざる客のように染み込み、家の中を優雅に支配していた。
暖炉の薪が燃える温かな音だけが静寂を満たしていた。そしてナホトの平凡だった木製テーブルの上には、いつ持ち込まれたのか分からない真っ白なレースのテーブルクロスが敷かれており、その上には眩しく輝く金縁の最高級ティーカップセットと、焼きたてのロールケーキが端正に並べられていた。
そしてそのテーブルの向こう、ふかふかの事務用椅子ではなく、華やかに装飾された背もたれ椅子に脚を組んで座る、一人の少女がいた。
眩く輝く淡い金髪。頭上で優雅に光る天使のヘイロー。いかなる感情も読み取れない、高雅で冷たい眼差しでティーカップを持ち上げる、トリニティ総合学園の頂点にしてティーパーティーのホスト。
桐藤ナギサ。
幼い頃、兄様が焼いたロールケーキが一番おいしいと無邪気に笑っていた、あの愛らしい近所の妹の姿はどこにもなかった。ただ、絶えず人を疑い、情報の蜘蛛の巣の中心に潜みながら、トリニティの権力を統制する、冷たく静かな支配者の重みだけが、空気を沈ませていた。
何の予告もなく訪れた彼女は、まるで避暑地の別荘にでもやって来て、余裕を楽しんでいるかのような平穏な様子で座り、紅茶をすすっていた。
だがナホトは、そんなナギサの背後に、まるで数十、数百門の野砲の砲身が自分を狙って一斉に並んでいるかのような、息の詰まる重圧を感じていた。引き金さえ引けば、今すぐにもこの平和な農場を灰燼に変えてしまえる、その圧倒的な政治的権力の幻覚を前に、ナホトは背筋を冷たい汗が伝い落ちるのを感じながら、ショットガンの革製スリングを握りしめ、そのまま凍りついた。
ティーカップを優雅に受け皿へ戻したナギサが、特有の慈愛に満ち、それでいて底の知れない笑みを浮かべ、唇を動かした。
「お久しぶりです、兄様。その後、お変わりありませんでしたか?」