俺たちは試合後薬師高校のグラウンドに集められていた。すでに試合後ミーティングは球場で終わらせてきていたため、おそらく次戦に関することだと言うことは誰もが理解していた。
「おぉしテメェら俺らが勝ったおかげで次戦の相手が確定したぞ」
そう話すのは監督の雷蔵である。雷蔵はホワイトボードの近くに座りながらこちらを睨みつける
「もう分かってる思うが次の相手はーー」
雷蔵はいつもとは違う真剣な眼差しを向ける
「"帝東高校"…名門も名門、超名門であり毎年俺らとは反対…東東京の優勝候補筆頭に挙げられている奴らだ」
帝東高校――。
東東京を代表する絶対王者にして、“常勝軍団”の名を欲しいままにする超名門校。
創部から長い歴史を誇り、部員数は100名を超える大所帯。グラウンドには毎年、全国から有望選手が集まり、レギュラー争いは「一軍入りするだけで全国レベル」と言われるほど熾烈を極める。
甲子園出場回数は数多く、全国制覇の実績すら持つ東東京の覇者。都内の高校球児であれば、“帝東”の名を知らない者はいない。
彼らの野球は、派手な打ち合いではない。
鉄壁の守備。緻密な試合運び。隙を見逃さない走塁。そして何より、“勝つための野球”を徹底している。
一点を守り切る執念と、相手をじわじわ追い詰める完成度は、まさに王者そのもの。
特に守備力は全国屈指であり、監督・岡本一八の苛烈なノックによって鍛え上げられた内外野は“鉄壁”と称される。難しい打球ですら当たり前のように捌き、相手校に「ヒットゾーンが存在しない」とまで言わしめるほど。
投手陣もハイレベルで、毎年のように東京都を代表するような投手の育成に成功しているのだ。
毎年立ちはだかるその巨大な壁は、挑戦者達を何度も跳ね返してきた。
まさに――
“王者”の名が最も似合う高校である。
「相手は正真正銘文句なしの優勝候補だ!俺らが勝てる確率なんざぁ10パーもねぇだろうな」
「「「…っ…」」」
「何下向いてんだ!この前までゆとりでやってた奴らが数ヶ月で10回やって1回勝てるだけでも奇跡に近いんだよ」
(前まで負けても平然としてた奴らが試合前のオッズでこんだけ悔しがってんだ…成長してんぜ…お前ら)
(俺はお前らを勝たせてやりテェ…今はまだ敵わなくても…夏…夏の大会では甲子園に連れて行ってやりてぇ)
(ウチが夏暴れるためには次戦で布石を打っておく必要がある。そしてその為の"条件"も全てクリアしてる)
"同地区外であること"…"ライバル校に影響を与えるほどの強豪校であること"…なにより"明確に圧倒できる実力差があると俺が認識すること"
明日、東京の名門校達は知ることとなる。…自分たちを狩り得るほどの実力を有した男が名も無き高校に現れたことを
◆
「おい鳴…」
「なに雅さん」
「本当に"お前が言うほどの男"なのかそいつは」
「…うん…シニアで唯一俺に土をつけた男だからね」
神宮球場西側――。
純白のユニフォームに袖を通し、群雄割拠の西東京にて王朝を築かんと獅子奮迅の活躍を見せる帝東と評価を二分する都の白獅子軍団
"稲城実業高校"
そのユニフォームを着用する二人の男。片方は陽光を受けて淡く色づく白髪の明るい髪に、ルーキーとは思えない傲岸不遜とも取れる態度。年代の中では幾分か小柄なその男の名はーー
"成宮鳴"
中学時代、幾度となく空と激突し世代No. 1投手の座を争った稲城実業のゴールデンルーキーである
そしてそんなルーキーに連れそう男… 短く刈り込まれた黒髪に、捕手らしく厚い胸板と太い首は、ユニフォーム越しですら圧迫感を放っている。名を――原田雅功と言い名門・稲城実業で2年生ながら正捕手の座を獲得した実力者である
名門校期待のルーキーと正捕手…この二人が自らの試合前準備を削ってまでもこの会場を訪れた理由…それはーー
◆
「…薬師…か。あまり耳にしない高校だな。…そこにいるのか?お前が気にするほどの男が」
「はい。哲さん」
「ほう…"噂の中学最強投手"が無名の公立校に入学するとは」
「俺も驚きですよ…アイツなら引く手数多だった筈なのに」
神宮球場東側ーー。
コチラに佇む者達もまた西東京を代表する強者達である。蒼く澄み切ったブルーカラーをモチーフに稲実・市大とライバル高校相手に今年も全国を狙う強力打線が武器の青龍軍団
"青道高校"
そして成宮同様、"空"を最も意識するは特徴的なスポーツアイラインを着用した黒に近いダークブラウンの髪は持つ男
昨年夏、シニアリーグにおける東京都大会において唯一空からクリーンなヒットを放った天才捕手
"御幸一也"
そして両腕を組みグラウンドを見下ろす黒髪短髪の男…東京都…いや全国でもトップクラスの打力を誇るであろう青道打線においてドラフト候補である"東清国"に匹敵すると言われるほどの強打者・結城哲也
この二人もまた、いづれ自らの前に立ち塞がるであろう相手を前にその実力を改めて目にしにきたのである
「それにアイツを見にきたのは俺らだけじゃないらしいですよ」
「それは…奴らは」
御幸に促されるように見つめる先にいたのは、ライバルチームの正捕手とゴールデンルーキーの姿。向こうもまたコチラに気づいたようで目線が交差する
「それに鳴だけじゃなく他のチームもチラホラいますよ」
「…そこまでの影響力をすでに持っていると言うことか…ますます楽しみになってきたな」
◆
「プレイボール!!」
球場に主審の声が響き渡る
神宮球場――。
東東京の絶対王者・帝東高校と、無名の新興校・薬師高校の一戦。スタンドには帝東の応援席を埋め尽くす大応援団。そしてその反対側、決して多くはない薬師の応援団
誰もが思っていた。
この試合は帝東が圧倒して勝つ、と。
しかしその期待と予想は早くも裏切られることとなる
ーードパァァァァァァァァァァン!!
「っ!?」
「「「……っ…お、お、うぉぉぉぉぉ!!??」」」
「誰だあの投手!?」「何キロ出てんだよ!?」「1、1年!?」
観客のざわめきと興奮を遮るように左腕が大きく天を裂く。
踏み込んだ右足が土を噛み砕き、全身を鞭のようにしならせた瞬間――白球が指先から解き放たれた。
肩甲骨から腰、下半身まで全てを連動させて叩き込むような左のオーバースロー。腕の振りは常軌を逸して速く、リリースの瞬間には打者からボールが“消えた”ように見える。
『す、ストライクアウトッ!!』
先頭打者に対しバットに掠らせることすらさせず料理してみせた。
「…相当やべぇぞあの投手…」
「っ…そこまでか!」
「…あぁ…バットは短く持っていけ」
打ち取られた打者は後続に伝える
しかしーー
ーードパァァァァァァァァァァァァァァン!!
そんな助言すら無意味に還す圧倒的な投球。
――球速148キロ
数字だけ見れば全国には上がいるかもしれない。だが厄介なのは、その球がただ速いだけではないことだった。
「ッ……っ!?」
ミットへ突き刺さった瞬間、鈍い破裂音が球場へ響く。まるで硬球そのものが鉄塊へ変わったかのような球威。
さらに、そのボールには異様な“伸び”があった。
打者の感覚では確かに捉えたはず――なのに、気づけばバットの上を通り抜けている。弾丸のように回転しながら一直線に突き進むその球筋は、空気抵抗を抑え、失速が極端に少ない。だから打者は差し込まれる。
「くっ……!」
振り遅れた打者の声が漏れる。体感速度は表示以上に感じる。
148キロでありながら、打席では150後半にも感じる。しかも左腕特有の角度が加わることで、右打者の内角へ食い込む軌道は凶器そのものだった。
開幕前、これまでの輝かしい実績と高校ブランドにより帝東が圧勝すると誰もが思われたこの一戦はーー
『さ、三者連続三球三振っ!!!』
今年薬師に加入した男によって思わぬ形でスタートすることになったのであった。
◆
名門・帝東と新興戦力・薬師の対決は噂の一年投手・梅宮空による圧巻の投球により開幕し現在は試合の中盤…
ーードパァァァァァァァァァァァァァン!!
「また三振かよ!?」「何個目だ!?」「ていうかまだヒットって出てねぇよな!」「意地見せろよ帝東!!」
試合は現在5回の表が終了し帝東の攻撃をまたも零封した空。ここまで許したヒットは無し。ランナーすらバッターが手が出なかった際どいコースを主審に見極められての四球が一つのみ。
「ありゃあシニアん時よりも更に伸びてやがるな。…うちの誘いを蹴った奴がまさか薬師にいるとはなぁ」
そう話すは帝東監督・岡本一八である。ここまで帝東を圧倒した投手など記憶にない。それも入部僅かの一年生投手がやってのけるなど前代未聞であろう。そして何より驚きなのが…
「奴ア、未だストレート一本で勝負してきやがる」
「「「…」」」
岡本一八が話す通り、空はここまでストレートのみで帝東打線を完封している。名門校で汗水垂らしながら地獄の2年間を過ごしてきた選手達からすれば屈辱以外の何物でもないだろう
「おぉしテメェら!!いつまで腑抜けた顔してやがる!何の意図があるのかしらねぇがやつはストレートのみで勝負に来るつもりだ!帝東のユニフォームを着たお前らが舐められたまま終わるんじゃねぇ!!この回で逆転するぞ!いいなぁ!!」
「「「っ…はい!!」」」
岡本はプライドをへし折られそうになっている愛弟子達を奮い立たせようと葉っぱをかける
◆
その様子を呆れながら見ていた者がいた。
「はっ…アイツがストレートしか投げねぇからなんだってんだ…んなもん気づいてどうこう出来るレベルじゃねぇのはもう分かりきってんだろう…今更プライドだなんだと小せぇもんに拘ってっからそうなんだよ」
「「…梅ちゃん」」
そう話すのは時代にそぐわない特徴的なリーゼントに鋭く吊り上がった目つきに、不敵な笑みを浮かべた男。そして何より目を引くのは、その“圧”だろう。ただ立っているだけなのに、周囲の空気を圧倒してしまうような存在感。
この男こそ、空のライバルにして唯一対等だと認めた人物
"梅宮 聖一"
シニアNo. 1"打者"であり、空の双子の兄にあたる人物である。
「でも空もまた成長してるな」
「はっ…あんなモンまだまだアイツの全力じゃあねぇさ」
「梅ちゃんは分かるの?」
「当たり前ぇだろうが。誰がアイツのボールを受けてたと思ってんだ。…あの程度のボールなら俺なら全球スタンドにカチ込んやるところだ」
名門・帝東打線をも圧倒する投球を見せる空に対し"まだ全力ではない"と言い切る聖一
「…見せてみろ空…俺と…俺たちとの野球を捨ててまで出た行った覚悟と力をよぉ」
◆
7回表…帝東の攻撃
(…化け物め……確かにお前はスゲェよ。とても1年の投げるボールとは思えねぇ…はっきり言って俺なんかとはモノが違う…けどな俺にも"帝東"でここまでやってきた自負があんだよ!!そう簡単に行くと思うなよ!!)
「っ…名門校としてのプライドか…」
相手打者が覚悟を決めバットを短く持ち直したことを確認した雷蔵が呟く。
「…ふ〜ん…」
空は帽子のつばを軽く上げ、打席の男を見る。
短く持ち直されたバットに何としてでも食らいつこうとする眼。
まさに絶対王者の意地でも言うのか…その全てを見て――空は小さく笑った。
「いい目するようになったじゃねぇか」
「……」
「そういうのは嫌いじゃねぇよ」
風が吹く。空の左腕がだらりと下がる。そして――。
「けどな」
空の口元が僅かに歪んだ。
「覚悟決めた程度で埋まる差なら――」
一歩踏み出す。
「最初から苦労しねぇんだよ」
そしてここまで帝東打線を圧倒した空の左腕が再度振り抜かれる
「っ!?」
(っ…くそっ…ここまでしても無理なのか…)
空の投げたボールは打者のバットに掠らせず捕手のミットに収まった。覚悟を決めて尚埋まらない実力差に打者の表情には焦燥が浮かび上がる
しかし、そんなことなどお構い無しと言った勢いと投球を見せる空
ーードパァァァァァァァァァン!!
『さ、三振んん!!薬師高校1年生梅宮空が躍動します!!』
「…ふぅ…ん?」
「…はっ…」
帽子を取り頬を滴る汗を袖で拭った空はふと顔を上げる。そしてその瞳に映った人物を確認し大きく瞳を開ける。
対する男…聖一はまるで『この程度か?』とでも言いたげなしたり顔で空を見下ろす。
その瞬間、空の中で何かが変わった。
「…なんだぁ?…」
「どうかしましたか監督」
その様子にいち早く気づいたのは奇しくも帝東高校・監督の岡本一八であった。具体的に何が変わったのかは分からない。…しかしこれまで幾千・幾万もの才能のある若者を指導してきた経験が警鐘を鳴らす
「…なんだぁ…何かがおかしい…」
そしてそれは起こった
ーーバキャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!
「「っ!?」」
空気を切り裂きながら白球は捕手のミットに突き刺さった。…"先ほどまでより遥かに速い速度"で
打者と捕手が反射的に目を見開く。離れたはずの指先から放たれた白球が――見えない。
マウンドの上では空は何事もなかったかのようにロジンを払う。だが、その背中から放たれる威圧感だけは明らかに先ほどまでとは異なっているのが分かる。
空は圧倒する。覚悟を決めた名門校を諸共せずただ、己がライバルに…自らの力を誇示するように…ただ淡々と…
ーーバギャァァァァァァァァァァァァァァァン!!
『さ、三振です!…そして出ました150キロ!!…何と言う…何と言う怪物ルーキーでしょうか梅宮空!!この回帝東打線を三者連続三振に切って見せました!』
「……ふっ…そうでなきゃあ面白くねぇってもんだ」
会場中のライバル達が驚愕の表情を浮かべ唖然とする中、ただ一人空の投球に胸を躍らさせた男が存在するのであった。
次で帝東戦終了します!