TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

13 / 13

おっさんJKは今日も振り回されていく。


TS転生おっさん、今日も平穏に失敗する

 

休日の予定は、簡潔であるほどいい。

 

足りなくなったノートを買う。

ついでに駅前の書店へ寄る。

気が向いたら、少し甘いものでも買って帰る。

 

所要時間は一時間ほど。

 

誰かと待ち合わせをする必要もない。

急ぐ理由もない。

好きな店を好きな順番で回り、疲れたら帰ればいい。

 

完璧な休日だった。

 

少なくとも、家を出る直前までは。

 

「透花、準備できた?」

 

玄関の向こうから、千夏の声がする。

 

なぜいる。

 

扉を開けると、私服姿の千夏が当然のように立っていた。

明るい茶色の髪を軽く整え、片手には小さな鞄を持っている。

 

「駅前行くんでしょ?」

 

「どうして知ってるの?」

 

「昨日言ってたから」

 

確かに、昼休みにノートが足りないとは言った気がする。

 

だが、同行者を募集した覚えはない。

 

「約束してた?」

 

「今した」

 

またそれか。

 

俺が返事を考えていると、千夏のスマートフォンが短く震えた。

 

画面を見た千夏の表情が、一瞬だけ止まる。

 

「……莉子も来るって」

 

「小日向さんも?」

 

「透花が駅前に行くって聞いたら、行きたいって」

 

情報の流通が早い。

 

さらに駅前で合流した小日向さんは、栗色の髪を揺らしながら笑顔で手を振った。

 

「透花ちゃん、おはよう。白河さんも来るって」

 

「白河さんも?」

 

「参考書を探してたみたい。ちょうどいいから、一緒に回ろうって」

 

話が広がっている。

 

ノートを買うだけだったはずの休日に、同行者が三人増えた。

 

千夏は俺の右側へ立つ。

小日向さんは自然に左側へ並ぶ。

少し遅れてきた白河さんは、こちらを見つけると、わずかに表情を緩めた。

 

「お待たせしました」

 

「今来たところ」

 

千夏が答える。

 

白河さんは小さく頭を下げ、俺たちの隣へ並んだ。

 

まあ、いいか。

 

人数が増えたところで、買うものは変わらない。

文房具を選び、本を見て、何か食べて帰る。

 

それだけだ。

 

そう思っていた。

 

ただ、買い物を始めて十分ほど経った頃には、ひとつ気づいていた。

 

休日の外出でも、俺の左右にはすでに定位置があるらしい。

 

 

 

 

駅前の文房具店は、休日らしく人が多かった。

 

棚には色とりどりのノートやペンが並び、奥の一角では、小学生くらいの子供が消しゴムを見比べている。

 

猫の形をした消しゴムが目に入った。

 

小学生時代の小さな事件を思い出す。

 

あの頃は、消しゴムひとつで人間関係の火種が生まれた。

高校生になれば多少は楽になるかと思ったが、最近は昼休みの席や帰宅予定まで確認事項に追加されている。

 

人間関係というものは、成長とともに簡単になるわけではないらしい。

 

「透花、これでいいんじゃない?」

 

千夏が無地のノートを差し出した。

 

「使いやすそう」

 

「透花、派手なの選ばないもんね」

 

「授業で使うだけだから」

 

左側から、小日向さんが別のノートを持ち上げる。

 

「こっちは? 端に小さい猫いるよ」

 

表紙の隅には、眠そうな顔をした猫が描かれていた。

 

少し気の抜けた表情。

悪くない。

 

「かわいい」

 

「でしょ?」

 

小日向さんが嬉しそうに笑う。

 

「透花ちゃん、こういうの好きそう」

 

「そうかな」

 

「何となく。静かで、ちょっと眠そうな猫」

 

言われて、もう一度表紙を見る。

 

確かに、妙な親近感がある。

 

「一冊くらいなら、これにしようかな」

 

俺が手に取ると、千夏が同じ棚へ手を伸ばした。

 

「じゃあ、あたしも同じの買う」

 

「ノートまで合わせなくても」

 

「別にいいでしょ」

 

小日向さんも猫柄のノートを籠へ入れる。

 

「私も買おうかな。お揃い、楽しそうだし」

 

三冊になった。

 

少し離れた棚を見ていた白河さんへ視線を向ける。

 

「白河さんは?」

 

白河さんは、手にした紺色のノートと猫柄の表紙を見比べた。

 

「私は、こちらで十分です」

 

いかにも白河さんらしい選択だ。

 

そう思った直後。

 

白河さんは一度だけ迷い、猫柄のノートも籠へ入れた。

 

「……ただ、自宅用に一冊くらいなら」

 

小日向さんが目を輝かせる。

 

「白河さんもお揃い」

 

「授業用ではありません」

 

「そこ大事なんだ」

 

「大事です」

 

真面目な声だった。

 

ただ、白河さんの口元はほんの少しだけ柔らかい。

 

俺は四冊の猫柄ノートを見た。

 

予定にはなかった。

 

だが、意外と悪くない。

 

 

 

 

書店では、白河さんが参考書を選んだ。

 

小日向さんは雑誌の棚で何度か足を止め、千夏は漫画の新刊を見つけて少し悩んでいた。

 

一人なら、必要な棚だけを回ってすぐに帰っていたと思う。

 

けれど、誰かが気になったものを眺める時間も、それはそれで面白い。

 

予定より長く歩いたので、帰宅前に駅前のカフェへ入った。

 

窓際の四人席。

 

千夏が俺の隣へ座る。

向かい側には、小日向さんと白河さん。

 

注文したカフェラテへ口をつける。

 

休日に飲む甘いものはいい。

 

前世では、休みの日まで仕事の連絡が来ることがあった。

今は、紙袋の中に猫柄のノートが入っているだけだ。

 

人生二周目。

少なくとも、前世より健全である。

 

「そういえば」

 

小日向さんがストローを指先で回しながら、こちらを見る。

 

「透花ちゃんって、まだ私のこと小日向さんって呼ぶよね」

 

「そうだね」

 

「私だけ、ちょっと距離ある感じしない?」

 

「入学してから知り合ったばかりだから」

 

「でも、私はもう透花ちゃんって呼んでる」

 

確かに。

 

昼休みは毎日のように一緒に食べている。

今日は休日まで同行している。

 

今さら、距離を取る理由もない。

 

「莉子でいいよ」

 

小日向さんは笑っている。

 

ただ、その目は少しだけ真剣だった。

 

俺は頷く。

 

「じゃあ、莉子さん」

 

名前を呼ぶと、小日向さん――莉子さんは、一瞬だけ目を丸くした。

 

それから、頬を緩める。

 

「……うん」

 

先ほどまでより、少しだけ嬉しそうな声だった。

 

「本当は、さんもいらないけど。今日はそれで許してあげる」

 

「段階制なんだ」

 

「大事だから」

 

呼び方ひとつに、思ったより細かな規定がある。

 

隣で、千夏がカップを持ったままこちらを見ている。

 

「透花」

 

「なに?」

 

「あたしのことは、ずっと千夏だよね」

 

「幼馴染だからね」

 

「……ならいい」

 

確認作業だったらしい。

 

その向かいで、白河さんがわずかに姿勢を正した。

 

「あの」

 

「うん?」

 

「では、私も……真澄、と呼んでいただいて構いません」

 

少しだけ意外だった。

 

白河さんは、こういう距離の詰め方には慎重な印象がある。

 

けれど、黒い瞳は逸らさずにこちらを見ている。

 

「よろしければ、ですが」

 

声は普段通り丁寧だ。

 

ただ、指先がカップの縁へ触れたまま止まっている。

 

「分かった。真澄さん」

 

白河さん――真澄さんは、小さく息を呑んだ。

 

それから、目元をほんの少し柔らかくする。

 

「はい」

 

短い返事。

 

でも、いつもより少しだけ温かい。

 

「私も、透花さんとお呼びしても?」

 

「どうぞ」

 

「……ありがとうございます、透花さん」

 

呼び方が変わった。

 

ただ、それだけだ。

 

それだけのはずなのに、三人はそれぞれ少しだけ嬉しそうに見える。

 

儀式だったのだろうか。

 

俺にはよく分からない。

 

「じゃあさ」

 

莉子さんが楽しそうにストローを揺らした。

 

「せっかくだし、私たちももう少し呼び方を変えない?」

 

「私たち?」

 

千夏が聞き返す。

 

「うん。透花ちゃんだけじゃなくて」

 

莉子さんは、千夏と真澄さんを順番に見る。

 

「朝比奈さん、白河さんって呼ぶのも、ちょっと距離ある感じするし」

 

千夏は一度だけ瞬きをした。

 

「あたしは前から莉子って呼んでるけど」

 

「そうなんだよね」

 

莉子さんは少しだけ頬を膨らませる。

 

「朝比奈さんは自然に距離詰めるの早いのに、私はまだ名字で呼んでる」

 

「じゃあ、好きに呼べば?」

 

「いいの?」

 

「別に。呼びやすい方でいいよ」

 

千夏がそう返すと、莉子さんはすぐに笑った。

 

「じゃあ、千夏ちゃん」

 

「ちゃん付けなんだ」

 

「嫌?」

 

「嫌ではないけど」

 

千夏は少しだけ照れたように視線を逸らした。

 

「なら、よろしくね。千夏ちゃん」

 

「……よろしく、莉子」

 

今度は、二人の視線が真澄さんへ向かう。

 

莉子さんは迷いなく言った。

 

「真澄ちゃんも、いい?」

 

真澄さんの目が少しだけ開く。

 

「小日向さんは、距離を縮めるのが早いですね」

 

「莉子でいいよ」

 

真澄さんは少し迷った。

 

けれど、拒む気はないらしい。

 

表情は困っているようでいて、どこか柔らかい。

 

「では……莉子さん」

 

「うん。よろしく、真澄ちゃん」

 

莉子さんが満足そうに笑う。

 

千夏も、その流れに乗るように口を開いた。

 

「じゃあ、あたしも真澄って呼ぶね」

 

「はい。私も、千夏さんとお呼びします」

 

「さん付けなんだ」

 

「急に呼び捨てにするのは、少し落ち着きませんので」

 

「真澄らしい」

 

千夏が笑う。

 

その言葉に、真澄さんも小さく笑った。

 

「では、改めて。よろしくお願いします。千夏さん、莉子さん」

 

「よろしく、真澄ちゃん」

 

「よろしく、真澄」

 

三人の声が重なる。

 

さっきまで、俺との呼び方をどうするかという話だったはずだ。

 

それがいつの間にか、三人の間にも広がっている。

 

千夏と莉子さんは、まだ時々こちらの左右を巡って妙な空気になる。

真澄さんも、二人の勢いに戸惑うことが多い。

 

それでも。

 

三人が互いに笑い合っているのは、悪くない。

 

むしろ、俺だけに話題が集中しないなら助かる。

 

そう思った直後。

 

「透花ちゃん」

 

莉子さんが楽しそうに呼ぶ。

 

「なに?」

 

「明日から、ちゃんと莉子さんって呼んでね」

 

「覚えてたら」

 

「忘れないで」

 

「努力する」

 

「そこは即答して」

 

「透花、あたしの名前は忘れないよね?」

 

千夏まで入ってくる。

 

「忘れる理由がないでしょ」

 

「ならいい」

 

「透花さん。私の名前も、できれば忘れないでください」

 

真澄さんまで静かに続けた。

 

「覚えてるよ」

 

答えると、三人はそれぞれ少しだけ嬉しそうな顔をした。

 

呼び方が変わっただけだ。

 

でも、休日のテーブルを囲む空気は、来た時より少しだけ柔らかくなっていた。

 

 

 

 

店を出る頃には、空が夕方の色へ変わり始めていた。

 

駅前で莉子さんと真澄さんに別れ、千夏と二人で住宅街へ向かう。

 

紙袋の中には、四人で選んだ猫柄のノートが入っている。

 

「透花」

 

「なに?」

 

「今日、楽しかった?」

 

千夏が隣を歩きながら尋ねる。

 

俺は少し考えた。

 

予定より時間はかかった。

買うつもりのなかったものも買った。

同行者も増えた。

 

一人なら、一時間ほどで帰宅できたはずだ。

 

けれど。

 

猫柄のノートを見つけた時の莉子さんの笑顔。

参考書を選びながら、少しだけ迷っていた真澄さん。

同じノートを当然のように籠へ入れた千夏。

 

今日は予定外ではあったが、まぁ、予定通りに事が運ぶ方が珍しいからな。

買い物一つで、大袈裟だが、人生は楽しいことや辛いこと、他にも色々な出来事が積み重なって思い出となっていく。

 

だから今日のこともきっと良い思い出になるだろう。

そう心の中で思いながら口を開く。

 

「楽しかったよ」

 

答えると、千夏は少しだけ目を細めた。

 

「そっか」

 

「千夏は?」

 

「あたしも楽しかった」

 

「ならよかった」

 

夕方の風が吹く。

 

千夏の明るい茶色の髪が、頬の横で揺れる。

 

「でも」

 

千夏は少しだけ声を落とした。

 

「あたしは、透花と二人でも出かけたい」

 

「また今度ね」

 

俺が返すと、千夏はすぐにこちらを見る。

ほんの少し不安の混じった瞳が視界に入る。

 

「約束?」

 

「約束」

 

その瞬間、千夏は満足そうに笑った。

 

しまった。

 

また長期保存される約束を増やした気がする。

 

二度目の人生は、前世より楽に生きる。

 

そう決めていた。

 

無理をしない。

頑張りすぎない。

面倒な人間関係には深入りしない。

 

方針は今も変わっていない。

 

なのに最近、俺の周りだけ妙に人間関係が濃い。

 

昼休みの席には予約が入り。

放課後の予定は確認され。

休日の買い物には同行者が増える。

 

そして今日、呼び方まで変わった。

 

俺は紙袋の中で眠そうな顔をしている猫を思い出した。

 

まあ、いいか。

 

面倒ではある。

 

けれど。

 

少し面白くて、悪くない。

 

そう思ってしまっている時点で、たぶん俺も少しずつ巻き込まれている。




ここらで一区切りといった感じです。
意外と仲は悪くないガールズ(おっさんJKは除く)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ニチアサ系世界に転生したTS魔法少女は悪の幹部をやりたくない(作者:なはた)(オリジナル現代/冒険・バトル)

▼フィジカルよわよわなTS銀髪魔法少女がクール系敵幹部を必死に装いながら魔法少女達と戦うお話。


総合評価:2104/評価:8.32/連載:7話/更新日時:2026年06月03日(水) 15:32 小説情報

転生してイージーモード!(作者:ハニラビ)(オリジナル現代/日常)

普通に生きて普通に死んだ男がチートを得て現代日本にTS転生したお話。作者はバカだからよぉ、難しい話は無しにしねーか?(ただのバカ)


総合評価:3174/評価:8.63/連載:15話/更新日時:2026年05月24日(日) 18:02 小説情報

TS転生外宇宙系魔法少女ダークネス・ルーシィ(作者:イア! イア!!)(オリジナル現代/ホラー)

SAN値直葬系マスコットとそれを心から愛する転生者(正気)の日常。▼※序盤とタイトルを書き直しました。▼気分転換に書いた作品を投稿欲を満たすために投稿してみます。▼続き書いたら増えます。


総合評価:1095/評価:8.42/連載:11話/更新日時:2026年06月02日(火) 11:59 小説情報

転生者がTS魔法少女になって頑張る話。(作者:メルヘン侍)(オリジナル現代/冒険・バトル)

TSして魔法少女して頑張る話です。▼カクヨムでも同時投稿しております。


総合評価:1261/評価:7.84/連載:42話/更新日時:2026年06月03日(水) 11:57 小説情報

死んでも復活して永劫の時を生きる摩耗しかけた女魔王様と死にかけていたところを拾われたTS転生者が互いに互いの脳を焼いた話(作者:団結せよ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 死んでも復活し続けて摩耗している感じの永劫を生きるちょっと抜けてる魔王系お姉さんが、異世界転生して口減らしのために売られてアホみたいに過酷な労働環境から命からがら逃げだしたTS転生者を気まぐれに拾った結果、割と取り返しのつかないレベルで依存しあう関係になっただけの話。


総合評価:1352/評価:8.77/連載:4話/更新日時:2026年05月26日(火) 12:12 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>