TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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第21話 弟妹は訝しむ

 

休日の午後。

 

高遠家のリビングには、三人しかいなかった。

 

両親は朝から外出中。

夕方までは戻らないらしい。

 

そして長女の透花は、ソファの端で完全に動きを止めていた。

 

「姉ちゃん」

 

床に座っていた悠真が振り返る。

 

「なに」

 

「さっきから全然動いてなくない?」

 

「休日だから」

 

「休日って活動停止日じゃないだろ」

 

向かいで本を読んでいた結衣が顔を上げる。

 

「お姉ちゃんにとっては、かなり近いんじゃない?」

 

「結衣まで」

 

透花はそう言ったきり、またソファへ沈んだ。

 

学校でどんな顔をしているのか、悠真は詳しく知らない。

 

ただ、たまに見かける姉の同級生の反応を見る限り、外では妙に落ち着いた人間として認識されているらしい。

 

家ではこれである。

 

「省エネにも限度があるだろ」

 

「呼吸はしてる」

 

「最低条件の話してない」

 

そこでインターホンが鳴った。

 

透花が時計を見る。

 

「千夏かな」

 

「今日来るの?」

 

「来ていいって言った」

 

悠真が立ち上がるより先に、透花が玄関へ向かった。

 

動けるなら最初から動け。

 

そう思ったが、口には出さなかった。

 

♢

 

「お邪魔します」

 

リビングへ入ってきた千夏は、小さな紙袋を片手に持っていた。

 

「悠真、結衣、久しぶり」

 

「千夏姉、久しぶり」

 

「こんにちは、千夏ちゃん」

 

「これ、駅前で買ってきたんだ。四人で食べようと思って」

 

袋の中には焼き菓子が入っているらしい。

 

悠真がすぐに覗き込む。

 

「さすが千夏姉」

 

「悠真は一人で食べすぎないでね」

 

「まだ何もしてないんだけど」

 

「前科があるから」

 

結衣が小さく笑った。

 

千夏はそのまま結衣の髪を見る。

 

「結衣、ちょっと伸びた?」

 

「うん。少しだけ」

 

「似合ってる」

 

「ありがとう」

 

そんな会話をしながら、千夏は自然にリビングの奥へ進む。

 

透花はすでに元のソファへ戻っていた。

 

千夏がその隣へ向かう。

 

すると透花は、何も言われていないのに少しだけ横へずれた。

 

千夏も何も言わず、空いた場所へ座る。

 

悠真は黙った。

 

結衣も一度だけ二人を見る。

 

「……姉ちゃん」

 

「なに?」

 

「なんで今、詰めたの?」

 

「千夏が座ると思ったから」

 

「いつもここだし」

 

千夏まで当然のように答える。

 

悠真は結衣を見る。

 

結衣も悠真を見る。

 

「それだよ」

 

「何が?」

 

透花は本気で分かっていない顔をしていた。

 

♢

 

「飲み物どうする?」

 

千夏が立ち上がる。

 

「麦茶でいい」

 

「悠真と結衣は?」

 

「俺も」

 

「私もお願い」

 

「分かった」

 

そのまま千夏は迷わずキッチンへ入った。

 

冷蔵庫を開ける。

 

棚からコップを出す。

 

しかも透花が普段使っているものまで把握していた。

 

悠真はとうとう耐えられなくなった。

 

「千夏姉」

 

「ん?」

 

「なんでうちの食器の場所そんな詳しいの?」

 

「昔から来てるから」

 

「俺より分かってない?」

 

「それは悠真がキッチン使わなすぎなんじゃない?」

 

「反論できないのが悔しい」

 

結衣が静かに言う。

 

「千夏ちゃん、前にお母さんと一緒に片づけてたこともあったよ」

 

「ほら」

 

「ほら、じゃないんだよなあ」

 

何が問題なのか、千夏には伝わっていないらしい。

 

麦茶を四つ並べると、そのうち一つを迷わず透花へ渡した。

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

それだけ。

 

特別な空気など何もない。

 

そこが余計に気になった。

 

♢

 

焼き菓子を開けると、味が四種類入っていた。

 

透花は中を一度見て、迷わず一つ取る。

 

千夏は残った中から別のものを選んだ。

 

悠真が気づく。

 

「姉ちゃん、それ千夏姉が苦手なやつ避けた?」

 

「千夏、シナモン強いのあんまり好きじゃないから」

 

「うん。苦手」

 

「だから先に取っただけ」

 

また当然のように言う。

 

悠真は眉を寄せた。

 

「十年以上一緒にいると、そこまで覚えるもんなの?」

 

結衣が答える。

 

「普通は覚えるんじゃない?」

 

「結衣、お前俺の嫌いなお菓子全部分かる?」

 

「辛いのと、レーズン入り」

 

「二個しか出てこないじゃん」

 

「お兄ちゃんが分かりやすすぎるだけ」

 

「それ褒めてないよな?」

 

その間にも、透花と千夏は普通にテレビを見ていた。

 

千夏がリモコンへ視線を向ける。

 

透花が先に取って渡す。

 

「ありがと」

 

「ん」

 

しばらくして千夏が少し暑そうに髪を持ち上げる。

 

透花がエアコンの温度を一度下げる。

 

「寒かったら言って」

 

「大丈夫」

 

会話は短い。

 

というより、ほとんど説明がない。

 

悠真は何となく観察を始めた。

 

千夏が座り直そうとすれば、透花が自然に足を引く。

 

透花が眠そうになれば、千夏は話しかける回数を減らす。

 

千夏がスマートフォンを見始めても、透花は気にしない。

 

二人とも、黙っている時間の方が長い。

 

なのに。

 

気まずそうには見えなかった。

 

「……なあ、結衣」

 

「なに?」

 

「やっぱあの二人、ちょっと変じゃない?」

 

「お兄ちゃんが言うと変な意味に聞こえる」

 

「俺のせい?」

 

結衣は返事をせず、ソファの二人を見る。

 

しばらくして。

 

「……でも」

 

「でも?」

 

「ちょっと分かるかも」

 

悠真が勝ち誇った顔になる。

 

「だろ?」

 

「その顔は腹立つ」

 

「なんでだよ」

 

結衣はもう一度二人を見る。

 

千夏が近い。

 

けれど、それだけではない。

 

近いことを、どちらも気にしていない。

 

距離が近いというより、もう距離を測る必要がないみたいだった。

 

昔から何度も見てきた光景なのに。

 

改めて見ると、少し不思議だった。

 

♢

 

夕方。

 

結衣が時計を見た。

 

「お母さんたち、まだ帰らないみたい」

 

スマートフォンには、帰宅が少し遅くなるという連絡が入っていた。

 

「ご飯どうする?」

 

悠真が聞く。

 

「冷蔵庫に作り置きあるって」

 

「じゃあ温めればいいね」

 

千夏が立ち上がる。

 

悠真も反射的に立った。

 

「待って」

 

「なに?」

 

「なんで千夏姉が普通に夕飯の準備に参加してるの?」

 

「四人いるんだから、一緒にやった方が早いでしょ」

 

透花も立ち上がる。

 

「そうだね」

 

「姉ちゃんまで」

 

「私の家だけど」

 

「そういう話じゃない」

 

結衣もゆっくり立つ。

 

「……お兄ちゃん」

 

「何」

 

「さっきの話、もう少し分かってきた」

 

「だろ?」

 

「でも、千夏ちゃんが普通すぎるのも原因だと思う」

 

「何の話?」

 

千夏が怪訝そうな顔をする。

 

悠真は少し迷ってから、結局口にした。

 

「千夏姉、もう半分うちの家族みたいだなって」

 

「は?」

 

今日初めて。

 

千夏の動きが完全に止まった。

 

「ち、違うから!」

 

「でも冷蔵庫の中身まで知ってるし」

 

「昔から来てるからでしょ!」

 

「姉ちゃんの好みも生活パターンも分かってるし」

 

「それも幼馴染だから!」

 

透花が首を傾げる。

 

「千夏は朝比奈家だけど」

 

「姉ちゃんは黙ってて」

 

「なんで?」

 

結衣がため息をつく。

 

「お姉ちゃんが入ると、話がややこしくなるから」

 

「理不尽では?」

 

千夏は耳まで赤くなっていた。

 

悠真は笑う。

 

結衣も少しだけ口元を緩める。

 

当の透花だけが、最後までよく分かっていない顔をしていた。

 

いつも通りの休日だった。

 

少なくとも。

 

透花と千夏にとっては。

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