TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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第25話 高嶺の花は、思ったより近い

瀬尾由奈は、別に人のことを四六時中観察しているわけではない。

 

ただ、ちょっとだけ周りを見るのが好きなだけだ。

 

誰と誰が最近よく話しているとか。

昨日まで名字で呼んでいた二人が、いつの間にか名前で呼び合っているとか。

普段は強気な子が、特定の相手の前だと妙に大人しくなるとか。

 

そういう小さな変化は、見ていると結構面白い。

 

もちろん、本人たちが隠したがっていることをわざわざ掘り返したり、面白半分で言いふらしたりするつもりはない。

 

ただ気づく。

 

そして、少し気になる。

 

そのくらいだ。

 

そんな由奈が最近、なんとなく目で追ってしまう相手がいる。

 

高遠透花。

 

教室の少し離れたところにある席へ視線を向ける。

 

今日もよく目立つ。

 

背が高い。

姿勢は力が抜けているのに妙に様になっている。

髪も顔立ちも、わざわざ説明する必要がないくらい整っている。

 

しかも本人は、そういう周囲の視線をほとんど気にしていない。

 

今も席に座ったまま、ぼんやり次の授業の教科書を机の上へ出している。

 

一人だった。

 

けれど、寂しそうにはまったく見えない。

 

むしろ、誰かが来ても来なくても同じように過ごしていそうだった。

 

――高遠さんって、一人でも平気なんだよね。

 

由奈がそんなことを考えていると、

 

「透花」

 

朝比奈千夏がやってきた。

 

やっぱり来た。

 

「なに?」

 

「今日の体育って外だっけ?」

 

「体育館じゃなかった?」

 

「あ、そっか」

 

「時間割見たら?」

 

「今聞いた方が早いじゃん」

 

「それはそうだけど」

 

それだけの会話なのに、千夏はそのまま透花の机の横にいる。

 

昔からそうなのだろう。

 

会話を始めることにも、そこに居続けることにも、何の遠慮もない。

 

そこへ今度は、明るい声が加わった。

 

「透花ちゃん、おはよー」

 

小日向莉子だ。

 

「おはよう、莉子さん」

 

莉子はそのまま透花の反対側へ回り込む。

 

「ねえ、昨日送ったやつ見た?」

 

「見たよ」

 

「どうだった?」

 

「猫は可愛かった」

 

「そこ?」

 

「そこ以外に何を見るの?」

 

「動画の内容!」

 

莉子が笑う。

 

透花も少しだけ口元を緩める。

 

由奈は頬杖をついた。

 

朝比奈さんは昔からあそこにいる。

 

小日向さんは、自分からどんどんあそこへ行く。

 

分かりやすい。

 

その時。

 

「透花さん」

 

今度は白河真澄が声をかけた。

 

「おはよう、真澄さん」

 

「おはようございます」

 

真澄は手にしていたプリントを一枚、透花へ見せる。

 

「昨日整理したものですが、先生からこちらで問題ないとのことでした」

 

「ああ、よかった」

 

「手伝っていただいた分まで、改めてありがとうございました」

 

「もう昨日も聞いたよ」

 

「そうでしたね」

 

真澄がほんの少し笑う。

 

用件はそれで終わった。

 

なら、そのまま自分の席へ戻る。

 

――と思ったのだが。

 

「そういえば透花さん、昨日の帰りは」

 

話がもう一つ続いた。

 

透花もごく普通に答えている。

 

二人とも話し方は相変わらず丁寧だ。

 

特別に距離が近いわけでもない。

 

何か大きく変わったようにも見えない。

 

でも。

 

由奈は少しだけ首を傾げた。

 

前から、こんな感じだったっけ。

 

何が違うのかと聞かれれば、うまく説明できない。

 

ただ、会話が終わったあとに、もう一言が増えたような。

 

白河さんが高遠さんの近くにいる時間が、ほんの少し長くなったような。

 

そんな気がする。

 

由奈は改めて三人を見た。

 

朝比奈千夏。

小日向莉子。

白河真澄。

 

近づき方は、全然違う。

 

なのに。

 

気づけば三人とも、高遠透花の近くにいる。

 

――高遠さんって、何なんだろ。

 

由奈は、少しだけ興味を強くした。

 

◇

 

その日の二時間目が終わったあと。

 

高遠透花は、一人だった。

 

朝比奈千夏は友達に呼ばれて教室の前方へ行き、小日向莉子も別の席で話している。

白河真澄は次の授業の準備をしていた。

 

透花自身は、特に誰かを探すでもなく机に座っている。

 

次の教科書を出し、窓の外を一度見て、それから何をするでもなくぼんやりしている。

 

退屈そうにも見えない。

 

寂しそうでもない。

 

ただ普通に、一人でいる。

 

「高遠さんってさ」

 

近くから声が聞こえて、由奈はそちらへ視線を向けた。

 

女子二人が、透花の方をちらりと見ている。

 

「一人でいても全然気にしてなさそうだよね」

 

「分かる」

 

片方がすぐに頷いた。

 

「私だったら、知ってる子いたらそっち行っちゃうかも」

 

「高遠さん、普通に一人でいるよね」

 

「うん」

 

少し間が空く。

 

「なのにさ」

 

「なに?」

 

「気づいたら誰か隣にいない?」

 

もう一人が透花を見る。

 

ちょうどその時だった。

 

「透花ちゃん、見て」

 

いつの間に戻ってきたのか、莉子が透花の机にスマートフォンを差し出している。

 

「何?」

 

「これ。昨日言ってたやつ」

 

透花が画面を覗き込む。

 

「……また猫?」

 

「またって何。かわいいでしょ」

 

「かわいいけど」

 

二人がそのまま話し始める。

 

女子たちが顔を見合わせた。

 

「……それは分かる」

 

由奈も心の中で頷いた。

 

本当にその通りだった。

 

高遠さんは、自分から誰かを呼びに行くことが少ない。

 

少なくとも、由奈が見ている限りではそうだ。

 

なのに、しばらくすると誰かが来る。

 

朝比奈さんだったり。

小日向さんだったり。

白河さんだったり。

 

たまに桐生だったり、別のクラスメイトだったりもする。

 

本人はそれを当然とも不思議とも思っていないらしい。

 

来たら話す。

 

来なければ一人でいる。

 

それだけ。

 

「……なんか不思議」

 

由奈が呟く。

 

隣にいた友人が振り返った。

 

「何が?」

 

「ううん、こっちの話」

 

由奈はもう一度透花を見る。

 

今度は莉子の横から千夏が戻ってきた。

 

「何見てんの?」

 

「猫」

 

「また?」

 

「千夏ちゃんまでそれ言う」

 

三人になる。

 

透花は相変わらず、自分から何かをしているようには見えない。

 

それなのに、席の周りだけ少しずつ賑やかになっていく。

 

――やっぱり、何かある気がする。

 

何か、と言っても本人が意図してやっている感じではない。

 

むしろ、本人が一番分かっていなさそうだった。

 

それが余計に気になる。

 

◇

 

昼休み。

 

由奈は購買から戻ってきた桐生颯太を捕まえた。

 

「ねえ桐生」

 

「ん?」

 

「高遠さんって、ちょっと高嶺の花っぽくない?」

 

颯太が足を止める。

 

「高遠が?」

 

予想以上に不思議そうな顔をされた。

 

「何その反応」

 

「いや、高遠だろ?」

 

「高遠さんだけど」

 

「見た目と雰囲気なら、まあ分からなくもないけど」

 

颯太は透花の席の方を見る。

 

今は本人がいない。

 

「でも普通だぞ」

 

「そこなんだよね」

 

「何が?」

 

「見た目だけなら、ちょっと話しかけるのに勇気いりそうじゃない?」

 

背が高く、顔立ちもかなり整っている。

 

表情も基本的には落ち着いていて、一人でいても堂々としている。

 

自分から愛想を振りまいて周囲へ入っていくタイプでもない。

 

何も知らなければ、少し距離を置いてしまう人がいても不思議ではない。

 

「そうか?」

 

颯太は首を傾げる。

 

「桐生は普通に話しかけるじゃん」

 

「同じクラスだし」

 

「男子ってそういうところ雑だよね」

 

「女子が考えすぎなんじゃないの?」

 

「はいはい」

 

由奈は軽く流す。

 

ただ、颯太の言っていることも分からなくはなかった。

 

実際に話してしまえば、透花は普通だ。

 

普通という言葉だけで片付けるには少し独特だが、少なくとも話しかけた相手を冷たくあしらうような人ではない。

 

由奈は朝から見ていた光景を思い出した。

 

「高遠さんって、何かしてると思う?」

 

「何を?」

 

「人たらし」

 

「本人に聞けよ」

 

「本人が一番分かってなさそうだから聞いてるの」

 

颯太が笑った。

 

「それはちょっと分かる」

 

「でしょ?」

 

「でも人たらしっていうか」

 

颯太は少し考える。

 

「来たやつ追い返さないだけじゃね?」

 

「……それだけ?」

 

「たぶん」

 

由奈は透花の周りの三人を思い浮かべた。

 

朝比奈さん。

小日向さん。

白河さん。

 

確かに全員、透花の方へ行っている。

 

少なくとも透花が三人を追い回しているところは見たことがない。

 

でも。

 

ただ拒まないだけで、ああなるものだろうか。

 

朝比奈さんは幼馴染だからまだ分かる。

 

小日向さんも元々人懐っこい。

 

白河さんは――。

 

由奈は少し考える。

 

白河真澄は、ぱっと見ではそれほど変わっていない。

 

今でも丁寧に話すし、透花にも「さん」を付けている。

 

必要もないのにべったり隣へ行くタイプでもない。

 

でも。

 

朝の会話。

 

用件が終わったあとも、自然にもう一つ話が続いていた。

 

少し前なら、あそこですぐ自分の席へ戻っていた気がする。

 

一つ一つは、本当に小さい。

 

言われなければ気づかないくらい。

 

それでも、前より少しだけ。

 

高遠さんの近くにいることが自然になっている。

 

「……やっぱり面白いなあ」

 

「何が?」

 

「桐生には分かんない話」

 

「呼び止めたのお前だろ」

 

それはそうだった。

 

◇

 

午後の休み時間。

 

由奈は少し迷ったあと、透花の席へ向かった。

 

理由は特にない。

 

強いて言えば、本人に聞けば早いと思ったからだ。

 

「高遠さん」

 

透花が顔を上げる。

 

「瀬尾さん。なに?」

 

普通だ。

 

やっぱり普通に返事が来る。

 

由奈は透花の机の横に立った。

 

「ちょっと聞きたいことあるんだけど」

 

「いいよ」

 

「高遠さんってさ」

 

一度言葉を切る。

 

「自分からあんまり誰かのところ行かないよね」

 

透花が瞬きをした。

 

質問の意味を考えているらしい。

 

「用があれば行くけど」

 

「用がなかったら?」

 

「行かないかな」

 

「一人の方が好きなの?」

 

「そこまででもないよ」

 

答えは早かった。

 

「誰かといるのも普通に好きだし」

 

「じゃあ、一人でも平気ってだけ?」

 

「そうかも」

 

透花は少し考えたあと、頷く。

 

「一人だから何か困るわけでもないし」

 

なるほど。

 

由奈は透花の顔を見る。

 

強がっているようには見えない。

 

寂しいけれど平気なふりをしている、という感じでもない。

 

本当に気にしていないのだ。

 

だから誰かが来なくても、自分から探しに行かない。

 

「でもさ」

 

由奈は続ける。

 

「朝比奈さんと、小日向さんと、白河さんって、高遠さんとの距離感全然違うよね」

 

今度こそ透花が不思議そうな顔をした。

 

「そう?」

 

「そうだよ」

 

そこは即答できた。

 

「朝比奈さんはもう昔からって感じだし」

 

「うん。千夏は幼馴染だから」

 

「小日向さんは自分からどんどん来るじゃん」

 

「莉子さんはそうだね」

 

否定しない。

 

「白河さんは?」

 

「真澄さん?」

 

透花が少し考える。

 

由奈は答えを待つ。

 

「……真澄さんとは、別に話してなくても平気かな」

 

「話してなくても?」

 

「うん」

 

透花は何でもないことのように言う。

 

「昨日も二人で作業してたんだけど、途中ほとんど喋ってなかったし」

 

「それ気まずくないの?」

 

「全然」

 

「へえ」

 

由奈は少しだけ目を細めた。

 

やっぱり。

 

白河さんは、見た目の変化が少ないだけだ。

 

ちゃんと近くなっている。

 

しかも、本人たちなりのやり方で。

 

「じゃあ、高遠さんって相手によって接し方変えてるんだ」

 

「変えてるつもりはないけど」

 

「でも違うじゃん」

 

「相手が違うからじゃない?」

 

さらっと返された。

 

由奈が黙る。

 

透花は続ける。

 

「千夏と莉子さんと真澄さん、三人とも性格違うし」

 

「まあ、それはそうだけど」

 

「同じように接する方が変じゃない?」

 

言われてみれば、その通りだ。

 

ものすごく当然のことを言われた気がする。

 

由奈がもっと何か聞こうとすると、透花の方から尋ねてきた。

 

「瀬尾さんは?」

 

「え?」

 

「瀬尾さんも、人によって違わない?」

 

「私?」

 

「仲いい子全員に同じ話し方してる?」

 

考える。

 

していない。

 

部活の友達。

クラスの友達。

昔からの友達。

先生。

 

全部違う。

 

「……確かに」

 

「でしょ」

 

透花はそれだけ言って、机の上のペンを指先で転がした。

 

由奈は少し拍子抜けする。

 

もっと何か特別な理由があるのかと思った。

 

誰かとの距離を絶妙に調整しているとか。

相手の性格を見抜いて対応を変えているとか。

 

そういうものではないらしい。

 

ただ相手が違うから、その相手との付き合い方も違う。

 

本人にとっては、それだけ。

 

「高遠さんってさ」

 

「うん?」

 

「思ったより普通だよね」

 

口にしてから、少し失礼だったかなと思う。

 

しかし透花は怒らなかった。

 

「よく言われる?」

 

「いや、今初めて言われた」

 

「じゃあごめん」

 

「別にいいけど」

 

透花が小さく笑う。

 

由奈もつられて笑った。

 

話してみれば、やっぱり普通に話せる。

 

こちらが近づいた分だけ、普通にそこにいてくれる。

 

高遠透花本人が遠いのではない。

 

最初から一人で平気そうで。

見た目も目立って。

自分から寄ってこないから。

 

周りの方が勝手に少し遠くから見てしまうのかもしれない。

 

「何か納得した?」

 

透花が聞く。

 

「ちょっとだけ」

 

「何を聞かれてたのか、いまいち分かってないんだけど」

 

「それは知らなくていい」

 

「そう?」

 

「うん」

 

やっぱり本人が一番分かっていない。

 

その結論だけは、最初から変わらなかった。

 

◇

 

放課後前の休み時間。

 

由奈は友人との会話を終え、自分の席へ戻ろうとしていた。

 

その途中。

 

透花の席の横を通る。

 

今度は一人だった。

 

教科書を閉じて、何となく窓の外を見ている。

 

いつもなら、そのまま通り過ぎる。

 

特に用事もないからだ。

 

なのに。

 

「高遠さん」

 

気づけば呼んでいた。

 

透花が振り返る。

 

「ん?」

 

「……」

 

そこで由奈は気づいた。

 

何も考えていなかった。

 

聞きたいこともない。

 

伝えたいこともない。

 

ただ呼んだだけだ。

 

「なに?」

 

透花がもう一度聞く。

 

由奈は少し考えてから答えた。

 

「ちょっと呼んでみただけ」

 

「なにそれ」

 

透花が呆れたように笑った。

 

「いや、私も今そう思った」

 

「瀬尾さん、たまに変なことするよね」

 

「高遠さんに言われたくない」

 

「私、何かした?」

 

「そういうところ」

 

「分からない」

 

「でしょうね」

 

そのまま由奈は透花の机の横に残った。

 

少し話す。

 

今日の授業のこと。

先生のこと。

放課後の予定。

 

本当にどうでもいい話ばかり。

 

でも透花は普通に返す。

 

気づけば、由奈も机の横に寄りかかるように立っていた。

 

そこでふと、午前中に聞いた会話を思い出す。

 

――高遠さんって、一人でいても全然気にしてなさそうだよね。

 

――なのにさ。

 

――気づいたら誰か隣にいない?

 

由奈は透花を見る。

 

透花は何も知らずに、由奈の話へ普通に返事をしている。

 

そして今。

 

その隣にいるのは、自分だった。

 

「……なるほど」

 

思わず声に出た。

 

「何が?」

 

「こっちの話」

 

「今日それ多くない?」

 

「気にしないで」

 

「そうする」

 

透花は本当に気にしなかった。

 

由奈は思わず笑う。

 

高嶺の花。

 

確かに、遠くから見ればそう見える。

 

でも。

 

近づいてみれば、思っていたよりずっと近い。

 

そしてたぶん。

 

気づけば誰かが隣にいる理由は、こういうことなのだろう。

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