多様性ラプソディ   作:夕々@4649

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2リットル

 昨日の朝、自販機の前でヴァンが「酒がない」と深刻そうに言い出したせいで、俺の頭の中から大事な用件がきれいに吹き飛んでいた。

 

 ドラゴンの鱗で作ってもらった栞の、お礼である。

 弁当を食べ終えた俺は、机の中から革のケースを取り出した。

 

 何度見てもこれは凄い。鱗を傷つけない留め具。小さな竜の装飾。高級感のある革のケース。昨日から何度も机の中を開けて眺めている。授業中に見るのはさすがに我慢した。俺はまだ人として戻れる場所にいる。

 

 だから、何か返したかった。

 

 大げさなものではない。友達にちょっと奢るくらいの、軽いやつだ。

 

「ヴァン」

 

「ん?」

 

 向かいで弁当箱を片づけていたヴァンが顔を上げた。

 

「この栞のお礼したいから、購買行こう」

 

「あれは大したものじゃない。それに俺はプロでもないしな」

 

「いやいや、これは凄く良いものだよ」

 

 俺はケースを開けて、栞を見せた。

 昼休みの光を受けて、鱗が青から緑へ変わる。やっぱり良い。やっぱり格好いい。俺の語彙が死ぬくらいには格好いい。

 

 ヴァンは少しだけ目を細めた。

 

「まあ、そうまで言うなら受け取ろうか」

 

「よし。好きなの選んでよ。パンでも飲み物でも」

 

「そうだな、今の気分だとテキー――」

 

「購買で売ってるものでお願いします」

 

 俺は即座に遮った。

 危なかった。

 今、確実に学校の購買に存在してはいけない単語が出かけた。

 

 ヴァンは不満そうに眉を寄せる。

 

「昨日も言ったがな。なぜ酒を売ってないんだ? 自販機はともかく、購買ならいいだろ。店員が管理すれば何も問題ないはずだ」

 

「学校は勉強するところだからじゃないかな?」

 

「酔っても勉強はできる」

 

「えぇ……?」

 

 俺は困って、少し離れた席を見る。

 

 ガラテアとジーンが、机を寄せて昼食後の何かを話していた。たぶんスマホの話だ。二百年生きてスマホの話で盛り上がるの、いまだに少し不思議な光景である。

 

「ねえ、酔っても勉強ってできるものなの?」

 

 俺が聞くと、ジーンがこちらを向いた。

 

「できるできないで言えば、できるな」

 

 答えが冷静すぎた。

 

 ガラテアもストローをくわえたまま、軽く肩をすくめる。

 

「覚えられる忘れるで言えば、忘れるけどね」

 

「駄目じゃん」

 

「一樽飲むわけじゃないんだぞ」

 

 ヴァンが机を軽く叩いた。

 

「喉を潤す程度だ」

 

「あんた達の酒で潤すは信用ならないのよ」

 

 ガラテアが呆れたように言う。

 

「そもそも今日も水筒で持ってきてるんでしょ?」

 

「当然だ」

 

 ヴァンは鞄から水筒を取り出した。

 

 どん、と机に置かれる。

 でかい。

 

 俺の知っている水筒より、二回りくらいでかい。遠足に持っていくやつというより、部活動の合宿で顧問が麦茶を入れてくるサイズだった。

 

「ちゃんとウォッカにしてるぞ」

 

「人の指摘を聞けて偉いけど!」

 

 俺は水筒を見つめた。

 

「これ、何リットル?」

 

「二リットルだ」

 

「俺、分かんないんだけど、一日にウォッカ二リットルってどうなの?」

 

「デフォや私達なら死ぬだろうな」

 

 ジーンが淡々と言った。

 

「致死量級を学校に持ってくるな」

 

「俺は死なん」

 

「そういう問題じゃない」

 

 ガラテアが笑い、ジーンは特に表情を変えないままいちごミルクを飲んでいる。慣れているのか、諦めているのか、たぶん両方だ。

 

 俺は栞をケースに戻しながら、改めて購買の方を指さした。

 

「とにかく、お礼は購買で売ってるもの。酒以外」

 

「条件が狭いな」

 

「学校の購買としては普通だよ」

 

「仕方ない。なら、パンを見る」

 

 ヴァンは立ち上がり、俺たちは購買へ向かった。

 

「私にはカフェオレお願ーい」

 

 パシリになった覚えはないので背中から聞こえる声は無視した。

 

 購買に着いて商品棚を見始めたらヴァンの目つきが変わった。これは、職人の目だ。

 

「このパンは駄目だな」

 

「何が?」

 

「袋の中で潰れてる。具の重心も片寄ってる」

 

「購買のパンに重心を求めるなよ」

 

「食べ物にも見栄えがある」

 

 ヴァンは次に缶コーヒーを見た。

 

「これは昨日飲んだ。豆の香りが浅い」

 

「市販の缶コーヒーに深みを求めるなって」

 

「深みを求めなくなった時、文化は痩せる」

 

「大袈裟じゃない!?」

 

 結局、ヴァンが選んだのは、普通の炭酸水だった。

 

「酒ではないが、喉は潤う」

 

「最初からそれでよかったんじゃない?」

 

「最初から妥協するな。妥協は選択肢を見尽くした後にするものだ」

 

「お礼するだけで疲れたんだけど」

 

 俺が炭酸水を買って渡すと、ヴァンはそれを受け取った。

 

 そして少しだけ真面目な顔で言う。

 

「栞、使えよ」

 

「使うよ。めちゃくちゃ使う」

 

「ならいい」

 

 その一言だけで、ヴァンは炭酸水の蓋を開けた。

 

 たぶん、これで十分なのだろう。

 

 総合学校、五日目。

 

 俺は、栞のお礼に炭酸水を奢った。

 

 そして、ウォッカ二リットルは致死量級だと知った。

 

 知れてよかった。よかった??

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