TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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今回は家族編です。
おっさんJK最高と思っていただけたら是非、評価と感想をお願いいたします。



第二章
双子、姉の交友関係を察する


 

休日の買い物から一夜明けた、日曜日の朝。

 

高遠家の一階にあるダイニングには、焼いたパンの香りと、味噌汁の湯気が漂っていた。

 

俺は食卓のいつもの席に座り、朝食が並ぶのを待つ間、昨日買った猫柄のノートへ名前を書いていた。

 

表紙の隅では、眠そうな顔をした猫が丸くなっている。

 

授業用としては少し可愛らしい気もする。

だが、この気の抜けた表情には妙な親近感がある。

 

悪くない買い物だった。

 

「姉ちゃんが柄物のノート買うの、珍しくない?」

 

向かい側から声が飛んでくる。

 

弟の悠真(ゆうま)だ。

 

中学生になったばかりの双子の片割れで、口がよく回る。

家族相手に遠慮というものがなく、特に俺のことは隙あらばからかってくる。

 

「たまにはね」

 

「しかも猫。学校で何かあった?」

 

なぜ、ノート一冊から事情聴取が始まるのだろう。

 

悠真の隣では、双子の妹である結衣(ゆい)が静かに表紙を眺めていた。

 

結衣も同じく中学生。

悠真とは対照的に口数は多くないが、よく周囲を見ている。

何も言わないまま流すことも多い反面、口を開く時だけ妙に鋭い。

 

「お姉ちゃん、自分だけで選んだの?」

 

結衣が尋ねる。

 

「友達と買い物に行って、四人で同じものを買った」

 

悠真の箸が止まった。

 

結衣も、わずかに目を細める。

 

「四人?」

 

「うん」

 

「千夏姉も一緒?」

 

「一緒だったよ」

 

千夏は幼い頃から高遠家へ頻繁に遊びに来ている。

 

家が近く、母親同士も顔馴染みだ。

俺たちが幼児だった頃から付き合いが続いているため、悠真と結衣にとっても、千夏は今さら説明する必要のない存在だった。

 

「じゃあ、残り二人は?」

 

悠真が聞く。

 

「莉子さんと真澄さん。同じクラス」

 

「新しい友達?」

 

「そうなるね」

 

答えたところで、食卓に置いていたスマートフォンが短く震えた。

 

画面には、莉子さんからのメッセージが表示されている。

 

猫柄のノートを机へ広げた写真。

その横には、昨日カフェで買ったらしい小さな焼き菓子まで添えられていた。

 

『おはよう、透花ちゃん』

『昨日のノート、机に置いたら思った以上にかわいかった』

『明日から使うの楽しみ』

 

続けて、真澄さんからも通知が届く。

 

『おはようございます、透花さん』

『昨日はありがとうございました』

『参考書も無事に購入できました』

『猫柄のノートは、自宅で使おうと思います』

 

文面は真澄さんらしく丁寧だ。

 

ただし、最後に小さな猫の絵文字が添えられている。

 

少し意外だった。

 

悠真は画面を見て、何とも言えない顔になった。

 

結衣は数秒だけ黙ったあと、静かに尋ねる。

 

「二人とも、お姉ちゃんと同じノートを買ったの?」

 

「千夏もね」

 

「千夏姉は分かる」

 

即答だった。

 

「昔から、お姉ちゃんと同じものを欲しがる時あるから」

 

そうだっただろうか。

 

俺としては、小さい頃から比較的よくあることだと思っていた。

 

同じお菓子を選ぶ。

同じ文房具を欲しがる。

一緒に遊ぶ約束を何度も更新する。

 

幼馴染とは、そういうものではないのか。

 

「問題は、新しく知り合った二人も買ったことだろ」

 

悠真が言う。

 

「莉子さんが見つけたノートだから、むしろ俺が乗った側だけど」

 

「姉ちゃん」

 

悠真が額へ手を当てる。

 

「なんで、その状況で何も分かってない顔できるの?」

 

何が。

 

結衣は画面へ視線を落としたまま、淡々と整理する。

 

「莉子さんがお姉ちゃんに似合いそうなノートを見つけた」

 

「うん」

 

「お姉ちゃんが選んだ」

 

「うん」

 

「それを見て、千夏姉と真澄さんも同じものを買った」

 

「そうなるね」

 

「お姉ちゃん、学校で何をしてるの?」

 

「授業を受けて、昼にパンを食べてる」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

嘘は言っていない。

 

最近は、莉子さんと千夏が俺の席の左右で昼を食べる。

真澄さんが質問に来ることもある。

 

だが、それもごく普通の高校生活の範囲だろう。

 

「昼は一人じゃないんだよな?」

 

悠真が聞く。

 

「最近は、三人と食べることが多いかな」

 

「千夏姉だけじゃなく?」

 

「莉子さんも来るから」

 

「真澄さんも?」

 

「時々」

 

悠真は深く息を吐いた。

 

なぜか疲れた顔をしている。

 

「父さん」

 

悠真が食卓の端へ視線を向ける。

 

新聞を読んでいた父さん――高遠修一(たかとうしゅういち)は、少しだけ肩を揺らした。

 

「な、なんだ」

 

「姉ちゃんが学校で交友関係を急拡大させてる」

 

父さんは新聞を下ろし、俺を見る。

 

「透花。学校で困ったことがあるなら、ちゃんと相談していいんだからな」

 

「特に困ってないけど」

 

「そうか。いや、それならいいんだ」

 

父さんは少し安心したような、それでいて父親としての出番を失ったような顔をして、再び新聞へ視線を戻した。

 

その様子を見ながら、母さん――高遠美沙(たかとうみさ)が台所から笑う。

 

「友達が増えたなら、いいことじゃない」

 

焼いた卵を皿へ盛り、食卓へ置く。

 

「透花は昔から、放っておくと一人で静かに過ごしちゃうから」

 

「一人も悪くないよ」

 

「悪いとは言ってないわよ。でも、誰かと出かけて楽しかったなら、それもいいでしょ」

 

「まあ、それはそう」

 

昨日のことを思い返す。

 

予定より時間はかかった。

猫柄のノートを買い、参考書を探し、カフェへ寄った。

 

一人で動くより、明らかに非効率的だった。

 

けれど、退屈ではなかった。

 

むしろ、少し楽しかった。

 

「悪くなかったよ」

 

そう答えると、母さんは満足そうに笑った。

 

父さんも新聞の向こうで、静かに息を吐く。

 

だが、悠真と結衣はなぜか揃ってこちらを見ていた。

 

「何?」

 

「姉ちゃん」

 

悠真が言う。

 

「今の、学校では言わない方がいいかも」

 

「友達と出かけて楽しかった、という話が?」

 

「姉ちゃんの場合は」

 

限定された。

 

俺が首を傾げると、結衣が補足する。

 

「たぶん、お姉ちゃんが思っているより重く受け取られるから」

 

確かに、言葉を思ったより大事にする人はいる。

 

特に千夏。

 

子供の頃から、約束を長期保存する。

 

「気をつける」

 

俺が答えると、結衣は少しだけ疑わしそうに目を細めた。

 

「本当に?」

 

「たぶん」

 

「たぶんなんだ」

 

仕方ない。

 

人間関係に絶対はない。

 

 

 

 

朝食を終え、猫柄のノートを鞄へ入れる。

 

明日の授業で使うか、自宅用にするか。

 

少し迷う。

 

学校へ持っていっても問題はない。

 

ただ、四人で同じ柄のノートを使っているところを瀬尾さんに見つかると、何か言われそうな気はする。

 

瀬尾さんは妙なところに気づく。

 

しかも、気づいたあとで妙に楽しそうな顔をする。

 

それは少し面倒だ。

 

「姉ちゃん」

 

食器を片づけていた悠真が言う。

 

「莉子さんと真澄さん、家に来ることある?」

 

「今のところはないかな」

 

「来た時は教えて」

 

「どうして?」

 

「姉ちゃんが学校でどう扱われてるのか、観察したい」

 

「失礼だからやめなさい」

 

即答すると、悠真は笑った。

 

「千夏姉だけでも大体分かるけどな」

 

「どういう意味?」

 

「小さい頃から、姉ちゃんのこと好きすぎるだろ」

 

悠真は軽い調子で言う。

 

その程度のことは、双子も昔から知っている。

 

千夏が俺の家へ来る。

俺を遊びに連れ出す。

翌日の予定を確認する。

俺の隣へ当然のように座る。

 

長年続いているので、今さら家族の誰も驚かない。

 

問題はない。

 

少なくとも、今まではそうだった。

 

「お姉ちゃん」

 

結衣が呼ぶ。

 

「なに?」

 

「莉子さんには、なんて返すの?」

 

スマートフォンを見る。

 

まだ返信をしていなかった。

 

俺は短く入力する。

 

『かわいいね』

『私も明日から使おうかな』

 

送信。

 

すぐに既読がついた。

 

その数秒後。

 

『お揃いで使おう』

『明日、透花ちゃんのノートも見せてね』

 

返事が届く。

 

次に、真澄さんへ返す。

 

『参考書、見つかってよかった』

『ノートも使ってくれてありがとう』

 

こちらも、すぐに既読がついた。

 

『はい。大切に使います』

『明日、お会いできるのを楽しみにしています』

 

丁寧だ。

 

猫柄のノート一冊に対して、少し重い気もする。

 

だが、真澄さんらしい。

 

最後に千夏。

 

『今日は空いてる』

『どこか行く?』

 

送った瞬間。

 

玄関のチャイムが鳴った。

 

早い。

 

いや、早すぎる。

 

スマートフォンを見る。

 

千夏のメッセージには、まだ既読すらついていない。

 

嫌な予感がした。

 

玄関へ向かい、扉を開ける。

 

予想通り、千夏が立っていた。

 

昨日とは違う私服。

明るい茶色の髪を軽くまとめ、小さな鞄を肩へ掛けている。

 

「あ、透花。おはよう」

 

「おはよう」

 

「今、連絡しようと思ってた」

 

「たぶん、私も今送った」

 

千夏がスマートフォンを見る。

 

画面には、俺のメッセージ。

 

今日は空いてる。

どこか行く?

 

千夏の目が少しだけ開く。

 

それから、嬉しそうに笑った。

 

「透花から誘ってくれるの、珍しい」

 

「昨日、約束したから」

 

「……そっか」

 

一瞬だけ、千夏の笑顔が揺れたような気がした。

 

だが、すぐにいつもの調子へ戻る。

 

「まあ、いいけど。約束でも」

 

俺は首を傾げる。

 

何か言い方を間違えただろうか。

 

背後から悠真の声が飛んできた。

 

「千夏姉、今日も早いな」

 

「今日も、は余計」

 

「家を出る前から姉ちゃんの予定押さえてるの、昔から変わらないな」

 

「幼馴染だから普通」

 

「普通ではないと思う」

 

結衣まで静かに加わる。

 

千夏は少しだけ頬を膨らませた。

 

「結衣ちゃんまで」

 

昔から何度も繰り返してきたやり取りらしい。

 

誰も本気では驚かない。

 

ただ、悠真は楽しそうに口元を緩めた。

 

「今日は姉ちゃん独占日?」

 

「悠真」

 

俺が止める。

 

だが、千夏は否定しなかった。

 

ほんの少しだけ満足そうに目を細める。

 

「……まあ、そういうことでいいよ」

 

いいのか。

 

俺は玄関へ置いてあった靴を履く。

 

「昼には帰ると思う」

 

母さんへ声をかける。

 

「いってらっしゃい。楽しんできてね」

 

「うん」

 

外へ出る。

 

千夏が隣へ並ぶ。

 

朝の空気は少しだけ冷たい。

住宅街の道には、休日らしい静けさが残っていた。

 

「どこ行く?」

 

俺が聞く。

 

千夏は少しだけ考える。

 

「まだ決めてない」

 

「決めてないのに来たの?」

 

「透花と出かけるのが先だから」

 

順序が逆ではないだろうか。

 

だが、千夏は楽しそうだ。

 

まあ、いいか。

 

行き先が決まっていない休日も悪くない。

 

歩きながら決めればいい。

 

俺はそう思った。

 

家の中では、閉じた玄関扉の向こうから、悠真の声が小さく聞こえた。

 

「姉ちゃん、千夏姉のことも分かってないよな」

 

その隣で、結衣も何か答えている。

 

よく聞こえない。

 

俺は首を傾げた。

 

「どうしたの?」

 

千夏が聞く。

 

「何でもない」

 

「そっか」

 

千夏は自然にこちらへ半歩寄る。

 

幼い頃から変わらない距離。

 

俺はそれを特に気にせず、歩き出した。

 

平穏な休日。

 

昨日より少しだけ予定が増えた。

 

だが、まあ。

 

これくらいなら、悪くない。

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