TS転生おっさん物語   作:すすぺっと

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台風の影響怖いですねぇ。
交通機関は止まっちゃいそうで面倒です。

それではご覧ください。



第9話 優等生と前世の記憶

高校生活が始まってから、教室には少しずつ役割のようなものができ始めていた。

 

明るく人の輪へ入る小日向さん。

その隣へ当然のように座る千夏。

周囲の様子を面白そうに眺める瀬尾さん。

 

そして、誰よりも真面目に授業を受け、提出物を揃え、先生の頼みごとまで引き受けている女子生徒がいる。

 

名前は、たしか――白河真澄(しらかわますみ)。

 

姿勢がよく、黒髪はきれいに整えられ、机の上には必要なものだけが並んでいる。

隙がない。

 

ただ最近、その白河さんが時々こちらを見ている。

 

目が合うと、すぐに視線を逸らす。

けれど、なぜか少しだけ不満そうだ。

 

何かした覚えはない。

 

……ないはずだ。

 

 

♢

 

 

放課後。

 

帰りのホームルームが終わっても、教室には何人かの生徒が残っていた。

 

窓の外では、傾き始めた日差しが校庭を淡く照らしている。

運動部の掛け声が遠くから聞こえ、開け放たれた窓から、少しだけ冷たい風が入り込んでいた。

 

俺は鞄へ教科書を詰める。

 

今日は寄り道をせずに帰る予定だ。

 

家に帰り、少し昼寝をする。

夕食までに起きられたら、録画していた番組を見る。

 

完璧な放課後である。

 

「あれ、透花ちゃん帰るの?」

 

隣の机に座っていた小日向さんが、弁当箱を入れていた鞄から顔を上げた。

 

「帰るよ」

 

「今日は寄り道しないの?」

 

「毎日寄り道すると、寄り道じゃなくなる」

 

「確かに」

 

小日向さんは妙に納得したように頷く。

 

斜め前の席では、千夏が鞄のファスナーを閉めていた。

 

「あたしも帰る。途中まで一緒ね」

 

「うん」

 

いつもの流れだ。

 

俺が立ち上がろうとした時、教卓の近くから紙の束が崩れる音がした。

 

振り返る。

 

白河さんが、床へ落ちたプリントを拾っていた。

 

黒髪は低い位置でひとつに結ばれている。

普段は真っ直ぐに伸びた背中が、今日は少しだけ丸い。

 

教卓の上には、提出済みの書類。

壁へ貼るらしい係決めの一覧表。

行事説明会の資料。

 

量が多い。

 

担任の宮原先生も、その横で申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「ごめんね、白河さん。先生もすぐ戻るから。分けるだけでいいからね」

 

「大丈夫です。これくらいなら、すぐ終わります」

 

「本当に無理しなくていいから」

 

「はい」

 

宮原先生は職員室から呼ばれたらしく、急ぎ足で教室を出ていった。

 

白河さんは床に膝をつき、一枚ずつプリントを重ね直している。

 

誰かが手伝った方が早い。

 

そう思ったが、俺より先に千夏が動いた。

 

「手伝おうか?」

 

白河さんが顔を上げる。

 

「大丈夫です。もう拾い終わりますから」

 

「でも、まだいっぱいあるよ」

 

「整理するだけですので」

 

声は丁寧だ。

 

けれど、少し硬い。

 

断られた以上、無理に手を出すのも違う。

 

千夏は迷ったように俺を見る。

 

俺は教卓の上の資料へ視線を向けた。

 

拾うだけなら、確かにすぐ終わる。

 

ただ、問題はその後だ。

 

資料は種類ごとに分ける必要があるらしい。

壁へ貼る一覧表には、まだ空欄が残っている。

白河さんの机の上には、開いたままのノートと筆箱が置かれていた。

 

たぶん、今日の分だけではない。

 

頼まれたものを一つずつ引き受けているうちに、積み上がったのだろう。

 

前世でも、よく見た。

 

仕事が早い人間には仕事が集まる。

断らない人間には、さらに仕事が増える。

そして本人も、できてしまうから断らない。

 

結果として、一番ちゃんとしている人間から疲れていく。

 

俺は小さく息を吐いた。

 

見なかったことにして帰る選択肢もある。

 

あるのだが。

 

ここで白河さんが全部抱えると、たぶん明日も同じことになる。

宮原先生も悪気はない。

白河さんも頼まれれば断らない。

 

放っておくと、静かに継続する案件だ。

 

長期化する面倒は、小さいうちに処理した方がいい。

 

「白河さん」

 

声をかけると、白河さんの手が止まった。

 

「……何ですか」

 

なぜか少し警戒されている。

 

俺は床に残っていたプリントを数枚拾い、種類ごとに分けた。

 

「これ、どれと同じ?」

 

「その青い資料は、こちらです」

 

「分かった」

 

教卓の端へ重ねる。

 

千夏も空気を読んだらしく、別の束を持ち上げた。

 

「これは?」

 

「そちらは行事説明会用です」

 

「小日向さん、そっちお願い」

 

「はーい」

 

小日向さんまで加わった。

 

三人で動くと、紙の束はすぐに整理されていく。

 

白河さんは少し困惑した顔をしていた。

 

「本当に、大丈夫だったのですが」

 

「早く終わる方が楽だから」

 

俺が答える。

 

白河さんの眉がわずかに寄った。

 

「私が頼まれた仕事です」

 

「うん」

 

「ですから、私がやります」

 

真面目だ。

 

責任感が強い。

 

立派ではある。

 

ただし、少し危ない。

 

俺は一覧表へ目を向けた。

 

「白河さん、ほかにも頼まれてる?」

 

「……別に、大したことではありません」

 

「係決めの集計と、資料分けと、掲示物?」

 

「それくらいです」

 

「それくらい、が増えると面倒だよ」

 

白河さんは黙った。

 

教室に、紙が擦れる音だけが小さく響く。

 

窓から入った風が、低く結ばれた白河さんの黒髪を揺らした。

 

近くで見ると、目元にほんの少しだけ疲れが滲んでいる。

姿勢は崩れていない。

声も落ち着いている。

 

けれど、机の上のノートには、途中で止まった文字が残っていた。

 

たぶん白河さんは、できないのではない。

 

できる。

 

だからこそ、抱える。

 

「全部ちゃんとやろうとすると、ちゃんとしてる人から潰れるよ」

 

俺はそう言った。

 

白河さんが顔を上げる。

 

目が合った。

 

黒い瞳が、わずかに揺れた。

 

言いすぎたかもしれない。

 

高校生の係決めに、潰れるは少し大げさだったか。

 

だが、前世では本当にそうだった。

 

真面目な人間ほど、限界を越えるまで頑張る。

周囲も、頑張れる人間へ無意識に頼る。

 

壊れてから気づいても遅い。

 

今回は、ただのプリント整理だ。

 

だからこそ、今のうちに人へ振ればいい。

 

「別に、任せてもいいと思う」

 

俺は手元の資料を揃えながら続けた。

 

「頼まれたことを終わらせるのと、一人で全部やるのは違うから」

 

白河さんは何も言わなかった。

 

怒らせただろうか。

 

少し不安になったが、今さら言葉は戻せない。

 

「……高遠さんは」

 

しばらくして、白河さんが口を開いた。

 

「いつも、そうやって簡単に言えるのですね」

 

声は静かだった。

 

でも、少しだけ硬い。

 

「簡単?」

 

「力を抜けばいい。任せればいい。焦らなくていい」

 

白河さんは、俺の方を真っ直ぐに見る。

 

「自分は余裕があるから、そう言えるのではありませんか」

 

なるほど。

 

そう見えているのか。

 

俺は少し考える。

 

確かに今世の俺は、なるべく無理をしないようにしている。

 

授業も、提出物も、必要なことはやる。

ただし、頑張りすぎない。

 

前世で一度、加減を間違えた結果が過労死だ。

 

二周目で同じ失敗を繰り返すつもりはない。

 

「余裕があるというより」

 

俺は言葉を選ぶ。

 

「余裕がなくなるまでやらないだけ」

 

白河さんが瞬きをした。

 

「できることでも、全部引き受けたら終わらないから」

 

教卓へ最後の束を置く。

 

「白河さんも、今日は帰っていいと思う」

 

「……でも」

 

「先生には、四人で終わらせたって言えばいい」

 

千夏が隣で頷いた。

 

「あたしもそう思う。終わったし、帰ろうよ」

 

「そうそう。放課後は休まないと」

 

小日向さんも笑いながら加わる。

 

白河さんは、整えられた資料の束を見た。

 

それから、自分の机へ残されたノートへ視線を向ける。

 

唇がわずかに動いた。

 

何かを言いかけて、飲み込んだように見えた。

 

「……ありがとうございます」

 

声は小さかった。

 

けれど、先ほどまでの硬さが少しだけ薄れていた。

 

「どういたしまして」

 

俺は鞄を肩へ掛ける。

 

これで解決。

 

帰れる。

 

予定より少し遅くなったが、昼寝の時間はまだ確保できる。

 

「じゃあ、行こうか」

 

千夏に声をかける。

 

「うん」

 

小日向さんも、自分の鞄を持ち上げた。

 

「私も途中まで一緒に帰ろうかな」

 

「小日向さん、方向逆じゃなかった?」

 

千夏がすぐに反応する。

 

「駅までは一緒だよ」

 

「そうだけど」

 

二人の間に、ほんの少しだけ妙な空気が流れた。

 

気のせいだろうか。

 

俺は教室の扉へ向かう。

 

その途中で、何となく振り返った。

 

白河さんはまだ教卓の前に立っていた。

 

夕方の光が、横顔に淡く落ちている。

 

姿勢は変わらず真っ直ぐだ。

 

ただ、こちらを見る目だけが、先ほどとは少し違った。

 

不満そうな。

 

悔しそうな。

 

それなのに、何かを確かめるみたいな。

 

よく分からない視線だった。

 

目が合う。

 

白河さんはすぐに顔を逸らした。

 

俺は首を傾げる。

 

やはり、何か怒らせただろうか。

 

 

♢

 

 

翌朝。

 

教室へ入ると、白河さんはすでに席についていた。

 

机の上には教科書とノートがきれいに並んでいる。

昨日と同じ。

隙のない優等生の机だ。

 

俺が席へ向かう途中、白河さんと目が合った。

 

白河さんは、一瞬だけ迷うような顔をした。

 

それから、静かに言う。

 

「……おはようございます、高遠さん」

 

「おはよう、白河さん」

 

俺も返す。

 

ただの挨拶。

 

それだけのはずだった。

 

なのに、白河さんは何か言いたそうにこちらを見ている。

 

「何かある?」

 

「いいえ」

 

即答だった。

 

「ただ、少し顔色が悪く見えただけです」

 

「そう?」

 

「寝不足ではありませんか」

 

昨日は帰宅後、予定通り昼寝をした。

むしろ寝すぎて、夜の寝付きが少し悪かったくらいだ。

 

「たぶん大丈夫」

 

「そうですか」

 

白河さんはそう言いながら、まだこちらを見ている。

 

昨日までとは違う。

 

不満そうなのに、気にしている。

 

気にしているのに、話しかける理由を探しているようにも見える。

 

その様子を、少し離れた席から瀬尾さんが眺めていた。

 

瀬尾さんと目が合う。

 

瀬尾さんは、妙に楽しそうに笑った。

 

嫌な予感がする。

 

「高遠さん」

 

「なに?」

 

「昨日、白河さんと何かあった?」

 

「プリントを分けた」

 

「それだけ?」

 

「それだけ」

 

瀬尾さんは、なぜか納得していない顔をする。

 

「高遠さんって、本人だけ何も分かってない時あるよね」

 

「何が?」

 

「ううん。なんでもない」

 

そう言って、瀬尾さんは笑いを堪えるように前を向いた。

 

分からない。

 

俺は自分の席へ座り、窓の外を見る。

 

朝の校庭には、運動部の生徒が何人か走っていた。

風が木の葉を揺らしている。

 

今日も平和である。

 

少なくとも、俺にはそう見える。

 

ただ。

 

斜め前では千夏がこちらを見ている。

隣では小日向さんが、昼休みに持ってくる菓子パンの相談を始めている。

少し離れた席では、白河さんが一度開いた教科書から、なぜかまたこちらへ視線を向けている。

 

俺は何となく落ち着かない気分になった。

 

本当に。

 

俺、何か怒らせたか?




人の心がわかるようでわからない系のおっさんJK。

次回は白河さん視点です。
木曜日に投稿予定。

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