最強の兄弟喧嘩   作:心ここにあらず

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四話

 

 

アレから数日後、久方ぶりに空は轟親子の根城?とされる高架線下を訪問していた。

 

 

 

「お!空坊久しぶりじゃねぇか…ってどうしたその顔!?」

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

親子は空の顔に貼られているいくつもの絆創膏と青痣を見て驚愕する。

 

 

 

「あぁ…これはーー」

 

 

 

思い返すのは数日前…轟雷蔵に"薬師高校"を勧誘された日の後日の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聖一」

 

 

 

「あん?」

 

 

 

 

空はガレージで自主練をこなしている聖一へと声をかける。

 

 

 

 

「進路のことなんだが…」

 

 

 

「おう!鵜久森のことか!みんな来てくれることになって良かったぜ!これで上でもナオも入れて皆んなで野球ができるってもんだ!これ以上はねぇぜ!」

 

 

 

「…そのことなんだが」

 

 

 

「…そのことなんだが」

 

空の声色が僅かに沈む。その瞬間だった。バットを肩に担いでいた聖一の表情から、笑みがふっと消えたのは。

 

「……なんだよ」

 

長年、双子として隣にいた。だからこそ分かる。今の“間”が、良い話ではないことくらい。空は少しだけ視線を逸らし――静かに口を開く。

 

 

「俺は……薬師に行こうと思ってる」

 

 

「…………は?薬師?…どこだそれ…」

 

 

 

空気が止まる。ガレージに響いていたボールの転がる音さえ、やけに遠く感じた。

 

 

「ある人に誘われた。俺はあの人の下で野球をやりたい」

 

 

「……お前、今なんつった?」

 

 

聖一の声が低くなる。握ったバットが、ギシリと音を立てた。

 

 

 

「鵜久森じゃねぇのか?」

 

「……あぁ」

 

「みんなでやるって話だったろうが!!」

 

 

ドンッ!!…と怒鳴り声と同時、聖一がバットを壁へ叩きつける。金属音がガレージ内に激しく響いた。

 

 

 

「ナオも!公太も!みんな!…みんな楽しみにしてたんだぞ!!俺たち、また全員で甲子園目指すって決めただろうが!!」

 

「…分かってる」

 

「分かってねぇからそんなこと言えんだろ!!」

 

 

聖一が空の胸ぐらを掴み上げる。

 

 

「お前がいたから……俺たちはここまで来れたんだぞ!!」

 

「……っ」

 

「なのに何勝手に決めてやがる!!」

 

 

その拳が――振り抜かれた。バキッ!!空の顔が横へ弾け飛ぶ。頬が裂け、床へ血が落ちた。だが空も、避けない。

 

 

「……悪い」

 

「謝って済むかよッ!!第一お前はいつもそうさ!自分勝手に何でもかんでも先走りやがって!どうせ今回もしょうもねぇ好奇心に駆られただけに違いねぇ!!」

 

 

 

今度は空が聖一を殴り返した。鈍い衝突音が室内に響き渡り聖一の身体が工具棚へ突っ込む。

 

 

「ッ……!!」

 

 

「俺だって悩んだ!!」

 

 

空が叫ぶ。

 

 

「ずっと悩んだに決まってんだろ!!」

 

 

感情を露わにすることの少ない空が、珍しく声を荒げていた。

 

 

「でも俺は――もっと強くなりてぇんだよ」

 

「鵜久森じゃ強くなれねぇってか!?」

 

「違う!!」

 

 

反射的に答える空。

 

 

「そうじゃねぇ……そうじゃねぇんだよ聖一……!」

 

 

空は拳を握り締める。

 

 

「……」

 

 

「俺はもっと上を見たい。もっと化け物みてぇな奴らと戦いてぇ」

 

 

 

聖一が舌打ちする。

 

 

 

「だったら鵜久森でも出来るだろうが!」

 

 

「出来るかもしれねぇ。でも――」

 

 

 

空は真っ直ぐ、兄を見た。

 

 

 

「俺はお前とも戦いてぇんだ」

 

 

「……は?」

 

 

「ずっと隣でやってきたから分かる」

 

 

空の目が鋭く細まる。

 

 

「お前はいつか…絶対、“全国一の打者”になる」

 

 

聖一の眉がピクリと動いた。

 

 

「だから俺は――そのお前を、真正面からねじ伏せてぇ…そんで2人で最強じゃねぇ…文句なしの俺だけのNo.1の称号が欲しい」

 

 

「……っ」

 

 

「同じチームじゃ出来ねぇだろ」

 

 

長い沈黙が訪れる。重苦しい空気が流れる。

 

だが次の瞬間――ドゴォッ!!!…聖一の拳が再び空の顔面へ炸裂した。

 

 

 

「…このイカれ自己中野郎がっ…だったら最初からそう言えやクソがァ!!!」

 

殴られた勢いのまま、空の身体が床を滑る。だが――。

 

 

「ッ……!」

 

 

空は片膝を突くと同時に跳ね起き、そのまま聖一の腹へ拳を叩き込んだ。

 

 

「がっ……!!」

 

 

鈍い音と共に聖一の身体がくの字に折れる。しかし次の瞬間には、その顔に獰猛な笑みが浮かんでいた。

 

 

「ハッ……そういうことかよ……!」

 

 

口元の血を拭いながら、聖一は笑う。

 

 

「テメェ……最初っから俺を倒す気で…いや俺をダシに唆されやがったな……!」

 

 

「っ!?違う!これは俺の意思だ!俺は俺の意思でお前と対立することを選んだ」

 

 

空も拳を握り直す。

 

 

 

「…俺は昔からずっと、お前にだけは負けたくなかった」

 

 

 

その言葉に、聖一の目が見開かれる。なぜならどちらかと言うと昔から聖一の方が空に挑む構図が多く、ここまで強くのライバル意識を抱いているのは自分だけだと考えていたからである。

 

双子だった。ずっと隣にいた。同じ飯を食い、同じ夢を見て、同じボールを追いかけてきた。だからこそ――。誰より認めている。誰より負けたくない。

 

 

「……っは」

 

 

聖一が肩を震わせる。

 

 

 

「そういうことなら――尚更行かせるかよバァカ!!」

 

 

ドッ!!…聖一が突っ込む。ここまで来ると最早意地の張り合いである。そして聖一の運動神経も合わさりただのタックルがまるで猛獣のように重く速い。滅茶苦茶なフォームなのに、一撃一撃が洒落にならないのだ。空は腕で受けるが――

 

「ぐっ……!」

 

 

衝撃で両腕が痺れる。だが空も退かない。

 

 

「うおおおおッ!!」

 

 

今度は空の左ストレートが聖一の頬を打ち抜いた。バキィッ!!…と聖一の頭が跳ねる。工具箱が倒れ、レンチやスパナが派手な音を立てて床へ散らばった。だが二人とも止まらない。

 

 

 

殴る・掴む・投げ飛ばす。まるで野球でぶつけられなかった感情を、全部拳に変えているみたいだった。

 

 

 

「なんで……ッ!!」

 

 

 

聖一が叫ぶ。

 

 

「なんでわざわざ敵になろうとしやがる!!」

 

 

「敵じゃねぇ!!」

 

 

空も怒鳴り返す。

 

 

「お前は……!!」

 

 

2人の拳がぶつかる。

 

 

「俺の――目標でありライバルなんだよ!!」

 

 

「っ!?」

 

 

――ドゴォッ!!!…と互いの拳が同時に顔面へ突き刺さる。そのまま二人揃って床へ倒れ込んだ。

 

 

 

「……はぁ……ッ……」

 

 

「ぐ……っ……」

 

 

2人が肩で息をする音だけがガレージに響く。互いの顔はボロボロであり唇は切れ、頬は腫れ、服も埃まみれの悲惨な状態である。

 

それでも――。

 

 

どこか二人とも、少しだけ晴れやかな顔をしていた。しばらくして天井を見上げたまま、聖一が口を開く。

 

 

 

「……薬師っつったな」

 

 

「…あぁ」

 

 

「強いのか?」

 

 

「…分からねぇ」

 

 

「はぁ!?おまっ…イカレれてやがる…」

 

 

 

聖一は思わず上体を起こしかけ――脇腹の痛みに顔をしかめ、そのまま再び床へ転がった。

こんだけ意地を張ったくせに志望校に対して何も知らない空に対して最早憤りを通り越し尊敬の念を抱き始めた聖一

 

 

「……チッ」

 

 

 

聖一が乱暴に頭を掻く。

 

 

 

「気に入らねぇな」

 

「だろうな」

 

「でも……まぁ」

 

 

 

聖一はゆっくりと身体を起こした。

 

 

 

「そこまで言うなら止めても無駄か」

 

「……」

 

「昔っからそうだ。お前は一回決めたら絶対曲げねぇ」

 

 

 

空は少しだけ目を伏せる。理解してくれた――そう思った瞬間だった

 

 

 

「だから俺も決めた」

 

「?」

 

 

 

聖一が、獰猛に笑った。

 

 

 

「甲子園でテメェをブチのめす」

 

「……っ」

 

「薬師だろうがなんだろうが関係ねぇ。来るなら来い」

 

 

 

 

ギラリ――と聖一の目が獣のように光る。

 

 

 

 

「お前が“全国一の投手”目指すなら、俺は“全国一の打者”になる」

 

 

 

空の口元も、自然と吊り上がった。

 

 

 

「上等だ」

 

「んで――」

 

 

 

聖一がニヤリと笑う。

 

 

 

「その時ゃ、俺がホームラン打って泣かせてやるよ」

 

「……打てるもんならな」

 

「言ったなコラ」

 

「事実だ」

 

「もう一発やるか?」

 

「望むところだ」

 

 

 

 

再び空気が険悪になる。だが次の瞬間――。

 

 

「お前ら何やってんだゴラァァァ!!!」

 

 

ガレージの扉が勢いよく開いた。

 

 

 

「っ!?」

 

「げ」

 

 

 

そこに立っていたのは、鬼の形相をした2人の母親だった。

 

 

「近所から“ガレージで殺し合いしてる高校生がいる”って通報来たんだけどォ!?!?」

 

「いやこれは――」

 

「説明!!」

 

「……進路相談?」

 

「どんな進路相談で工具棚がぶっ壊れるのよ!!!」

 

 

視線の先には、半壊した棚と散乱した工具、そして血だらけ埃まみれの双子。

 

そして――。

 

 

「アンタらまとめて正座ァァァ!!!」

 

「「……はい」」

 

 

 

その日、梅宮兄弟は、野球人生最大のライバルになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーとまぁ…」

 

 

 

「「…」」

 

 

 

 

2人は梅宮兄弟の兄弟喧嘩に驚きを隠せないでいた。無理もない2人が知るのは野球人としての梅宮兄弟であり、元々は気性が荒く問題児としても名を馳せていたことなどとうの昔の話であり2人が知らないのも自然なことであった。

 

 

 

 

(は、はは…なんにせよこいつの野球の実力と才能は本物だ…ここに次の年に雷市と俺が見込んだガキどもが加われば甲子園も夢じゃねぇぜ!!)

 

 

 

 

(そ、空君ともっと野球ができる…上に上がれば毎日!!…か、かはは!!)

 

 

 

 

高架下に吹き込む夕風が、鉄骨をカタカタと鳴らす。

 

その音の中で――轟雷蔵だけが、ニタァ……と口元を吊り上げていた。

 

 

「……くくっ」

 

「親父?」

 

 

雷市が首を傾げる。だが雷蔵の笑みは止まらない。

 

 

「最高じゃねぇか……!」

 

 

ギラついた瞳が空を見る。

 

 

「兄弟で同じ頂点目指して、んで真正面から喧嘩別れか。青春だねぇ〜!!燃えるねぇ〜!!」

 

「いや別に喧嘩別れって訳じゃ……」

 

 

「しかも互いに“全国一”宣言!たまんねぇ!!」

 

 

雷蔵はゲラゲラ笑いながら空の肩をバンバン叩く。

 

 

 

「いい!実にいい!!そういうギラつきが野球には必要なんだよ空坊!!」

 

「……」

 

 

 

空は苦笑しながら頬の絆創膏を軽く触った。

 

 

「しかしまぁ……兄貴も大概だな。普通そこまで殴るか?」

 

「空君も十分殴ってるけどな!!」

 

 

 

雷市が珍しくまともなツッコミを入れる。

 

その瞬間だった。

 

グゥゥゥゥ〜〜…

 

「……」

 

「……」

 

空と雷市の腹が、ほぼ同時に鳴った。

 

そして――。

 

 

 

「かははははははッ!!!」

 

 

 

雷蔵が腹を抱えて笑い出した。

 

 

 

「何だテメェら!!腹まで息ピッタリじゃねぇか!!」

 

「う、うるせぇ……」

 

 

 

空が顔を逸らす。流石に少し恥ずかしかった。

 

 

 

「おっしゃ!今日は祝いだ祝い!!」

 

「祝い?」

 

「新戦力加入祝い!兄弟決別祝い!未来の甲子園優勝祝い!!」

 

「最後気が早ぇよ」

 

「細けぇこと気にすんな!!」

 

 

 

雷蔵はニヤリと笑うと、近くに置いてあった古びたクーラーボックスを蹴飛ばす。

 

 

「雷市ぃ!!肉焼け肉!!」

 

「肉!!テメェくそ親父こんな高級肉どこから盗んできやがった!?」

 

「ばっきゃろー!!誰が盗むか!頂き物と言え!!」

 

「なんで高架下に肉あるんだよ……」

 

 

 

空が呆れるが、既に親子は完全にバーベキュー体勢だった。炭火に火が付き、ジュウゥ……と肉の焼ける音が広がる。その匂いに、空の腹が再び鳴った。

 

「……食うか?」

 

 

 

雷市が焼けた肉を差し出す。

 

 

 

「……貰う」

 

「かはは!!遠慮すんな!!」

 

 

 

空は串を受け取り、一口齧る。

 

 

 

「……うま」

 

「ん!?」

 

 

 

雷市が嬉しそうに笑う。

 

その横顔を見ながら、雷蔵はふと真面目な目になった。

 

 

 

「……空坊」

 

「?」

 

「お前ぇ、“本気”なんだな」

 

 

 

空は肉を飲み込み――静かに頷いた。

 

「あぁ」

 

「兄貴を超え俺がNo.1になる」

 

「……」

 

即答だった。迷いも躊躇いもない。その返答に、雷蔵は満足そうに口角を上げる。

 

 

 

「なら丁度いい」

 

「?」

 

「薬師はなぁ――」

 

 

 

 

ゴゥ……と炭火が爆ぜる。

 

 

 

「お前みたいな“才能のあるガキを化け物へと”押し上げる場所にするつもりだ」

 

「……」

 

「理屈も常識もいらねぇ。ただ強ぇ奴が暴れる…そんな場所を作りたい」

 

 

雷蔵の目が獣みたいに光る。

 

 

 

「お前みてぇな飢えたガキには、最高の環境だぜ」

 

 

 

空は静かに拳を握った。脳裏に浮かぶのは聖一の顔。“全国一の打者になる”そう宣言した双子の兄。

 

だったら――。

 

 

 

(俺は……)

 

 

 

空の瞳に、静かな闘志が宿る。

 

 

 

(誰にも打たれねぇ投手になる)

 

 

 

その時だった。

 

 

 

「おぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 

 

雷市が突然叫んだ。

 

 

 

「!?」

 

「空君もその兄貴もみんな俺がぶっとばぁぁぁす!!」

 

「いや俺味方だから。聖一の本業は打者だからな」

 

「勢いだけで生きてんのかお前は!!」

 

「かはははは!!!」

 

 

 

再び高架下に笑い声が響く。

 

だが――。

 

空は知らなかった。

 

この場所で始まった選択が。薬師高校という“猛獣の巣”へ飛び込んだ決断が。やがて全国を巻き込み――。

 

“梅宮空”という投手の名を、怪物として轟かせることになるのを。

 

 

 

 

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