空のことだぁ?んなもんアイツは生まれた時から横にいやがるんだ。俺以上にアイツを理解している奴なんざぁ存在しねぇよ。
兄弟っつっても双子だからなぁ〜あんま弟って感じはしねぇが顔も似てねぇし…まぁ性格は似てるってよく言われるけどよぉ
そうだなぁ〜比較的同世代と比べても運動神経の良かった俺たちはガキの頃から割とグループの中心の方にいることも多かったわけだ。
そうなると必然的に俺たちにやっかみを掛けてくる輩も増えてくることは自然の摂理だったわけだ。…もちろん俺達がただでやられる様なタマじゃねぇのは当然だがよぉ。
初めはクラスのガキ大将、次がそいつの兄貴とツレ数人…更には…って相手をぶちのめすうちにエスカレーター式にどんどんと歯止めが効かなくなっちまってよぉ〜。
そんな頃だな。俺達がナオと出会ったのは…
俺たち兄弟は何処へ行ってもチームの核なる選手にはなれた…でもそれが新たな火種を生み出しチームに亀裂を齎しちまう。…結局ナオのいるチームにたどり着くまでに数チームも渡り歩いたわけだ。
なまじ実力のある俺たちに対してアイツはやっかみも僻みも妬みも向けて来ずただただ"俺たちと野球がしたい"っつうマンガの様なセリフを吐きやがったんだこれが
そんでチームの中心であり実力も俺や空にも劣らねぇと来たもんだ。コイツは大した男だぜ本当によぉ
あ?空の話は?ってか…あぁそうだったな。身長に体重、それに身体能力や運動能力…何をとっても俺とアイツにそこまでの差はなかった。まぁ双子だしな。そりゃそうなんだがよぉ
俺とアイツ…決定的に違ったもんが二つ存在したんだ
一つは利き腕…俺は右投げ右打ちなのに対して空は左投げ左打ちのナチュラルサウスポーだったんだ。
野球人口は右投げが圧倒的多数である。だから左投手はそれだけで需要が高い。左投手の球は、左打者からすると体の近くから来るように見える。
スライダーやカーブも逃げていく軌道になるから、かなり打ちづらい。逆に右投手は圧倒的に数が多いから、左打者は左投手に慣れていないことも多いのである。
そしてもう一つ…それは投手として空の野郎がとんでもねぇ才能を秘めていたという事だ。思えば始めた頃から俺とは明確に違っていたのかもしんねぇな。…俺ぁ負けず嫌いだから認めなかったかも知れねぇがそれほど奴の才能は抜きん出ていた。
まずは目に見える数字…球速という素人でも分かりやすい面においてさえ空は飛び抜けており、それに加えて空のボールはキレに球威…所謂伸びと言う点においてずば抜けた数値を叩き出しており、その球速以上に速く見えるのである。
こんだけ野球の神様から才能を与えられたんだ…空の野郎の上達っぷりといやぁとんでもねぇものがあるぜ。
あ?比較されて野球が嫌いにならなかったのかって?
馬鹿言え…ってのも強ち嘘じゃねぇか…正直に言わせて貰うとアイツの"才能"に嫉妬したことも無いことはねぇ…でもよぉ――それ以上に、アイツに負けたくねぇって思いがそれを凌駕してきやがんだ…嫉妬なんかして下を向いている暇があるのか…てな
まぁ他にも色々理由はあるがよぉ…あぁ空の話だったな
アイツはガキの頃からずっとそうだ。
空の投げるボールは、ただ速ぇだけじゃねぇ。ミットに突き刺さる瞬間、“生きてる”みてぇに唸りやがる。
初めて見た奴は大体同じ顔をする。
「なんだ今の…」ってな。
それくらい、アイツの球には人を黙らせる力があった。
だから俺は悔しかった。
双子で、同じように育って、同じ飯食って、同じ練習してきたはずなのに――神様は明らかに空の方へ多くを与えてやがった。
……けど、不思議と嫌いにはなれなかったんだよなぁ。
多分あれだ。
俺は誰よりも近くで知っちまってるからだ。
アイツが才能だけで投げてる男じゃねぇって事を。
夜遅くまで振り込んで、指が裂けてもボールを握って、熱を出しても隠れて走り込む。
誰も見てねぇ場所で、誰より野球に喰らいついてた。
だから認めるしかねぇんだ。
梅宮空って男は――
“天才”なんかじゃ足りねぇ。
アイツは、野球がただただ大好きなだけの野球馬鹿なんだよ。
お陰で俺程度の才能でアイツに負けねぇためには地獄の様な練習が必須だったわけだ。
"ナオの言葉"がなきゃあ今頃俺ぁ…
あ?何のことだって…あぁ。ありゃあ俺が…いや俺たちのチームがいや、“俺たちのチーム”がまだガキだった頃の話だ
その頃の俺ぁ、空に負けたくなくてよぉ。投げ込みも走り込みも、人の倍どころじゃ済まなかった。空が100球投げるなら俺は200球。空が倒れるまでやるなら、俺ぁその後も続けた
だが――現実は残酷だった。
努力しても、追いつけねぇ。
空は昨日出来なかった事を今日には当たり前みてぇにやってのける。
球速も、変化球も、完成度も。
投手としての才能は、最早比較するのも馬鹿らしいほど抜きん出ていた。
……正直、折れかけてたんだろうなぁ
そんな時だ。ナオの野郎が、俺にあんな事言いやがったのは
――“空は確かに天才だ”
ナオは迷いなくそう言った。
――“でもよ、聖一。お前も自分で気付いてないだけで、とんでもない才能を持ってるぞ”
最初は意味が分からなかった。
投手としては空に敵わない。
身体能力だって大差ない。
なら、自分は“劣ってる側”なんだと、どこかで決めつけていた。
だがナオは違った
――“聖一は空のストレートでさえ狙ったところに来たら絶対に見逃さないだろ”
その言葉に、俺は初めて気付かされた。
空のボール。普通の打者なら振り遅れるような剛速球。
それを俺だけは、何度も真正面から叩き返していた。
しかもただ当てるだけじゃねぇ。スタンドまで持っていくことだって何度もあった
誰より速い球を、誰より強く弾き返す。
ナオから見てもそれは努力だけじゃ説明出来ない、“打者としての天賦の才能”だった。
――“空が投手としての天才なら、お前は打者としての化け物だよ”
――“特にストレートに対する嗅覚は異常だ。勝負所で打つ才能もな”
"クラッチヒッター"
チームが苦しい時ほど打つ。
誰もが諦めかけた場面で、一番強い打球を飛ばす。
それが梅宮聖一という男だった。
……その時だな
俺ぁ“空みてぇな投手”を目指すのをやめたんだ
双子でも、同じ道を歩く必要はねぇ。
空がマウンドで試合を支配する怪物なら――
俺は、その怪物すら打ち砕く打者になればいい。
そう思っちまったんだよ。
思い返せば色んなやつと戦りあったもんだぜ。シニアの東京都大会の決勝でぶつかった体は小せぇくせに空にも負けねぇボールを投げる奴もいた。ありゃあ徳川家康だな。そんくれぇのもん持ってんぜ。
他には、やっぱ印象的なのは全国で戦りあった北海道のピッチャーだな。確か歳は俺らより一個下のくせにとんでもねぇボール投げてきやがったぜ。ありゃあ俺らにとって「五稜郭の戦い」だったな。まぁ俺らが明治新政府軍で奴らが旧幕府軍だがな。
そんなわけで有り難ぇことに大会で活躍した俺らに対して色んな高校から推薦やら特待やらの誘いがわんさか来たもんだ。勿論俺らは同じ高校に進むつもりだったがそうなると俺ら二人に対して特待を出してくれる高校じゃねぇと進むつもりはなかった。…とくれば必然的に高校は絞られるってもんだ。
俺らの地元…東京じゃあ稲実に青道、帝東と近年の甲子園常連校がズラリと並んだ。
そんな時だった。あの"事件"が起こったのは…
その日俺らは自宅のガレージで2人で自主練を行なっていた。
「どうするよ」
「あ?」
「高校だ。高校。」
「あぁ…そのことか。母さん達は県外でもいいっつったけど俺は無しだな」
空がそう口にする
「あ?なんでだ?」
「県外なら必然的に寮になる。んでもって名門校とくれば上下関係も厳しいとこも多いだろうからな。俺ぁもう口だけの奴に指図されんのはごめんだぜ。」
空の言い分も分からんでもねぇ。俺らはこれまで散々チームでやっかみを受けてきた側だからよぉ。
「ならいっそのこと歴史のある高校じゃなく歴史を作る高校に進むってのはどうだ?」
「あ?何言ってんだ」
空は俺の言葉の意味が分からないと言った表情を浮かべている
「俺らでそのエリート高どもを蹂躙すんだよ。雑草がエリートを喰う!!まさに下剋上って奴だな!!」
「…下剋上か…あぁ…いいなぁ!!面白そうだ!」
「だろ!?」
「なら俺らだけじゃダメだ!他のやつにも当たってみるか。ナオや公太達にも当たってみるか」
そう思った矢先の事だった。…ナオが…交通事故で運ばれたって聞いたのはよぉ
ダチから初め聞いた時は理解が出来なかったぜ。そりゃそうだ。なんせ、仲の良いダチが交通事故で運ばれたなんて聞いて正気でいれる奴なんざいねぇよ。
俺たちは急いでナオが運ばれた病院まで走った。…でも俺達が行った時はナオの手術中のタイミングであり…結局その日はナオに会うことは叶わなかった。
時間をおいて俺らは再び病院に足を運ぶことになるんだが、俺と空だけは高校の特待の話でみんなとは少し行く時間がズレちまったんだ。
俺らがナオのいる病室に着いた瞬間、中から細く…嘆く様な声が聞こえ俺たちの足取りは止まった。
「「っ…」」
『なんで…なんで僕なんだ…僕は…何も…ぐっ…』
◆
病室の前――。
消毒液の匂いと、機械音だけがやけに耳につきやがった。
俺も空も、扉に手を掛けたまま動けなかった。
あのナオが泣いていたからだ。
いつだって笑ってやがった。
どれだけ苦しい試合でも、どれだけ理不尽な状況でも、「まだいける」って前向いてた男がよぉ。
そんなアイツが、子供みてぇに声を震わせてやがった。
『僕は……野球しか……っ……』
その言葉を聞いた瞬間、胸ん中を鈍器で殴られたみてぇな感覚が走った。
空ですら顔を歪めてた。
……俺たちは知ってたからだ。
松原ナオって男が、どれだけ野球を愛してたかを。
誰より仲間を見て、
誰より野球を楽しんで、
誰より勝ちたがってた。
そんな男から、“野球”を奪うかもしれねぇ事故。
神様ってやつは本当に平等じゃねぇ。
よりによって、なんでアイツなんだ――ってな。
しばらくして、俺はゆっくり扉を開けた。
病室の中じゃ、ナオがベッドの上で俯いていた。
足には痛々しい固定具。全身に巻かれた包帯と取り付けられた機械。
その光景だけで、事故の重さが嫌でも伝わってきやがる。
「……よう」
俺が声を掛けると、ナオは慌てて顔を上げた。
「せ、聖一……空……」
無理矢理笑おうとしてんのが丸分かりだった。
だが、その笑顔はいつものナオじゃねぇ。
空が壁に寄り掛かりながら、ぶっきらぼうに口を開く。
「聞いたぜ。派手にやったらしいな」
「……あはは、笑えないって」
「なら笑うなよ」
空らしい言い方だった。俺らの間に今更取り繕った優しい言葉なんざ必要ねぇ。
だからこそ変に気を遣われてねぇって分かる。
ナオは少しだけ肩の力を抜いた。
だが次の瞬間、アイツは震える声でこう言いやがった。
「……なぁ俺……もう野球、出来ないのかな……」
その一言で、病室の空気が凍りついた。
俺は言葉が出なかった。
空も黙ったまま窓の外を見ていた。
医者から詳しい話はまだ聞いてねぇ。
だが、軽傷じゃないことくらい分かる。
だからこそ――軽々しい事なんざ言えなかった。
「絶対大丈夫だ」なんて、
無責任な希望を口にするほど、俺らはガキじゃなかった。
長い沈黙の後だった。
空がゆっくりナオを見る。
「……知らねぇよ」
「空……」
「未来なんざ誰にも分かんねぇ。俺も明日死ぬかもしれねぇし、またグラウンド立ってるかもしれねぇ」
相変わらず不器用な言葉だった。
だが――。
「でもよ」
空はそこで一度言葉を切る。
「お前が野球辞める姿だけは想像出来ねぇな」
ナオの目が揺れた。
空は続ける。
「お前、野球好きすぎんだよ。気持ち悪ぃくらいにな」
「ひどくない!?」
「うるせぇ」
そう言いながら、空は少し笑った。
その瞬間だった。
張り詰めてた空気が、ほんの少しだけ和らいだのは。
俺は壁に寄り掛かりながら、ナオを見る。
「……ナオ」
「ん?」
「お前、前に言ったよな」
『俺たちと野球がしたい』――って。
「あぁ……言ったね」
「なら勝手に終わらせんな」
ナオが目を見開く。
「お前がグラウンドに立てねぇなら別の形でもいい。ベンチでも監督でも何でもだ。俺らはお前抜きで野球やるつもりなんざねぇよ」
「聖一……」
「だからよぉ」
俺は笑いながら言った。
「這ってでも戻って来い。俺らは"待ってんぜ"?」
その瞬間だった。ナオの目から、また涙が溢れたのは。でも今度はさっきと違った。
絶望だけの涙じゃねぇ。
悔しくても、
苦しくても、
まだ終われねぇって涙だった。
その日、俺たちは病室で決めたんだ。
名門に入って守られる道じゃねぇ。
俺たち自身で歴史を作るってな。
空という怪物がいて、
俺という打者がいて、
ナオっていう“チームの核”がいる。
なら、どんな強豪だろうが喰える。
そう、本気で信じてた。
ーーあの日まではな