TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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第11話 幼馴染は独占したい

 

高校生活が始まってから、俺の周囲は少しずつ騒がしくなっていた。

 

昼休みになると、小日向さんが当然のように隣へ座る。

白河さんは以前より頻繁にこちらを気にするようになった。

瀬尾さんは何かを察した顔で、少し離れたところから面白そうに眺めている。

 

そして千夏は、最近になって妙に俺の予定を確認する。

 

「透花、今日の放課後は?」

 

「特に何もないけど」

 

「じゃあ、一緒に帰るから」

 

「約束してた?」

 

「今した」

 

即決だった。

 

千夏は満足そうに頷きかけて、ふと俺を見る。

 

「……何か予定できたら、そっち優先していいけど」

 

「いや、ないよ」

 

「なら決まり」

 

今度こそ満足したらしい。

 

幼馴染というものは、いつから予定管理まで担当するようになったのだろう。

 

まあ、帰る方向は同じだ。

俺としても千夏と帰るのは嫌ではない。

 

なので、異議はない。

 

ただ、その時の千夏が確かめたかったのは、帰宅経路ではなかったらしい。

 

♢

 

昼休み。

 

購買から戻ると、窓際の俺の席には、すでに見慣れた椅子が一脚増えていた。

 

「透花ちゃん、おかえり」

 

小日向さんが笑顔で手を振る。

 

「ただいま」

 

「今日は何買ったの?」

 

「焼きカレーパン」

 

「おいしそう。一口ちょうだい」

 

「一口なら」

 

教科書を避け、机の上へパンの袋を置く。

 

小日向さんが俺の左側へ椅子を寄せる。

この数日で、すっかり定位置になっていた。

 

右側からも椅子を引く音がする。

 

「今日は最初から、あたしもこっちで食べるから」

 

千夏が弁当箱を抱えて座った。

 

「お弁当組の机はいいの?」

 

「ここで食べる」

 

「そう」

 

本人がいいなら問題はない。

 

俺は焼きカレーパンの袋を開けた。

揚げていない分、普通のカレーパンより少し軽い。

昼から胃を酷使しない。

なかなか理性的な商品である。

 

「透花ちゃん、それ本当においしい?」

 

小日向さんが覗き込む。

 

「たぶん当たり」

 

「じゃあ、約束の一口」

 

差し出された手のひらへ、小さくちぎったパンを乗せる。

 

「あ、おいしい」

 

小日向さんの顔が、ぱっと明るくなった。

 

「でしょ」

 

「明日、私も買おうかな」

 

「数が少なかったから、早めに行った方がいいよ」

 

何気なく答える。

 

その横で、千夏の箸が止まった。

 

ほんの一瞬だけだった。

 

すぐに卵焼きをつまみ、俺の方へ差し出す。

 

「透花」

 

「なに?」

 

「あたしのも食べる?」

 

「いいの?」

 

「パン一口」

 

なるほど。

 

交換条件らしい。

 

俺は千夏へパンを渡し、代わりに卵焼きを受け取った。

 

甘めの味付け。

昔から変わらない。

 

「おいしい」

 

「でしょ」

 

千夏は満足そうに笑った。

 

小日向さんが、左右を見比べる。

 

「二人って、本当に幼馴染なんだね」

 

「そうだよ」

 

答えたのは千夏だった。

 

いつもより少しだけ早い。

 

「小さい頃から一緒だから。透花の好みも、大体分かるし」

 

「へえ」

 

小日向さんは面白そうに笑う。

 

「じゃあ、購買の新作パンを選ぶのも知ってた?」

 

「それは最近」

 

「透花ちゃん、意外と新しいもの好きだよね」

 

「日常に適度な刺激は必要だから」

 

俺が答えると、小日向さんが笑った。

 

「そういうところ、かわいい」

 

「かわいい?」

 

「うん。見た目はすごく落ち着いてるのに、パンの新作をちょっと楽しみにしてるところ」

 

どう返すべきか分からない。

 

パンを楽しみにする程度で評価が変動するとは思わなかった。

 

俺が首を傾げていると、右隣から視線を感じた。

 

千夏がこちらを見ている。

 

口元は笑っている。

ただ、箸の先で卵焼きを少し強めにつまんでいた。

 

「千夏?」

 

「なに?」

 

「卵焼き、崩れそう」

 

「……透花がぼんやりしてるから」

 

理不尽では?

 

何かを聞こうとしたところで、机の前に人影が差した。

 

「高遠さん」

 

顔を上げる。

 

白河さんが、プリントを一枚持って立っていた。

 

今日も背筋が伸びている。

黒髪は真っ直ぐ肩の後ろへ流れ、表情も普段通り整っている。

 

ただ、声をかけたあと、わずかに迷うような間があった。

 

「昨日の係決めの一覧ですが、確認していただけますか」

 

「私が?」

 

「四人で整理した際、高遠さんも内容を見ていたので」

 

なるほど。

 

俺はパンを置き、プリントを受け取った。

 

空欄になっていた箇所が埋められている。

名前の重複もない。

 

「大丈夫だと思う」

 

「そうですか」

 

白河さんは頷く。

 

それで話は終わったはずだった。

 

だが、立ち去らない。

 

「白河さん?」

 

「……いえ」

 

白河さんの視線が、俺の手元へ落ちる。

 

「昼食中に、すみませんでした」

 

「気にしなくていいよ」

 

「ありがとうございます」

 

短く頭を下げ、ようやく自分の席へ戻っていく。

 

少し離れたところで、瀬尾さんがこちらを見ていた。

 

目が合う。

 

瀬尾さんは何も言わず、口元だけで笑った。

また何か妙な解釈をしていそうだ。

アニメやゲームであれば、情報通のキャラとして登場しているだろう。

 

「透花ちゃん」

 

左側から、小日向さんが声をかける。

 

「白河さんと、最近よく話すね」

 

「係の書類を手伝ったから」

 

「ふうん」

 

右側からも、声が飛んでくる。

 

「昨日、白河さんと何かあったの?」

 

千夏だった。

 

「だから、プリントを分けた」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

なぜ同じ質問を二方向から受けているのだろう。

妙な圧迫感を感じる。

 

俺は焼きカレーパンを一口食べた。

 

おいしい。

 

少なくとも、パンには余計な含みがない。

 

「透花ちゃんって、さらっと人を助けるよね」

 

小日向さんが言う。

 

「放っておくと、あとで面倒になるから」

 

「そういう言い方するけど、普通は気づいても動かない人もいるよ」

 

「それは自由でしょ」

 

「ほら、そういうところ」

 

また分からない評価を受けた。

 

千夏は黙っている。

 

いつもなら何か言いそうな場面だ。

 

横を見ると、弁当箱へ視線を落としていた。

 

表情は普通に見える。

 

けれど、何となく静かだった。

 

「千夏」

 

「なに?」

 

「今日、一緒に帰るんだよね」

 

声をかけると、千夏が顔を上げた。

 

一瞬だけ目を丸くする。

 

それから、少しだけ口元を緩めた。

 

「うん。帰る」

 

機嫌が直ったらしい。

 

理由は分からない。

 

だが、昼休みの空気が少し軽くなったので、ひとまずよしとする。

 

♢

 

放課後。

 

帰りのホームルームが終わると、千夏はすぐに俺の席へ来た。

 

「透花、帰るよ」

 

「少し待って。鞄を閉めるから」

 

「早く」

 

「急いでる?」

 

「別に」

 

急いでいるように見える。

 

机の横では、小日向さんがこちらを見上げていた。

 

「透花ちゃん、今日は朝比奈さんと帰るの?」

 

「そうみたい」

 

「そうみたいって」

 

千夏が少しだけ眉を寄せる。

 

「朝に約束したでしょ」

 

「うん。覚えてる」

 

「ならいいけど」

 

小日向さんは、俺と千夏を交互に見たあと、柔らかく笑った。

 

「じゃあ、また明日ね。透花ちゃん」

 

「また明日」

 

「莉子も、また明日」

 

千夏が返す。

 

声は明るい。

 

ただ、小日向さんが少しだけ楽しそうに目を細めた。

 

「うん。また明日、朝比奈さん」

 

何かあるのだろうか。

 

俺には分からない。

 

鞄を肩へ掛け、教室を出る。

 

廊下には、部活動へ向かう生徒の声が響いていた。

開け放たれた窓から風が入り、掲示板に貼られた紙の端を揺らしている。

 

昇降口で靴を履き替え、校門を出る。

 

千夏は隣を歩いていた。

 

いつもと同じ帰り道。

 

駅へ向かう生徒たちの列から外れ、住宅街へ入る。

夕方の光が、家々の屋根を淡く染めていた。

 

こうして千夏と並んで帰るのは、別に珍しいことではない。

 

小学生の頃も、中学生の頃も、気づけば同じように隣を歩いていた。

 

もっとも、その頃から千夏はよく喋り、俺は聞く側だった気がする。

 

十年以上経っても、その辺りはあまり変わっていない。

 

……いや。

 

最近は少しだけ違うか。

 

千夏が、妙に俺の交友関係を気にするようになった。

 

そんなことを考えながらしばらく歩いていると、本人が口を開いた。

 

「最近、莉子とよく話してるよね」

 

「昼を一緒に食べてるから」

 

「毎日?」

 

「今のところは」

 

「白河さんとも」

 

「昨日、少し手伝っただけ」

 

「ふうん」

 

また「ふうん」が来た。

 

この言葉は便利だが、意味の幅が広すぎる。

 

俺は隣を見る。

 

千夏は前を向いたまま歩いている。

 

鞄の持ち手を握る指に、少しだけ力が入っていた。

 

「何か気になる?」

 

「別に」

 

「別に、ではなさそう」

 

言うと、千夏は足を止めた。

 

俺も立ち止まる。

 

夕方の住宅街。

少し離れたところを、自転車が一台通り過ぎていく。

 

千夏は俺を見上げた。

 

昔から見慣れた顔。

 

明るくて、よく笑う。

機嫌がいい時も悪い時も、比較的分かりやすい。

 

ただ最近は、その分かりやすさの中に、少しだけ言葉にしない部分が増えた。

 

「あたしが誘わなかったら、今日は誰と帰ってた?」

 

「一人で帰ってたと思う」

 

「莉子に誘われたら?」

 

「予定がなければ、一緒に帰るかも」

 

千夏の眉が寄る。

 

正直に答えたのだが、どうやら正解ではないらしい。

 

「白河さんに誘われたら?」

 

「白河さんが?」

 

想像しにくい。

 

「仮に」

 

「予定がなければ、断る理由はないけど」

 

「……そっか」

 

千夏は視線を落とした。

 

失敗した気がする。

 

だが、嘘をつくのも違う。

 

俺は少し考えた。

 

「でも、今日は千夏と帰る約束だったから」

 

千夏が顔を上げる。

 

「誰かに誘われても、千夏と帰るよ」

 

「……ほんと?」

 

「先に約束したからね」

 

一瞬、千夏の顔が明るくなった。

 

けれど、すぐに少し不満そうな表情へ戻る。

 

「約束したから?」

 

「うん」

 

「それだけ?」

 

難しい。

 

何を求められているのか分からない。

 

俺は少し考えた。

 

千夏と帰ること。

 

小学生の頃から何度も繰り返してきた。

中学でも、高校でも。

 

特別な予定がなければ、自然に隣へ並ぶ。

 

だから、あまり意識したことがなかった。

 

「千夏と帰るのは楽だから」

 

俺は言った。

 

「気を遣わなくていいし」

 

千夏の目が、わずかに揺れる。

 

「それに、今日は千夏から誘ってくれたから」

 

「……うん」

 

「嫌なら断ってるよ」

 

千夏は黙った。

 

しばらくして、少しだけ俯く。

 

耳がわずかに赤いように見える。

 

夕日のせいだろうか。

 

「じゃあ、明日も一緒に帰る」

 

「予定がなければ」

 

「予定、あるの?」

 

「今のところはない」

 

「じゃあ決まり」

 

また即決だった。

 

千夏は歩き出す。

 

先ほどまでより、少しだけ歩幅が軽い。

 

俺も隣へ並んだ。

 

これで解決らしい。

 

だが、数歩進んだところで、千夏が続ける。

 

「あと、昼休み」

 

「昼休み?」

 

「……明日も、こっちで食べるから」

 

「うん」

 

「それで、その……」

 

珍しく言葉を濁した。

 

「なに?」

 

「透花の隣、空いてたら嬉しい」

 

「椅子なら持ってくれば座れるよ」

 

「そういう意味じゃない」

 

即答された。

 

では、どういう意味なのだろう。

 

俺が首を傾げていると、千夏は一度口を開き、それから閉じた。

 

「……やっぱり、今のなし」

 

「なんで?」

 

「なんか、すごく面倒なこと言ってる気がしてきた」

 

自覚はあったらしい。

 

「別に、千夏が来たらいつも通り座ればいいよ」

 

「莉子が先にいても?」

 

「反対側、空いてるでしょ」

 

「……そうだけど」

 

少し不満そうだ。

 

「千夏が来たら、いつも通り座ればいいよ」

 

もう一度そう言うと、千夏が俺を見る。

 

「いいの?」

 

「なんで駄目なの」

 

「……なら、いい」

 

千夏は前を向いた。

 

その歩幅が、ほんの少しだけ軽くなる。

 

俺としては、昼食を一緒に食べる人数が一人増えるだけなのだが。

 

どうも千夏にとっては、もう少し重要な問題だったらしい。

 

また歩き出す。

 

俺はその隣で、今日の会話を思い返した。

 

小日向さんと昼を食べる。

白河さんのプリント整理を手伝う。

千夏と帰る。

 

どれも大したことではない。

 

普通の日常だ。

 

それなのに最近、千夏は俺の予定や交友関係を妙に気にする。

 

今日に至っては、昼休みの座る場所まで気にしていた。

 

まあ、本人も途中で「面倒なことを言っている」と気づいたらしいので、まだ大丈夫だろう。

 

たぶん。

 

隣では、千夏が機嫌よく歩いている。

 

俺も特に困ってはいない。

 

なら、今のところ問題なし。

 

夕方の風が吹く。

 

隣を歩く千夏の髪が、柔らかく揺れた。

 

……幼馴染との関係に「今のところ」という注釈が必要なのかは、考えないことにした。

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