TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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最近は何故か味噌汁ブームが来ています。
味噌汁の具はわかめと豆腐が好みですが、皆様はどんな具がお好みですか?

初めて誤字報告を頂いたんですが、どう対応するのか分からなくて、めっちゃ焦ってしまいました。
ちゃんと使い方が分かれば凄い便利ですね。
目を通していても、意外と見落としがあるので、本当にありがたいです。

それではご覧ください。



第10話 優等生は見抜かれたくなかった

高遠透花が苦手だった。

 

努力しているようには見えない。

誰かに好かれようとしているようにも見えない。

教室の中心へ入ろうともしない。

 

それなのに、彼女の周りには自然と人が集まる。

 

窓際の席で購買のパンを食べているだけなのに。

短い言葉を返しているだけなのに。

少し眠たそうな目で、静かに相手を見るだけなのに。

 

どうして、あの人ばかり。

 

そう思っていた。

 

だから放課後、積み上がった資料を前にして、高遠さんがこちらへ歩いてきた時も、少し腹が立った。

 

手伝ってほしいとは言っていない。

心配されたくもない。

自分ひとりで、きちんと終わらせられる。

 

そう思っていたのに。

 

「全部ちゃんとやろうとすると、ちゃんとしてる人から潰れるよ」

 

高遠さんは、あまりにも静かな声でそう言った。

 

責めるでもなく。

励ますでもなく。

まるで、ずっと前から知っていたことを確認するみたいに。

 

その言葉が、帰宅したあとも耳から離れなかった。

 

見抜かれたくなかった。

 

努力していることも。

断れないことも。

少し疲れていることも。

 

まして、あの人にだけは。

 

そう思っているはずなのに、翌朝。

 

教室の扉が開くたび、私は無意識に顔を上げていた。

 

 

♢

 

 

最初に高遠さんを意識したのは、入学式の日だった。

 

教室へ入ってきた瞬間、何人かが会話を止めた。

 

高い身長。

長い手足。

制服の上からでも分かる、整った体の線。

 

黒に近いダークブラウンの髪は、胸元に届く少し手前で真っ直ぐに揃えられている。

派手な髪型ではない。

化粧も目立たない。

それなのに、窓から差し込む光を受けると、髪の表面だけが柔らかく艶めいた。

 

立っているだけで目立つ。

 

本人は、それを喜んでいるようには見えなかった。

 

座席表を確認し、窓際の席へ向かい、静かに鞄を置く。

 

迷いのない動作。

必要以上に周囲を見回さない。

誰かへ愛想を振りまくこともない。

 

自己紹介も短かった。

 

「高遠透花です。出身は東中です。よろしくお願いします」

 

それだけ。

 

名前と出身中学。

必要最低限の言葉。

 

声は落ち着いていた。

大きくはないのに、教室の隅々まで自然に届く。

柔らかいのに、妙に耳へ残る声だった。

 

あまりにも無難だったからこそ、少し腹が立った。

 

私は前日から、自己紹介で何を言うか考えていた。

 

長すぎれば印象が悪い。

短すぎれば話しかけにくい。

委員や係を任された時にも困らないよう、真面目すぎず、でも軽すぎない内容にする。

 

何度も頭の中で整えた。

 

それなのに高遠さんは、何も狙っていないような顔で、ただ名前を言っただけだった。

 

なのに、何人もの生徒が彼女を目で追った。

 

不公平だと思った。

 

 

♢

 

 

数日経っても、印象は変わらなかった。

 

高遠さんは、授業中も静かだった。

 

姿勢は崩しすぎない。

かといって、白河さんのように真面目すぎる、と陰で言われるほど張り詰めてもいない。

 

ノートは必要なところだけ取る。

先生に当てられれば、簡潔に答える。

休み時間になれば、窓際で外を眺めるか、購買のパンを選んでいる。

 

力が抜けている。

 

それなのに、だらしなくは見えない。

 

朝比奈さんは、そんな高遠さんのそばにいる。

 

明るくて、よく笑って、距離が近い。

幼馴染らしい。

 

小日向さんも、最近は昼休みになると高遠さんの隣へ椅子を運んでいる。

 

「透花ちゃん、今日も隣ね」

 

そう言って笑う小日向さんに、高遠さんは困ったように目元をわずかに緩めるだけだ。

 

拒まない。

 

でも、自分から引き寄せようともしない。

 

その距離感が、私には分からなかった。

 

どうして、あれで人が集まるのだろう。

 

私は、きちんとしていなければ不安になる。

 

提出物を忘れない。

先生に頼まれたことは、できるだけ引き受ける。

誰かが困っていれば、先に動く。

任されたことは、最後まで終わらせる。

 

そうしていれば、少なくとも間違いはない。

 

努力した分だけ、結果は整う。

 

そう思っていた。

 

なのに、高遠さんは違う。

 

無理をしているように見えない。

焦っているようにも見えない。

 

それなのに、彼女の周りだけ空気が柔らかい。

 

まるで、頑張らなくても大丈夫だと、存在そのもので言っているみたいだった。

 

それが、腹立たしかった。

 

 

♢

 

 

放課後。

 

宮原先生に頼まれた資料は、思っていたより多かった。

 

提出物を種類ごとに分ける。

係決めの一覧を確認する。

掲示用の紙をまとめる。

 

一つ一つは難しくない。

 

少し時間がかかるだけだ。

 

「ごめんね、白河さん。先生もすぐ戻るから。分けるだけでいいからね」

 

「大丈夫です。これくらいなら、すぐ終わります」

 

いつものように答えた。

 

大丈夫。

 

本当に、できない量ではない。

 

少し疲れていたとしても。

帰宅後に予習をしなくてはいけなくても。

今日中に確認したい課題が残っていても。

 

これくらいなら、終わらせられる。

 

床へ落ちたプリントを拾っていると、朝比奈さんが近づいてきた。

 

「手伝おうか?」

 

「大丈夫です。もう拾い終わりますから」

 

断った。

 

頼まれたのは私だ。

 

私がやるべきだ。

 

そう思っていた。

 

でも、その直後。

 

「白河さん」

 

声がした。

 

顔を上げる。

 

高遠さんが立っていた。

 

窓から入る夕方の光が、長い髪の端に淡く落ちている。

少し眠そうに見える目元。

感情を大きく表に出さない顔。

 

それなのに、こちらを見ている視線だけは思ったより真っ直ぐだった。

 

なぜか、身構えた。

 

「……何ですか」

 

高遠さんは床のプリントを拾い、種類ごとに分け始めた。

 

「これ、どれと同じ?」

 

「その青い資料は、こちらです」

 

「分かった」

 

それだけ。

 

勝手に手伝い始めるわけでもない。

過剰に心配するわけでもない。

 

必要なことだけ聞いて、自然に動く。

 

朝比奈さんと小日向さんも加わり、紙の束はすぐに整っていった。

 

「本当に、大丈夫だったのですが」

 

思わず言った。

 

すると、高遠さんは資料を揃えながら答えた。

 

「早く終わる方が楽だから」

 

あまりにも簡単に。

 

まるで、私がひとりで抱える理由など最初から存在しないみたいに。

 

「私が頼まれた仕事です」

 

少し強い声になった。

 

「うん」

 

「ですから、私がやります」

 

高遠さんは、怒らなかった。

 

反論もしない。

 

ただ、教卓の上に積まれた資料を見て、それから私の机へ視線を向けた。

 

開いたままのノート。

途中で止まった文字。

帰宅後に続きを確認するつもりだった課題。

 

見られた。

 

そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。

 

「白河さん、ほかにも頼まれてる?」

 

「……別に、大したことではありません」

 

「係決めの集計と、資料分けと、掲示物?」

 

「それくらいです」

 

「それくらい、が増えると面倒だよ」

 

責められているわけではない。

 

なのに、落ち着かない。

 

高遠さんの声は静かだった。

 

淡々としている。

 

それなのに、逃げ道がない。

 

私が隠していた疲れも。

これくらいなら平気だと、自分へ言い聞かせていたことも。

 

全部、見られているような気がした。

 

「全部ちゃんとやろうとすると、ちゃんとしてる人から潰れるよ」

 

息が止まった。

 

潰れる。

 

そんな大げさな言葉。

 

係の仕事を少し引き受けただけだ。

資料を整理しているだけだ。

 

それなのに。

 

どうして、そんなことを言うのだろう。

 

どうして、今の私へ向けて、その言葉を選ぶのだろう。

 

胸の奥に、痛いほど刺さった。

 

私は、誰かに褒めてほしかったわけではない。

 

心配してほしかったわけでもない。

 

ただ、きちんとしていたかった。

 

頼られる自分でいたかった。

 

できる自分でいたかった。

 

そうしていれば、価値があると思えたから。

 

でも、高遠さんは、できるかどうかを聞かなかった。

 

できるからこそ、全部やる必要はないと言った。

 

その言葉が、悔しかった。

 

私が何度も考えて。

何度も自分へ言い聞かせても。

結局、できなかったことを。

 

高遠さんは、あまりにも自然に口にした。

 

「高遠さんは」

 

気づけば、声が出ていた。

 

「いつも、そうやって簡単に言えるのですね」

 

高遠さんがこちらを見る。

 

「簡単?」

 

「力を抜けばいい。任せればいい。焦らなくていい」

 

止められなかった。

 

「自分は余裕があるから、そう言えるのではありませんか」

 

言ってから、後悔した。

 

八つ当たりだ。

 

分かっている。

 

でも、高遠さんは怒らなかった。

 

少しだけ考えるように目を伏せる。

 

長いまつ毛が、夕方の光の中で影を落とした。

 

「余裕があるというより」

 

高遠さんは静かに言った。

 

「余裕がなくなるまでやらないだけ」

 

その声は、先ほどより少し低かった。

 

「できることでも、全部引き受けたら終わらないから」

 

胸が詰まった。

 

また、負けたと思った。

 

何に負けたのかは分からない。

 

成績ではない。

仕事の速さでもない。

 

もっと別のもの。

 

私が必死に整えようとしているものを、高遠さんはずっと前から知っているように見えた。

 

私が手に入れたい余裕を、彼女は最初から持っているように見えた。

 

悔しい。

 

悔しいのに。

 

少しだけ、安心した。

 

「白河さんも、今日は帰っていいと思う」

 

そう言われて、何かがほどけそうになった。

 

帰っていい。

 

それだけの言葉。

 

なのに、胸の奥が熱くなる。

 

私は視線を落とした。

 

「……ありがとうございます」

 

それ以上は言えなかった。

 

 

♢

 

 

帰宅しても、高遠さんの言葉が離れなかった。

 

机に向かう。

 

教科書を開く。

 

けれど、文字がなかなか頭へ入らない。

 

全部ちゃんとやろうとすると、ちゃんとしてる人から潰れるよ。

 

余裕がなくなるまでやらないだけ。

 

何度も思い出す。

 

静かな声。

少し眠そうな目元。

こちらを責めなかった表情。

 

どうして、あんな顔で言えるのだろう。

 

どうして、あれほど自然に人の弱いところへ触れられるのだろう。

 

違う。

 

弱いところではない。

 

私は弱くない。

 

少し疲れていただけだ。

 

それなのに。

 

高遠さんに見つけられた瞬間だけ、隠していたものが急に形を持った気がした。

 

見抜かれたくなかった。

 

でも。

 

もし、また同じように気づいてくれたら。

 

そんなことを考えてしまった自分が、一番腹立たしかった。

 

♢

 

翌朝。

 

教室の扉が開く音に、何度も顔を上げた。

 

まだ来ない。

 

違う。

 

別に待っているわけではない。

 

昨日、手伝ってもらったのだから、挨拶くらいはするべきだと思っただけだ。

 

そう自分へ言い聞かせていると、教室の前方の扉が開いた。

 

高遠さんが入ってくる。

 

長い髪が、歩くたびに肩の後ろで静かに揺れる。

相変わらず眠そうに見える目元。

けれど、ぼんやりしているわけではない。

 

教室の中を一度だけ見渡し、自分の席へ向かう。

 

その途中で、目が合った。

 

心臓が、少しだけ跳ねた。

 

何を言えばいい。

 

昨日のお礼は、もう言った。

 

改めて話しかける理由などない。

 

でも、高遠さんはこのまま通り過ぎる。

 

それが、なぜか少し嫌だった。

 

「……おはようございます、高遠さん」

 

気づけば、先に声をかけていた。

 

高遠さんは足を止める。

 

「おはよう、白河さん」

 

柔らかい声。

 

たったそれだけで、昨日から胸に残っていた重さが少し軽くなる。

 

それが悔しい。

 

「何かある?」

 

見すぎていたらしい。

 

「いいえ」

 

慌てて答える。

 

でも、そのまま終わらせたくなかった。

 

何か一つ。

話しかける理由が欲しい。

 

「ただ、少し顔色が悪く見えただけです」

 

言った瞬間、自分でも不自然だと思った。

 

高遠さんは少しだけ目を瞬く。

 

「そう?」

 

「寝不足ではありませんか」

 

「たぶん大丈夫」

 

「そうですか」

 

会話は終わった。

 

それなのに、高遠さんは少しだけ不思議そうな顔でこちらを見ている。

 

視線を逸らす。

 

教科書を開く。

 

文字を追う。

 

でも、内容はほとんど頭に入らなかった。

 

高遠さんが自分の席へ向かう気配だけが、妙に近く感じられる。

 

悔しい。

 

昨日までは、ただ苦手だった。

 

努力していないように見えるのに、周囲から好かれる人。

余裕があるように見える人。

見ていると、自分の足りないところばかり意識させられる人。

 

今も、苦手だ。

 

たぶん。

 

けれど、昨日とは少し違う。

 

高遠さんに見られると、落ち着かない。

 

声をかけられると、嬉しい。

 

目が合うと、逸らしたくなる。

 

逸らしたあとで、もう一度見たくなる。

 

どうして。

 

私は教科書へ視線を落としたまま、そっと息を吐いた。

 

高遠さんは、たぶん何も分かっていない。

 

昨日の言葉も。

今朝の挨拶も。

 

きっと本人にとっては、大したことではない。

 

それが、さらに悔しい。

 

私だけが、昨日から何度も思い出している。

 

私だけが、教室の扉が開くたび顔を上げている。

 

私だけが、たった一言の挨拶で安心している。

 

完全に、負けている。

 

何に負けたのかは、やはり分からない。

 

それでも私は、教科書を開いたまま、もう一度だけ窓際の席へ視線を向けた。

 

高遠さんは、いつものように静かな顔で鞄を開いている。

 

何も知らない顔で。

 

その横顔を見て、胸の奥にまた小さな熱が残った。

 

見抜かれたくなかった。

 

でも。

 

もう一度くらいなら。

 

ほんの少しだけなら。

 

また、見つけてもらいたいと思ってしまった。




マケイン(沼堕ち)系の白河さんでした。
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