最強の兄弟喧嘩   作:心ここにあらず

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一話

 

 

僕が“彼等”と初めて出会ったのは、もう何年も前のこと――。

 

テレビで見たプロ野球選手に憧れを抱き、地元のリトルチームへ入団した僕は、自分で言うのも何だけど、かなり順調に成長していた。

 

同級生相手なら三振は取れるし、打席に立てば長打も打てる。

 

監督や親達からも「将来有望だ」なんて言われて、正直かなり調子に乗っていたと思う。

 

“エースで4番”。

 

昔からあるその響きは、小学生だった僕にとってあまりにも甘美だった。

 

だからだろう。

 

あの日、初めて“彼等”を見た時――僕は人生で初めて、自分が凡人なのかもしれないと思った。

 

 

「だから俺が投げるっつってんだろ!!」

 

「はぁ!? お前この前も投げただろうが! 今回は俺だ!!」

 

 

グラウンドに響く怒鳴り声。

 

練習前だというのに、ベンチ横で取っ組み合い寸前の喧嘩をしていたのは、見たこともない二人組だった。

 

 

「おい梅宮兄弟!! いい加減にしろ!!」

 

 

監督の怒号が飛ぶ。けれど二人は止まらない。

 

 

「聖一はいつも投げてるだろうが!」

 

 

「空は生意気なんだよ!! エースになるのは俺だ!!」

 

 

「何がエースだよ、昨日俺にボコボコに打たれてただろ!!」

 

 

「てめぇぇぇ!!」

 

 

 

周囲のチームメイト達は呆れた顔をしていたが、どこか慣れているようにも見えた。

 

僕は思わず隣にいたチームメイトの子へ尋ねた。

 

 

「……あの二人、誰?」

 

 

するとその子は苦笑いしながら答える。

 

 

 

「知らねぇの? 梅宮兄弟だよ。兄の聖一と、弟の空」

 

 

 

聞いたことのない名前だった。

 

 

 

「あぁ〜ナオは学校違うもんな。隣町じゃ有名だぜ?」

 

 

…どういう意味で有名なんだろう…

 

その瞬間だった。

 

 

「じゃあこうしようぜ」

 

 

弟――空がニヤリと笑う。

 

 

「三球勝負だ。打たれた方が今日はキャッチャーな」

 

 

その言葉に、兄の聖一も不敵に笑った。

 

 

「おもしれぇ…後で泣くなよ?」

 

 

次の瞬間。二人はさっきまで掴み合っていたとは思えない速度でマウンド付近へ走っていく。

 

 

 

「…良いんですか監督?」

 

 

 

僕は堪らず監督に尋ねた

 

 

 

「…あぁ…"あの噂"が本当かどうか確かめるには良い機会だからな」

 

 

「"あの噂"??」

 

 

 

二人に注目していたのは僕達だけにとどまらずチームメイトやコーチ陣…皆が二人の勝負に注目していた

 

 

 

「…監督…あの、噂っていったい…」

 

 

 

「…見ていれば分かるさ」

 

 

 

意味深にそう答えた監督。これ以上聞いても答えてくれなさそうだと判断した僕は二人に視線を戻す。

 

どうやら先にマウンドに上がるのは兄の聖一の方らしい。

 

 

 

「あ、そうだ!」

 

 

 

何かを思い出したかのように声を上げた聖一はこちらを見ながら叫ぶ

 

 

 

「悪りぃけど誰かキャッチャーやってくんねぇか!!」

 

 

 

どうやらキャッチャーを志望しているらしい。

 

しかし、誰も声を上げなければ動くものいない。…なんとも気まずい空間が流れたことに溜め息を吐いた僕は動くことにした

 

 

 

「僕でよければ受けようか?」

 

 

 

「お!?良いのか!なら頼むぜ!」

 

 

 

聖一は嬉しそうに笑った

 

 

 

「あぁ構わないよ。僕のは松原南朋」

 

 

 

「おぉ!俺は梅宮聖一だ!聖一でいいぜ!」

 

 

 

「……よろしく、聖一」

 

 

グローブを軽く掲げながらそう返すと、聖一は満足そうに笑ってマウンドへ駆けていく。

 

 

その背中を見ながら、僕はゆっくりとキャッチャーマスクを被った。

 

 

正直、少し楽しみだった。

 

 

さっき遠目に見た球も速かったし、周囲の反応を見る限り、この辺じゃ相当有名な選手なんだろう。

 

 

けれど僕だって、今まで色んな速球投手を受けてきた。

 

 

多少速いくらいで驚くつもりはなかった。

 

 

 

「行くぜ!!」

 

 

 

聖一が勢いよく振りかぶる。フォームは豪快なオーバースローである。細かいことなんて気にしていない、全力で叩き込むタイプだ。

 

 

そして放たれた初球ーー――次の瞬間だった。

 

 

 

「っ!?」

 

 

「へぇ〜」

 

 

 

 

乾いた破裂音が、鼓膜を叩いた。ミットに収まった瞬間、僕の右腕が大きく弾かれる。ただ速いだけじゃない。ボールそのものに“力”が乗っている。

 

 

 

 

「聖一のボールを初見で取るなんて中々やるじゃん?」

 

 

「…はは…まぁね」

 

 

 

隣で見ていた空が僕を見ながら呟く。

 

 

 

「まぁでも…」

 

 

 

「??」

 

 

 

「"ピッチャー"のアイツに負けるわけにはいかねぇなぁ」

 

 

 

空はそう呟きながら、肩に担いでいたバットを軽く回した。マウンドの聖一も、それを見て口元を吊り上げる。

 

 

「……言ってろ」

 

 

グラウンドの空気が変わる。さっきまで騒いでいたチームメイト達も、自然と黙り込んでいた。

 

 

「三球だ。3球でけりをつけてやるぜ」

 

 

聖一が唸るように言う。

 

 

「一球も前に飛ばさせねぇ」

 

 

対する空は、ゆるくバットを構えながら鼻で笑った。

 

 

「出来るならやってみろよ」

 

 

――初球。聖一の身体が大きく捻られる。

 

 

全身を使った豪快なフォーム。直後、白球が唸りを上げた。

 

 

速い。さっき受けた僕ですら、改めてそう思う。

 

 

低学年が見れば、本気で恐怖を感じるレベルの剛速球。

 

 

だが。空は、動かなかった。ギリギリまでボールを引きつける。そして――。

 

 

 

ガギィン!!!

 

 

 

金属音がグラウンドへ突き刺さった。

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

僕は思わず立ち上がる。弾丸のような打球が、右中間を破っていった。

 

 

いや、“破った”なんてものじゃない。地面へ突き刺さるようなライナー性の打球が

ライト方向へ一直線に伸びていき、外野フェンスへ激突した。

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

「うっそだろ……」

 

 

 

周囲がどよめく。それほど今の球は速かった。それこそ、普通なら振り遅れて当然のタイミングである。なのに空は、まるで最初から分かっていたみたいに芯で捉えた。

 

 

 

「おいおい、棒球すぎんだろ」

 

 

 

空はつまらなそうに呟きながら、バットを肩へ戻す。

 

 

 

「ちっ…」

 

 

 

「はい交代。次は俺がピッチャーね」

 

 

 

その言葉に聖一の額へ青筋が浮いた。しかし僕の耳にはその言葉が聞こえないほどの衝撃が脳にインプットされていた。

 

 

 

「おーい! 早く座れよキャッチャー!」

 

 

 

「あっ…あ、うん!」

 

 

 

しかし、空の一言で僕は我に帰る。僕は再びキャッチャーの位置へ座る。

そして構えた瞬間――ぞくり、と背筋が粟立った。

 

理由は分からない。

 

 

 

けれど、本能が警鐘を鳴らしていた。

 

 

 

(……なんだ、この感じ)

 

 

 

空はゆっくりと投球ポジションへ入る。

 

 

 

(左投げ!?…サウスポーなのか…)

 

 

 

グラブを高く掲げ、全身を大きく使う豪快なオーバースロー。

 

 

まるでテレビで見たメジャーリーガーみたいな、躍動感の塊のようなフォームだった。身体全体をしならせ、全力で腕を振り抜く豪快なスタイルに酷似していた。

 

 

空はセットポジションへ入ると、一切の躊躇なく踏み込んだ。

 

 

左脚を高く上げ、その勢いを解放するように身体を前へ叩き込む。

 

 

次の瞬間――。

 

 

 

バシュゥッ!!!

 

 

 

白球が消えた。そう錯覚するほどだった。慌ててミットを差し出した時には、もうボールは目前まで迫っている。

 

 

――ドガァンッ!!!

 

 

 

捕球した瞬間、衝撃が腕を突き抜けた。

 

 

「ッッ……!!」

 

 

思わず顔が歪む。ただ速いだけじゃない。球威、伸び、回転数――全部が異常だった。

 

 

周囲がどよめく。

 

 

 

「100…110…いや120は出ているか」

 

 

 

ベンチ付近で見ていた監督が呟く。耳に入ってきた言葉に、僕は内心で否定できなかった。

 

 

実際、体感ではそれくらいある。

 

 

全国を探しても、小学五年で120キロを投げる投手なんていない。

 

 

しかも空の恐ろしさは、球速だけじゃなかった。

 

 

 

――異常なほどの"伸び"

 

 

 

打者の手元で、もう一段階加速して見えるのだ。

 

 

加えて、左特有の見づらさと回転…リリースポイントも独特で、ボールが腕の後ろから突然飛び出してくるような感覚がある。

 

 

「……なんだよ今の」

 

 

思わず漏れた僕の呟きに、空はニヤリと笑った。

 

 

 

「驚くのはまだ早いぜ?」

 

 

その目には絶対的な自信が宿っていた。

 

 

一方で、後ろから見ていた聖一は悔しそうに舌打ちする。

 

 

「クソ……球速だけはマジで化け物なんだよな……」

 

 

兄弟は再び睨み合う。けれど僕は、そんな二人を見ながら寒気にも似た感覚を覚えていた。聖一の投球も光るものがあった。現時点でこのリトルに限らず他の強豪リトルに行っても即戦力…いやエースにすらなれるかもしれない

 

 

ただ…目の前の少年…空は聖一を、持ってしても"飛び抜けている"

 

 

"天才"…"怪物"…まさにその言葉が僕の脳裏を過ったのであった

 

 

 

 

「"今日こそ"完璧に抑えてやるぜ」

 

 

「ん??」

 

 

「はっ!出来るもんならな!」

 

 

 

空の言葉に違和感を覚えた僕。今の言い方…まるで…普段は…

 

 

僕は再びキャッチャーマスクを被りながら、静かに息を呑む。さっき受けた感覚が、まだ腕に残っていた。

 

 

あの球を打つ?正直、まともに前へ飛ばせるだけでも凄い。

 

 

空はゆっくりと振りかぶる。左腕が大きくしなる。まるで弓を限界まで引き絞るみたいに。

 

 

そして――。

 

 

 

バシュゥッ!!!

 

 

 

初球は外角高め。白球が唸りを上げる。

 

 

とてつもなく速い…さっき受けた時と同じだ。いや、打者目線だからか、さらに速く見える。

 

 

聖一もフルスイングした。

 

 

だが。

 

 

 

ブンッ――!!

 

 

 

バットは、ボールの遥か下を通過する。聖一は舌打ちしながらバットを握り直す。

 

 

だが、目は死んでいない。むしろ獰猛さが増していた。

 

 

空はそんな兄を見て、楽しそうに口角を上げる。

 

 

 

二球目…今度は内角を抉る鋭い軌道である

 

 

 

バシュッ!!!

 

 

 

「っ!!」

 

 

聖一が反応する。…が遅い。ボールが手元で伸びる。まるで生き物みたいに、最後の最後で加速した。

 

 

 

ブォンッ!!!

 

 

 

再び空振り。しかも今度は、完全にタイミングを崩されていた。打てる気がしない。

 

 

120キロ近い速球に左特有の角度。加えて、あの異常な伸び。

 

 

小学生が相手にするボールじゃない。普通なら、ここで終わりだ。

 

 

だが。

 

 

「……へぇ」

 

 

聖一は笑った。

 

 

ゾクリ、とした。追い込まれた打者の顔じゃない。むしろ――獲物を見つけた猛獣みたいな笑み。

 

 

聖一は小さく呟く。

 

 

「見えてきたぜ…俺の勝利への道がよぉ…」

 

 

その瞬間。空の表情が僅かに変わった。

 

 

初めて、“警戒”した顔を見せる

 

 

「……チッ」

 

 

空は舌打ちすると、三球目のサインを確認する。

 

 

そして。全身を使って、今日一番のボールを投げ込んだ。

 

 

 

――バゴォォォンッ!!!

 

 

 

次の瞬間。グラウンドが、揺れた気がした。

 

 

 

「……は?」 

 

 

誰かが呆然と声を漏らす。信じられなかった。

 

 

恐らく今日最速であろう空の渾身のストレート。

 

 

それを聖一は、真芯で叩き潰していた。打球は一直線に高く、速く、凄まじい勢いで空へ突き刺さる。打った本人だけが、ゆっくりとバットを下ろしている。

 

 

「……だから言ったろ」

 

 

聖一はニヤリと笑った。

 

 

 

「お前の球は、俺には通じねぇ」

 

 

 

空はしばらく無言だった。

だが次の瞬間、悔しそうに顔を歪めながら笑う。

 

 

「…くそっ…マジでキモいな、お前」

 

 

「はっ、負け犬の遠吠えってやつか?」

 

 

軽口を叩き合う二人。けれど僕は、それどころじゃなかった。 手の震えが止まらなかった。空の凄さは、もう十分理解した。

 

 

全国でも異次元の投手。あの球を、小学生で打てる人間なんて存在しない。

 

 

……筈であった

 

 

しかし兄の聖一は何事もなくあのボールを打った。

 

 

しかも、当てただけじゃない。完全に捉え、力で押し勝った。

 

 

それは技術とか経験とか、そんな話じゃない。純粋な“打者としての才能”。目で追い、捉え、反応し、叩き込む。その全てが、異常だった。

 

これまで僕が磨き上げてきた自信やプライドを全て叩き折られた気分であった。…しかし、それと同時に湧き上がる感情も存在していた

 

 

 

「ねぇ!二人とも!」

 

 

「「あ??」」

 

 

 

僕はこの二人と野球をやりたい…この二人となら更に上達出来る気がする…そして何よりこの二人と僕がいればこのチームを全国までーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが僕と梅宮兄弟との出会いであった。そして僕の野球人生の絶頂期もまさにこの時だったと今なら思う…

 

 

 

 

 

 

 

 

――あれから数年…中学進学後

 

僕――松原南朋は、野球を続けていた。

 

肘の故障から完全に復帰したわけじゃない。それでも諦めきれなかった。

 

僕の前をひた走るあの二人がいたからだ。

 

梅宮聖一。梅宮空。

 

住んでいる街の関係で別々のシニアへ進んだ後も、二人の名前は嫌というほど耳に入ってきた。

 

 

『天才打者』

 

『怪物左腕』

 

 

雑誌でも、ネットでも、どこでも騒がれていた。悔しかった。でも同時に、誇らしくもあった。

 

「……負けてられないよな」

 

そう思っていた。あの日までは。

 

――雨の夜だった。

 

ある日のシニアの練習帰り。道路は濡れていて、視界も悪かった。

 

それでも僕は、自転車を漕いでいた。早く帰って、今日の試合映像を見返したかったからだ。

 

(もっと上手くなりたい)

 

その気持ちしかなかった。

 

 

――その瞬間。

 

 

キキィィィィッ!!!

 

 

激しいブレーキ音が聞こえ横から飛び出してきた車。

 

避けきれない。…そう思った次の瞬間ーー

 

 

 

「っ――!?」

 

 

 

凄まじいほどの衝撃と痛みで視界が回転する。

 

身体が宙へ浮いた感覚が体を襲い次の瞬間、全身へ叩きつけられるような激痛が走った。

 

呼吸が出来ない。何が起きたのか理解出来なかった。

 

遠くで誰かが叫んでいる。ただただ雨が冷たい感覚と身体が、動かないという意識だけが混在する

 

そして等々――意識が途切れた。

 

 

 

 

目を覚ました時。そこは病院だった。

 

白い天井に鼻を刺す消毒液の匂い。

 

痛く重い身体…

 

 

「……あ……」

 

声を出そうとして、初めて気付く。

 

全身がくまなく痛い。

 

ベッド横にいた医者が、静かに口を開いた。

 

 

「……松原君。落ち着いて聞いてください」

 

 

その瞬間何故だか、全部理解してしまった。

 

聞きたくなかった。でも耳を塞げなかった。

 

 

「以前のように、選手としてプレーするのは……それどころか日常的に歩くのでさえ、かなり厳しいでしょう」

 

 

頭が真っ白になった。言葉の意味は理解出来る。

 

でも、理解したくなかった。

 

野球が出来ない?僕が?冗談じゃない。だって、まだ何も終わってない。

 

まだ追いつけてない。

 

まだ――。

 

 

「……っ……」

 

 

『ナオ!次会う時は決勝だな!』

 

 

『お前とやるのを楽しみにしてんぜ!!』

 

 

 

 

最後に会った時の二人の言葉が僕の脳裏に響き渡る。…呼吸が乱れ涙が止まらなかった。あれほど遠かった梅宮兄弟の背中。それでも、いつか並びたいと思っていた。なのに。スタートラインにすら立てなくなった。

 

たった一度の事故で、全部終わった。

 

積み上げてきた時間も。未来も夢もあまりにも簡単に壊れた。

 

病院の天井を見ながら、何度も考えた。どうして僕なんだ、と。もっと相応しい奴がいるだろ。努力してない奴も。適当に生きてる奴も。なのに、どうして。

 

どうして僕から野球を奪ったんだ。

 

悔しくて情けなくて何より惨めだった。

 

グラウンドへ立てない。走れない投げられない。そんな自分を、認めたくなかった。

 

 

 

 

 

この世界は平等ではない…残酷なまでに事実と結果だけを突きつけられた僕の野球人生はこうして終わりを告げたのであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー"選手"としては…ねっ…

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