TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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弟妹は訝しむ

 

休日の午後。

 

高遠家のリビングには、三人しかいなかった。

 

両親は朝から外出中。

夕方までは戻らないらしい。

 

そして長女の透花は、ソファの端で完全に動きを止めていた。

 

「姉ちゃん」

 

床に座っていた悠真が振り返る。

 

「なに」

 

「さっきから全然動いてなくない?」

 

「休日だから」

 

「休日って活動停止日じゃないだろ」

 

向かいで本を読んでいた結衣が顔を上げる。

 

「お姉ちゃんにとっては、かなり近いんじゃない?」

 

「結衣まで」

 

透花はそう言ったきり、またソファへ沈んだ。

 

学校でどんな顔をしているのか、悠真は詳しく知らない。

 

ただ、たまに見かける姉の同級生の反応を見る限り、外では妙に落ち着いた人間として認識されているらしい。

 

家ではこれである。

 

「省エネにも限度があるだろ」

 

「呼吸はしてる」

 

「最低条件の話してない」

 

そこでインターホンが鳴った。

 

透花が時計を見る。

 

「千夏かな」

 

「今日来るの?」

 

「来ていいって言った」

 

悠真が立ち上がるより先に、透花が玄関へ向かった。

 

動けるなら最初から動け。

 

そう思ったが、口には出さなかった。

 

♢

 

「お邪魔します」

 

リビングへ入ってきた千夏は、小さな紙袋を片手に持っていた。

 

「悠真、結衣、久しぶり」

 

「千夏姉、久しぶり」

 

「こんにちは、千夏ちゃん」

 

「これ、駅前で買ってきたんだ。四人で食べようと思って」

 

袋の中には焼き菓子が入っているらしい。

 

悠真がすぐに覗き込む。

 

「さすが千夏姉」

 

「悠真は一人で食べすぎないでね」

 

「まだ何もしてないんだけど」

 

「前科があるから」

 

結衣が小さく笑った。

 

千夏はそのまま結衣の髪を見る。

 

「結衣、ちょっと伸びた?」

 

「うん。少しだけ」

 

「似合ってる」

 

「ありがとう」

 

そんな会話をしながら、千夏は自然にリビングの奥へ進む。

 

透花はすでに元のソファへ戻っていた。

 

千夏がその隣へ向かう。

 

すると透花は、何も言われていないのに少しだけ横へずれた。

 

千夏も何も言わず、空いた場所へ座る。

 

悠真は黙った。

 

結衣も一度だけ二人を見る。

 

「……姉ちゃん」

 

「なに?」

 

「なんで今、詰めたの?」

 

「千夏が座ると思ったから」

 

「いつもここだし」

 

千夏まで当然のように答える。

 

悠真は結衣を見る。

 

結衣も悠真を見る。

 

「それだよ」

 

「何が?」

 

透花は本気で分かっていない顔をしていた。

 

♢

 

「飲み物どうする?」

 

千夏が立ち上がる。

 

「麦茶でいい」

 

「悠真と結衣は?」

 

「俺も」

 

「私もお願い」

 

「分かった」

 

そのまま千夏は迷わずキッチンへ入った。

 

冷蔵庫を開ける。

 

棚からコップを出す。

 

しかも透花が普段使っているものまで把握していた。

 

悠真はとうとう耐えられなくなった。

 

「千夏姉」

 

「ん?」

 

「なんでうちの食器の場所そんな詳しいの?」

 

「昔から来てるから」

 

「俺より分かってない?」

 

「それは悠真がキッチン使わなすぎなんじゃない?」

 

「反論できないのが悔しい」

 

結衣が静かに言う。

 

「千夏ちゃん、前にお母さんと一緒に片づけてたこともあったよ」

 

「ほら」

 

「ほら、じゃないんだよなあ」

 

何が問題なのか、千夏には伝わっていないらしい。

 

麦茶を四つ並べると、そのうち一つを迷わず透花へ渡した。

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

それだけ。

 

特別な空気など何もない。

 

そこが余計に気になった。

 

♢

 

焼き菓子を開けると、味が四種類入っていた。

 

透花は中を一度見て、迷わず一つ取る。

 

千夏は残った中から別のものを選んだ。

 

悠真が気づく。

 

「姉ちゃん、それ千夏姉が苦手なやつ避けた?」

 

「千夏、シナモン強いのあんまり好きじゃないから」

 

「うん。苦手」

 

「だから先に取っただけ」

 

また当然のように言う。

 

悠真は眉を寄せた。

 

「十年以上一緒にいると、そこまで覚えるもんなの?」

 

結衣が答える。

 

「普通は覚えるんじゃない?」

 

「結衣、お前俺の嫌いなお菓子全部分かる?」

 

「辛いのと、レーズン入り」

 

「二個しか出てこないじゃん」

 

「お兄ちゃんが分かりやすすぎるだけ」

 

「それ褒めてないよな?」

 

その間にも、透花と千夏は普通にテレビを見ていた。

 

千夏がリモコンへ視線を向ける。

 

透花が先に取って渡す。

 

「ありがと」

 

「ん」

 

しばらくして千夏が少し暑そうに髪を持ち上げる。

 

透花がエアコンの温度を一度下げる。

 

「寒かったら言って」

 

「大丈夫」

 

会話は短い。

 

というより、ほとんど説明がない。

 

悠真は何となく観察を始めた。

 

千夏が座り直そうとすれば、透花が自然に足を引く。

 

透花が眠そうになれば、千夏は話しかける回数を減らす。

 

千夏がスマートフォンを見始めても、透花は気にしない。

 

二人とも、黙っている時間の方が長い。

 

なのに。

 

気まずそうには見えなかった。

 

「……なあ、結衣」

 

「なに?」

 

「やっぱあの二人、ちょっと変じゃない?」

 

「お兄ちゃんが言うと変な意味に聞こえる」

 

「俺のせい?」

 

結衣は返事をせず、ソファの二人を見る。

 

しばらくして。

 

「……でも」

 

「でも?」

 

「ちょっと分かるかも」

 

悠真が勝ち誇った顔になる。

 

「だろ?」

 

「その顔は腹立つ」

 

「なんでだよ」

 

結衣はもう一度二人を見る。

 

千夏が近い。

 

けれど、それだけではない。

 

近いことを、どちらも気にしていない。

 

距離が近いというより、もう距離を測る必要がないみたいだった。

 

昔から何度も見てきた光景なのに。

 

改めて見ると、少し不思議だった。

 

♢

 

夕方。

 

結衣が時計を見た。

 

「お母さんたち、まだ帰らないみたい」

 

スマートフォンには、帰宅が少し遅くなるという連絡が入っていた。

 

「ご飯どうする?」

 

悠真が聞く。

 

「冷蔵庫に作り置きあるって」

 

「じゃあ温めればいいね」

 

千夏が立ち上がる。

 

悠真も反射的に立った。

 

「待って」

 

「なに?」

 

「なんで千夏姉が普通に夕飯の準備に参加してるの?」

 

「四人いるんだから、一緒にやった方が早いでしょ」

 

透花も立ち上がる。

 

「そうだね」

 

「姉ちゃんまで」

 

「私の家だけど」

 

「そういう話じゃない」

 

結衣もゆっくり立つ。

 

「……お兄ちゃん」

 

「何」

 

「さっきの話、もう少し分かってきた」

 

「だろ?」

 

「でも、千夏ちゃんが普通すぎるのも原因だと思う」

 

「何の話?」

 

千夏が怪訝そうな顔をする。

 

悠真は少し迷ってから、結局口にした。

 

「千夏姉、もう半分うちの家族みたいだなって」

 

「は?」

 

今日初めて。

 

千夏の動きが完全に止まった。

 

「ち、違うから!」

 

「でも冷蔵庫の中身まで知ってるし」

 

「昔から来てるからでしょ!」

 

「姉ちゃんの好みも生活パターンも分かってるし」

 

「それも幼馴染だから!」

 

透花が首を傾げる。

 

「千夏は朝比奈家だけど」

 

「姉ちゃんは黙ってて」

 

「なんで?」

 

結衣がため息をつく。

 

「お姉ちゃんが入ると、話がややこしくなるから」

 

「理不尽では?」

 

千夏は耳まで赤くなっていた。

 

悠真は笑う。

 

結衣も少しだけ口元を緩める。

 

当の透花だけが、最後までよく分かっていない顔をしていた。

 

いつも通りの休日だった。

 

少なくとも。

 

透花と千夏にとっては。

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