俺たちが薬師に入学して早くも1ヶ月が経過した。真田に関しても始めは…ってか今もそうか。死にそうな顔しながらも最後まで練習をやり通している。
「しゃあ!テメェら!明日からGW合宿なわけだが!!」
「いや合宿って普通に家帰りますけど…」「ウチ寮ないしね」
「うるせぇ!!野球部が丸一日通して馬鹿みたいな練習を何日も続けたら合宿みてぇなもんだろうが!!」
監督の雷蔵はGWに向けて気合十分である。何故こんなに気合を入れているのかと言うと…
「明日から始まる強豪校との2連戦!ウチが呼ばれたのは奇跡に近ぇ。ま、半分は春大の成績…もう半分は…言わなくても分かるな?」
「「…」」
もう半分は皆も気づいている通り春の東京都大会で遂にベールを脱いだ中学最強投手がいるからに他ならないであろう。
しかし、皆が皆納得しているわけでもない。現に数名…特にレギュラー陣と真田は顔を顰めている
「ま、理由なんてなんでも良いや!!ウチにとっては相手さんの力量を知れるわ、癖や情報を知れるわで良いところだらけだしよぉ!」
「「…」」
「…このまま梅宮のワンマンチームで終わるなよテメェら…梅宮には悪りぃが俺はお前1人のためにチームを費やす気はサラサラねぇぞ」
「ふっ…勿論です」
「気合入れろテメェら!!破れかけた殻ここいらでズル剥けにしてこいや!!」
「「「はい!!」」」
GW合宿…のようなものであるが、メインは強豪校との練習試合2連戦である。しかも相手は同地区のライバル…名門・市大三高とベスト8常連の強豪校・仙泉学園である。
市大は青道・稲実に並ぶここ数年西東京三強とまで呼ばれるほどの名門だし、仙泉にしても名将・鵜飼一良が進学校である仙泉を堅実な采配と指導力で強豪校に育てあげたほどの強豪である。
客観的に判断してウチが1番高校ブランドも実績も劣っているのは言うまでもないが…俺は周りの部員たちを見る
「ふっ」
どいつもコイツも飢えた獣のような眼差しを向けてきやがる。…確かにウチが1番知名度も実績もねぇ…それは間違いないが…試合に…敵に1番飢えているのはウチだ。
名門も強豪も全部まとめて平らげてやろうって気だぜウチは
◆
そしてGWの試合当日、俺たちはこれから行われるだろう練習試合の会場へと足を運んでいた。
同じ西東京という事もあり、割と大きな市民球場を貸切ここで本日3つの高校が総当たり戦を行う。
アップ前にトイレへと向かった俺であるがロッカールームへと帰る際に"ある男"と出会した。
「あれお前…梅宮!梅宮空じゃん!お前に会えるの楽しみにしてたんだよ俺!」
ソイツは純白のユニフォームに袖を通し胸元に市大三の文字を刻んだ男
「誰だお前?」
「ん?あぁやっぱ知らねえか。そうだよな。シニアの頃も結局対戦なかったし。」
「…」
「俺の名は天久光聖」
聞いたことのない名前だな。口ぶりからするに俺と同じ東京のシニア出身らしいが。
「ふ〜ん。んでその天久がなんで俺に会いたかったんだ?」
「ん〜やっぱあの実績と実力もそうなんだけど…」
そこまで言い天久はニヤリと笑った
「"勘"…かな」
「あん?」
「いやこうビビッと来たわけよ!いやマジで!俺だって普段こんなスピってるようなこと言いたくねぇけどさ!」
「…」
「いやいやいやちょっと待って!!」
やべぇ奴に絡まれたと思い立ち去ろうとした時肩を掴んで止められる
「んだよ」
「頼む!これだけ答えてくれ。…梅宮はさ、エースに必要なものってなんだと思う?」
「あ?」
さっきまでふざけたこと抜かしてた割に急に真剣な眼差しを向けてくる天久に少し驚く
その問いに、空は一度グラウンドの方へ視線を向けた。
歓声もまだない。試合前特有の緊張感のある静けさだけが流れている。
そしてゆっくりと天久を見る。
天久の真っ直ぐな視線を受けながら、空は一切迷うことなく答えた。
「どれだけ速い球を投げようが、どれだけ三振を奪おうが、それだけじゃただの良い投手だ。エースは違う。どんな場面でも堂々と立ち、仲間を安心させ、相手には最後まで”崩せない”と思わせる。その立ち振る舞い、その覚悟、その背中――全部ひっくるめて"気品"だ。」
天久は思わず息を呑む。空は僅かに笑みを浮かべた。
「マウンドはグラウンドで一番高く神聖な場所だ。だからこそ、一番堂々としてなきゃいけねぇ。誰よりも冷静で、誰よりも誇り高く。だからエースに必要なのは、そういう気品だと俺は思う。」
天久は数秒黙ったあと、口元を緩めた。
「……なるほどな。やっぱ、お前最高だわ」
空の言葉に満足したのか、天久は足取りを軽くしながら戻っていった。
◆
「良いかテメェら!初戦の相手は仙泉学園!俺に言われるまでもねぇと思うが毎年ベスト8常連の強豪校だぞ!おそらく俺たち相手には控え投手…ってなんだぁ!?」
向こうのスターティングメンバーを見た雷蔵が驚いた表情で声を上げる
「どうやらウチ相手には2番手すら出す必要がねぇと思ってるらしいぜ」
「「っ」」
「向こうの先発は一年だ!!舐められたままで終わるなよてめえら!!」
「「はい!!」」
時を同じくして反対サイド…仙泉学園の方でも試合前ミーティングが行われていた。
「どうやら向こうさんもおんなじ考えみたいやな。」
「例の一年ですか?」
「アホおんなじ言うたやろ。春の大会では背番号は1番付けとったけどどう考えても実力は2番手や」
鵜飼の手元にあるオーダー表…薬師の先発は三年木村であった。
「真木」
「…はい」
鵜飼に呼ばれたのは部員の中でも頭ひとつ大きい青年であった。
「今日はお前のデビュー戦や。向こうにもどえらいルーキーがおるけどピッチャーとしては対決出来ねんけど打者としては出るみたいや」
「…」
「アピールしてけよ真木」
「…はい」
体格に似合わず小さく答えた真木であったがその拳は痛いほど握り締められていた。
(梅宮空…俺たち世代で知らない奴なんていない…きっと奴にも届いていたはずだ。"青道"からのオファーが)
この男もまた空に対し少なからず因縁が渦巻く男であった。
◆
「「「っ!?」」」
(((デカッ!?)))
整列の際、一年が登板すると聞いていた薬師ナインは真木の身長に驚く。
「…ん?」
「…」
空もまた、真木からの視線に気づく。
(どっかで会ったことあったか?)
空と直接の面識はないはずだが、とばっちりで恨んでいる真木は変わらず空を見下ろしながら睨みつけていた。
「…ふっ」
「あ?」
去り際に侮蔑の困った眼差しと共に笑った真木に対し流石の空も気づく。
「何知り合いなの?」
「…いや、知らねぇ」
「の割にやけに敵意むき出しだったなアイツ」
隣にいた真田もその視線には気づいていたようだ
第一試合は、薬師が先行で仙泉が後攻のままゲームがスタートした。
「…球速は良いところ130中盤…でもって武器はあの長身から振り下ろすカーブか」
「打席で見たらより高く見えるかもな」
真木の投球練習を見た真田と空が呟く。この試合鍵になってくるのはあの投手からどれだけ点が取れるのかであるのは間違いない。
そのようなことを考えている間にうちの1番である山田さんが打席に入る。お、初球打ちか…おそらく狙ってやがったな
山田さんは初球のストレートを狙い澄ましたかのような一撃でセンター前に運んだ。
続いて2番の神崎先輩、ここは何としても先制点が欲しい場面であるがうちの監督がバンドのサインなど出す訳もなく打てのサインである。しかし、ボールが先行して焦った真木はカーブを大きく外してしまい四球を与えてしまう。
そしてノーアウトランナー一二塁の場面で打席に入るのは俺である。後ろにキャプテンがいる限り敬遠はあり得ないだろう。
◆
真木視点
くそ、こんな筈じゃなかったのに。…俺は先頭に綺麗に打たれてしまった影響からか焦ってしまい2番に対して一球もストライクを入れることなく歩かせてしまった。
しかも次の打者は…
「…梅宮ぁ」
3番に構えるは"あの梅宮空"である。
俺は元々仙泉じゃなく別の高校を志望していた
それは東京都…いや全国にすら名を轟かせる名門・青道高校だ。
俺が青道に行きたかった理由か……。別に、名門だからってだけじゃない。甲子園に行きたかったのもある。でも、それ以上に――あそこには、本気で野球に人生を懸けてる奴らが集まると思った。
俺は、そういう場所で自分がどこまで通用するのか知りたかったんだ。毎日、潰れるくらい練習して。誰より速い球を投げる奴がいて。誰より上手い奴がいて。
その中で、もしエースを取れたなら……それが本物だと思えた。
……結局、そのユニフォームを着ることはなかったけどな。
……なんでだよ。俺は、あのユニフォームを着たくて仕方なかった。毎日死ぬほど投げて、死ぬほど走って……それでも届かなかった。いや…挑戦する権利すら与えられなかったんだ。…青道って場所は、俺みたいな奴が必死に手を伸ばしても、届くかどうか分からない場所…そう思ってたのに…
それなのに──アイツは青道から声を掛けられて、それを蹴った。しかも選んだ高校はよりにもよって薬師高校…
笑わせるな…
これが八つ当たりなのは俺自身でもわかっている。…でもそれでも俺の中で燻っていた思いを消し去ることはできなかった。
あんな無名校に何がある。甲子園の実績もなく設備も充実していない。名門のような繋がりもブランドもない
俺だったら迷わず青道を選ぶ。いや……選ぶなんてもんじゃねぇ。俺が喉から手が出るほど欲しかった場所だ。
ーーなのにアイツは、それを捨てた。
贅沢な話だよ。……腹が立つ。
そんなに偉いのか…中学No. 1投手って肩書きは!!
俺が欲しくても手に入らなかったものを、当たり前みたいな顔で手放しやがって。薬師を選んだことを、絶対に後悔させてやる。
コイツを討ち取って俺を選ばなかったことを後悔させてやる
俺は、そのために投げる。
俺には、それくらいしか残ってねぇんだから。
しかし
「甘ぇ」
ーーカキィィィィィィィィィィィン!!
現実は無常にも真木の決意とは裏腹に真ん中高めに入ったストレートを空が一閃するのであった。
打球はライト方向…ライトが懸命に追いかけるものの打球は一向に落ちてくる気配すら見せない
そしてーー
ーーガシャン!!
「っ……嘘…だろ」
「「「入ったぁぁぁぁぁ!!!」」」
「初回先制のスリーランホームランだぁ!!」「やはりこの男怪物か!!」
「馬鹿お前!シニアの頃から兄貴の打撃に隠れてはいたがそれでも打撃成績はチーム2位だったんだぞ!!」
塁上をゆったりと回りながら戻った俺を出迎えてくれた真田が
「スゲェホームランだったな。あそこまで飛ばすやつは初めてみたぜ」
「…ふん…あんな舐めたホームラン誰でも打てるさ。」
「お?スゲェお怒りじゃん」
出迎えた真田から見ても空の顔は怒り心頭と言った様子でありホームランを放った男とは到底思えない表情を浮かべていた。
まぁ何にせよこれで先制点はいただいた。先発の川田さんも少し余裕を持って投げられるだろう。
そう思っていたらーー
まさかのキャプテンによる二者連続ホームランである。…何で今まで無名だったんだろあの人。おそらく素材としては俺と真田を抜けばチーム一…監督が就任して以降半年で見違えるほど伸びている。そんな人に対して俺のホームランで消沈したまま腑抜けたボールを投げればどうなるかなんて考えるまでもないだろう。
何はともあれ4:0。堅実な守備に自信を持っている仙泉としては本塁打はどうしようもない以上1番嫌なパターンだろうな。