最強の兄弟喧嘩   作:心ここにあらず

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六話

 

 

 

 

ブルペンとは言えマウンドに立つその姿を初めて見た者は、まず“威圧感”に息を呑む。

 

右足を高く振り上げ、全身を大きく捻るダイナミックなフォーム。まるで身体全てをバネに変えているかのような豪快な投球動作は、技巧派とは正に真逆――“力”そのものを叩きつけるようなオーバースローの剛腕スタイルだった。

 

 

踏み込んだ瞬間、地面が割れるかと錯覚するほどの爆発力が下半身から生まれ、それが腰、肩、腕へと一気に連動する。特に特徴的なのは、左腕の振りだ。

 

鞭のようにしなる。

 

 

――身体ごと前へ振り抜く

 

 

 

その結果、生み出されるストレートは常識外れの球速へ到達する。

 

 

 

さらに普通、投手の速球は回転軸の関係でわずかに浮き上がったり、シュート回転したりする。しかし目の前の男のボールは違った。強烈な縦回転と特殊な回転軸によって生まれる“魔球”――まるでライフル弾のように空気を切り裂きながら一直線に突き進む。

 

 

 

その結果… 捕手の視界から、ボールが消え気づいた時にはミットに突き刺さる

 

 

 

ーードパァァァァァァァァァァン!!

 

 

 

「っ!?ぐっ!?す、すまん!!」

 

 

 

 

そして生まれたのが正捕手ですら捕球が困難という結末である

 

 

 

 

薬師高校一年生・梅宮空…絶賛ピンチである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空達一年生は入部後は基礎体力テスト(空が抜けて1位で次点で真田である)を行い、その後は「技術」よりも“身体作り・基礎・精神面”を徹底的に叩き込むメニューをこなしていた。

 

 

基本的には…

 

* グラウンド10〜20周

* 階段ダッシュ

* 体幹トレ

* ストレッチ

* 素振り300〜500本

 

などやはり基礎メニューがノルマであった。しかし、そのメニューをこなしてなお傑出した完成度を誇った空のみブルペンでの投球練習を許可されたのである。そうしたのち起こってしまった事件が冒頭のお話になる。

 

 

 

 

 

 

(こんにゃろう…俺と出会った時より更に伸びてやがるぜ…こう言うのを"ダイヤの原石"っつうのか…ウチに呼び込めたのは幸いだが指導者側としてはコイツの育成には間違いなく手を焼くだろうな)

 

 

 

雷蔵は改めて空の才能と実力に対して感服していた。

 

 

 

 

(んでもって後は"アイツ"か…)

 

 

 

 

「監督!!」

 

 

 

(…ほう…やっぱ来ちまったか)

 

 

 

雷蔵が視線を向ける。そこにいたのは汗だくの真田俊平だった。しかしユニフォームは土と汗にまみれ、肩で荒く息をしている。どうやら本当に全てのノルマを終わらせてきたらしい。

 

 

 

 

「俺もノルマ全部終わりました!!ブルペン入らせてください!!」

 

 

 

「けっ……どいつもコイツも一年のクセに元気過ぎんだろうが」

 

 

 

雷蔵は頭を掻きながら吐き捨てる。

 

だが口元は少しだけ吊り上がっていた。

 

 

 

「まぁ良い。おい、次はコイツ受けてやれ」

 

 

 

「えぇ!?俺っすか!?」

 

 

 

「文句言うな。死ぬ気で捕れ」

 

 

 

「理不尽すぎる……」

 

 

 

ぼやきながらも捕手は再び座る。真田はマウンドへ上がると、一度大きく深呼吸した。やはり空ほどの威圧感はない。フォームも豪快というよりスリークォーター気味の投球スタイル――まさに無駄を削った力強い投げ方だ。

 

 

 

 

「……お?」

 

 

 

上級生の一人が眉を動かす。

 

真田はセットポジションから鋭く踏み込み、そのまま一気に腕を振り抜いた。

 

 

 

――ビュッ!!

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

ミットへ一直線に突き刺さる速球。空ほどの豪速球ではない。だが球筋には“重さ”があった。

 

 

 

 

「お、おぉ……」

 

 

 

捕手が僅かに目を見開く。真田の球は未完成だ。コントロールも甘くフォームもまだ力任せだろう。しかし、それでもボールそのものに“気持ち”が宿っていた。

 

 

雷蔵は腕を組みながらその姿を眺めていた。

 

 

 

(……粗ぇ)

 

 

 

まず目につくのは制球の甘さ。身体の使い方もまだバラつきがある。下半身主導になり切れていないせいで、球によって出力差も大きい。変化球など論外であり投手として見れば、まだまだ素材段階だ。

 

だが――。

 

 

 

(…あの眼だ)

 

 

投手に必要な闘争心。打者をねじ伏せようとする本能というべきもの…真田にはそれがあった。

 

 

空ほど完成されてはいない。だが、逆に言えば伸び代の塊だ。鍛え方次第では、大きく化ける…いや――もしかしたら全国級にすら届き得る素材かも知れない。

 

 

 

雷蔵はニヤリと口元を歪めた。

 

 

 

(ったく……今年の一年はどうなってやがる)

 

 

 

 

「……けっ。面白ぇじゃねぇか」

 

 

 

新戦力達を目の当たりにした雷蔵は、どこか楽しそうに笑った。

 

 

その日のブルペンを最後まで見届けた後――。雷蔵は一人、部室裏のベンチへ腰を下ろしていた。夕陽がグラウンドを赤く染め、ノックの音と掛け声が遠くで響いている。

 

「……ふぅー……」

 

缶コーヒーを開けながら、雷蔵は今日見た一年達の姿を思い返していた。

 

 

 

(梅宮空……現時点で既に全国区のレベルだ)

 

 

 

技術、身体能力、球威、完成度…どれを取っても既に高校上位クラス――いや、下手をすれば都内でもトップ級に片足を突っ込んでいる。

 

普通、一年投手は身体作りから始める。球速があってもフォームが未熟、制球が甘い、スタミナ不足――必ずどこかに欠点がある。だが空は違った。

 

完成され過ぎているのだ。

 

 

 

もちろん経験不足はあるだろう。高校野球特有の空気、連戦、プレッシャー……未知数な部分は多い。

 

それでも――。

 

(今の薬師で一番勝てる投手なのは間違いなくアイツだ)

 

雷蔵は頭を掻いた。

 

 

 

 

「厄介なモン拾っちまったなぁ……」

 

 

 

言葉とは裏腹に嬉しそうに笑う雷蔵。一年でエース級…か。さすが幾多の強豪校が争奪戦になっていた逸材だ。

 

だが同時に、雷蔵は理解していた。

 

 

 

“早過ぎる起用”が怪物を壊すこともある、と。

 

 

高校野球は中学とは違う。身体の出来上がった上級生達が全力で潰しに来る世界でもある。体や精神が出来上がっていない一年に背負わせ過ぎれば、肉体も精神も簡単に壊れる。特に空のようなシニアで成績を残した選手は尚更だった。

 

 

 

(どうすっかなぁー)

 

 

春季東京都大会ーー薬師にとっては、夏へ向けた重要な実戦の場の一つである。

 

だが現時点のチームは、まだ二、三年主体で完成されている。わざわざ一年へ頼る必要も薄いのだが…

 

 

 

(夏ならともかく、春はまず土台だ)

 

 

 

空は切り札として焦って表へ出す必要はない。むしろ今は身体作りと高校野球への適応を優先すべきだろう。

 

 

だが…ある条件が噛み合えば…空を強豪校へぶつかることも考えていいのかも知れないな。

 

雷蔵は立ち上がると、メンバー表へ視線を落とした。

 

 

 

春季東京都大会登録メンバー――。そこへ並ぶのは二、三年中心の名前がズラリと書き込まれており一年で入ったのは一名ーー

 

 

 

"梅宮空"のみである

 

 

 

元々投手起用云々の前に空に関しては打撃も非凡なものを持っている。それこそ現時点でクリーンアップを担ってもおかしくないほどに。やはりあの兄にしてこの弟と言うべきなのか…この打撃能力をベンチで燻らせておくのは勿体無いと判断したのだ。

 

 

 

 

 

「……悪く思うなよ一年坊主共」

 

 

 

今はまだ、焦る時じゃない。雷蔵の口元が獰猛に吊り上がる。

 

 

 

(夏までにどこまで化けやがるか……楽しみで仕方ねぇ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後――。

 

春季東京都大会当日。

 

朝早くからこと市民球場周辺には各校の応援団、選手、保護者達が集まり、独特の熱気が漂っていた。

 

 

 

「うおぉ……」

 

 

 

スタンドを見上げながら真田が声を漏らす。

 

 

 

「これが高校野球……」

 

 

 

中学野球とは何もかもが違う。怒号のような歓声に大勢のブラスバンド達…あまりの緊張感と躍動感に魅了されていた。真田を含め一年達はベンチ外としてスタンド観戦になっていたが、それでも目は真剣そのものである。

 

 

 

 

「……居たぞ!」

 

 

一年の一人が呟く。その視線の先――薬師ベンチから一人の選手が姿を現した。

 

 

 

「おぉ……」

 

「やっぱアイツは別格だな……」

 

「一年でベンチ入りだもんな……」

 

 

 

周囲の一年達がどよめくように声を上げる。その視線の先にいたのは

 

 

 

薬師のユニフォーム

 

背番号――“18”

 

 

 

梅宮空だった。

 

 

 

「……」

 

 

 

空は騒ぎなど気にも留めず、静かにグラウンドを見つめている。その姿は一年とは思えないほど落ち着いていた。

 

 

 

「クソ……やっぱ羨ましいぜ」

 

 

 

真田が悔しそうに笑う。嫉妬が無いと言えば嘘になる。だが同時に納得もしていた。あのブルペンを見れば、誰だって理解する。

 

 

 

 

――まさに別格

 

 

 

空はベンチ前で軽く肩を回すと、そのままバットを持って素振りを始めた。

 

 

 

 

春季東京都大会の初戦…薬師の対戦相手は薬師と成績が似通った中堅校である。先発のエースは右の本格派のような投球スタイルながら球速は130キロ前後であり、変化球はスライダーのみ。

 

 

 

やがて整列した両校ナインへ、審判団が姿を現す。

 

 

 

「――集合!!」

 

 

 

球場全体の空気が一気に引き締まった。

 

 

『これより春季東京都大会、一回戦――薬師高校 対 東城学園高校の試合を開始します』

 

 

ブラスバンドが鳴り始め、歓声が重なった。相手校の選手達が守備へ散っていく。

 

雷蔵監督はニヤニヤ笑いながら打順表を眺めていた。

 

 

 

「クク……さて、暴れてこい野郎共」

 

 

 

 

 

 

1:山田

 

2:神崎

 

3.梅宮

 

4.黒川

 

5.石田

 

6.高木

 

7:橘

 

8:瀬尾

 

9:川田

 

 

 

 

 

以上が薬師ナインの打順である。組み方としては1.2番にコンパクトな打撃で足がある2人を並べ、長打率と打撃に秀でている主将と空を3.4番におく。5番にはパワーのある石田を置き、後はしぶとい打撃ができるメンバーを並べエースの3年生を9番に並べた打順となった。

 

 

 

 

 

 

『プレイボール!!!』

 

 

 

 

 

プレイボールの合図とともに先頭の山田先輩が初球を捉えセンター前に…

 

 

 

 

「おっしゃあ!ナイバッチ山!!」

 

 

「続けよリク!!」

 

 

 

 

2番の神崎先輩は声援に押さえれるかのように、2球目の甘く入ったスライダーを捉え打球は三遊間を抜けていく。

 

打球の勢いとコーチの声に反応していた山田先輩が二塁を蹴りこれで無死ランナー1.3塁のチャンスを迎える。

 

 

 

そしてここで打席に入るのはーー

 

 

 

 

『3番・センター・梅宮君』

 

 

 

「「頼むぞ梅宮ぁぁぁ!!」」

 

 

 

「「空続けよぉぉ!!」」

 

 

 

「ふっ…後は俺に任せろ」

 

 

 

 

チームメイトからの声援を背中に感じた空は相手投手を見つめながら嗤う。

 

 

 

 

(なんだコイツ…一年のくせに余裕こいてんじゃねぇ!!)

 

 

 

相手エースは空の余裕の態度が癪に障った…そして一年に打たれるわけには行かないと投げ込んだその初球ーー

 

 

 

 

ーーカキィィィィィィィィン!!

 

 

 

「っんな!?」

 

 

 

真ん中少し高めのストレートを空は強振する。打球はライト後方へフェンスダイレクトに直撃するあわやホームランかと言うような弾丸ライナーの打球であった。

 

 

そして空の打撃によりランナーは2人とも生還したことで初回から一気に3連打の猛攻を仕掛けた薬師打線

 

 

…しかし攻撃はまだ終わらない

 

 

 

 

「おぉ!?行ったかっ!?行ったぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

4番キャプテンの黒川によるダメ押しのツーランホームランで更に点差を広げる。

 

 

 

「何だお前!やりゃあ出来んじゃねぇか!!」

 

 

 

帰ってくる黒川を盛大に迎える薬師ナインと轟雷蔵。

 

 

 

(元々、うちの中じゃあ持ってるモンは抜けてたからな。…とは言え俺が教えたのなんて半年も経ってねぇぞ。)

 

 

 

事実、雷蔵が就任したのは昨年度、1月からであり本来は4月からのところ前任の関係もあり早期の就任を果たしていた。そして雷蔵の言う通り半年間の間に劇的に何かが変わったと言うと実はそうではない。

 

黒川自身元々、180センチを超える大柄な体格にベンチプレス100キロ、とパワーバッターの素質は十二分に兼ね備えていたのだが弱小校言えと言うのか、モチベーションの低下が選手の本来の実力を大幅に削り取ってしまっていたのだった。

 

そして雷蔵の言葉や言動に感化されついにベールを脱いだ打撃に1番驚いていたのは実は黒川自身だったりする。

 

 

 

 

 

 

「続けよ石田!!」「このまま突き放すぞ!!」

 

 

 

 

 

新生薬師はこの瞬間に、会場内外問わず他校にマークされることになったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は9回まで並んだ電光掲示板を見つめる。そこに並んだ数字に"両校共に"0の数字が極端に少ないのが見て取れる。

 

結果的に試合は16対10でウチが勝利したが課題は山積み。特に初回4点を先取したにも関わらずその裏で同点に追いつかれたのは痛かった。

 

現状ウチが他のチームよりも優れているものがあるとしたらそれは"打線の爆発力"…この試合でも一人が打ち出すと止まらない印象がある。…しかし逆もまた然り、投手陣は一人打たれ出すと負の連鎖と言うのか止められない印象がついてしまった。勿論相手が強かった…そう捉える声も有るだろう。

 

 

しかし、俺の目から見ても今回の相手はどこまで行っても中堅校の枠は出ないレベルでありこの程度で苦戦しているようではこれ以上上のレベルでは話にならないだろう。

 

 

まぁ何はともあれまずは初戦を勝ち抜いたことには変わりない。これは少なからず皆の自信にもつながるだろうからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって、ここは神宮球場…

 

 

 

「か、監督!」

 

 

「あん?」

 

 

「次の対戦相手が決定しました!」

 

 

 

敵チームの偵察に行っていた生徒から報告を受けるのは、ガッチリとした体格に短髪のいかにも昭和の監督のような雰囲気を漂わせた男

 

 

 

「…ほう?まぁどっちが来ようがうちの敵じゃないがな。…ちなみにどっちが上がってくるんだ?」

 

 

「薬師です…薬師高校です!!」

 

 

「ほう…薬師か。スコアは?」

 

 

「それが16対10の乱打戦を制した薬師の勝利でした」

 

 

「16対10…ね。俺から言わせてみりゃあ攻撃よりも守備がなっちゃいねぇな。野球は守り勝つことが定石!!」

 

 

「…」

 

 

「お前ら次の試合の対戦相手は薬師に決定した!!あちらさんは初戦を乱打戦の末に破ってきて勢いがあるかも知れねぇがのまれるんじゃねぇぞ!ガブっといけよガブっと!!!」

 

 

「「「はい!!!」」」

 

 

 

 

白を基調とし縦縞が入った某プロ野球チームを彷彿とさせるユニフォームを着た選手達は胸元に刻まれた「TEITO」の文字を掲げながら、"名将・岡本 一八"の言葉に気合を入れる

 

 

 

 

 

 

 

 

この春…次戦を持ってして"梅宮空"の名は関東全域を駆け巡ることになる

 

 

 

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