TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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前回お伝えした通り、今回は藤堂さん視点です。
ではお楽しみください。


第19話 運動部、眠れる逸材を見逃せない

バレー部員としては、どう考えても高遠透花を見過ごせない。

百八十センチ近い身長。

すらりと長い手足。

無理なく伸びる腕。

助走もほとんどつけずに、ネット際のボールへ届く跳躍力。

 

それだけでも十分だった。

 

けれど、藤堂杏奈が本当に見逃せないと思ったのは、別のところにある。

 

高遠さんは、力んでいない。

 

体育の授業だから、必要な分だけ動く。

届く場所へボールが来たから、軽く跳ぶ。

手を上げたら届いたから、そのまま押し返す。

 

まるで、特別なことなど何もしていないような顔で。

 

「偶然だよ」

 

本人は、静かな声でそう言った。

 

偶然で済ませていい動きではない。

 

しかも、試合が終わったあとには、少し眠そうな目元のまま水を飲み、早く教室へ戻りたそうにしている。

 

あれだけのものを持ちながら、本人が望んでいるのは放課後の自由時間と、購買の新作菓子らしい。

 

意味が分からない。

 

もったいない。

 

せめて一度くらい、ちゃんとバレーを見てほしい。

 

杏奈はそう思った。

 

ただ。

 

高遠さんが少し困ったように眉を下げながら、

 

「部活に入るかどうかは、私が決めてもいいでしょ」

 

と静かに返した時。

 

胸の奥に残った小さな引っかかりについては、無視してはいけない気がした。

 

♢

 

藤堂杏奈は、昔から運動が好きだった。

 

走ることも。

跳ぶことも。

ボールを追いかけることも。

 

小学生の頃から複数の競技を経験し、中学ではバレー部に入った。

 

高校でも迷いはなかった。

 

新しい体育館。

新しいチームメイト。

少し高くなったネット。

中学より厳しくなる練習。

 

全部、楽しみだった。

 

だからこそ。

 

体育の授業で高遠さんを見た瞬間から、少しだけ気になっていた。

 

入学初日から目立っていた。

 

背が高い。

 

女子の中では、頭ひとつ分ほど抜けている。

ただ高いだけではない。

 

肩から腕へ伸びる線が自然で、脚も長い。

制服姿で廊下を歩いているだけでも、周囲より歩幅が少し大きく見える。

 

姿勢もきれいだった。

 

背筋を張っているわけではない。

むしろ、本人は少し力を抜いているように見える。

 

それでも、不思議とだらしなくならない。

 

髪は黒に近いダークブラウン。

普段は胸元へ届く手前まで真っ直ぐに下ろしている。

 

窓際の席に座り、少し眠そうな目で外を見ている姿は、運動部というより、静かな場所で本でも読んでいる方が似合いそうだった。

 

本人も、そのつもりらしい。

 

入学してすぐ、何度か耳にした。

 

高遠さんは帰宅部を希望している。

 

理由は単純。

 

疲れるから。

 

それを聞いた時は、少し残念に思った。

 

でも、本人が決めることだ。

 

運動が好きな人ばかりではない。

背が高いからといって、必ず競技をしなければならないわけでもない。

 

そう思っていた。

 

体育の授業で、実際に動くところを見るまでは。

 

♢

 

バレーボールの試合が始まった時。

 

高遠さんは、やる気がないわけではなかった。

 

ただ、明らかに省エネだった。

 

ボールを追う必要があれば動く。

届かない位置なら、近くの人へ任せる。

意味のない全力疾走はしない。

 

適当に流しているようにも見える。

 

でも、違う。

 

必要な場所には、ちゃんといる。

 

誰かとぶつかりそうになれば、半歩だけ位置をずらす。

後ろから来た声には、すぐに反応する。

ボールの落下地点も、それなりに見えている。

 

基礎練習をしたわけでもない。

 

フォームが整っているわけでもない。

 

けれど、周囲を見る癖がある。

 

それだけでも少し惜しいと思った。

 

そして。

 

「透花、そっち!」

 

朝比奈千夏の声が体育館に響く。

 

ネット際へ、高めのボールが飛ぶ。

 

高遠さんは一度だけ視線を上げた。

 

それから、軽く膝を曲げた。

 

大きく助走をつけたわけではない。

 

力んだ様子もない。

 

ただ、届くと思ったから跳んだ。

 

そんな動きだった。

 

長い腕が伸びる。

 

指先が、ネット際のボールへ触れる。

 

乾いた音。

 

ボールは、そのまま杏奈たちのコートへ落ちた。

 

一瞬だけ、動けなかった。

 

高さ。

 

腕の長さ。

 

跳ぶタイミング。

 

そして、着地。

 

高遠さんは床へ戻ると、何事もなかったように少しだけ首を傾げた。

 

「……あれ?」

 

本人が一番分かっていない。

 

杏奈はネット越しに高遠さんを見る。

 

体育のため、長い髪は低い位置で一つにまとめられている。

 

跳んだ時に揺れた髪が、着地のあとで背中へ静かに落ちる。

 

少し眠そうだった目元が、今だけはわずかに開いていた。

 

驚いている。

 

自分が得点を取ったことに。

 

その表情を見て、杏奈は思った。

 

一度くらい、ちゃんと話をしてみたい。

 

♢

 

「今の、バレー経験ある?」

 

授業中。

 

ネット際へ寄り、高遠さんへ声をかける。

 

高遠さんは少しだけ視線を上げた。

 

背が高い。

 

分かっていたことだが、近くで向かい合うと改めて実感する。

 

「ないよ」

 

声は落ち着いていた。

 

低すぎるわけではない。

柔らかいのに、聞き取りやすい。

 

体育館には、ボールの跳ねる音や、クラスメイトの声が響いている。

 

それでも、高遠さんの返事は自然と耳へ届いた。

 

「本当に?」

 

「授業以外では、ほとんど」

 

「助走なしで、あれ?」

 

「近くに来たから」

 

「近くに来たから、で止められる高さじゃないと思う」

 

高遠さんは少しだけ首を傾げた。

 

本人にとっては、本当にそれだけらしい。

 

腹立たしいというより、不思議だった。

 

高遠さんは、自分の体格を自慢しない。

 

褒められれば礼は言う。

けれど、大げさに喜ぶわけでもない。

 

周囲が騒いでも、少し困ったように眉を下げるだけだ。

 

自分の目立ち方を、あまり理解していないのかもしれない。

 

それとも、分かっていて興味がないのか。

 

どちらにしても。

 

惜しい。

 

「授業中にもう一回、高いボール上げてもいい?」

 

「授業の範囲なら」

 

少し間を置いて、高遠さんは答えた。

 

杏奈は思わず笑う。

 

「分かった」

 

そこから何度か、高めのボールを送った。

 

全部を追うわけではない。

 

無理な球は、あっさり見送る。

 

届く範囲だけ。

 

必要な分だけ。

 

それでも、届く範囲が広い。

 

フォームは粗い。

動き方も、まだ競技のものではない。

 

だからこそ思う。

 

教えたら、どこまで伸びるのだろう。

 

きちんと助走をつけたら。

ブロックの手の出し方を覚えたら。

タイミングを合わせる練習をしたら。

 

想像すると、少し楽しくなった。

 

♢

 

授業が終わったあと。

 

高遠さんは体育館の端で水を飲んでいた。

 

低い位置で結んだ髪が、肩の後ろへ流れている。

 

水分補給を終えると、少しだけ息を吐く。

 

疲れ切っているわけではない。

 

でも、満足そうでもない。

 

できれば早く教室へ戻って座りたい。

 

顔にそう書いてある。

 

分かりやすい。

 

学校では落ち着いていて、感情が表へ出にくい人だと思っていた。

 

けれど、よく見ると違う。

 

表情の変化が小さいだけだ。

 

面倒な時は、返事までの間が少し長い。

困ると、眉がほんのわずかに下がる。

好きな話題が出ると、眠そうな目元が少しだけ柔らかくなる。

 

きっと、周囲にいる朝比奈さんたちは、もう気づいている。

 

体育の準備中も、三人は自然に高遠さんの近くへいた。

 

朝比奈千夏。

小日向莉子。

白河真澄。

 

朝比奈さんは、昔から高遠さんのそばにいるらしい。

 

小日向さんは、最近よく昼休みに隣へ座っている。

 

白河さんも、以前より高遠さんへ話しかけることが増えた。

 

三人とも、距離感は少しずつ違う。

 

ただ。

 

高遠さんの小さな表情の変化を見逃さないところは、どこか似ている。

 

なぜか少し納得した。

 

気にしてしまうのだ。

 

あれだけ目立つ外見をしているのに、本人は静かに過ごしたがる。

 

余計なことは言わない。

必要以上に踏み込まない。

 

それでも、困っている人がいれば自然に手を伸ばすらしい。

 

しかも、自分が何をしたのかあまり分かっていない。

 

そういう人が近くにいたら。

 

たぶん、目で追ってしまう。

 

競技の話とは別に。

 

ほんの少しだけ。

 

「高遠さん」

 

声をかける。

 

高遠さんがこちらを見る。

 

「さっきも言ったけど、その身長と手足の長さで帰宅部なの、やっぱりもったいないよ」

 

高遠さんは少しだけ考える顔をした。

 

「部活に入るかどうかは、私が決めてもいいでしょ」

 

静かな声。

 

怒ってはいない。

 

けれど。

 

少しだけ困ったように眉が下がっている。

 

あ。

 

言い方がよくなかった。

 

杏奈はすぐに気づいた。

 

自分が興奮していた。

 

高遠さんの体格や動きばかり見て、本人がどうしたいのかを置き去りにしかけていた。

 

「もちろん」

 

杏奈はすぐに答えた。

 

「ごめん。言い方が悪かった」

 

高遠さんが少しだけ目を瞬いた。

 

「でも、バレー部員としては一回くらい誘わせてほしい」

 

「そうなの?」

 

「うん」

 

杏奈は一度、息を整える。

 

「入部するつもりがないのは分かった」

 

「分かったんだ」

 

「そこまで何回も言われたらね」

 

「なら話が早い」

 

少し安心したような声だった。

 

その反応に、胸がちくりとする。

 

そんなに警戒されるような誘い方をするつもりはなかった。

 

「だから、入部はひとまず置いておいて」

 

「ひとまず?」

 

「……そこはまだ諦めきれないけど」

 

高遠さんの目が少し細くなる。

 

「見学だけでも来ない?」

 

「見たらまた勧誘するでしょ」

 

「したくはなる」

 

「正直だね」

 

「でも、嫌だって言われたら、その時は止める」

 

杏奈はきちんとそう言った。

 

高遠さんは、少しだけ考える。

 

杏奈は待った。

 

返事を急かさない。

 

やがて高遠さんがペットボトルへ視線を落とした。

 

「今日は行かないよ」

 

「うん」

 

「諦めるの早いね」

 

「今日の話はね」

 

そこまで言うと、高遠さんの口元がごくわずかに緩んだ。

 

「まだ誘うんだ」

 

「気が向いたらでいいよ」

 

「気が向いたらね」

 

その言葉だけで十分だった。

 

約束ではない。

 

高遠さんが本当に興味を持った時だけ来ればいい。

 

それでいい。

 

……と思う。

 

少なくとも、今は。

 

♢

 

着替えを終え、教室へ戻る。

 

高遠さんは、すでに窓際の席へ座っていた。

 

机へ頬杖をつく寸前で、朝比奈さんに声をかけられている。

 

「透花、バレー部入るの?」

 

「入らないよ」

 

「本当に?」

 

「運動部は疲れるから」

 

朝比奈さんは、分かりやすく安心した顔をした。

 

杏奈は少しだけ足を止める。

 

なるほど。

 

朝比奈さんは、高遠さんが放課後に何をするのかを気にしているらしい。

 

小日向さんも会話へ入る。

 

「でも、透花ちゃんが部活してるところ、ちょっと見たい」

 

白河さんも静かに続けた。

 

「透花さんが競技へ真剣に取り組む姿は、少し気になります」

 

高遠さんは、少しだけ遠い目をしていた。

 

「そういう人気はいらないかな」

 

杏奈は思わず笑いそうになる。

 

本人だけが、何も分かっていない。

 

三人からあれだけ見られているのに。

 

期待されている理由も。

自分へ向けられる視線の意味も。

 

全部、少しずつずれて受け取っている。

 

不思議な人だ。

 

ますます気になる。

 

杏奈は教室の入口から声をかけた。

 

「高遠さん!」

 

高遠さんがこちらを見る。

 

「さっきの話だけど!」

 

「うん?」

 

「もし気が変わったら、いつでも体育館来て! 見学なら歓迎するから!」

 

「覚えてたらね」

 

「絶対忘れる返事だ、それ!」

 

思わず声が大きくなった。

 

教室の何人かが笑う。

 

高遠さんも、ほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。

 

「まあいいや。今日は追わない!」

 

「助かる」

 

「でも勧誘は諦めてないから!」

 

「そこも諦めてくれると助かる」

 

「それはまだ無理!」

 

言ってから、自分の席へ戻る。

 

少し押しすぎただろうか。

 

いや。

 

今のところは大丈夫。

 

たぶん。

 

ただ、次に誘う時はもう少し普通に誘おう。

 

さすがに、教室の入口から叫ぶ必要はなかった。

 

そこは少し反省した。

 

♢

 

放課後。

 

部活へ向かう途中。

 

廊下の先から、高遠さんたちが歩いてきた。

 

朝比奈さん。

小日向さん。

白河さん。

 

三人と一緒だ。

 

手には、まだ何も持っていない。

 

どうやら購買へ向かう途中らしい。

 

目が合った。

 

杏奈は足を止める。

 

さっき「今日は追わない」と言ったばかりだ。

 

ここで体育館へ連れていこうとしたら、それはさすがに格好が悪い。

 

代わりに、体育館の方向を親指で示す。

 

「高遠さん。気が変わった?」

 

「変わってない」

 

「了解」

 

残念だ。

 

かなり。

 

でも、今日はここまで。

 

そう決めて、通り過ぎようとする。

 

ただ。

 

一つだけ気になった。

 

「ちなみに明日は?」

 

「明日は千夏と帰る予定」

 

答えたのは高遠さん本人だった。

 

隣の朝比奈さんが、少しだけ目を丸くする。

 

それから、嬉しそうに笑った。

 

「そっか」

 

なるほど。

 

高遠さんは、ちゃんと約束を覚えている。

 

朝比奈さんがあれだけ高遠さんの予定を気にする理由が、少しだけ分かった気がした。

 

「じゃあ、また別の日に誘う」

 

「まだ誘うんだ」

 

「誘うだけならいいでしょ?」

 

「断るかもしれないよ」

 

「それは高遠さんが決めることだから」

 

「だから断られたらものすっごく惜しいけどそこは抑えないと」

 

そう答える。

 

今度は、自分でもちゃんと言えたと思う。

 

高遠さんは一瞬だけこちらを見る。

 

そして。

 

「それならまあ」

 

小さく返した。

 

たったそれだけ。

 

なのに、妙に嬉しかった。

 

「じゃあ、またね!」

 

杏奈はそのまま体育館へ向かった。

 

数歩進んだところで、少しだけ振り返る。

 

高遠さんはもうこちらを見ていなかった。

 

朝比奈さんたちと何かを話しながら、購買へ向かっている。

 

その背中を見送りながら、杏奈は息を吐いた。

 

最初は。

 

バレー部に入ってほしい。

 

それだけだった。

 

体育館へ連れていき、一度プレーさせれば気が変わるかもしれない。

 

そんなことまで考えていた。

 

でも。

 

違う。

 

高遠さんが嫌だと思っているのに連れてきても、意味がない。

 

本人が少しでも興味を持ってくれなければ。

 

たぶん、自分が見たいものとは違う。

 

本気で跳ぶところ。

 

楽しそうにボールを追うところ。

 

いつもの少し眠そうな顔とは違う表情。

 

それは。

 

無理に連れてきて見られるものではない。

 

杏奈は体育館の扉を開けた。

 

ボールの音が響いている。

 

いつもの場所。

 

いつもの空気。

 

自分が好きな場所だ。

 

だからこそ、一度くらい見てほしい。

 

高遠さんが気に入るかどうかは、そのあとでいい。

 

翌日の昼休み。

 

杏奈は一枚の紙を用意した。

 

バレー部の練習日と、見学できる時間を書いた簡単な案内。

 

入部届ではない。

 

そんなものを最初から渡したら、たぶん高遠さんは三秒で返してくる。

 

想像できた。

 

少しだけ笑う。

 

まずはこれでいい。

 

嫌なら断ってもらう。

 

興味がなければ、しばらく間を置く。

 

それでも、もし。

 

ほんの少しでも気になったなら。

 

体育館を覗いてくれたらいい。

 

それくらいの距離から始めよう。

 

そう考えた時。

 

杏奈はふと気づいた。

 

バレー部へ入ってほしい。

 

それは今も本当だ。

 

でも。

 

それとは別に。

 

高遠さんと、もう少し話してみたい。

 

さっき廊下で、

 

「それならまあ」

 

と言ってくれたことが、思った以上に嬉しかった。

 

競技者としての興味だけでは、たぶん説明できない。

 

けれど。

 

今はまだ、それが何なのか決めなくてもいい。

 

杏奈は見学案内を机の中へ入れた。

 

まずは明日。

 

渡してみよう。

 

その先は。

 

高遠さんが決めればいい。




沼というのは動けば動くほど沈んでしまうもの。
気づいた時にはどっぷりと深みに嵌まってしまうのです。

沼らせ最高!!

皆さんの沼らせに関する見解を感想を是非お話しください。
それではまた次回お会いしましょう。
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