今回は少し短めです。
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これからは【すすぺっと】としてよろしくお願いたします。
それではご覧ください。
高校生活が始まって数日。
俺は今のところ、大きな問題なく過ごしていた。
教室では必要な時だけ話す。
授業はほどほどに受ける。
昼休みは窓際の席で静かに食べる。
平穏である。
少なくとも、俺はそう思っていた。
「透花、今日も購買?」
昼休みのチャイムが鳴ると、斜め前の席に座る千夏が振り返った。
「あたし、今日はお弁当。卵焼きあるよ」
「交換条件は?」
「購買の新作パンを一口」
「情報が早い」
「昨日、売店の前に貼ってあったから」
千夏は得意そうに笑う。
俺の手元には、購買で確保した期間限定のクリームパンがある。
表面には薄く砂糖が振られ、中には柑橘系のクリームが入っているらしい。
新商品。
限定。
その言葉に踊らされるほど若くはない。
ただ、日常の小さな楽しみは大切にしたい。
前世では、昼食を味わう余裕すらない日があった。
その反動もあり、今の俺は食に対して少しだけ享楽的である。
「一口なら」
「やった」
千夏が弁当箱を持って立ち上がろうとした、その時だった。
「透花ちゃん、今日も隣いい?」
栗色の髪をふわりと揺らしながら、女子生徒が俺の机の横に立った。
名前は、たしか――
入学してから何度か話しかけてきた、明るくて人懐っこいクラスメイトだ。
俺が返事をする前に、小日向さんは近くの空いている椅子へ手を伸ばした。
「だめって言われても座るけど」
「じゃあ、聞く意味あった?」
「一応、礼儀かなって」
本人が楽しそうなので、まあいいか。
「どうぞ」
「やった」
小日向さんが椅子を引く。
千夏は立ち上がりかけた姿勢のまま、わずかに動きを止めた。
けれど、すぐに何でもないような顔で弁当箱を持ち上げる。
「じゃあ、あたしもこっちで食べる」
「椅子、足りる?」
「持ってくる」
返事が妙に早い。
俺の机を中心にして、左右へ椅子が並べられた。
右に千夏。
左に小日向さん。
平穏な昼休みだったはずなのに、少しだけ人口密度が高い。
まあ、食事ができるなら問題はない。
俺はクリームパンの袋を開けた。
小日向さんが最初に話しかけてきたのは、入学式から二日後だった。
休み時間。
俺が窓際の席で次の授業の教科書を出していると、机の前に人影が差した。
顔を上げる。
栗色の髪が肩の下で柔らかく波打っている。
小柄で、表情がよく変わる。
目が合うと、小日向さんは人懐っこく笑った。
「高遠さんって、背高いよね」
「よく言われる」
「何センチ?」
「百八十近く」
「え、すごい。あたしと並んだら、二十五センチくらい違う」
小日向さんは自分の頭の上に手を置き、そのまま俺の方へ視線を動かした。
「高遠さん、ちょっと立ってみて」
「なんで?」
「確認したい」
何を。
そう思ったが、次の授業まで少し時間はある。
断るほどのことでもない。
俺が立ち上がると、小日向さんは横へ並んだ。
近くにいた女子も、興味を引かれたようにこちらを見る。
「わ、本当に大きい」
「高遠さん、スタイルいいよね」
「モデルみたい」
感想が飛んでくる。
困る。
好きで伸びたわけではない。
努力の成果でもない。
丸い蛍光灯みたいな神様が、裏で余計な調整をした結果である。
できることなら、少し分けて返却したい。
「何かスポーツしてた?」
小日向さんが聞く。
「特には」
「もったいない」
「今日だけで何回目だろう、その言葉」
俺がそう言うと、小日向さんは目を瞬いたあと、声を立てて笑った。
「あはは。ごめん。でも高遠さん、思ってたより喋りやすいね」
「喋りにくそうだった?」
「ちょっとだけ」
小日向さんは悪びれずに答えた。
「静かだし、背高いし、なんか近寄りがたい感じあるから」
「そうなんだ」
「怒らないの?」
「事実なら仕方ない」
そう返すと、小日向さんはまた笑った。
その向こうで、千夏がこちらを見ていた。
別のクラスメイトと話していたはずだが、いつの間にか会話が止まっている。
目が合うと、千夏は少しだけ首を傾げた。
あとで何か聞かれるかもしれない。
だが、その時はそれだけだった。
翌日の昼休み。
俺が購買で買ったクリームパンを机の上に置くと、小日向さんがやってきた。
「高遠さん、隣いい?」
「どうぞ」
空いている椅子を引き、机の横へ座る。
小日向さんは自分の弁当箱を開きながら、教室の前方を見た。
「なんかさ、高校って最初が大事って感じしない?」
「そう?」
「誰と仲良くなるかとか、どこに座るかとか。グループができる前に動かないと、あとから入りにくくなりそう」
教室の中には、すでにいくつかの小さな輪ができていた。
入学して数日。
まだ固定されてはいないが、なんとなく一緒にいる相手は決まり始めている。
前世の職場でも似たようなものはあった。
配属初日。
昼食の席。
歓迎会で座る場所。
別に一度ですべてが決まるわけではない。
でも最初の動きが、その後の空気を少しだけ作る。
「無理に合わせなくてもいいんじゃない」
俺はクリームパンの袋を開けながら言った。
小日向さんがこちらを見る。
「でも、最初に失敗すると面倒じゃない?」
「無理して入ったところが合わない方が、あとで面倒だと思う」
「……高遠さん、あんまり焦ってないね」
「焦っても疲れるだけだから」
俺としては、ごく普通の話をしたつもりだった。
高校生活は長い。
最初の数日ですべてを決める必要はない。
まして、合わない相手へ無理に合わせ続けるのは疲れる。
前世で散々やった。
二度目の人生でまで、同じことをする気はない。
小日向さんはしばらく黙っていた。
それから、少しだけ肩の力を抜くように笑った。
「そっか。別に、ずっと明るくしてなくてもいいのか」
「疲れるなら、休めばいいと思う」
小日向さんの箸が止まる。
俺を見る目が、一瞬だけ静かになった。
「高遠さんって、そういうことをさらっと言うんだね」
「そう?」
「うん」
小日向さんは卵焼きを口に入れた。
表情は笑っている。
けれど、教室で誰かと話している時より少しだけ穏やかだった。
俺はクリームパンを食べる。
甘い。
当たりだ。
静かに食事ができるなら、隣に誰かいても問題はない。
昼休みが終わる頃、小日向さんは空になった弁当箱を片づけた。
「高遠さん、明日も隣いい?」
「空いてたら」
「じゃあ、予約ね」
「席に予約制度はないと思うけど」
「今できた」
小日向さんは楽しそうに笑って、自分の席へ戻っていった。
入れ替わるように、千夏が俺の机の横へ来る。
「透花」
「なに?」
「莉子と仲良くなったの?」
「昼を一緒に食べただけ」
「ふうん」
千夏は小日向さんの背中を見る。
その横顔は笑っているようにも見える。
けれど、何かを確かめるように目を細めていた。
「千夏?」
「なに?」
「卵焼き、一口くれる話は?」
「あ」
忘れていたらしい。
千夏は一瞬だけ目を丸くして、それから少し強引に弁当箱をこちらへ差し出した。
「明日はちゃんと、あたしも一緒に食べるから」
「今日も食べればよかったのに」
「……明日は食べるの」
妙に念を押す。
理由はよく分からない。
ただ、卵焼きはおいしかった。
そして翌日の昼休み。
チャイムが鳴るより少し早く、小日向さんは弁当箱を持ってこちらへやってきた。
「透花ちゃん、今日も隣いい?」
呼び方が変わっている。
小日向さんは楽しそうに笑っていた。
斜め前の席では、千夏の箸が一瞬だけ止まった。
俺は購買のパンを机へ置きながら思う。
野良猫に一度だけ餌をやったつもりでも、翌日から当然のように待たれることがある。
もっとも、小日向さんの場合。
まだ、餌をやった覚えすらなかった。
次回は小日向さん視点です。
火曜日に投稿予定。