TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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おっさんJKは今日も振り回されていく。


第13話 TS転生おっさん、今日も平穏に失敗する

 

休日の予定は、簡潔であるほどいい。

 

足りなくなったノートを買う。

ついでに駅前の書店へ寄る。

気が向いたら、少し甘いものでも買って帰る。

 

所要時間は一時間ほど。

 

誰かと待ち合わせをする必要もない。

急ぐ理由もない。

好きな店を好きな順番で回り、疲れたら帰ればいい。

 

完璧な休日だった。

 

少なくとも、家を出る直前までは。

 

「透花、準備できた?」

 

玄関の向こうから、千夏の声がする。

 

なぜいる。

 

扉を開けると、私服姿の千夏が立っていた。

明るい茶色の髪を軽く整え、片手には小さな鞄を持っている。

 

「駅前行くんでしょ?」

 

「どうして知ってるの?」

 

「昨日、ノート買いに行くって言ってたから」

 

確かに言った気がする。

 

ただし、同行者を募集した覚えはない。

 

俺が黙っていると、千夏が少しだけ視線を逸らした。

 

「……一緒に行っちゃ駄目?」

 

珍しく確認された。

 

「別に駄目じゃないけど」

 

「じゃあ行く」

 

返事は早い。

 

結局そこは変わらないらしい。

 

「最初からそのつもりだった?」

 

「半分くらい」

 

「残り半分は?」

 

「透花が嫌そうなら帰ろうかなって」

 

一応、帰る選択肢はあったようだ。

 

少し安心した。

 

その時、千夏のスマートフォンが短く震えた。

 

画面を見た千夏がこちらを見る。

 

「莉子も今日、駅前に出るって」

 

「小日向さんも?」

 

「うん。昨日、駅前の新しい店を見たいって言ってたから」

 

千夏が少し間を置く。

 

「会ったら一緒に回ってもいい?」

 

「私はいいよ」

 

「じゃあ連絡する」

 

数分後。

 

駅前で待っていた莉子さんは、栗色の髪を揺らしながら笑顔で手を振った。

 

「透花ちゃん、おはよう」

 

「おはよう」

 

「偶然だね。……半分くらい」

 

「半分?」

 

「千夏ちゃんから、今から来るって聞いた」

 

偶然ではなかった。

 

「あと、白河さんもこの辺に来るみたい」

 

「白河さんも?」

 

「参考書を探すって昨日言ってたから、会えたら一緒に回らないかなって」

 

話が少しずつ広がっている。

 

ノートを買うだけだったはずの休日に、同行者が増え始めた。

 

しばらくして現れた白河さんは、俺たちを見つけるとわずかに目を見開いた。

 

「皆さん、お揃いだったのですね」

 

どうやら白河さんだけは本当に偶然だったらしい。

 

「これから文房具見て、そのあと本屋行くんだって。真澄ちゃんも一緒にどう?」

 

莉子さんが声をかける。

 

白河さんは少し迷ったあと、俺たちを見る。

 

「ご迷惑でなければ」

 

「私は大丈夫」

 

千夏も小さく頷く。

 

「いいんじゃない?」

 

「ありがとうございます」

 

結果。

 

同行者は三人になった。

 

千夏は俺の右側へ立つ。

莉子さんは自然に左側へ並ぶ。

白河さんは少しだけ迷ったあと、その横へついた。

 

まあ、いいか。

 

人数が増えたところで、買うものは変わらない。

文房具を選び、本を見て、何か食べて帰る。

 

それだけだ。

 

そう思っていた。

 

ただ、買い物を始めて十分ほど経った頃には、ひとつ気づいていた。

 

休日の外出でも、俺の左右にはすでに定位置があるらしい。

 

♢

 

駅前の文房具店は、休日らしく人が多かった。

 

棚には色とりどりのノートやペンが並び、奥の一角では、小学生くらいの子供が消しゴムを見比べている。

 

猫の形をした消しゴムが目に入った。

 

小学生時代の小さな事件を思い出す。

 

あの頃は、消しゴムひとつで人間関係の火種が生まれた。

高校生になれば多少は楽になるかと思ったが、最近は昼休みの席や帰宅予定まで確認事項に追加されている。

 

人間関係というものは、成長とともに簡単になるわけではないらしい。

 

「透花、これでいいんじゃない?」

 

千夏が無地のノートを差し出した。

 

「使いやすそう」

 

「透花、派手なの選ばないもんね」

 

「授業で使うだけだから」

 

左側から、莉子さんが別のノートを持ち上げる。

 

「こっちは? 端に小さい猫いるよ」

 

表紙の隅には、眠そうな顔をした猫が描かれていた。

 

少し気の抜けた表情。

 

悪くない。

 

「かわいい」

 

「でしょ?」

 

莉子さんが嬉しそうに笑う。

 

「透花ちゃん、こういうの好きそう」

 

「そうかな」

 

「何となく。静かで、ちょっと眠そうな猫」

 

言われて、もう一度表紙を見る。

 

確かに、妙な親近感がある。

 

「一冊くらいなら、これにしようかな」

 

俺が手に取ると、千夏が同じ棚へ手を伸ばした。

 

「じゃあ、あたしも同じの買う」

 

「ノートまで合わせなくても」

 

「別にいいでしょ」

 

莉子さんも猫柄のノートを籠へ入れる。

 

「私も買おうかな。お揃い、楽しそうだし」

 

三冊になった。

 

少し離れた棚を見ていた白河さんへ視線を向ける。

 

「白河さんは?」

 

白河さんは、手にした紺色のノートと猫柄の表紙を見比べた。

 

「私は、こちらで十分です」

 

いかにも白河さんらしい選択だ。

 

そう思った直後。

 

白河さんは一度だけ迷い、猫柄のノートも籠へ入れた。

 

「……ただ、自宅用に一冊くらいなら」

 

莉子さんが目を輝かせる。

 

「白河さんもお揃い」

 

「授業用ではありません」

 

「そこ大事なんだ」

 

「大事です」

 

真面目な声だった。

 

ただ、白河さんの口元はほんの少しだけ柔らかい。

 

俺は四冊の猫柄ノートを見た。

 

予定にはなかった。

 

だが、意外と悪くない。

 

♢

 

書店では、白河さんが参考書を選んだ。

 

莉子さんは雑誌の棚で何度か足を止め、千夏は漫画の新刊を見つけて少し悩んでいた。

 

一人なら、必要な棚だけを回ってすぐに帰っていたと思う。

 

けれど、誰かが気になったものを眺める時間も、それはそれで面白い。

 

予定より長く歩いたので、帰宅前に駅前のカフェへ入った。

 

窓際の四人席。

 

千夏が俺の隣へ座る。

向かい側には、莉子さんと白河さん。

 

注文したカフェラテへ口をつける。

 

休日に飲む甘いものはいい。

 

前世では、休みの日まで仕事の連絡が来ることがあった。

 

今は、紙袋の中に眠そうな猫のノートが入っている。

 

……うん。

 

二周目の休日としては、かなり健全だ。

 

「そういえば」

 

莉子さんがストローを指先で回しながら、こちらを見る。

 

「透花ちゃんって、まだ私のこと小日向さんって呼ぶよね」

 

「そうだね」

 

「私だけ、ちょっと距離ある感じしない?」

 

「入学してから知り合ったばかりだから」

 

「でも、私はもう透花ちゃんって呼んでる」

 

確かに。

 

昼休みは毎日のように一緒に食べている。

今日は休日まで一緒に出かけている。

 

今さら、距離を取る理由もない。

 

「莉子でいいよ」

 

莉子さんは笑っている。

 

ただ、その目は少しだけ真剣だった。

 

俺は頷く。

 

「じゃあ、莉子さん」

 

名前を呼ぶと、莉子さんは一瞬だけ目を丸くした。

 

それから、頬を緩める。

 

「……うん」

 

先ほどまでより、少しだけ嬉しそうな声だった。

 

「本当は、さんもいらないけど。今日はそれで許してあげる」

 

「段階制なんだ」

 

「大事だから」

 

呼び方ひとつに、思ったより細かな規定がある。

 

隣で、千夏がカップを持ったままこちらを見ている。

 

「透花」

 

「なに?」

 

「あたしのことは、ずっと千夏だよね」

 

「幼馴染だからね」

 

「……ならいい」

 

確認作業だったらしい。

 

その向かいで、白河さんがわずかに姿勢を正した。

 

「あの」

 

「うん?」

 

「では、私も……真澄、と呼んでいただいて構いません」

 

少しだけ意外だった。

 

白河さんは、こういう距離の詰め方には慎重な印象がある。

 

けれど、黒い瞳は逸らさずにこちらを見ている。

 

「よろしければ、ですが」

 

声は普段通り丁寧だ。

 

ただ、指先がカップの縁へ触れたまま止まっている。

 

「分かった。真澄さん」

 

白河さん――真澄さんは、小さく息を呑んだ。

 

それから、目元をほんの少し柔らかくする。

 

「はい」

 

短い返事。

 

でも、いつもより少しだけ温かい。

 

「私も、透花さんとお呼びしても?」

 

「どうぞ」

 

「……ありがとうございます、透花さん」

 

呼び方が変わった。

 

ただ、それだけだ。

 

それだけのはずなのに、三人はそれぞれ少しだけ嬉しそうに見える。

 

儀式だったのだろうか。

 

俺にはよく分からない。

 

「じゃあさ」

 

莉子さんが楽しそうにストローを揺らした。

 

「せっかくだし、私たちももう少し呼び方を変えない?」

 

「私たち?」

 

千夏が聞き返す。

 

「うん。透花ちゃんだけじゃなくて」

 

莉子さんは、千夏と真澄さんを順番に見る。

 

「朝比奈さん、白河さんって呼ぶのも、ちょっと距離ある感じするし」

 

千夏は一度だけ瞬きをした。

 

「あたしは前から莉子って呼んでるけど」

 

「そうなんだよね」

 

莉子さんは少しだけ頬を膨らませる。

 

「千夏は自然に距離詰めるの早いのに、私はまだ名字で呼んでる」

 

「じゃあ、好きに呼べば?」

 

「いいの?」

 

「別に。呼びやすい方でいいよ」

 

千夏がそう返すと、莉子さんはすぐに笑った。

 

「じゃあ、千夏ちゃん」

 

「ちゃん付けなんだ」

 

「嫌?」

 

「嫌ではないけど」

 

千夏は少しだけ照れたように視線を逸らした。

 

「なら、よろしくね。千夏ちゃん」

 

「……よろしく、莉子」

 

今度は、二人の視線が真澄さんへ向かう。

 

莉子さんは迷いなく言った。

 

「真澄ちゃんも、いい?」

 

真澄さんの目が少しだけ開く。

 

「小日向さんは、距離を縮めるのが早いですね」

 

「莉子でいいよ」

 

真澄さんは少し迷った。

 

けれど、拒む気はないらしい。

 

表情は困っているようでいて、どこか柔らかい。

 

「では……莉子さん」

 

「うん。よろしく、真澄ちゃん」

 

莉子さんが満足そうに笑う。

 

千夏も、その流れに乗るように口を開いた。

 

「じゃあ、あたしも真澄って呼ぶね」

 

「はい。私も、千夏さんとお呼びします」

 

「さん付けなんだ」

 

「急に呼び捨てにするのは、少し落ち着きませんので」

 

「真澄らしい」

 

千夏が笑う。

 

その言葉に、真澄さんも小さく笑った。

 

「では、改めて。よろしくお願いします。千夏さん、莉子さん」

 

「よろしく、真澄ちゃん」

 

「よろしく、真澄」

 

三人の声が重なる。

 

さっきまで、俺との呼び方をどうするかという話だったはずだ。

 

それがいつの間にか、三人の間にも広がっている。

 

千夏と莉子さんは、まだ時々こちらの左右を巡って妙な空気になる。

真澄さんも、二人の勢いに戸惑うことが多い。

 

それでも。

 

三人が互いに笑い合っているのは、悪くない。

 

むしろ、俺だけに話題が集中しないなら助かる。

 

そう思った直後。

 

「透花ちゃん」

 

莉子さんが楽しそうに呼ぶ。

 

「なに?」

 

「明日から、ちゃんと莉子さんって呼んでね」

 

「覚えてたら」

 

「忘れないで」

 

「努力する」

 

「そこは即答して」

 

「透花、あたしの名前は忘れないよね?」

 

千夏まで入ってくる。

 

「忘れる理由がないでしょ」

 

「ならいい」

 

「透花さん。私の名前も、できれば忘れないでください」

 

真澄さんまで静かに続けた。

 

「覚えてるよ」

 

答えると、三人はそれぞれ少しだけ嬉しそうな顔をした。

 

呼び方が変わっただけだ。

 

でも、休日のテーブルを囲む空気は、来た時より少しだけ柔らかくなっていた。

 

♢

 

店を出る頃には、空が夕方の色へ変わり始めていた。

 

駅前で莉子さんと真澄さんに別れ、千夏と二人で住宅街へ向かう。

 

紙袋の中には、四人で選んだ猫柄のノートが入っている。

 

「透花」

 

「なに?」

 

「今日、楽しかった?」

 

千夏が隣を歩きながら尋ねる。

 

俺は少し考えた。

 

予定より時間はかかった。

買うつもりのなかったものも買った。

同行者も増えた。

 

一人なら、一時間ほどで帰宅できたはずだ。

 

けれど。

 

猫柄のノートを見つけた時の莉子さんの笑顔。

参考書を選びながら、少しだけ迷っていた真澄さん。

同じノートを当然のように籠へ入れた千夏。

 

予定外だった。

 

でも、嫌ではなかった。

 

買い物ひとつでも、誰かと一緒なら一人の時とは違うものが残る。

 

紙袋の中の猫柄のノートも、たぶん次に使う時には今日のことを思い出すのだろう。

 

「楽しかったよ」

 

答えると、千夏は少しだけ目を細めた。

 

「そっか」

 

「千夏は?」

 

「あたしも楽しかった」

 

「ならよかった」

 

夕方の風が吹く。

 

千夏の明るい茶色の髪が、頬の横で揺れる。

 

「でも」

 

千夏は少しだけ声を落とした。

 

「あたしは、透花と二人でも出かけたい」

 

今度は、ちゃんと言葉にした。

 

昨日までなら、遠回しに何かを聞かれていたかもしれない。

 

そう考えると、少しだけ分かりやすくなった気がする。

 

「また今度ね」

 

俺が返すと、千夏は一瞬こちらを見る。

 

「……いいの?」

 

「嫌なら言わないよ」

 

「じゃあ」

 

千夏は少しだけ笑った。

 

「約束?」

 

「約束」

 

その瞬間、千夏の顔が明るくなる。

 

しまった。

 

また長期保存される約束を増やした気がする。

 

まあ、今回は俺から了承したのだから文句は言えない。

 

二度目の人生では、なるべく気楽に生きたい。

 

その方針は今も変わっていない。

 

なのに最近、俺の周りだけ少しずつ人間関係が賑やかになっている。

 

昼休みには自然と人が集まり。

放課後には予定を聞かれ。

休日の買い物にも同行者が増えた。

 

そして今日、呼び方まで変わった。

 

俺は紙袋の中で眠そうな顔をしている猫を思い出した。

 

まあ、いいか。

 

予定はだいぶ狂った。

 

一時間で帰るはずが、気づけば夕方だ。

 

それでも。

 

少し面白くて、悪くない。

 

そう思ってしまっている時点で、俺もだいぶこの騒がしさに慣れてきたらしい。




ここらで一区切りといった感じです。
意外と仲は悪くないガールズ(おっさんJKは除く)
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