「ばん」
女性の声と乾いた銃声。
そして、それらはすぐに電子音と人の声の混ざった雑踏に消えていった。
人工的な光に照らされる夜の街。
太陽が沈もうが、この街はいつまでも馬鹿のように騒ぎ続ける。
そして、そんな明るさから逃げるような暗い路地裏。
コツコツと、黒いエナメル製のピンヒールで音をたてながら進む。
彼女は立ち止まり、倒れた"それ"を覗き込む。
もうピクリとも動かない。
「…………」
彼女は振り返った。チカチカするような光で照らされ、彼女の顔立ちとスタイルが浮き彫りになる。
美人。
端的に、安易に表すとこうなる。
高い鼻に、シャープな顎のライン、切れ長の瞳。それらを引き立てる、ウェーブのかかった長い金髪。
やけに冷たい瞳が、猛禽類のように動いた。
「来て」
乾いた声だった。妙に大人びていて、どこか舌足らずだった。
そして、声をかけた方向には男が一人。
濃い影から、煙草を片手に持ちながら近づいてくる。
スーツと煙を纏った男は、長い足で彼女へ近づいていく。
「何だよ。俺の煙草休憩の邪魔すんな」
男は眉をひそめながらそう言う。気安さと不満を感じさせる声であった。
抗議するかのように、煙草を持った手をブラブラと揺らす。そのたびに、薄汚れた煙が無計画に漂う。
女性が地面に横たわるそれを指差した。整えられたネイルが光に反射する。
「サイフ取って」
「お前がやれよ」
「血がつくから嫌だ」
悪びれもせずそう答える。首を振る際に、柔らかな金髪が揺れる。
男はため息をつきながら、ポケットからゴム手袋を取り出した。尻下がりの目元と気だるげな表情で、彼女に煙草を突き出す。
「ツキヒメ」
「うん」
男が差し出してきた煙草を、彼女はなんの抵抗もなく、口に咥えた。
彼女…ツキヒメと呼ばれた女性は、唇で咥えたそれを弄ぶ。弾力のある薄いピンク色が跳ねるようだ。
適当に息を吐き、白い煙が出るのを無感情に見つめていた。
「おいしくないね」
「よく分かってんじゃねえか」
しゃがみ、ゴム手袋を装着する男。安っぽいスーツが汚れないよう、腕を捲った。
「じゃあやめなよ」
「俺はもう手遅れだ。脳がニコチンとマブダチすぎる」
「でも高いでしょ」
「………よく分かってんじゃねえか」
さっきよりも疲れた様子の男は、ゴム手袋をはめた手で、倒れた死体の懐を漁る。慣れた手付きでまさぐり、その度に血を吸った布が、不快な音を立てた。鉄の匂いと、香水の香りが混ざり、ツキヒメは眉をしかめた。
そして、取り出した皮財布。
その財布には、僅かに血が付着していた。
中を開け、その暗い中身をネオンに照らす。
そして、見えたのは数枚の小銭のみ。
おちょくるような軽い音をたてて転がる。
「はあー!しけてんな!」
「それで煙草買ってきたら?」
「喧嘩売ってんのか」
その後も男はブツブツと呟いた。
「あーあ……少しでも家賃の足しになると期待した俺が馬鹿だった……」
ツキヒメはその様子を、興味があるのか無いのか分からない表情で見ていた。
そして、次に財布から免許証を取り出した。
そこに写っているのは、どこにでもいそうな、見るからに中年男性といった風貌の男だった。無愛想な顔でこちらを見ている。
「今回は?」
男が尋ねた。ツキヒメは退屈そうに、煙草を手に持ち替えて答えた。
「借金。滞納1か月半」
ツキヒメの持つ煙草を奪うようにして掴む。そして火のついた部分を地面に擦り付ける。ジャリジャリと音を立てて、無抵抗に火が消えた。
「またかよ。そりゃ金持ってねえわけだ」
男は、その免許証をジップロックに入れた。
そして、しゃがみこんだ姿勢のままボーッと前を見ている。
「……なあ」
「何?」
疲れの滲んだ声。
男は遠い目をしながら言った。
「………何でホストとキャバ嬢がこんなことやってんだ?」
「それな」
二人の後ろにはネオン街。前には死体。
雑多な騒音で、二人の会話は誰にも聞かれること無く消えた。