最近は何故か味噌汁ブームが来ています。
味噌汁の具はわかめと豆腐が好みですが、皆様はどんな具がお好みですか?
初めて誤字報告を頂いたんですが、どう対応するのか分からなくて、めっちゃ焦ってしまいました。
ちゃんと使い方が分かれば凄い便利ですね。
目を通していても、意外と見落としがあるので、本当にありがたいです。
それではご覧ください。
高遠透花が苦手だった。
努力しているようには見えない。
誰かに好かれようとしているようにも見えない。
教室の中心へ入ろうともしない。
それなのに、彼女の周りには自然と人が集まる。
窓際の席で購買のパンを食べているだけなのに。
短い言葉を返しているだけなのに。
少し眠たそうな目で、静かに相手を見るだけなのに。
どうして、あの人ばかり。
そう思っていた。
だから放課後、積み上がった資料を前にして、高遠さんがこちらへ歩いてきた時も、少し腹が立った。
手伝ってほしいとは言っていない。
心配されたくもない。
自分ひとりで、きちんと終わらせられる。
そう思っていたのに。
「全部ちゃんとやろうとすると、ちゃんとしてる人から潰れるよ」
高遠さんは、あまりにも静かな声でそう言った。
責めるでもなく。
励ますでもなく。
まるで、ずっと前から知っていたことを確認するみたいに。
その言葉が、帰宅したあとも耳から離れなかった。
見抜かれたくなかった。
努力していることも。
断れないことも。
少し疲れていることも。
まして、あの人にだけは。
そう思っているはずなのに、翌朝。
教室の扉が開くたび、私は無意識に顔を上げていた。
最初に高遠さんを意識したのは、入学式の日だった。
教室へ入ってきた瞬間、何人かが会話を止めた。
高い身長。
長い手足。
制服の上からでも分かる、整った体の線。
黒に近いダークブラウンの髪は、胸元に届く少し手前で真っ直ぐに揃えられている。
派手な髪型ではない。
化粧も目立たない。
それなのに、窓から差し込む光を受けると、髪の表面だけが柔らかく艶めいた。
立っているだけで目立つ。
本人は、それを喜んでいるようには見えなかった。
座席表を確認し、窓際の席へ向かい、静かに鞄を置く。
迷いのない動作。
必要以上に周囲を見回さない。
誰かへ愛想を振りまくこともない。
自己紹介も短かった。
「高遠透花です。出身は東中です。よろしくお願いします」
それだけ。
名前と出身中学。
必要最低限の言葉。
声は落ち着いていた。
大きくはないのに、教室の後ろまで自然に届く。
柔らかいのに、妙に耳へ残る声だった。
あまりにも無難だったからこそ、少し腹が立った。
私は前日から、自己紹介で何を言うか考えていた。
長すぎれば印象が悪い。
短すぎれば話しかけにくい。
委員や係を任された時にも困らないよう、真面目すぎず、でも軽すぎない内容にする。
何度も頭の中で整えた。
それなのに高遠さんは、何も狙っていないような顔で、ただ名前を言っただけだった。
なのに、何人もの生徒が彼女を目で追った。
不公平だと思った。
数日経っても、印象は変わらなかった。
高遠さんは、授業中も静かだった。
姿勢は崩しすぎない。
かといって、白河さんのように真面目すぎる、と陰で言われるほど張り詰めてもいない。
ノートは必要なところだけ取る。
先生に当てられれば、簡潔に答える。
休み時間になれば、窓際で外を眺めるか、購買のパンを選んでいる。
力が抜けている。
それなのに、だらしなくは見えない。
朝比奈さんは、そんな高遠さんのそばにいる。
明るくて、よく笑って、距離が近い。
幼馴染らしい。
小日向さんも、最近は昼休みになると高遠さんの隣へ椅子を運んでいる。
「透花ちゃん、今日も隣ね」
そう言って笑う小日向さんに、高遠さんは困ったように目元をわずかに緩めるだけだ。
拒まない。
でも、自分から引き寄せようともしない。
その距離感が、私には分からなかった。
どうして、あれで人が集まるのだろう。
私は、きちんとしていなければ不安になる。
提出物を忘れない。
先生に頼まれたことは、できるだけ引き受ける。
誰かが困っていれば、先に動く。
任されたことは、最後まで終わらせる。
そうしていれば、少なくとも間違いはない。
努力した分だけ、結果は整う。
そう思っていた。
なのに、高遠さんは違う。
無理をしているように見えない。
焦っているようにも見えない。
それなのに、彼女の周りだけ空気が柔らかい。
まるで、頑張らなくても大丈夫だと、存在そのもので言っているみたいだった。
それが、腹立たしかった。
放課後。
宮原先生に頼まれた資料は、思っていたより多かった。
提出物を種類ごとに分ける。
係決めの一覧を確認する。
掲示用の紙をまとめる。
一つ一つは難しくない。
少し時間がかかるだけだ。
「ごめんね、白河さん。先生もすぐ戻るから。分けるだけでいいからね」
「大丈夫です。これくらいなら、すぐ終わります」
いつものように答えた。
大丈夫。
本当に、できない量ではない。
少し疲れていたとしても。
帰宅後に予習をしなくてはいけなくても。
今日中に確認したい課題が残っていても。
これくらいなら、終わらせられる。
床へ落ちたプリントを拾っていると、朝比奈さんが近づいてきた。
「手伝おうか?」
「大丈夫です。もう拾い終わりますから」
断った。
頼まれたのは私だ。
私がやるべきだ。
そう思っていた。
でも、その直後。
「白河さん」
声がした。
顔を上げる。
高遠さんが立っていた。
窓から入る夕方の光が、長い髪の端に淡く落ちている。
少し眠そうに見える目元。
感情を大きく表に出さない顔。
それなのに、こちらを見ている視線だけは思ったより真っ直ぐだった。
なぜか、身構えた。
「……何ですか」
高遠さんは床のプリントを拾い、種類ごとに分け始めた。
「これ、どれと同じ?」
「その青い資料は、こちらです」
「分かった」
それだけ。
勝手に手伝い始めるわけでもない。
過剰に心配するわけでもない。
必要なことだけ聞いて、自然に動く。
朝比奈さんと小日向さんも加わり、紙の束はすぐに整っていった。
「本当に、大丈夫だったのですが」
思わず言った。
すると、高遠さんは資料を揃えながら答えた。
「早く終わる方が楽だから」
あまりにも簡単に。
まるで、私がひとりで抱える理由など最初から存在しないみたいに。
「私が頼まれた仕事です」
少し強い声になった。
「うん」
「ですから、私がやります」
高遠さんは、怒らなかった。
反論もしない。
ただ、教卓の上に積まれた資料を見て、それから私の机へ視線を向けた。
開いたままのノート。
途中で止まった文字。
帰宅後に続きを確認するつもりだった課題。
見られた。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
「白河さん、ほかにも頼まれてる?」
「……別に、大したことではありません」
「係決めの集計と、資料分けと、掲示物?」
「それくらいです」
「それくらい、が増えると面倒だよ」
責められているわけではない。
なのに、落ち着かない。
高遠さんの声は静かだった。
淡々としている。
それなのに、逃げ道がない。
私が隠していた疲れも。
これくらいなら平気だと、自分へ言い聞かせていたことも。
全部、見られているような気がした。
「全部ちゃんとやろうとすると、ちゃんとしてる人から潰れるよ」
息が止まった。
潰れる。
そんな大げさな言葉。
係の仕事を少し引き受けただけだ。
資料を整理しているだけだ。
それなのに。
どうして、そんなことを言うのだろう。
どうして、今の私へ向けて、その言葉を選ぶのだろう。
胸の奥に、痛いほど刺さった。
私は、誰かに褒めてほしかったわけではない。
心配してほしかったわけでもない。
ただ、きちんとしていたかった。
頼られる自分でいたかった。
できる自分でいたかった。
そうしていれば、価値があると思えたから。
でも、高遠さんは、できるかどうかを聞かなかった。
できるからこそ、全部やる必要はないと言った。
その言葉が、悔しかった。
私が何度も考えて。
何度も自分へ言い聞かせても。
結局、できなかったことを。
高遠さんは、あまりにも自然に口にした。
「高遠さんは」
気づけば、声が出ていた。
「いつも、そうやって簡単に言えるのですね」
高遠さんがこちらを見る。
「簡単?」
「力を抜けばいい。任せればいい。焦らなくていい」
止められなかった。
「自分は余裕があるから、そう言えるのではありませんか」
言ってから、後悔した。
八つ当たりだ。
分かっている。
でも、高遠さんは怒らなかった。
少しだけ考えるように目を伏せる。
長いまつ毛が、夕方の光の中で影を落とした。
「余裕があるというより」
高遠さんは静かに言った。
「余裕がなくなるまでやらないだけ」
その声は、先ほどより少し低かった。
「できることでも、全部引き受けたら終わらないから」
胸が詰まった。
また、負けたと思った。
何に負けたのかは分からない。
成績ではない。
仕事の速さでもない。
もっと別のもの。
私が必死に整えようとしているものを、高遠さんはずっと前から知っているように見えた。
私が手に入れたい余裕を、彼女は最初から持っているように見えた。
悔しい。
悔しいのに。
少しだけ、安心した。
「白河さんも、今日は帰っていいと思う」
そう言われて、何かがほどけそうになった。
帰っていい。
それだけの言葉。
なのに、胸の奥が熱くなる。
私は視線を落とした。
「……ありがとうございます」
それ以上は言えなかった。
帰宅しても、高遠さんの言葉が離れなかった。
机に向かう。
教科書を開く。
けれど、文字がなかなか頭へ入らない。
全部ちゃんとやろうとすると、ちゃんとしてる人から潰れるよ。
余裕がなくなるまでやらないだけ。
何度も思い出す。
静かな声。
少し眠そうな目元。
こちらを責めなかった表情。
どうして、あんな顔で言えるのだろう。
どうして、あれほど自然に人の弱いところへ触れられるのだろう。
違う。
弱いところではない。
私は弱くない。
少し疲れていただけだ。
それなのに。
高遠さんに見つけられた瞬間だけ、隠していたものが急に形を持った気がした。
見抜かれたくなかった。
でも。
もし、また同じように気づいてくれたら。
そんなことを考えてしまった自分が、一番腹立たしかった。
翌朝。
教室の扉が開く音に、何度も顔を上げた。
まだ来ない。
違う。
別に待っているわけではない。
昨日、手伝ってもらったのだから、挨拶くらいはするべきだと思っただけだ。
そう自分へ言い聞かせていると、教室の前方の扉が開いた。
高遠さんが入ってくる。
長い髪が、歩くたびに肩の後ろで静かに揺れる。
相変わらず眠そうに見える目元。
けれど、ぼんやりしているわけではない。
教室の中を一度だけ見渡し、自分の席へ向かう。
その途中で、目が合った。
心臓が、少しだけ跳ねた。
何を言えばいい。
昨日のお礼は、もう言った。
改めて話しかける理由などない。
でも、高遠さんはこのまま通り過ぎる。
それが、なぜか少し嫌だった。
「……おはようございます、高遠さん」
気づけば、先に声をかけていた。
高遠さんは足を止める。
「おはよう、白河さん」
柔らかい声。
たったそれだけで、昨日から胸に残っていた重さが少し軽くなる。
それが悔しい。
「何かある?」
見すぎていたらしい。
「いいえ」
慌てて答える。
でも、そのまま終わらせたくなかった。
何か一つ。
話しかける理由が欲しい。
「ただ、少し顔色が悪く見えただけです」
言った瞬間、自分でも不自然だと思った。
高遠さんは少しだけ目を瞬く。
「そう?」
「寝不足ではありませんか」
「たぶん大丈夫」
「そうですか」
会話は終わった。
それなのに、高遠さんは少しだけ不思議そうな顔でこちらを見ている。
視線を逸らす。
教科書を開く。
文字を追う。
でも、内容はほとんど頭に入らなかった。
高遠さんが自分の席へ向かう気配だけが、妙に近く感じられる。
悔しい。
昨日までは、ただ苦手だった。
努力していないように見えるのに、周囲から好かれる人。
余裕があるように見える人。
見ていると、自分の足りないところばかり意識させられる人。
今も、苦手だ。
たぶん。
けれど、昨日とは少し違う。
高遠さんに見られると、落ち着かない。
声をかけられると、嬉しい。
目が合うと、逸らしたくなる。
逸らしたあとで、もう一度見たくなる。
どうして。
私は教科書へ視線を落としたまま、そっと息を吐いた。
高遠さんは、たぶん何も分かっていない。
昨日の言葉も。
今朝の挨拶も。
きっと本人にとっては、大したことではない。
それが、さらに悔しい。
私だけが、昨日から何度も思い出している。
私だけが、教室の扉が開くたび顔を上げている。
私だけが、たった一言の挨拶で安心している。
完全に、負けている。
何に負けたのかは、やはり分からない。
それでも私は、教科書を開いたまま、もう一度だけ窓際の席へ視線を向けた。
高遠さんは、いつものように静かな顔で鞄を開いている。
何も知らない顔で。
その横顔を見て、胸の奥にまた小さな熱が残った。
見抜かれたくなかった。
でも。
もう一度くらいなら。
ほんの少しだけなら。
また、見つけてもらいたいと思ってしまった。
マケイン(沼堕ち)系の白河さんでした。