TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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久しぶりの更新です。お待たせしました。
モチベーションが燃え尽きて、アニメやら小説を見てたらあっという間に時間が過ぎてて驚きましたw

感想を見てて個人的に気になった話をいくつか修正しているので、そちらも是非ご覧いただければと思います。


間話

 

佐伯亮介、三十二歳。

都内の芸能事務所で、モデル部門のスカウトを担当して七年になる。

 

仕事を簡単に説明するなら、街を歩きながら、まだ見つかっていない人材を探す仕事だ。

 

そう言えば聞こえはいい。

 

実際には、何時間も人通りの多い場所を歩き続け、何百人という顔を見て、そのほとんどには声をかけない。

 

駅前。

 

繁華街。

 

ショッピングモール。

 

イベント会場。

 

休日ともなれば、視界を横切る人間は何千人にもなる。

 

顔立ちが整っている人なら珍しくない。

 

背が高い人間もいる。

 

細身でスタイルのいい人だって、それなりにいる。

 

だから。

 

ただ美人だからといって、片っ端から声をかけるわけではない。

 

佐伯がこの仕事を始めた頃、先輩から何度も言われたことがある。

 

――人混みの中に置いて、それでも目が止まるか。

 

結局のところ。

 

そこが一番重要だった。

 

「……ん?」

 

その日も、駅前の歩道を眺めていた時だった。

 

佐伯の視線が止まった。

 

信号の向こう。

 

人の流れの中を、一人の少女が歩いていた。

 

最初に気づいたのは、身長だった。

 

高い。

 

周囲の女性より明らかに頭ひとつ抜けている。

 

百七十後半。

 

もしかすると、百八十近い。

 

だが。

 

佐伯が足を止めた理由は、そこではなかった。

 

「……バランス、すごいな」

 

思わず呟く。

 

背が高い人間そのものは珍しくない。

 

だが、身長が高ければモデル向きというほど話は単純ではない。

 

肩。

 

腕。

 

腰の位置。

 

脚の長さ。

 

首から顔へ繋がる線。

 

すべてが、不自然なくまとまっている。

 

どこか一部分だけが強く主張しているわけではない。

 

それなのに。

 

全体を見た時の印象が強い。

 

遠目からでも、全身の比率がきれいだった。

 

黒に近いダークブラウンの髪が、歩くたびに背中で静かに揺れている。

 

服装はごく普通だった。

 

休日らしい薄手の上着。

 

シンプルなパンツ。

 

歩きやすそうな靴。

 

ブランド物で固めているわけでもない。

 

派手に着飾っている様子もない。

 

むしろ。

 

本人はできるだけ目立たない格好を選んでいるようにすら見えた。

 

それなのに。

 

目立つ。

 

人混みの中を歩いているだけなのに、視線が吸われる。

 

一度すれ違った男性が、数歩進んでから振り返った。

 

向こうから歩いてきた女子二人組も、少女の横を通り過ぎたあと、小声で何か話している。

 

本人だけが。

 

何事もなかったように歩いている。

 

気づいていないのか。

 

それとも、慣れているのか。

 

佐伯は少し目を細めた。

 

少女の歩き方には、不思議な特徴があった。

 

姿勢がいい。

 

けれど、胸を張っているわけではない。

 

むしろ力は抜けている。

 

歩幅は身長相応に大きいが、急いでいる感じもしない。

 

前から人が来れば、ほんの少し進路をずらす。

 

子供が横から飛び出してくれば、自然に速度を落とす。

 

スマートフォンを見ながら歩く人が近づけば、先に半歩避ける。

 

いちいち相手へ顔を向けるわけでもない。

 

なのに。

 

ぶつからない。

 

「周り、よく見えてるな」

 

芸能活動の経験でもあるのか。

 

一瞬、そう考えた。

 

人前に出る仕事をしている者には、他人の視線へ慣れている人間がいる。

 

不用意にきょろきょろしない。

 

誰かに見られていても挙動が崩れない。

 

歩き方も安定している。

 

だが。

 

あの少女の場合、それとも少し違う。

 

見られていること自体を、特に重要だと思っていない。

 

そんなふうに見えた。

 

その時。

 

少女が立ち止まった。

 

視線の先には、洋菓子店のショーケースがある。

 

先ほどまでほとんど変わらなかった表情が。

 

ほんの少しだけ動いた。

 

眠そうにも見えた目元が、わずかに柔らかくなる。

 

「……そっちには反応するんだ」

 

佐伯は小さく笑った。

 

見ているのはプリンだった。

 

少女は数秒ほどショーケースを眺める。

 

しかし、店には入らない。

 

まだ先に用事があるのか、そのまま再び歩き出した。

 

ここまで見て。

 

佐伯は決めた。

 

一度、声をかけてみる。

 

問題は年齢だった。

 

見た目だけなら大学生にも見える。

 

一方で、顔にはまだ高校生くらいの幼さも残っている。

 

未成年なら、当然扱いは慎重にする必要がある。

 

佐伯は社員証と名刺を確認する。

 

進路を塞がないように距離を取り、横から声をかけた。

 

「すみません。突然申し訳ありません」

 

少女が足を止めた。

 

振り返る。

 

近くで見て。

 

佐伯は一瞬だけ言葉に詰まった。

 

遠目でも十分整っていると思った。

 

だが。

 

近くでは、また印象が違う。

 

派手さはない。

 

一つのパーツだけが際立っている顔でもない。

 

全体が妙に整っている。

 

それ以上に印象に残るのは、その目だった。

 

少し眠たげな瞳が、静かにこちらを見ている。

 

警戒していないわけではない。

 

むしろ。

 

一瞬でこちらを確認しているように見えた。

 

服装。

 

手元。

 

立っている位置。

 

距離。

 

そのうえで。

 

何の用だろう。

 

と待っている。

 

そんな顔だった。

 

佐伯は名刺を見える位置に出した。

 

「私、こういう者です」

 

少女の視線が名刺へ落ちる。

 

すぐには手を伸ばさない。

 

佐伯は続けた。

 

「芸能事務所でモデル部門のスカウトをしています。突然声をかけてしまって、すみません」

 

「ああ」

 

少女が小さく頷いた。

 

それでようやく意味が分かったらしい。

 

「そういう」

 

反応が薄い。

 

佐伯は少し意外に思った。

 

普通なら。

 

警戒するにしても、驚くにしても、もう少し反応がある。

 

少女は名刺を確認する。

 

会社名。

 

佐伯の氏名。

 

連絡先。

 

記載内容を一通り見てから、ようやく受け取った。

 

「ありがとうございます」

 

「いえ」

 

落ち着いている。

 

佐伯は少し慎重に尋ねた。

 

「失礼ですが、高校生ですか?」

 

「はい」

 

やはり。

 

「何年生?」

 

「一年です」

 

高校一年生。

 

十五か十六。

 

佐伯は内心で少し驚いた。

 

見た目の完成度だけなら、もっと上に見える。

 

だが。

 

それ以上に気になったのは、受け答えだった。

 

知らない大人に突然声をかけられているのに、妙に慌てない。

 

かといって、距離を詰めてくるわけでもない。

 

必要なことだけ答えている。

 

「モデルのお仕事には、興味ありませんか?」

 

「特には」

 

即答。

 

佐伯は一瞬黙った。

 

「雑誌や広告の撮影とか」

 

「今のところは」

 

「こういう声をかけられたことは?」

 

少女は少しだけ考える。

 

「たまに」

 

なるほど。

 

だから慣れているのか。

 

佐伯はそう受け取った。

 

実際には。

 

少女――透花からすれば、街中で知らない人間に声をかけられること自体が時々あるだけだった。

 

容姿について話しかけられることもある。

 

道を聞かれることもある。

 

だから。

 

相手が誰であれ、必要以上に会話を広げない。

 

ただそれだけだった。

 

「もしよければ、お名前だけでも――」

 

佐伯がそこまで言うと。

 

少女の目が、ほんの少し細くなった。

 

「すみません」

 

声は変わらず穏やかだった。

 

「初対面の人に名前を教えるのは、ちょっと」

 

「あ」

 

佐伯はすぐに頷いた。

 

「そうですよね。すみません」

 

当然だ。

 

むしろ高校一年生としては、その方が正しい。

 

しかし。

 

佐伯は少し感心していた。

 

断り方が妙に落ち着いている。

 

感情的に拒絶するでもなく。

 

曖昧に笑って流すでもない。

 

必要な線を引く。

 

高校生というより。

 

社会人相手でも慣れている人間の対応に近い。

 

相手を不必要に刺激せず、それでも自分の領域には入れない。

 

佐伯には、そんなふうに見えた。

 

もちろん。

 

本人はそこまで深く考えているわけではない。

 

知らない人には個人情報を渡さない。

 

ただそれだけである。

 

「名刺だけ持っていてもらってもいいですか?」

 

少女は手元を見る。

 

「それなら」

 

鞄へしまった。

 

「もし少しでも興味が出たら、ご家族と相談したうえで、事務所へ連絡してください」

 

「分かりました」

 

「もちろん、連絡しなくても大丈夫です」

 

「それなら助かります」

 

即答。

 

佐伯は少し笑いそうになった。

 

普通。

 

ここで「考えてみます」くらいは言うものだ。

 

だが。

 

この少女は、期待を持たせる言葉を使わない。

 

「ちなみに」

 

佐伯はもう一つだけ聞いてみる。

 

「モデルのお仕事に興味がない理由って、何かあります?」

 

少女は少し考えた。

 

大した理由ではない。

 

そんな顔だった。

 

「予定が増えると疲れそうなので」

 

佐伯は黙った。

 

「……それだけ?」

 

「移動とか、撮影とかありますよね」

 

「ありますね」

 

「休日も?」

 

「仕事によっては」

 

「じゃあ、今はいいかなと」

 

本当に。

 

それだけだった。

 

将来性。

 

報酬。

 

華やかな世界。

 

有名になれる可能性。

 

そういうものより。

 

休日が潰れる。

 

そちらの方が重要らしい。

 

「目立つのは、あまり好きじゃない?」

 

「できれば普通がいいです」

 

佐伯は目の前の少女を見る。

 

百八十近い身長。

 

長い手足。

 

全身の比率が整った体型。

 

人混みの中にいても自然と目に入る容姿。

 

その本人が。

 

普通がいい。

 

「……なるほど」

 

それ以外の答えが出なかった。

 

少女が首を傾げる。

 

「何か?」

 

「いえ」

 

本人の希望である。

 

否定する理由はない。

 

「お時間取らせてすみませんでした」

 

「大丈夫です」

 

「ありがとうございます」

 

少女は軽く頭を下げる。

 

それから。

 

何事もなかったように歩き出した。

 

佐伯は、その背中を見送った。

 

長い脚。

 

一定の歩幅。

 

人混みへ戻っても、やはり目立つ。

 

数十メートル先。

 

別の人間が彼女を見た。

 

一瞬だけ目で追う。

 

本人は気づかない。

 

あるいは。

 

気づいていて気にしていない。

 

「……普通ねえ」

 

かなり難しいと思う。

 

 

佐伯にはもう一つ、妙に印象に残ったことがあった。

 

普通なら。

 

高校生が突然スカウトされれば、多少は心が動く。

 

驚く。

 

喜ぶ。

 

疑う。

 

家族や友達にすぐ連絡する。

 

あるいは、自分の容姿を気にする。

 

だが。

 

あの少女には、ほとんどそれがなかった。

 

褒めても浮かれない。

 

仕事を説明しても食いつかない。

 

断る時も相手へ媚びない。

 

そのくせ、失礼でもない。

 

必要なことだけ確認して。

 

必要なところでは線を引いて。

 

静かに去っていった。

 

佐伯は少し考える。

 

「……撮影現場では、逆に強そうだな」

 

無表情なら、クール。

 

目線を外せば、アンニュイ。

 

少し笑えば、普段との落差が出る。

 

黙って立っているだけなら、雰囲気がある。

 

本人は。

 

ただ疲れていたとしても。

 

周囲は勝手に意味を見出すだろう。

 

まるで最初から。

 

そう見せる方法を知っているみたいに。

 

もちろん。

 

本人にはそんな意図などない。

 

そこまで考えたところで。

 

佐伯は、もう一度少女の姿を見つけた。

 

先ほどの洋菓子店だった。

 

今度は中へ入っている。

 

ショーケースの前。

 

先ほどスカウトを受けていた時よりも、明らかに真剣な顔をしている。

 

二種類のプリンを見比べていた。

 

一つは期間限定。

 

もう一つは定番商品。

 

数秒。

 

十数秒。

 

まだ迷っている。

 

佐伯は思わず笑った。

 

「そっちの方が悩むのか」

 

さっきまで。

 

モデルにならないかという話には、ほとんど迷わなかった。

 

それなのに。

 

プリンは即決できない。

 

佐伯はスマートフォンを取り出す。

 

今日のスカウト記録を開いた。

 

氏名。

 

入力しようとして。

 

止まる。

 

教えてもらっていない。

 

当然だ。

 

そこで。

 

氏名不明。

 

高校一年生。

 

推定身長、百七十八から百八十程度。

 

モデル経験不明。

 

所属不明。

 

声掛け時の反応――。

 

少し考える。

 

そして。

 

「現時点で興味なし。本人の意思は明確」

 

と入力した。

 

その下へ。

 

もう一文。

 

「素材として非常に印象的。容姿に対する自己評価が低いというより、そもそも関心が薄い可能性あり」

 

さらに指が動く。

 

「受け答えが年齢よりかなり落ち着いている。警戒心あり。距離感は明確」

 

保存。

 

それで仕事としては終わりだ。

 

無理に追いかけるつもりはない。

 

未成年でもある。

 

本人が望まないなら、それまでだ。

 

ただ。

 

もし数年後。

 

街中の広告や雑誌で、あの眠そうな目を見かけたとしても。

 

たぶん驚かない。

 

むしろ。

 

「やっぱり誰かが放っておかなかったか」

 

そう思うだろう。

 

 

その頃。

 

本人は。

 

そんな未来など知らず。

 

ショーケースの前で腕を組んでいた。

 

期間限定か。

 

定番か。

 

どちらも捨てがたい。

 

値段は大きく変わらない。

 

なら、期間限定を選ぶべきか。

 

しかし、定番は定番で安定している。

 

透花は静かに悩む。

 

先ほど渡された名刺のことは。

 

すでに鞄の中だった。

 

モデルになるかどうかより。

 

今の透花にとっては。

 

目の前のプリンをどちらにするかの方が、よほど難しい問題だった。

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