[ブルーアーカイブ] トリニティのブドウ農園主   作:ancoracor08

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第3章 美食研究会
第3章 美食研究会 プロローグ:兄様の罪状とカイザーの魔手


 

 

焦げた落ち葉の鼻を刺す臭いと、汗に染み込んだ土の匂いは、屋外の水道管の冷たい水で軽く洗い流した程度で、そう簡単に消えるはずもなかった。そうして微かに残ったみすぼらしい農家の匂いの上に、最高級ダージリン紅茶の香りが異質に重なっていた。

 

そしてその香りの中心に、まるで一幅の名画のように、木製テーブルの前に座る淡い金髪の少女がいた。

 

トリニティ総合学園の頂点。

ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサ。

 

彼女はこの粗末な農家の居間を、一瞬でトリニティ本校のプライベートな茶会場へと変えてしまったまま、一分の乱れもない高雅な姿でティーカップを手にしていた。

 

「……久しぶりだね。どうしたの? 連絡もなしに」

 

ナホトはどうにか平静を装い、無理に口角を引き上げた。しかし返ってきたのは、幼い頃の自分を迎えてくれた、優しい近所の妹の華やかな挨拶ではなかった。

 

「どうしたの……と、私にお尋ねになるのですか?」

 

ナギサは優雅な動作でティーカップを受け皿へ戻し、ふわりと微笑んだ。

 

カチャリ。

 

磁器が触れ合う、小さく澄んだ音。

そのたった一度の響きだけで、ナホトの背筋に冷や汗がつうっと流れ落ちた。

 

直感できた。

 

非常事態だ。

今すぐこの場を離れなければならない。

 

「僕、今仕事から帰ってきたばかりだから。とりあえず洗ってくるよ!」

 

このまま身を翻し、玄関扉を蹴破って再び畑へ逃げ出すつもりだった。

 

そしてその浅はかな思惑は、体を向けるよりも前に冷たく遮られた。

 

「そのままテーブルにお座りくださいませ」

 

柔らかいが、絶対的な権威が込められた声だった。明らかに自分の家、自分の居間であるにもかかわらず、今この空間の主導権はすでに完全にナギサへ移っていた。

 

ナホトは結局、気まずそうに足を止めた。まるで職員室に呼び出された生徒のように顔色を窺いながら、テーブルの向かいの椅子の端に、どうにか腰を乗せた。

 

ナギサは余裕のある仕草でティーポットを持ち上げ、空のティーカップへ紅茶を注いだ。

 

とくとく。

 

澄んだ水色の赤い波が、カップの中を満たしていく音だけが、張り詰めた静寂を細く裂いた。ナギサは自ら注いだティーカップをナホトの前へすっと差し出し、あまりにも柔らかな声で口を開いた。

 

「最近、ミレニアムのセミナーから、私どもティーパーティーの方へ緊急連絡が入った後、突然取り消されたことがありました。兄様は、これについて何かご存じでしょうか?」

 

「……いや。僕は何も知らないよ」

 

ナホトは努めて視線をティーカップへ落としたまま、即答した。

ナギサは動揺しなかった。まるで、すでに答案を手にしていて、あとは採点だけを残している者のように、落ち着いて次の言葉を続けた。

 

「ちょうど私が会議中でしたので、後から案件を確認しようとしたのですが、突然発信を撤回されてしまったため、結局内容を確認できませんでした」

 

ナギサはほんの少し首を傾げた。

 

「セミナーからティーパーティーへ直通で入る緊急案件が、突然取り消された。ティーパーティーのホストとして、その取り消された案件が何だったのかを調べることは、紅茶を淹れる時間よりも短く簡単なことです」

 

ナホトは何も言えなかった。

その沈黙の上に、ナギサの整然とした追及が一枚ずつ重ねられていった。

 

「それに、ミレニアムのゲーム開発部、ヴェリタス、エンジニア部。そしてミレニアム会長直属の特殊作戦部隊であるC&Cまで。このトリニティ外縁で、アビ・エシュフ、光の剣:スーパーノヴァ、特殊ナパームのような重火器を大規模に使用した痕跡も確認されています」

 

彼女は柔らかく微笑んだ。

 

「自治区の首脳部として、他校の武装兵力がトリニティ領内で軍事作戦を行ったのであれば、事態の真相を確認し、被害規模を調べるために現場を訪れるのは、当然ではありませんか?」

 

「……まったく知らない話だよ」

 

「本当に不思議ですね」

 

ナギサが軽く頬杖をつき、すました笑みを浮かべた。

 

「その大規模作戦の目的が『イナゴの群れの駆除』だったことまでは、そう難しくなく把握できました。そしてその対応のために、連邦捜査部シャーレがミレニアムを動員したことも」

 

彼女の澄んだ瞳が、ゆっくりと光を帯びていった。

 

「さあ、考えてみてください。シャーレがミレニアムの人員と装備を動かしたのであれば、ミレニアム側は当然シャーレへ費用を請求したはずです。そして作戦が行われた領土はトリニティ自治区であり、災害解決の最終受益者もまたトリニティです」

 

ナギサの視線が、真っ直ぐナホトへ向けられた。

 

「であれば、セミナーとシャーレは私どもへ正式な報告を上げ、精算協議を経て費用を請求するのが筋です。受益者負担の原則を考えれば、あまりにも当然の行政手続きですから」

 

そして彼女は短く息を整えた後、はっきりと続けた。

 

「ところが、どういうわけか公式な被害報告もなく、補償請求も入っておらず、外部支援に関する後続協議までもが、曖昧に蒸発してしまいました」

 

彼女の目が細くなった。

 

「精巧な書類で目を覆った『隠蔽』であれば、むしろ把握は難しかったでしょう。ですが、これは呆れるほど露骨な『欠落』にしか見えませんでした。まるで、頭だけを突っ込めば世界も自分を見られないと信じている、拙い獣のよう、とでも言いましょうか。誰の仕業なのか、本当に指紋を照合するように分かりました」

 

ナホトは息が詰まるのを感じながら、ティーカップの取っ手だけを弄っていた。

ナギサはそんな彼を見つめたまま、とてもゆっくりと唇の端を吊り上げた。

 

「ですので、内部の会計ラインも少し確認してみました」

 

その言葉に、ナホトの指先がぴくりと震えた。

 

「中央自治区を離れ、土でも食べて暮らすのだと意地を張っている人が住む外縁の銀行支店から、億単位のクレジットが引き出されていました」

 

ナギサの声は、依然として柔らかかった。

その柔らかさが、かえって恐ろしかった。

 

「これがシャーレに対する『非公式な民間弁済の痕跡』でなければ、一体何だというのでしょう?」

 

彼女はティーカップの取っ手に指を掛けたまま、静かに尋ねた。

 

「本当に、何も心当たりはありませんか?」

 

「……やっぱり知らない話だよ」

 

ナホトは額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、最後まで知らぬ存ぜぬを貫いた。

 

ナギサはしばらく無言で彼を見つめていた。

そしてテーブルの上のティーカップを持ち上げ、ほんの少し喉を潤した。

 

カチャリ。

 

磁器が再び触れ合う澄んだ音とともに、彼女がティーカップを置いた。

その瞬間、つい先ほどまで口元に浮かんでいた余裕の笑みが、洗い流されたように消えた。

 

その場を代わって満たしたのは、完全に凍りついた無表情だった。

 

まだ冬が来る前の晩秋だった。にもかかわらずナホトは、骨の髄まで入り込む極寒の吹雪が、居間の真ん中へ押し寄せてきたかのような錯覚に息を呑んだ。

 

「兄様は、相変わらず嘘がお下手ですね」

 

低く落とされた一言。

それは単なる追及ではなかった。

ナギサの澄んだ瞳の上に、深い恨みが静かに揺れていた。

 

トリニティの茶会は本来、社交界における銃声なき戦場だというが、今彼女が広げたこの茶席は、政治的な攻防の場というよりも、それよりずっと私的な糾弾の場に近かった。

 

「お送りくださった『プリミティエ・エデン』、大変おいしくいただきました」

 

ナギサが指先でティーカップの縁を静かに撫でながら言った。

 

「『セイントパール』を遥かに凌ぐ、あの圧倒的な味と香り。兄様がどれほど骨身を削るような死闘の末にその果実を得られたのか、食べている間中、感じられました。私の親友たちも感嘆を禁じ得なかったほどです」

 

そしてその瞬間、息が詰まるほど張り詰めていた緊張感を、ナホトがあまりにも愚かで無神経な一言で粉々に砕いた。

 

「え……? 友達いたの?」

 

しまった。

 

言葉を吐き出した瞬間、ナホトは遅れて両手で自分の口を塞いだ。

 

静寂。

 

ナギサがゆっくりと瞬きをした。

 

「……兄様」

 

口をぎゅっと塞いだまま、ナホトの瞳が行き場を失い、地震でも起きたかのように揺れた。

 

「お亡くなりになりたいのですか?」

 

声の温度が氷点下まで落ちた。

 

ナホトは口を塞いだまま、息を殺した。

ナギサはため息を飲み込むように息を整え、再び口を開いた。

 

「あの素晴らしい果実を食べている間中、私の胸の内はまったく穏やかではありませんでした」

 

彼女の声は低く、落ち着いていた。

だからこそ、感情がより鮮明に滲み出ていた。

 

「なぜトリニティのティーパーティーではなく、ミレニアムに頼られたのですか?」

 

ナホトの肩がびくりと揺れた。

 

「なぜティーパーティーの私ではなく、シャーレの先生に頼られたのですか?」

 

彼女の瞳が少し揺れた。しかし声だけは、最後まで乱れなかった。

 

「兄様があの莫大なクレジットを注ぎ込んでまで守りたかったものは、本当にこの農場の静かな日常だけだったのですか?」

 

ナギサはしばらく言葉を止めた。

そして非常にゆっくりと、しかし骨を刺すように正確に、最後の質問を突きつけた。

 

「それとも、この桐藤ナギサが兄様の件に関わることのできる、そのわずかな名分すら、完璧に遮断してしまいたかったのですか?」

 

「ナギサ、それはそういうことじゃ……!」

 

「では、何なのですか?」

 

ナギサが指先でテーブルを、こつん、と叩いた。

 

小さな音だったが、ナホトの心臓はどくりと沈んだ。

 

「私が他校の武力介入や、行政上の欠落などを問いただすために、ここまで来たとお思いですか?」

 

彼女は唇を軽く噛んだまま、すっかり拗ねた目でナホトを睨んでいた。

 

「言ってみてください、兄様」

 

ナギサがティーカップの取っ手を弄びながら、呆れたように問い返した。

 

「今、兄様が何を間違えたのか、本当に分からないのですか?」

 

ナホトの瞳が行き場を失い、揺れ動いた。

しばらく躊躇っていた彼は、やがて慎重に口を開いた。

 

「ええと……君を抜きにして、他の学園に助けを求めたこと?」

 

「私が先ほど、他校の武力介入などを問いただすために来たと思っているのですか、とお尋ねしませんでしたか?」

 

ナギサは額に手を当て、深い溜息をついた。

 

「はぁ……兄様は私の話を、本当に聞く気がないのですね」

 

冷たく凍っていた部屋の空気が、今度は妙に拗ねた熱気へ変わった。

完全にへそを曲げたティーパーティーのホストが、彼の狭く粗末な世界を完璧に包囲していた。

 

『あ、これは完全に拗ねてる』

 

ナホトは乾いた唾を飲み込んだ。

 

『どう宥めればいいんだ?』

 

ナホトの背筋に、先ほどとはまったく違う意味の冷や汗が流れ始めた。

 

---

 

一方、息さえ凍りつきそうな茶会が行われている農家から、数十キロメートル離れた場所。

 

華やかなシャンデリアが眩い黄金色の照明を降り注がせるD.U.中央区の最高級オークション会場は、かつてないほど息苦しい熱気に満ちていた。

 

「さあ、次は本日のオークションのハイライトにして、大トリを飾る品です!」

 

首席競売人が興奮に満ちた声で叫ぶと、壇上の赤いベルベットの幕が開き、冷たい白い冷気がするりと溢れ出した。透明な特殊保管ケースの中で、玲瓏としたガーネット色を放つ巨大なブドウの房が姿を現した。

 

『プリミティエ・エデン』。

 

好事家たちの間では、すでに『エデンのブドウ』という異名で呼ばれていた。マガジンを通じて、その圧倒的な芳香と生命力、さらには大自然の獣たちすら狂わせたという神話めいた噂がキヴォトス全域に広まり、出品されるたびに農産物の歴代最高額を軽々と更新してしまう伝説の果実。

 

最初は純粋な美食家と好事家だけが集まった。

次には名家と社交界の人々が加わった。

そしていつしか、味よりも使い道を先に計算する者たちまで、静かに入札票を手にし始めた。

 

トリニティの茶会において、最高級の果実が持つ意味は、単なる美食の領域に留まらないからだった。貴重なデザートや果物は、歓心を買い、真心を示し、時には言葉よりも先に誠意を証明する手段なのだから。

 

一瞬の静寂の後、競売人が手慣れた声で入札を開始した。

 

「開始価格は40万クレジットです!」

 

競売人の叫びが落ちるや否や、会場の各所からすぐに反応が飛び出した。

 

ピッ。ピッ。ピッ。

 

座席の肘掛けに取り付けられた電子入札ボタンが連続で押され、壇上奥の大型スクリーンに表示された数字が、息つく暇もなく跳ね上がっていった。

 

[45万]

[60万]

[80万]

[100万]

 

ある者は目の前の果実が持つ風味を想像し、ある者はこれがもたらす名声と体面を計算しながらボタンを押した。美食と虚栄、好奇心と誇示欲が入り混じる熱気の中で、価格は容赦なく上昇した。

 

「120万出ました! 125万、125万はいらっしゃいますか?」

 

しかし価格が130万を超えると、座席のあちこちで熱気が徐々に冷め始めた。ボタンの上に置かれていた指先がためらい、番号札を手に計算機を叩いていた者たちの目にも迷いが宿った。ここから先は、純粋な興味だけで追いかけられる金額帯ではなかった。

 

「135万! 135万出ました! 140万、いらっしゃいますか?」

 

短い静寂。

 

その隙を破り、2階のVVIP席で、ごく軽く手が動いた。

 

ピッ。

 

スクリーンの数字が静かに変わった。

 

[150万]

 

一息に15万を飛び越えた破格の提示に、会場の視線が一斉に2階テラスへ集中した。今まで一度も入札に参加せず、ただ沈黙したまま壇上のブドウの房だけを見下ろしていた男だった。非の打ちどころなく角張った黒いスーツ。そして彼の胸元で冷たく光る金属バッジ。

 

キヴォトスのどこであれ、歓迎より先に警戒心を呼び起こす名前、『カイザーコーポレーション』。

正確には、トリニティ自治区の建築受注を狙って派遣された系列会社、『カイザーコンストラクション』の理事だった。

 

彼は依然として微動だにせず、壇上のブドウだけを見つめていた。競争に参加したのではなく、ここからようやく自分の番だと言わんばかりに、オークション全体を早々に「整理」しようとする捕食者の態度だった。

 

競売人がごくりと唾を飲み込み、叫んだ。

 

「150万! VVIP席から150万です! 155万、いらっしゃいますか?」

 

会場の誰かが意地を見せ、かろうじて番号札を上げた。

 

「155万、確認しました!」

 

するとカイザー理事は、間を置くこともなく、無感情に再びボタンを押した。

 

ピッ。

 

[170万]

 

今度こそ、会場は冷水を浴びせられたように静まり返った。155万を提示した人物でさえ、青ざめた顔で札を下ろした。圧倒的な資本の暴力の前では、どんな社交界の自尊心も、美食家の執念も無意味だった。

 

「170万! 他にはございませんか?」

 

誰も動かなかった。

 

「170万、一度目!」

 

競売槌が宙へ上がった。

 

「170万、二度目!」

 

「170万、三度目!」

 

カンッ――!

 

競売槌が壇上に澄んだ音を響かせた。

 

「落札です!」

 

スクリーンには、新たに更新された最高落札価格が鮮明に表示された。

 

[プリミティエ・エデン:最終落札価格 1,700,000 credits]

 

「また最高額更新か?」

「もう果物じゃなくて宝石だな」

「ブドウにここまで金を出すのか?」

「カイザーがあんなところに直接顔を出すなんて」

 

ざわめきが会場に広がる中、カイザー理事は静かに席を立った。職員が赤いベルベットカーペットの上を急いで近づくと、彼は短く低い声で命じた。

 

「落札品を直ちに引き取る。鮮度維持用のドライアイスと特殊ハードケースも用意してあるだろうな」

 

「はい、もちろんでございます!」

 

しばらくして、冷たい冷気を纏い、丁重に包装された『プリミティエ・エデン』が彼の前へ届いた。カイザー理事は自らケース内部を開け、ガーネット色のブドウの房が完璧に固定されているかを確認すると、再び蓋を閉じた。

 

ガチャリ。

 

重い金属ロックが噛み合う音が、大理石の廊下に響いた。傍らで待機していたカイザーSOFの随行員が、低い声で尋ねた。

 

「理事。すぐに移動なさいますか?」

 

「ああ」

 

カイザー理事は、冷気の漂う黒いハードケースを持ち上げ、短く答えた。

 

「手ぶらで行くよりは、この方がずっと話が通じやすいだろう」

 

随行員がその意味を噛みしめるように頭を下げた。カイザーコンストラクションの理事は、ぎらつく機械の義眼を光らせながら付け加えた。

 

「政治に慣れている者ほど、『誠意の形』には敏感なものだからな」

 

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