野球が好きだ。
理由なんざ知らねぇ。
気付いた時にはボール握ってたし、気付いた時には投げてた。
ただ――投げてる時だけは、自分が自分でいられる気がした。
昔から周りは俺を“天才”って呼んだ。
左で投げるだけで珍しがられ、
球が速ぇだけで騒がれ、
三振取れば勝手に期待された。
……正直、鬱陶しかった。
俺はただ投げてぇだけなのに、
周りは勝手に“怪物”を見たがる。
だが、そんな中でも変わらなかった奴がいる。
双子の兄妹である聖一だ。
アイツだけは昔から俺を特別扱いしねぇ。
「次は打つ」
「もう一回投げろ」
「今のコース甘ぇだろ」
うるせぇくらい食らいついて来やがる。
普通の奴らは俺の球見た瞬間に諦める。
でも聖一だけは違った。
どれだけ抑えても、
どれだけ三振取っても、
次には平然と打ち返して来る。
……だから面白ぇ。
俺が本気で投げられる理由の半分くらいは、多分アイツの存在だ。
だが、同時に知っていた。
聖一が、俺に負けたくなくて壊れかけてた事も。
夜中に一人で素振りしてる姿も、
手の皮が剥けても笑ってる姿も、
誰もいねぇグラウンドで倒れ込むまで走ってた事も。
全部知ってた。
双子だからとか、そんなんじゃねぇ。
ずっと隣にいたから分かるんだ。
……だから俺は、聖一にだけは負けたくなかった。
アイツが命削って追い掛けて来るなら、
俺も立ち止まるわけにはいかねぇ。
結局、俺たち兄弟は似た者同士だったんだろうな。
そして――そんな俺たちを、“チーム”にしてくれたのがナオだった。
俺と聖一は強かった。
だが強いだけだった。
周りを置き去りにして、
気付けばチームは壊れてる。
そんな事ばっかだった。
でもナオは違った。
アイツは俺たちの球を怖がらなかった。
俺の球を受けて笑いやがった。
聖一の打球見て目ぇ輝かせてやがった。
『お前らとなら、日本一になれる』
あんな真っ直ぐ言われたらよぉ……
信じるしかねぇだろ。
だから――。
あの日、病院で泣いてるナオを見た時。
俺は、心の底から思っちまった。
“野球の神様ってやつは、本当にクソだな”――ってな。
◆
あ?今更俺の説明なんているか?ナオと聖一から散々説明されてんだろ。めんどくせぇし俺からは省略させて貰うぜ
ナオの交通事故から数日経った日のこと…
「あ?」
最初に気付いたのは音だった。
――ガキンッ!!
金属をぶっ叩いたみてぇな乾いた衝突音。河川敷の高架下に反響して、やけに耳に残りやがった。
ナオの事故から数日。
俺ぁ考え事を振り払うみてぇに、一人で走ってた。
頭ん中を空っぽにしたかった。
走って、
走って、
息が切れるくらい身体を追い込んでねぇと、余計な事ばっか浮かんできやがる。
……だから正直、最初は無視するつもりだった。
だが――。
――ガキィン!!
二発目。
今度はさっきより明らかに鋭かった。
「……なんだ?」
気付けば足が止まってた。
音のする方へ視線を向ける。
高架下の端で薄暗いコンクリートの空間で、一人のガキがバットを振っていた。
歳は……同い年…いや少し下くらいか。
小柄だが、妙に下半身が太ぇ。ボサボサ頭に猫背気味の構え。
フォームもお世辞にも綺麗とは言えねぇ。
だが――。
「……はっ」
次の瞬間、そいつが振った"妙に長太い"木製バットから破裂音が響き渡る
――バァン!!
ただ強く振ってるだけじゃねぇ。
芯で捉えた瞬間に、全身の力が一点に噛み合ってやがる。
俺は思わず足を止めた。
するとその奥――パイプ椅子に座って缶コーヒー飲んでたオッサンがニヤつく。
「へぇ……お前、分かる口か」
「あ?」
白髪混じりの無精髭に着崩したシャツ
どう見ても胡散臭ぇオッサンだった。
だが目だけは違った。獲物見つけた肉食獣みてぇな目ぇしてやがる。
「今の音聞いて止まるとはなァ。普通の奴ァ“うるせぇ”だけで終わる」
「……別に」
「その目。野球やってんな?」
「ふん」
俺が適当に返すと、オッサンはニヤリと笑う。
「投手だろ」
「……」
「しかもエース張ってるタイプだ」
その瞬間、俺は少しだけ眉を動かした。適当に言っただけかも知らねえが初対面でそこまで見抜く奴ァ珍しい。
オッサンは立ち上がり、河川敷へ視線を向ける。
「雷市ィ!!ちったぁ頭使って振れ馬鹿野郎!!」
「う、うるせぇだよ親父ぃ!!」
叫び返したガキ――雷市は、またバットを振る。
――ブォン!!
空気を裂く音が再び響き渡る
「……っ」
俺は少し目を細めた。
速ぇ。しかもただのフルスイングじゃねぇ。身体のバネが異常だ。それでも未完成なのが分かる。まるで猛獣がそのままバット振ってるみてぇだった。
「ハハッ、分かるか?」
オッサンが笑う。
「コイツぁまだ原石だ。だがよ……磨きゃ化ける」
「……あぁ」
認めざるを得なかった。今のスイングには、“才能”がある。
しかもウチの馬鹿兄貴にも匹敵する程とびきり凶悪な類のな。すると雷市がこっちに気付いた。
「……あ?」
バット担ぎながら近付いて来る。
「誰だお前」
「通りすがりだ」
「ふーん」
興味なさそうに返した直後だった。
雷市の目が、俺の肩や指に止まる。
「……お前、投手か?」
「だったらなんだ」
「強ぇ?」
「さぁな」
すると雷市は――。
ニタァッ――と笑った。
まるで獲物を見つけたガキみてぇに。
「打ちてぇ…お前のこと打ってみたい」
その瞬間だった。俺も自然と口角が上がっちまったのは。
「……面白ぇガキだな」
オッサン――轟雷蔵は、その様子を見ながら楽しそうに笑う。
「クク……こりゃあ面白くなりそうだ」
高架下を風が吹き抜ける。
ナオの事故からずっと胸ん中に溜まってたモヤモヤが、その瞬間だけ少し晴れた気がした。
……あぁ。世の中にゃ、まだこんな化け物が埋まってやがるのか。そう思うと――少しだけ、ワクワクしちまったんだよ。
その瞬間だった。俺も自然と口角が上がっちまったのは。
それからだったな。
俺があの轟親子のいる高架下に顔出すようになったのは。
別に約束したわけじゃねぇ。ただ走って、気付いたら足が向いてた。相変わらず雷市の野郎は毎日狂ったみてぇにバット振ってやがったし、親父の方は缶コーヒー片手にニヤニヤしてやがる。
「よォ、兄ちゃん。また来たか」
「……暇潰しだ」
「クク、そういう事にしといてやるよ」
気に食わねぇオッサンだった。だが――野球を見る目だけは本物だ。
俺が走り込み後で呼吸も乱れてねぇ事。肩周りの筋肉に指先のマメ。そして立ち姿。そんなもん見ただけで、俺がどんな投手か大体察してやがる。
多分、俺も同じ目をしてたんだろうな。
雷市のスイングを見る度に思う。
――こいつは危険だ。
まだ荒削りだし技術も甘ぇ。配球読めるタイプでもねぇ。だがそんなもん全部ぶち壊すだけの“暴力”がある。
甘く入ればスタンドまで持ってかれる。それがどれ程危険なものか俺は身近にいる奴と比べよぉく理解していた。
そんな匂いが中学の時点でプンプンしやがんだ。コイツの化け物具合がよく分かるぜ
だからだろうな。
次に高架下へ向かった時、俺がグラブを持って行ったのは。
「……お?」
親父が目を細める。
「今日はまた物騒なモン持ってんなァ」
「別に」
俺は適当に返しながらバッグを置いた。すると雷市が目ぇ輝かせやがる。
「投げんのか!?」
「打ちてぇんだろ」
「おぉ!!」
犬かコイツは。雷市は嬉しそうにバット抱えて打席へ向かう。
対して俺は軽く肩を回しながら河川敷のマウンド代わりの土の盛り上がりへ立った。
風が吹く。左手でボールを握る感覚…指先に縫い目が馴染む。……やっぱ落ち着く。
「へぇ」
後ろで轟雷蔵が笑った。
「やっぱ大したもんだなお前」
「あん?」
「ちょいとお前さんのこと調べさせてもらったぜ。天才兄弟の片割れ…天才・梅宮空…随分と有名人じゃねぇの」
「…ふん」
そんなことお構いなしに雷市はバットを肩に担ぎながらニヤついている。
「打つ」
「あ?」
「お前の球、絶対打つ」
――馬鹿正直な目だった。打てると思ってる目じゃねぇ。“本気で打ちに来る目”だ。
だから俺も、少しだけ口元が緩んじまう。
「……来いよ」
その一言と共に、俺はゆっくりと左足で地面を踏み締めた。
河川敷の空気が変わる。雷市の笑みが消え、
後ろで見ていた轟雷蔵の目が細くなる。
俺は軽く首を鳴らし、ボールを握り直した。
――スゥ……。
肺いっぱいに空気を吸い込む。
そして次の瞬間だった。
「っ――」
左脚が高々と跳ね上げる。豪快なワインドアップから全身を捻り上げ、背中を弓みてぇに反らせながら、一気に前へ爆発する。
無茶苦茶で、だが理屈じゃ説明出来ねぇ迫力を持った左のオーバースロー。
踏み込んだ右足が地面を砕く勢いで突き刺さり――。
「っらァ!!」
腕が唸った。
――ドゴォッ!!
次の瞬間、空気が破裂する。
白球は“飛んだ”なんてもんじゃねぇ。河川敷の空間を一直線に切り裂き、低く、鋭く、獣みてぇな唸り声を上げながらミット代わりのネットへ突き刺さる。
――バァンッ!!!
ネット全体が吹き飛ぶみてぇに揺れた。遅れて風が巻く。
「…………」
雷市が固まっていた。さっきまでのニヤつきが完全に消えている。バットを握ったまま、目だけが俺を見ていた。
「…こりゃあ想像以上だぜ…」
後ろで轟雷蔵が呟く。
自慢じゃねえが俺のボールは速いだけじゃねぇ。指先から放たれた瞬間、回転数ごと空気を噛み千切るみてぇな鋭さがある。打者の手元で伸び、最後の最後で浮き上がる。見えてても、身体が反応する頃にはもう遅ぇ。
それが俺の真っ直ぐだった。
「……へへ」
すると――。雷市が笑った。
口の端を吊り上げ、まるで腹減った獣みてぇな目で俺を見る。
「すげぇ」
「……あ?」
「今の、すげぇ!!」
普通なら怯えるか腰が引けるはずだ。実際、今までそういう奴を何人も見てきた。だがコイツは違った。
「もっと来い!!」
雷市はバットを構える。ギラギラと目を輝かせながら。
「打ちてぇ!!」
その瞬間――。俺の背筋にゾクリとしたモンが走った。
……あぁ。やっぱコイツ、本物だ。俺の球見て、恐怖じゃなく歓喜が先に来る打者なんざ、聖一くらいしか知らねぇ。
「ハッ……」
自然と笑みが漏れる。面白ぇ。なら――。少し本気で行くか。
俺は再びロジンもねぇ指先でボールを握り込み、
豪快に肩を回した。風が唸る中左腕の筋肉が軋む。
そして次の瞬間――。
「――行くぞ」
梅宮空の、本気の二球目が放たれた。
◆
「…は…はは…はははは!!」
「…」
「どうだ雷市!!これが本物の生きた投手の球だぜ!それもとびっきりの上物だぁ!!」
「…俺は市場の魚かよ」
…結論から言うとあれから数十球…打席に換算して10打席ほど…俺のボールが雷市に打たれることはなかった。…最後の一球…遥か上空に打ち上がるピッチャーフライが上がるまではな。
ピッチャーフライ…それも遥か上空に上がったと言うことはバットの真芯から僅かなズレしか生じておらずホームランと紙一重であったと言うことに他ならない。むしろフライで済んだのは運が良かっただけだ。
「へへ……!」
雷市は汗だくのまま笑っている。肩で息しながら、まるで楽しくて仕方ねぇって顔で。
「お前……すげぇな!!」
「……それはこっちの台詞だ馬鹿」
俺は帽子代わりに被ってたタオルで顔を拭いながら吐き捨てる。
正直、驚いていた。俺の球をここまで短時間で合わせて来る奴なんざ、
聖一くらいしか知らねぇ。
しかもコイツ、まだ配球も読みもクソもねぇ。ただ本能だけで食らいついて来やがる。それでここまで来るって事は――。
完成した時、とんでもねぇ化け物になる。
「クク……」
後ろで雷蔵が缶コーヒーを揺らしながら笑う。
「やっぱおもしれぇなぁ、お前ら」
「……あ?」
「怪物投手に怪物打者。普通なら同じ学校で“最強バッテリー”だの“黄金世代”だのやるとこだ」
雷蔵はそこでニヤリと口角を吊り上げた。
「――だがよ、それじゃつまんねぇ」
風が吹く。
高架下の薄暗い影の中、
雷蔵の目だけがギラついて見えた。
「なぁ空」
「……」
「高校、どうすんだ?」
その言葉に、俺は僅かに目を細めた。当然、進路の話は出ていた。しかしイマイチ進路を決めかねていたのも事実。…そんな中雷蔵から聞かされたのは西東京のとある高校で来年から監督を務めると言う話であった
進路…か
周囲は勿論、俺や聖一でさえ
“梅宮兄弟は同じ高校へ進む”そう思っているのだから
聖一と俺。二人揃えば最強。そんなもん、誰だって考える。
だが――。
「お前、本当にそれで満足か?」
雷蔵の声が低くなる。
「兄貴と並んで最強?二人で勝って日本一?……そんなのよぉ」
雷蔵は笑った。心底面白そうに。
「お前一人で全部ぶっ壊した方が面白ぇだろ」
「――っ」
その瞬間、
胸の奥が僅かにざわついた。
「聖一って奴ァ確かに化け物だだがよ、お前も同じだ。だったら同じチームで並ぶんじゃなく――」
雷蔵は親指で雷市を指す。
「こっち側に来い」
「……」
「兄貴を倒せよ。二人で最強じゃねぇ。“梅宮空”一人で最強になれ」
空気が静まり返る。河川敷を吹く風の音だけが耳に残った。俺は黙ったまま左手を見下ろす。ボールの縫い目が指先に食い込む感覚。聖一と野球をやってきた時間が脳裏をよぎる。ナオと笑い合った日々に仲間と過ごした時間…
だが同時に――。
“倒してみてぇ”
そんな感情が、確かに胸の奥で疼いた。聖一は俺の兄弟だ。誰より努力して、誰より負けず嫌いで、誰より俺を追い掛けて来た男だ。
だからこそ。真正面から叩き潰した時、初めて分かるモンがあるんじゃねぇか――。
「……ハッ」
気付けば笑っていた。
「最低な勧誘だなクソ親父」
すると雷蔵は腹抱えて笑いやがる。
「はははは!!褒め言葉として受け取っとくぜ!!」
その横で雷市はキョトンとしていた。
「? 空来んのか?」
「知らねぇよ」
そう返しながら、
俺はもう一度ボールを握り直す。
だが――。
この時にはもう、
少しだけ想像しちまってたんだ。
聖一と違うユニフォームを着て、
聖一の前に立つ自分を。
原作より早めに雷蔵には就任してもらいます