多様性ラプソディ   作:夕々@4649

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初日

 チャイムが鳴った。

 

 入学式が終わり、俺たちは教室へ戻ってきた。総合学校の一年一組。名前だけなら普通だが、中身はまるで普通ではない。

 

 中学校までは、周りにいたのはほとんどデフォだった。

 人間。

 ただ、最近はあまりそう呼ばない。

 

 正確な呼称を使えとか、古い呼び方は差別的だとか、多様性を尊重しろとか、そういう話があちこちで面倒くさいくらい増えた結果、若い連中のあいだでは逆に雑な別称が流行った。

 

 俺たちはデフォ。

 

 耳と寿命が長い連中は、長いの。

 

 背が低くて酒に強くて、やたら手仕事にこだわる連中は、酒呑。

 

 雑すぎる。

 けれど、雑だからこそ変な思想が入りにくい、ということになっているらしい。たぶん半分くらいは嫌味だ。呼び名ひとつで揉めるくらいなら、最初から全員ふざけた名前で呼べばいい。そういう、若者特有の投げやりな平等精神である。

 

 俺は別に、他種族に偏見があるわけではない。

 よく知らない相手に、知ったような顔で何か言うのは失礼だと思うだけだ。

 

 ただし、よく知らない相手でも目の前でおかしなことをしていたら話は別である。

 

「えー! 何で使えないの!?」

 

 教室の前の方でやけに通る声が上がった。

 

 見ると、髪も耳も長い女子が机の上で古い折りたたみ式の携帯電話をぱかぱか開いたり閉じたりしていた。銀色のボディ。小さな画面。物理ボタン。懐かしい、というよりまだ現役で持ち歩いている人間がいたのか、という代物だった。

 

 耳が長い。髪も長い。ついでに、焦り方も長い。携帯を開いて、閉じて、また開いて、画面を睨んでいる。

 

「多分それ、サービス終わってますよ」

 

 つい口を出してしまった。

 

 長いのの女子が振り返る。髪がさらりと揺れて、耳の先がぴんとこちらを向いた。

 

「うっそ! 十二年前に買ったばかりだよ?」

 

「いや、弁明の余地もないですけど」

 

 十二年を“買ったばかり”に入れるな。

 こっちのスマホなら、二年でバッテリーが怪しくなってくるのに。

 

「長いのは時間感覚がバグってるからな」

 

 斜め後ろの席から、低い声がした。

 

 声の主は、酒呑の男子だった。背は高くない。けれど肩幅があり、机と椅子が少し気の毒に見える。しかも、なぜか水筒から琥珀色の液体を飲んでいる。

 

 俺は見なかったことにしたかった。

 

「はぁ?」

 

 長いのの女子が酒呑の男子を睨む。

 

「あんたは酒臭いのよ! 何で朝からウィスキーなんて飲んでんの? 酒臭いんだけど! せめてウォッカとか匂いのキツくないの飲みなさいよ!」

 

「そういう問題!?」

 

 思わず声が出た。

 

 酒を飲むな、ではないのか。

 高校の教室で朝からウィスキーを飲むな、ではないのか。

 そこを通り越して、匂いの少ない酒を提案するのか。

 酒呑の男子は、水筒の蓋を閉めながら鼻を鳴らした。

 

「こいつは香りが大事なんだよ。朝から安い酒で喉を焼くほど、俺は雑に生きちゃいねぇ」

 

「高校の朝に酒を飲んでる時点で、だいぶ雑では?」

 

「種族証明書がある。規則上は問題ねぇ」

 

「規則が許しても、空気はどうですかね」

 

 俺が言うと、酒呑の男子は少しだけ眉を上げた。怒った、というより、面白がっている顔だった。

 

「言うじゃねぇか、デフォ」

 

「デフォにも嗅覚はあるんで」

 

「なら分かるだろ。この香りが」

 

「いや、お酒の香りは俺にはまだ早いかなと」

 

 俺が返しに困っていると、ちょうど担任らしき教師が入ってくるところだった。

 

 長いのの女子は携帯を握りしめ、酒呑の男子は何食わぬ顔で水筒を鞄にしまう。動きが妙に手慣れていた。こいつ、たぶん初犯ではない。

 

「はい、席についてくださーい。ホームルームを始めますよー」

 

 担任の声で、教室のざわめきが少しずつ薄れていく。

 

 長いのの女子はまだ納得していない顔で携帯を見ていたが、やがて諦めたように机の中へしまった。酒呑の男子は腕を組み、早く終われと言わんばかりに背もたれへ体重を預けている。

 

 俺は前を向いた。

 

 総合学校、初日。

 

 中学校までとは違う場所に来たのだと、もう十分すぎるほど理解した。

 できればもう少し、段階を踏んで理解したかった。

 

 ホームルームは普通だった。

 担任の自己紹介。学校生活の説明。配布物。明日以降の予定。部活動紹介の日程。提出書類の確認。

 

 内容だけなら普通だ。

 

 ただ、教室の隅で羽のある生徒が椅子に座りづらそうにしていたり、後ろの席で水棲種族用の携帯加湿器が小さく霧を吐いていたり、担任が「火気使用は実習室以外禁止です」と言った瞬間に何人かが気まずそうに目を逸らしたりするので、普通という言葉がだんだん信用できなくなってくる。

 

 やがて、ホームルーム終了のチャイムが鳴った。

 

 解放された空気が教室に広がる。鞄を持ってすぐ帰る者。近くの席と話し始める者。スマホを取り出す者。

 

 俺も帰ろうとした。

 

 その瞬間、前の席から長い髪がひょいと振り返った。

 

「ねえ」

 

「はい」

 

「さっきの、ほんとにもう使えないの?」

 

 長いのの女子が、例の折りたたみ携帯を見せてくる。目が真剣だった。古代兵器の復活を願う研究者みたいな顔をしている。

 

「たぶん無理です。電話会社に持っていっても、懐かしがられるだけだと思います」

 

「文明って不便ね」

 

「十二年前の文明を今使おうとするからでは?」

 

「十二年なんて最近じゃない」

 

 最近ではない。

 俺がそう言おうとしたところで、斜め後ろから椅子を引く音がした。

 

「長いのにとっちゃ、十年二十年は寝癖みたいなもんだろ」

 

 酒呑の男子が鞄を肩にかけて立ち上がる。

 

「その言い方、腹立つんだけど」

 

「事実だろ」

 

「酒臭い」

 

「それは事実だな」

 

「なんかムカつく」

 

 また始まりそうだったので、俺は二人の間に視線だけ割り込ませた。物理的に止めるほどの勇気はない。初対面の長い耳と酒の匂いのあいだに挟まるには、人生経験が足りなかった。

 

「えっと、とりあえず廊下で話しません? 教室で揉めると、入学初日から先生に覚えられますよ」

 

 二人が同時に俺を見る。

 やめてほしい。別方向の圧が同時に来ると、人間はそこそこ弱い。

 

「揉めてないわよ」

 

「揉めちゃいねぇな」

 

「むしろ仲良さそうですね?」

 

 俺が言うと、長いのの女子は少し黙り、それからふっと笑った。

 

「あなた、けっこう面白いわね」

 

「それはどうも」

 

 褒められた気がしない。

 酒呑の男子も、口の端を少し上げた。

 

「まあいい。喉も渇いたしな」

 

「もう飲んでたでしょ」

 

「あの程度で足りるかよ」

 

 そんなやり取りをしながら、俺たちは教室を出た。

 

 廊下には、新入生たちの声が溢れていた。デフォも、長いのも、酒呑も、それ以外もいる。いろんな背丈、いろんな耳、いろんな尻尾、いろんな角。総合学校という名前の意味が、ようやく目で分かってくる。

 

 階段横の窓際で足を止めると、長いのの女子が真っ先に口を開いた。

 

「そういえば、名前聞いてなかったわね。私はガラテア。ナウでヤングな言い方をすると、長いのよ」

 

 どこからツッコむべきか悩むが、とりあえず見れば分かる、と言いかけてやめた。

 よく知らない相手に、知ったような顔で何か言うのは失礼だ。さっき自分で思ったばかりである。危ない。俺の礼儀はたまに寝坊する。

 

「俺はスタヴァン。長いからヴァンでいい。今風に言えば酒呑だ」

 

 酒呑の男子――ヴァンが続ける。

 

「酒呑って、自己紹介で言うと便利だな」

 

「便利だろ。だいたいの説明が省ける」

 

「省きすぎでは?」

 

「細かいことは嫌いなんだよ」

 

 たぶん嘘だ。

 さっき水筒をしまう時、蓋の締まり具合を二回確認していた。あれは細かいことが嫌いなやつの動きではない。

 

 二人の視線が俺に向く。

 俺は軽く息を吸った。

 

「俺はアキラ。デフォってやつです」

 

「デフォ、って自分で言うと変ね」

 

 ガラテアが笑う。

 

「まあ、便利なんで」

 

「便利ならいいわ」

 

「いいんだ」

 

 変な納得の仕方だった。

 

 窓の外では、校庭を横切る新入生たちが、あちこちで小さな輪を作り始めている。初日特有の、まだ何者でもない空気が廊下にも残っていた。

 

 友達、というには早い。

 クラスメイト、というには少し近い。

 

 名前を聞いたばかりの相手と、なぜか一緒に立ち話をしている。その距離感が、妙に落ち着かなかった。

 

「アキラは、デフォって感じね」

 

 ガラテアが言った。

 

「自分では分かりませんけど、少なくとも朝から酒は飲まないです」

 

「そこを基準にすんな」

 

 ヴァンが眉を寄せる。

 

「じゃあ、十二年前の携帯を新品扱いもしません」

 

「それも基準にしないでくれる?」

 

 ガラテアまで不満そうな顔をした。

 俺は少しだけ笑った。

 

 総合学校、一日目。

 

 ガラケーは死に、ウィスキーは鞄に隠され、俺は二人の名前を覚えた。

 

 それが良い始まりなのかどうかは、まだ分からない。

 ただ、中学校までと同じようにはいかない。

 

 それだけは、初日から嫌というほど分かった。

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