高遠 透花にとって休息というものは何よりも重要な行動である。
そんな怠け者の彼女が過ごす1日を見てみよう
ガチャ
「お姉ちゃーん、朝ごはんできてるよぉ〜起きて」
そんな妹の掛け声で目が覚める
正直まだ寝てたいが、朝飯が出来てるなら起きなきゃならん
そんなことを考えながら呻き声をあげて身体を動かす
「変な声出してないでさっさと起きる!」
「……起きてる。今、身体と相談してる」
「何を相談することがあるの」
「布団から出るかどうか」
「もう答え出てるでしょ!」
結衣の声が一段大きくなった。
仕方がない。
俺は布団を持ち上げ、ゆっくりと上半身を起こす。
眠い。
非常に眠い。
時計を見る。
午前八時十二分。
休日として考えれば、十分早朝である。
「結衣」
「なに?」
「あと一時間後じゃ駄目?」
「朝ごはん冷めるよ」
「電子レンジという文明の利器がある」
「お母さんが作ったのに?」
「起きます」
俺は立ち上がった。
母さんという単語は強い。
せっかく用意してくれたものを冷めるまで放置するのは、さすがに気が引ける。
結衣は満足そうに頷き、先に部屋を出ていった。
その背中を見送りながら、俺は伸びをする。
身体は軽い。
健康そのものだ。
だが。
健康だからといって活発に動かなければならないという法律はない。
俺は休日を休むために使う。
それが正しい休日の在り方である。
たぶん。
リビングへ降りると、すでに家族は揃っていた。
「遅いぞ、姉ちゃん」
悠真が味噌汁を飲みながら言う。
「休日だから」
「その言葉、万能だと思ってない?」
「便利ではある」
母さんが呆れたように笑う。
「透花、髪すごいわよ」
「ん?」
横を見る。
窓ガラスに映った自分の髪が、見事に片側だけ跳ねていた。
「あとで直す」
「今直しなさい」
「ご飯の後で」
「そのまま外に出ないならいいけど」
「今日は出ない予定」
すると父さんが新聞から顔を上げる。
「天気いいぞ」
「そうなんだ」
「散歩でもしたらどうだ?」
「窓から確認しておく」
「そういう意味じゃないんだけどな」
父さんは苦笑した。
俺は自分の席へ座る。
今日の朝食は焼き魚、味噌汁、卵焼き。
ごく普通。
そして非常にありがたい。
箸を持ち、卵焼きを口へ運ぶ。
甘い。
「おいしい」
「そう?」
母さんが少し笑う。
「うん」
休日の朝から温かい飯が出てくる。
冷静に考えれば、とても恵まれた環境だ。
だからこそ。
食べ終わったら全力で休もう。
「姉ちゃん」
悠真がこちらを見る。
「今、食べ終わったら寝ようって考えてた?」
「失礼な」
「違うの?」
「ソファに移動しようと思ってた」
「ほぼ同じじゃん」
細かい男である。
午前九時。
予定通り、俺はソファへ移動した。
テレビでは休日の情報番組が流れている。
内容は特に頭へ入ってこない。
隣では結衣がスマートフォンを見ている。
床には悠真。
母さんと父さんは買い物へ出ていった。
静かだ。
平和である。
俺はクッションを抱え、横になる。
「お姉ちゃん」
「んー?」
「朝ごはん食べてから三十分も経ってないよ」
「食後の休憩」
「寝てるよね?」
「目を閉じてるだけ」
「それ寝る前の人が言うやつ」
俺は答えなかった。
答えるのも体力を使う。
数分後。
スマートフォンが震えた。
仕方なく画面を見る。
千夏からだった。
『起きてる?』
俺は少し考えてから返す。
『たぶん』
数秒後。
『たぶんって何』
『布団からは出た』
『じゃあ起きてるじゃん』
その通りである。
『今日暇?』
『忙しい』
『何するの?』
俺はソファを見る。
クッション。
毛布。
テレビ。
非常に重要な予定が詰まっている。
『休む』
返事を送る。
しばらくして。
『それを暇っていうんだよ』
失礼な。
休息は立派な予定である。
「千夏ちゃん?」
結衣が横から聞く。
「うん」
「今日来るの?」
「分からない」
その直後。
『午後そっち行っていい?』
来るらしい。
『いいよ』
送信。
結衣が画面を見ていたわけでもないのに、小さく笑った。
「やっぱり来るんだ」
「なんで分かったの」
「なんとなく」
妹の観察力が少し怖い。
昼。
冷蔵庫にあった焼きそばを温めて食べた。
その後。
再びソファ。
午後一時。
千夏が来た。
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
俺はソファから片手だけ上げた。
千夏が立ち止まる。
「透花」
「なに」
「朝からずっとその格好?」
「途中でご飯食べた」
「そういうことじゃない」
分からない。
千夏はため息をつきながら隣へ座った。
「せっかくの休日なのに」
「だから休んでる」
「どこか行こうとか思わないの?」
「昨日学校行った」
「学校はお出かけじゃないよ」
「外には出てる」
「基準が低い」
そう言いながらも、千夏は俺を無理に立たせようとはしなかった。
自分のスマートフォンを取り出し、そのまま隣で動画を見始める。
しばらくすると。
会話がなくなった。
テレビの音。
時々、千夏のスマートフォンから聞こえる音。
それだけ。
気まずさはない。
むしろ楽である。
十年以上一緒にいると、無言の時間に意味を求めなくて済む。
「……透花」
「ん?」
「眠い?」
「少し」
「寝れば?」
「そうする」
俺は目を閉じる。
「本当に寝るんだ」
「許可もらったから」
「別に許可したわけじゃ……まあいいけど」
声が遠くなる。
そして。
目を開ける。
時計は午後三時四十分。
「……寝た」
「見れば分かる」
千夏はまだ隣にいた。
結衣も向かい側にいる。
悠真はいつの間にかいなくなっていた。
「悠真は?」
「友達と出かけた」
「元気だね」
「高校生なら普通だと思う」
千夏が言う。
俺も高校生なのだが。
まあいい。
テーブルを見ると、お菓子が置いてある。
「これ何?」
「千夏ちゃんが持ってきてくれた」
結衣が答える。
「透花の分も残してあるよ」
千夏が袋をこちらへ押す。
「ありがとう」
中を見る。
チョコレート菓子。
俺は一つ取る。
甘い。
ちょうどいい。
「幸せそうな顔するね」
千夏が笑う。
「甘いものは人類の発明の中でも上位だと思う」
「急に壮大な話になった」
「疲れた時にも効く」
「今日何に疲れたの?」
「起きた」
「それだけ?」
それだけとは何だ。
睡眠状態から覚醒状態への移行は、それなりに大きな変化である。
説明しようかと思ったが。
面倒なのでやめた。
夕方。
千夏が帰り。
父さんと母さんが戻ってきた。
夕飯を食べ。
風呂に入り。
髪を乾かす。
午後九時。
自分の部屋。
ベッド。
完璧である。
俺は仰向けになり、今日一日を振り返る。
朝起きた。
朝飯を食べた。
休んだ。
昼飯を食べた。
休んだ。
千夏が来た。
寝た。
お菓子を食べた。
夕飯を食べた。
風呂に入った。
そして今。
再び寝ようとしている。
素晴らしい。
無駄がない。
「……いや」
かなり無駄しかなかった気もする。
だが。
休日なのだから、それでいい。
何かを成し遂げなければならない日ばかりでは疲れてしまう。
何もしない日があるから、何かする日にも動ける。
たぶん。
そんな理屈を考えながら布団をかぶる。
スマートフォンが震えた。
千夏。
『明日はちゃんと学校来てね』
俺は眉を寄せる。
『行くよ』
『今日ずっと寝てたから心配になった』
『充電した』
数秒。
『人間はスマホじゃないんだよ』
知っている。
けれど似たようなものだと思う。
休まなければ動けなくなる。
なら。
休める時に休んでおくのが正しい。
俺はスマートフォンを伏せる。
明日は学校。
つまり。
今日はもう寝てもいい時間である。
時計を見る。
午後九時十二分。
少し早い。
だが問題ない。
休息に、早すぎるということはない。
そう結論づけ。
俺は目を閉じた。
高遠透花の休日。
特に事件は起きなかった。
何かを成し遂げたわけでもない。
ただ食べて。
寝て。
少し話して。
また寝る。
本人に言わせれば。
それこそが、もっとも有意義な休日だった。
なんかいた一日中めちゃくちゃのんびり過ごしちゃうことってありますよねぇ
お腹が空いてるけど動きたくないなぁとか、分かってはいるけど動くのが面倒だなぁと、気分的にはスライムみたいに蕩けてる感じです。