最強の兄弟喧嘩   作:心ここにあらず

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九話

 

 

 

さんさんと照り続ける太陽に、どこまでも広がる透き通った青空。

 

白球が映える絶好の舞台――まさに野球日和。

 

夏の陽射しがグラウンドを照らし、吹き抜ける風が土の匂いを運ぶ。

 

 

 

 

そんな中、肝心の俺こと梅宮空は――

 

 

 

「梅宮くん!!この前の試合見たよ!!」

 

「めちゃくちゃカッコよかった!!」

 

「テレビ映ってたよね!?お父さんと見てた!!」

 

「ていうか顔も良いのに野球まで上手いとか反則じゃん!」

 

 

 

女子生徒たちが次々と俺の席へ押し寄せてくる。朝からちょっとした囲み取材状態だ。

 

きゃあきゃあ。わいわい。普段なら絶対に味わえないような騒ぎっぷりである。しかし男子たちも負けてはいなかった。

 

 

「お前マジですげぇな!」

 

「帝東相手にあそこまでやるか普通!?」

 

「完全に主人公みたいだったじゃん!」

 

「帝東って優勝候補なんだろ!」

 

 

 

肩を叩かれ、握手を求められ、気付けば教室中の視線がこちらに集まっていた。そんな盛り上がりも、一人の女子の言葉で少しだけ静まった。

 

 

「でもさ……惜しかったよね。」

 

 

その一言に周囲も少しだけ表情を曇らせる。

 

 

「あ……」

 

「うん……」

 

「あと少しだったもんね……」

 

 

 

歓声に満ちていた空気が少しだけ優しく変わった。

 

 

 

「勝たせてあげたかったなぁ……」

 

「空くん、最後まで頑張ってたのに……」

 

「本当に惜しかった。」

 

 

 

女子たちはまるで自分のことのように悔しそうな顔をしていた。すると一人の女子が笑顔を浮かべる。

 

 

「でもさ!」

 

 

皆の視線が集まる。

 

 

 

「負けたのは悔しいけど、私たちにとっては十分カッコよかったよ。」

 

「うんうん!」

 

「そうそう!」

 

「むしろもっと応援したくなった!」

 

「私が言えたことじゃないけど次は絶対勝とうね!!」

 

 

 

 

 

もうお分かりだと思うが俺たち薬師高校は敗戦した。帝東に勝利した俺たちであるが次戦の準々決勝にて中堅校相手に乱打戦に持ち込むがこちらのリリーフが打ち込まれ辛くも敗戦してしまったのだ。

 

まぁ、試合に出てない俺はともかく皆んなまだ疲れが残っており覚醒したキャプテンを除き打線が繋がらなかったのも大きな敗因の一つである。

 

 

試合には負けた。確かに悔しい。

 

それでも。

 

こうして自分のプレーを見てくれて、喜んでくれて、悔しがってくれる人たちがいる。それだけで、少しだけ救われた気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優勝は稲城か。まぁ無難っちゃ無難だな。なんの面白味もねぇが」

 

 

 

そう口にするのは監督である雷蔵だ。

 

現在俺たちは放課後グラウンドにあるバックネット前に集合していた。

 

 

 

「春の大会でも痛感させられたが俺たちに足りないものは数えちゃあキリがねぇ!!」

 

 

 

「「「…」」」

 

 

 

「投手力不足に打線の火力不足…守備はそこそこにしても点取らねぇと試合には勝てねぇんだ!!」

 

 

 

「「「はい!!!」」」

 

 

 

「俺が重点的に指導してやれんのはその二つだ!!後はテメェらで課題を見つけて取り組んでみやがれ!んで行き詰まったら俺に言ってこい!」

 

 

 

「「「はい!!!」」」

 

 

 

「つっても何でもかんでも聞いてくんじゃねえぞ!俺はWikipediaじゃねぇんだからよ!!」

 

 

 

 

 

ウチのスタイルはあくまで選手自らが考え行動し取り組むスタイルである。大まかな集団トレーニングや監督からの指示もあるものの、基本的には投手陣と野手陣で別れてるし練習方法に取り決めもない。

 

 

 

「梅宮〜!」

 

 

「あ??」

 

 

 

ミーティング後に俺の名を呼ぶ声が聞こえたので振り向くとそこに居たのは同級生の真田である。真田は少しだけ言いづらそうに頭をかいた。

 

 

 

「……ちょっと良いか?」

 

 

「ん?」

 

 

「今日から、お前の練習に混ぜてくれ。」

 

 

その一言に、空は少しだけ目を丸くする。

 

 

「俺の?」

 

「あぁ。」

 

 

真田の表情は真剣だった。

 

 

 

「この前の帝東戦を見て確信した。……もう、このチームで一番の投手はお前だ。正直、悔しかった。一年に負けたとかじゃねぇ。同じ投手として、あのマウンドを見せられて何も感じねぇ方がおかしいぜ」

 

 

真田は拳を握る。

 

 

 

「全部見て思った。俺はまだまだだ。だから教えてくれとは言わねぇ。ただ、お前が何をやってるのかを隣で見させてほしい。同じメニューをやらせてくれ。」

 

 

「…」

 

 

「追いつくため…いや——追い越すために」

 

 

 

 

空は数秒だけ真田を見つめる。

 

そして、

 

 

「別にいいけど。」

 

 

意外にもあっさり了承したのであった。

 

 

「ただ。俺の練習、結構地味でハードだけど着いて来れんのか?」

 

「望むところだ。」

 

 

真田は迷わず頷いた。そのやり取りを少し離れた場所で見ていた雷蔵がニヤリと笑う。

 

 

 

 

(いいじゃねぇか。投手同士で刺激し合うのが一番伸びる。教えられるより、自分で掴みにいく方が何倍も強くなる。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラウンドの端。他の部員が打撃練習やノックを始める中、二人だけがブルペン横のスペースへ移動する。

 

 

 

「まず何やる?」

 

 

 

真田が聞く。空はバッグからノートを取り出した。そこには練習内容がびっしり書き込まれている。

 

 

 

「毎日ほぼ同じ基礎メニュー…当たり前のことを当たり前に出来るようにする。」

 

 

「基礎?そんなんで上手くなれんのか?」

 

 

「そもそも弱い奴は基礎が固まってない。これまでリトル・シニアと多くの時間、単調な練習を真剣に繰り返してきたはずだ。」

 

 

「…」

 

 

「ノック、素振り、投球練習に走り込み、筋トレ、ストレッチ。地味な練習をどれだけ積み重ねたかで地盤が固まり地力が決まるもんだ」

 

 

「…そう言うもんか」

 

 

「試合でフォームは変えられないし誰しもが急激に上手くなるなんてそんなアニメみたいな話は存在しない…ならどうするか?」

 

 

 

真田に向かって指を立てる空

 

 

 

「普段から完成度を上げるだけ。自ら理想により完璧に近い形で」

 

 

「っ」

 

 

 

真田は思わず頷く。

 

 

 

 

「後これは俺の持論なんだが…」

 

 

 

「??」

 

 

 

「これからお前が行う中でしんどい時や辞めたくなる時…辛い時が必ずやってくるだろう。…俺でさえそうだったんだからな。」

 

 

「…」

 

 

 

「そんな時…どうするか…どう乗り切るのか」

 

 

 

「っ」

 

 

 

 

既にプロ選手のような雰囲気を漂わせている空からそこ知れぬプレッシャーを見た真田は唾を飲み込む。

 

 

 

「難しく考える必要はない…ただ"俺の中の世界一の自分"…"理想の梅宮空"ならどうするか考える」

 

 

 

「…理想…か」

 

 

 

「理想を明確に保つことは重要なプロセスであり必要な行為だと認識している。…現に俺はそうやって世代No. 1の称号を得ている」

 

 

 

 

同世代でNo. 1と語られ既にプロからも注目されているであろう空からの証言はこれほど信頼できるものはなかった。

 

 

 

 

「どんな才能ある人間もいつも常にポジティブでいられるわけじゃない。弱音を吐いたり強気になったり自信を失いそうになる瞬間は誰にだってある」

 

 

 

「…」

 

 

 

「そんな時俺はいつも聞くようにしている。今の自分じゃなく『理想の梅宮空ならどうするのか』をね。『これで満足か』『まだやれる筈だ。こんなもんじゃないだろ』『少し立ち止まっても良い』『重要なのは次の一歩を踏み出すこと』そうする事で"理想と一致しない"俺を完全否定する!!」

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

空の眼をみた真田は思わず後ずさる。"狂信者""エゴイスト"…梅宮空という人間の根底にあるのはどこまで行ってもエゴイズムな思考性である事に真田は気づく。

 

 

 

「理想を追求しろ…己に誓え…"現在と闘え"…俺に勝ちたければ"理想を現実に変える思考とイメージ"を持つんだ」

 

 

 

それは真田だけでなく空本人も自らに鼓舞し誇示しているようであった。夢を語るなんて生易しいものではない。『俺に追いつきたいなら生半可な覚悟じゃいられない』…まさしくそう伝えられているような気分に真田は陥る

 

 

 

 

「はは…イカれてるよほんと」

 

 

 

「…辞めとくか?」

 

 

 

「いんや…逆にお前のおかげで更に火がついたぜ。…俺は…必ず夏の大会で背番号を貰う。…そんでいつか必ずお前からエースナンバーを奪ってみせる!!…そっちの方が激アツだからな!!」

 

 

 

「ふっ…おもしれぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メニュー① 股関節・肩甲骨の可動域づくり(15分)

 

空はストレッチではなく、動きながら身体を温め始めた。肩甲骨を大きく回す。股関節を開閉する。片脚スクワット。

 

ランジにツイスト。体幹を捻る動き。

 

 

 

「いきなり投げないのか?」

 

 

「あぁ。投手は肩じゃなくて下半身で投げる。股関節が硬いと力が逃げる。肩甲骨が動かなきゃ腕だけで投げることになる。それが球威も落ちるし故障にも繋がる。」

 

 

真田は動きを真似する。数分で額から汗が流れ始めた。

 

 

 

「……やっべ…もうキツい。」

 

「まだ準備運動だぜ?」

 

「マジかよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メニュー② 片脚バランス(10分)

 

空は片脚で立ち目を閉じる。そのまま三十秒。全くブレない様に真田は驚く。

 

 

 

「お前……そんな揺れないもんか?」

 

「投球って片脚で立つ時間が長いから。軸足がブレたら全部ズレる。リリースも。回転も。コントロールも。」

 

 

 

真田も挑戦する。が…五秒を経過したところでぐらっと揺れ十秒を経過した途端

 

 

「うわっ!」

 

 

 

そのまま転んでしまった。

空は苦笑した。

 

 

 

「初めはそんもんだ。だから毎日やる。派手じゃないし面白くねぇけど、こう言うのが一番効くぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メニュー③ シャドーピッチング(20分)

 

 

 

 

 

 

かの有名なボクシングの世界チャンピオンはこう語った。

 

 

 

 

『ミットやスパーよりも大事なのはシャドーですよ。ただ振り抜くんじゃない。疲れるシャドーをする事。スピードにパワー、足の動き…シャドーでイメージする事でより現実に落とし込めやすくなる』

 

 

 

「シャドー(シャドーボクシング)は大事」と繰り返し話しているのには、スポーツ科学や運動学的にも理にかなった理由がある。。シャドーは「空気を殴る練習」ではなく、脳・神経・身体の動きを一致させるための練習である。

 

 

 

 

仮に毎日300球投げたとしても、フォームが崩れた状態で300球投げれば、脳はその崩れたフォームを覚えてしまう。逆に、シャドーピッチングで理想のフォームを500回反復し、そのあと30球だけ実際に投げて確認する。この方が、神経系への学習効果は高く、フォームの再現性も向上するだろう。

 

だからトップレベルの投手ほど、「たくさん投げること」よりも「正しく動くこと」を重視する。

 

投げることと、上手くなることは別だ。ただボールを投げ続けても、崩れたフォームなら崩れた動きを身体が覚えるだけ。シャドーピッチングなら、正しいフォームを何度でも反復できる。だから神経が理想の動きを覚えて、試合でも同じフォームを再現できるようになる。一流ほど『たくさん投げる』より、『正しく動く』ことを大事にしてる。ボールを投げるのは答え合わせ。シャドーピッチングは、その答えを作る練習なんだと俺は考えている。

 

 

 

 

 

ボールは持たない。鏡代わりにネットを見ながらフォームだけを繰り返す。

 

一球。また一球と…

 

 

「投げないのか?」

 

「フォームは投げるほど崩れる。だから投げる前に整える。」

 

 

 

空はゆっくり動きを止めた。

 

 

 

 

「踏み出す位置に骨盤の開くタイミング…肩の向き。肘の高さ。全部を確認する。速く動く必要はない。正しく動く。」

 

「なんとなくでやるなよ。『なんとなく』で練習するのが一番ダメだ。」

 

「人間の身体は、繰り返した動きをそのまま覚える。だから、何も考えずに100球投げれば、『何も考えずに投げるフォーム』が身につく。フォームが崩れていれば、その崩れた動きまで身体に染みつく。」

 

「一球ごとに『今日は軸足』『今日はリリース』『今日は体重移動』と目的を持って投げれば、その動きが積み重なって本当の技術になる。練習は数をこなす場所じゃない。目的を持って、一球一球の質を積み上げる場所なんだ。」

 

 

 

真田は思わず感心する。

 

 

 

 

(ここまで細かく考えてんのか。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メニュー⑤ ブルペン(30球限定)

 

 

 

 

ここにきてようやくマウンドへ。既に練習を開始して1時間以上が経過している。

 

しかし、

 

 

 

「三十球で終わり?」

 

 

 

真田は驚く。

 

 

 

「投げすぎても意味ないからな。一球一球にテーマを持つ。」

 

 

 

そう言いながら一球目をインコース低めに投じる。続いて二球目がアウトロー。三球目が高めのストレート。

 

 

 

「一球一球狙いを決める。今日は何を磨くか。何となく投げない。常に考え続けろ」

 

 

 

真田は再三息を呑む。本日何度目か分からないほどである。

 

 

 

 

(だからあれだけ試合で投げられるのか。毎日、一球を無駄にしねぇ…常に考えろ…か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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