TS転生おっさん物語   作:とりにく

5 / 5
千夏視点です。

ルーキーのランキングに載っていたので、驚きました。
拙作をご覧いただきありがとうございます。
皆様の感想、評価をお待ちしております。



幼馴染、距離感を測りそこねる

 

透花は、昔から変わらない。

 

泣きそうになっても怒らない。

失敗しても責めない。

近づけば拒まない。

離れれば、追ってはこない。

 

それがずっと、あたしにとっては安心だった。

 

けれど中学生になって、少しだけ分からなくなった。

透花のその落ち着いた優しさは、あたしだけに向けられていたものではなかったのだと、教室で何度も見せつけられるようになったから。

 

高遠透花は、誰にでも淡々としている。

誰にでも優しい。

誰にでも、ちょうどいい距離でそこにいる。

 

だからこそ、知りたくなった。

 

あたしは透花にとって、ただの幼馴染なのか。

それとも、少しくらいは特別なのか。

 

その答えを聞くのが怖いくせに、聞かずにはいられなかった。

 

朝の通学路は、小学生の頃より少し広く感じる。

 

ランドセルじゃなくなったからかもしれない。

制服を着るようになったからかもしれない。

それとも、周りにいる人たちが少しだけ大人びて見えるからかもしれない。

 

でも、隣に透花がいることだけは変わらない。

 

それが嬉しくて、でも少し不安だった。

 

「透花、今日も部活見学行かないの?」

 

横から覗き込むと、透花はほとんど間を置かずに言った。

 

「行かない」

 

即答だった。

 

透花らしい。

何かを決める時、透花はあまり迷わない。

というより、迷う前に面倒かどうかを判断している気がする。

 

「即答」

 

「運動部は疲れる。文化部は人間関係が読めない」

 

「全部だめじゃん」

 

「帰宅部は自由度が高い」

 

言い方が変だ。

 

中学生なのに、たまに妙に落ち着いたことを言う。

同い年のはずなのに、ひとりだけ少し先の景色を見ているみたいな時がある。

 

だからあたしは、昔から透花の隣にいると安心した。

 

でも最近は、その安心が少しだけ怖い。

 

透花は、あたしが近づいても拒まない。

袖を引いても、隣に座っても、約束をねだっても、困ったような顔をしながら、結局そこにいてくれる。

 

なのに、透花から追いかけてくることはない。

 

あたしが隣に行けば受け入れてくれる。

でも、あたしが離れたら、透花はそのままひとりで歩いていけそうに見える。

 

それが嫌だった。

 

嫌なのに、そんな透花だから好きだった。

 

「透花が一緒なら、あたしも決めやすいのに」

 

そう言うと、透花は当然みたいな顔で返してくる。

 

「私を基準にすると帰宅部になるよ」

 

「そこはあたしに合わせてよ」

 

「無茶を言う」

 

あたしは笑いながら、軽く肩をぶつけた。

 

小学生の頃なら、そのまま腕をつかんでいたと思う。

けれど今は、肩が触れたあと、少しだけ離れてしまった。

 

自分で離れたくせに、寂しい。

 

昔は何も考えずに近づけた。

袖を引っ張って、手を握って、隣に座って、勝手に約束して。

 

でも今は、ふと思う。

 

近すぎないかな。

透花は嫌じゃないかな。

あたしだけ、子供みたいにくっついていないかな。

 

そんなことを考えるようになってしまった。

 

透花は変わらないのに。

あたしだけが、勝手に変わっている。

 

「透花ってさ」

 

「ん?」

 

「誰にでもそんな感じだよね」

 

言ったあと、少し後悔した。

 

こんなの、責めているみたいだ。

 

でも、口から出てしまった言葉は戻らない。

 

「そんな感じとは」

 

「落ち着いてる感じ。無理に近づかないけど、離れるわけでもない感じ」

 

透花は少し考えた顔をした。

 

その顔が、またずるい。

 

何でもないことみたいに受け止める。

怒らない。

慌てない。

突き放さない。

 

だから余計に、聞きたくなる。

 

それは、あたしだけ?

あたしだけじゃないの?

 

 

 

 

学校に着くと、透花は本当に普通みたいに、他の子にも同じ顔をする。

 

「高遠さん、おはよう!」

 

昇降口の前で、同じクラスの子が手を振った。

 

透花はいつもの調子で返す。

 

「おはよう」

 

ただの挨拶。

それだけだ。

 

なのに、その子は嬉しそうに笑う。

 

「今日の小テスト、範囲どこまでだっけ?」

 

「昨日のプリントの最後まで」

 

「助かった! 高遠さん、いつも落ち着いてるから聞きやすい」

 

落ち着いてるから。

聞きやすいから。

 

そう言われている透花を見て、胸の奥が少しだけもやっとした。

 

分かる。

 

透花は聞きやすい。

落ち着いている。

焦っている時に横を見ると、なぜか少し安心する。

 

あたしが昔から知っていた透花の良さを、他の子が見つけていく。

 

それは別に悪いことではない。

透花が嫌われるよりずっといい。

 

でも、面白くない。

 

そんな自分も面白くない。

 

「なに?」

 

透花に見られて、あたしは思わず言った。

 

「別に」

 

言ってから、あ、と思った。

 

別に、ではない。

でも、何と言えばいいのか分からない。

 

透花が他の子と話すのが嫌。

でも、話さないでほしいわけでもない。

透花が優しいのが嫌。

でも、優しくない透花なんて透花じゃない。

 

じゃあ何が嫌なのか。

 

自分でも、よく分からなかった。

 

昼休みになっても、そのもやもやは消えなかった。

 

透花は窓際で購買の焼きそばパンを食べていた。

中学生になってから、透花は購買のパンに妙に詳しくなった。

 

「高遠さん、それおいしい?」

 

前の席の子が、透花に声をかける。

 

「おいしいよ」

 

「今度買おうかな」

 

「早めに行かないと売り切れる」

 

そんな何気ない会話にも、胸の奥がちくちくした。

 

透花は、誰にでも返事をする。

誰にでも必要なことを言う。

無理に笑わないのに、冷たくもない。

 

それが透花らしいと分かっているのに。

 

「千夏も食べる?」

 

透花が焼きそばパンを少し持ち上げた。

 

あたしは一瞬、言葉に詰まった。

 

本当は、少し欲しかった。

でも今欲しいのは焼きそばパンではない。

 

「……いい」

 

「そう」

 

「そうじゃなくて」

 

何がそうじゃないのか、自分でも分からない。

 

透花は首を傾げる。

本当に分かっていないようにも見えるし、分かっていて踏み込まないようにも見える。

 

それがまた、少し腹立たしい。

 

「なんでもない」

 

言ってしまった。

 

なんでもなくない。

全然なんでもなくない。

 

なのに、そう言うしかなかった。

 

その時、透花が包装をたたみながら言った。

 

「放課後、少し歩く?」

 

あたしは顔を上げた。

 

心臓が、少し跳ねた。

 

「え?」

 

「帰り。寄り道してから帰る?」

 

何でもない顔をしている。

 

でも、透花から誘ってきた。

 

それだけで、胸の奥のもやもやが少しほどける。

 

「……別に、いいけど」

 

本当は、嬉しかった。

 

けれど素直に嬉しいと言うのは、なんだか負けた気がした。

 

 

放課後、二人で川沿いの道を歩いた。

 

この道は、小学生の頃にも何度か通ったことがある。

けれど制服で歩くと、同じ場所なのに少し違って見えた。

 

風が吹く。

川の水面がきらきら光る。

隣には透花がいる。

 

近い。

でも、昔みたいには近づけない。

 

「で、何かあった?」

 

透花が聞いてきた。

 

その声はいつも通りだった。

落ち着いていて、急かさない。

 

あたしは小石を蹴った。

 

言いたいことはたくさんあった。

でも、どれも子供っぽくて、面倒で、恥ずかしい。

 

透花が他の子にも優しいのが嫌。

あたしだけを見てほしい。

でもそんなことを言ったら、透花は困るかもしれない。

 

困らせたいわけじゃない。

 

ただ、知りたいだけだ。

 

「透花ってさ」

 

「うん」

 

「あたし以外にも、普通に優しいよね」

 

やっと言えた。

 

言った瞬間、胸の奥がぎゅっとなる。

 

透花が困ったらどうしよう。

面倒だと思われたらどうしよう。

そんなことを気にしてるのか、と笑われたらどうしよう。

 

でも透花は、笑わなかった。

 

「まあ、普通には」

 

その普通が分からない。

 

あたしは立ち止まった。

 

「あたしには、昔からそうだったじゃん。怒らないし、聞いてくれるし、約束もしてくれるし」

 

言いながら、自分で気づく。

 

ずっと覚えている。

 

積み木のことも。

また遊ぶ約束も。

連絡帳に描いた花を、透花が消さなかったことも。

 

あたしにとっては、全部が積み重なっていた。

 

「でも、中学に入ったら、ほかの子にもそうで」

 

言葉が小さくなる。

 

「……それって、別にあたしだからじゃなかったのかなって」

 

言ってしまった。

 

恥ずかしい。

逃げたい。

でも逃げたくない。

 

透花は川の方を見た。

 

その横顔は、いつもより少し真剣に見えた。

 

「千夏と他の子は違うよ」

 

一瞬、息が止まった。

 

「……どう違うの」

 

聞くのが怖い。

でも聞きたい。

 

「付き合いの長さ」

 

それだけ?

 

そう思ったら、透花は続けた。

 

「それだけじゃないけど」

 

胸の奥が、変に熱くなる。

 

透花は少し言葉を探しているみたいだった。

 

「千夏は、気を抜いても大丈夫な相手」

 

気を抜く。

 

その言葉が、ゆっくり染み込んできた。

 

「気を抜く?」

 

「うん。多少騒がしくても、近くても、まあ千夏だしって思える」

 

褒めているのか分からない。

 

でも、嫌じゃなかった。

 

透花が、あたしの近さを嫌がっていない。

騒がしいと思っていても、それでも隣にいていいと言っている。

 

それが分かって、少しだけ泣きそうになった。

 

「でも、あたしがいなくても平気そう」

 

ずっと思っていたことが、口からこぼれた。

 

透花は少しも誤魔化さずに言う。

 

「平気かどうかで言えば、たぶん平気」

 

胸が沈みかけた。

 

でも、すぐに続きが来た。

 

「でも、いた方が楽しい」

 

今度こそ、言葉が出なかった。

 

風が吹く。

髪が頬にかかる。

顔が熱い。

 

透花は、こういうことをさらっと言う。

 

何でもないことみたいに。

たぶん本人の中では、本当に何でもないのかもしれない。

 

でもあたしには、何でもなくなかった。

 

「……そういうこと、さらっと言う」

 

「重く言うと変でしょ」

 

「変じゃない」

 

変じゃない。

だってあたしにとっては、重い言葉だった。

 

ずっと聞きたかった答えだった。

 

それでも、まだ少し足りない。

 

だから、聞いた。

 

「あたしって、あんたにとって何?」

 

聞いてしまった。

 

返事が来るまでの数秒が、やけに長い。

 

幼馴染。

友達。

近所の子。

 

たぶん、そう返されても嬉しい。

でも、それだけだったら少し寂しい。

 

透花は真剣に考えたあと、言った。

 

「近所の強めの縁」

 

あたしは固まった。

 

何それ。

 

何それ、本当に。

 

思わず吹き出した。

 

「なにそれ」

 

「かなり正確だと思う」

 

「もっと他になかったの?」

 

「幼馴染、だと普通すぎるし」

 

普通でいいのに。

 

でも、普通じゃないと言われたような気がして、少しだけ嬉しい。

 

「千夏は普通じゃないから」

 

透花が続けた。

 

あたしは動きを止めた。

 

「……それ、どういう意味?」

 

「距離が近い。約束が重い。声が大きい」

 

「悪口?」

 

「特徴」

 

「もう」

 

怒ったふりをした。

 

でも、口元が緩んでしまう。

 

透花にとって、あたしは普通じゃない。

近くて、重くて、声が大きくて、でも気を抜ける相手。

 

何それ。

 

すごく変なのに、すごく嬉しい。

 

帰り道、あたしは何度もその言葉を思い出した。

 

近所の強めの縁。

 

かわいくない。

全然かわいくない。

告白でもないし、特別な言葉でもない。

 

でも、透花らしい。

 

だから余計に、大事にしたくなった。

 

「じゃあさ」

 

「うん」

 

「高校行っても、近所の強めの縁?」

 

「近所かどうかは進学先次第だけど」

 

「そこは嘘でもそうって言ってよ」

 

「同じ高校ならね」

 

「じゃあ同じ高校行く」

 

「進路を勢いで決めるな」

 

透花が呆れたように言う。

 

でも、拒まなかった。

 

同じ高校ならね、と言った。

 

それだけで、あたしの中には新しい約束ができてしまう。

 

たぶん透花は、また軽く言っただけだ。

その場の流れで、自然に返しただけ。

 

でもあたしは覚えている。

 

子供の頃の「また遊ぶ」も。

大きくなっても遊ぶという約束も。

今日の「いた方が楽しい」も。

そして、「同じ高校ならね」も。

 

全部、覚えている。

 

透花は分かっていない。

 

自分がどれだけ、言葉を残していくのか。

あたしがそれをどれだけ大事に拾っているのか。

 

分かっていないから、ずるい。

 

でも、分かっていない透花だから、好きなのかもしれない。

 

あたしは隣を歩きながら、少しだけ透花の方へ寄った。

肩は触れない。

でも、さっきより半歩近い。

 

透花は何も言わなかった。

 

拒まれない。

 

それだけで、今日のあたしは少しだけ満足できた。

 

鼻歌が自然に出る。

 

「機嫌直った?」

 

透花が言う。

 

「別に」

 

「またそれ」

 

「別に、機嫌悪くなかったし」

 

「そういうことにしておく」

 

「そうして」

 

あたしは前を向いたまま笑った。

 

本当は、機嫌はかなり直っている。

 

でも、それをそのまま言うのは悔しい。

 

だから代わりに、心の中でだけ呟いた。

 

近所の強めの縁。

 

今はそれで許してあげる。

 

でも高校に行っても、その先に行っても、透花の隣にいるのは他の誰でもはく、あたしがいい。

 

子供の頃の約束は、思っていた以上に重い。

 

それを透花に教えたのは、たぶんあたしだ。

 

だから責任を取って、これからも隣にいてもらう。

 

あたしはそう決めて、少しだけ歩幅を透花に合わせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

TS魔法使いさんは師匠のために今日も戦う(作者:第616特別情報大隊)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

 転生した先は地獄だった。▼ 非力な少女の身体に、スラムの孤児という立場。▼ しかし、ある女性との出会いが私を変えた。▼ 魔法使いであるソフィア──彼女が私を弟子にし、希望をくれたのだ。▼ しかし、魔法使いとなった私は普通ではなかった。▼ 詠唱がいらない。▼ 魔法陣もいらない。▼ 魔導書もいらない。▼ それは世界に敵視されかねない危険因子──イレギュラー。▼…


総合評価:46/評価:-.--/連載:7話/更新日時:2026年05月29日(金) 12:11 小説情報

ニチアサ系世界に転生したTS魔法少女は悪の幹部をやりたくない(作者:なはた)(オリジナル現代/冒険・バトル)

▼フィジカルよわよわなTS銀髪魔法少女がクール系敵幹部を必死に装いながら魔法少女達と戦うお話。


総合評価:1659/評価:8.43/連載:6話/更新日時:2026年05月28日(木) 21:29 小説情報

鬱系世界で魔法少女(♂)は甘やかしたい(作者:ヒナまつり)(オリジナル現代/冒険・バトル)

魔法少女が簡単に死んでいく世界で突然魔法少女になった男が病んでいる魔法少女達を甘やかそうと頑張るお話。


総合評価:52/評価:-.--/連載:1話/更新日時:2026年05月11日(月) 00:53 小説情報

次の飼い猫は私?! 幼馴染とはいえ、なんで大嫌いな女のためにこの私が……(作者:顔のない女)(オリジナル現代/恋愛)

猫に変身できる人外少女の西園玲香が、とある出来事で酷く落ち込んでいた椎名葵を偶然見かけた。▼玲香はそれを無視することができず、本当に嫌々ながらも白い野良猫として葵に寄り添い、再び縁を結ぶことになってしまう。▼玲香は葵の猫としての側面、そして葵に陰湿な虐めを受けながら生活する、人間としての自身の二つの顔に、すごく頭を悩ませることになるが......▼大嫌いなは…


総合評価:566/評価:8.9/完結:34話/更新日時:2026年05月28日(木) 18:01 小説情報

TS転生外宇宙系魔法少女ダークネス・ルーシィ(作者:イア! イア!!)(オリジナル現代/ホラー)

SAN値直葬系マスコットとそれを心から愛する転生者(正気)の日常。▼※序盤とタイトルを書き直しました。▼気分転換に書いた作品を投稿欲を満たすために投稿してみます。▼続き書いたら増えます。


総合評価:728/評価:8.33/連載:8話/更新日時:2026年05月29日(金) 18:04 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>