本編とは違ったノリの、少しゆるめのギャグ寄りなお話になる予定です。
皆さんにも、肩の力を抜いて、息抜き気分で楽しんでいただければ嬉しいです。
連邦捜査部シャーレ。
そう名付けられたその場所は、まだ“稼働している”と言うには少しばかり寂しかった。
執務室には必要最低限の机と、使い方の分からない機材と、そして何より、これから何をするべきなのかを考えている先生が一人。
……正確には、一人ではない。
『先生! 聞こえていますか、先生!』
机の上に置かれたタブレット――シッテムの箱の画面の中で、青い髪の少女が元気よく手を振っていた。
「聞こえてるよ、アロナ」
『では改めまして、私が先生のサポートを務めるアロナです! これから先生のキヴォトスでのお仕事をばっちりお手伝いしますので、何でも聞いてくださいね!』
「ありがとう。正直、分からないことだらけだから助かるよ」
『お任せください! アロナちゃんは優秀ですので!』
胸を張るアロナに、先生は小さく笑った。
まだ着任したばかり。
連邦生徒会長は行方不明。
連邦生徒会は混乱し、キヴォトス全体もどこか落ち着かない。
その中で、先生はこのシャーレという組織を任された。
責任もある。やるべきことも多い。
けれど、まずは目の前のものを理解しなければ始まらない。
「それでアロナ。この画面にある項目なんだけど……」
『はいはい、どれですか?』
「この、“募集”っていうのは?」
先生が指差した先には、いかにも押してくださいと言わんばかりのアイコンがあった。
きらきらと妙に目立つ演出がついており、他の項目より明らかに主張が強い。
アロナは「あっ」と声を上げると、なぜか得意げな顔になった。
『よくぞ聞いてくれました、先生! それはですね、キヴォトスの生徒さんをシャーレにランダムで強制加入させる機能です!』
「ランダムで強制加入?」
『はい! ざっくり言えば、ガチャです!』
「募集っていうと、入ってくれる人を集めるってことだよね?」
『そうです!』
「それは分かるんだけど……ランダムっていうのは?」
『ランダムです!』
「自信満々に言い切られても困るかな」
先生が苦笑すると、アロナは画面の中でぴょんと跳ねた。
『説明しますと、この募集機能を使うことで、シャーレに入部届を出してくれている生徒さんの中から、アロナちゃんがランダムで選びます!』
「入部届?」
『はい! なので、強制加入と言っても、厳密にはすでにシャーレに来る意思がある生徒さんたちなんです!』
「なるほど。なら安心……なのかな?」
『安心ですよ』
「でも、ランダムで呼ばれる側はびっくりしない?」
『それはしますね』
「するんだ」
『しますが、そういう仕様なのです!』
「仕様って便利な言葉だね」
先生は少しだけ遠い目をした。
とはいえ、少なくとも本人たちに加入の意思があるなら、完全な強制ではないらしい。
それなら、シャーレを動かすための助けとしてはありがたい。
そう思ったところで、アロナがさらに明るい声で続けた。
『それと先生! 大事な補足があります!』
「大事な補足?」
『はい! この募集で来た生徒さんは、この世界にいる同じ見た目、同じ名前の生徒さんと、必ずしも同一人物ではありません!』
「……どういうこと?」
『時間軸や記憶も千差万別です!』
「……うん?」
『簡単に説明すると、この世界のAさんと、募集で来たAさんは、別個体ということですね!』
「待って。急に難しい話になったぞ」
先生は思わずシッテムの箱を見つめ直した。
「つまり、同じ名前で同じ姿の生徒が二人存在することもあるってこと?」
『そうです』
「それは大丈夫なの?」
『大丈夫です』
「本当に?」
『先生、そこはあまり深く気にしてはいけません』
「気にしてはいけない規模の話かな、今の」
アロナはにこにこしたまま、両手を広げた。
『簡単に考えてください。ソシャゲのガチャのようなものです!』
「ソシャゲのガチャ」
『はい!』
「……なるほど」
『納得しましたか?』
「納得したというか、納得するしかない感じはした」
『さすが先生です!』
アロナは満足げだった。
先生としては、まだいくつか質問したいことはあった。
あったのだが、ここで深く掘り下げても、おそらく「仕様です!」と返ってくる気がした。
ならば、実際に試してみるのが早い。
「それで、今からその募集はできるの?」
『ええと……今なら二人くらいならできますよ!』
「二人呼んだら、もう募集はできない?」
『いえ、時間はかかりますが、またできるようになります!』
「そっか。じゃあ、さっそく募集してみようかな」
『先生の初めての募集ですね! アロナちゃんもドキドキです!』
先生は画面に表示された“募集”のアイコンに指を伸ばした。
軽く触れてみると。その瞬間、シッテムの箱が眩い光を放った。
「うわっ」
『募集開始です!』
アロナの明るい声と共に、シャーレの執務室全体が白い光に包まれる。
机も、椅子も、壁も、天井も、すべてが光に溶けるように見えなくなった。
数秒後。
光が収まる。
先生はゆっくりと目を開けた。
そこに、二人の生徒が立っていた。
一人は、桃色の髪をポニーテールにまとめた少女。
どこか眠たげな雰囲気を残しつつも、その姿は妙に凛としている。装備も、空気も、ただの学生というには少し物々しい。
もう一人は、黒いドレスを身にまとった少女。
灰色の髪に、静かな瞳。表情は淡々としているが、先生を見た瞬間、なぜか当然のように両手の親指を立てた。
先生が状況を飲み込もうとしていると、桃色の髪の少女が、のんびりと口を開いた。
「うへ〜。ようやく来れたよ〜。先生、これからよろしくね〜」
「ん、ホシノ先輩と同時なんて、先生もわかってるね」
黒いドレスの少女が真顔で親指を立てたまま言う。
先生は、募集で現れただろう二人を見た。
「……えっと?」
「うんうん、分かるよ先生。おじさんが来て嬉しいんだよね〜?」
「ん、私もいる。もっと喜んでいい」
「いや、嬉しいとか嬉しくないとかの前に」
先生は少し困ったように首を傾げた。
「初めまして、で合ってる?」
二人の動きが止まった。
桃色の髪の少女の眠たげな目が、ほんの少し開く。
黒いドレスの少女の親指が、ゆっくりと下がる。
「……うへ?」
「……ん?」
今度は二人が先生を見る番だった。
「あれ、違った?」
桃色の髪の少女――ホシノは、笑顔を浮かべたまま固まっていた。
シロコテラーは無表情のまま、明らかに処理落ちしていた。
「先生」
「うん?」
「突然で悪いんだけどさ…今、どの辺?」
「どの辺って?」
「ん、進行度の事」
「進行度?」
先生はますます首を傾げた。
ホシノとシロコテラーは互いに顔を見合わせた。
何かがおかしい。
明らかに何かがおかしい。
ホシノは一度咳払いをした。
「先生って、今なにか大事な仕事任されてたりする?」
「今?」
「うん。シャーレの仕事とか、アビドスとか、色々」
「ああ。今はシャーレに着任した直後だよ」
「……」
「……」
「連邦生徒会長が行方不明で、シッテムの箱を受け取って、これからシャーレを本格的に稼働させようとしてるところかな」
ホシノの表情が消えた。
シロコテラーの耳が、ぴくりと動いた。
「うへ……?」
「ん……?」
「それで、アロナに色々説明してもらってたら募集っていうのがあったから、試しに押してみたんだ」
先生は自然な口調で続ける。
「そしたら、二人が来てくれたんだ」
「……」
「……」
「あの、二人とも?」
ホシノはゆっくりとシロコテラーを見た。
シロコテラーもゆっくりとホシノを見た。
そして、ほぼ同時に口を開く。
「最初じゃん!?」
「最序盤だね」
「最初?」
先生だけが分からない顔をしている。
ホシノは片手で顔を覆った。
「うへ〜……そっか〜。そっちか〜。いやぁ、おじさん完全に油断してたな〜」
「ん、先生は何も知らない先生だった」
「何も知らない先生って何?」
「そのままの意味」
「説明になってないかな」
先生が困ったように笑うと、シロコテラーは真剣な顔で頷いた。
「先生、大事な確認をする」
「うん」
「アビドスにはもう行った?」
「アビドス? まだ行ってないよ」
「ん!?」
シロコテラーが珍しく目を見開いた。
ホシノも肩を跳ねさせる。
「じゃ、じゃあさ〜、おじさん……じゃなくて、この世界の小鳥遊ホシノには?」
「会ったことないね」
「うへぇ!?」
「砂狼シロコには?」
「会ったことないと思う」
「ん、メインアイコンなのに!?」
「二人とも、そんなに驚くこと?」
先生の素朴な疑問に、ホシノとシロコテラーは同時に口を閉じた。
言えない。
これは言えない。
言えるわけがない。
着任直後の先生に、自分たちがどの時間軸から来たのか、なぜこの姿なのか、アビドスで何があるのか。
そんなことを説明したら、それはもう親切ではなくネタバレだった。
ホシノは視線を泳がせ、シロコテラーは無言で先生を見た。
「そういう事なら先に言ってほしかったな〜…」
「ん、危なかった。初手で致命傷だった」
「致命傷?」
先生が聞き返す。
シロコテラーはすぐに首を振った。
「何でもない」
「今、致命傷って言ったよね?」
「言ってない」
「言ったと思うけど」
「先生の聞き間違い」
「そんなにはっきり?」
シロコテラーは無表情で頷いた。
ホシノは乾いた笑いを漏らす。
「ま、まぁまぁ、先生。細かいことは気にしないでよ〜」
「いや、結構気になることだらけなんだけど」
「おじさんたちはシャーレに来た生徒。先生は先生。今はそれでいいんじゃないかな?」
「雑じゃない?」
「ん、ガチャだから」
「あ、アロナと同じこと言った」
先生はしばらく考えたあと、うなずいた。
「皆がそう言うなら…ガチャなら仕方ないのかな?」
「納得しちゃったよ」
「先生は結構順応が早いね」
「そうかな?」
「早いよ〜。普通もうちょっと疑うよ〜」
ホシノは苦笑しながら、改めて先生を見る。
自分たちの知っている先生とは違う。
まだ何も知らない。まだアビドスにも来ていない。
まだ、この世界の自分たちと出会ってすらいない。
けれど、先生は先生だった。
困惑しても、拒絶しない。
分からなくても、目の前の生徒を受け入れようとする。
ホシノは、少しだけ肩の力を抜いた。
「それじゃ、改めて。小鳥遊ホシノだよ〜。アビドス高等学校所属。まあ、こっちではシャーレ所属ってことになるのかな〜?」
「ん、砂狼シロコ。こっちの私は、先生の知ってる私じゃない。まだ知らないと思うけど」
「ややこしい自己紹介だね」
「ん、ややこしい女だから」
「自分で言うんだ」
先生は笑ってから、二人に向き直った。
「私は先生だよ。これからよろしく、ホシノ、シロコ」
「うんよろしくね、先生」
「よろしく」
ひとまず、挨拶は済んだ。
済んだ、はずだった。
その直後。
ピコン、とシッテムの箱が軽い通知音を鳴らした。
『先生、メッセージが届いていますよ!』
「メッセージ?」
先生が画面を覗き込む。
アロナが通知を開くと、そこには差出人と依頼内容が表示されていた。
『ええと……アビドス高等学校からですね!』
「さっき二人が言ってたアビドスから?」
先生が呟いた瞬間。
ホシノとシロコテラーが、同時に固まった。
「……」
「……」
『はい! どうやら、シャーレに相談したいことがあるみたいです!』
「そうなんだ。ちょうどいいね」
先生は顔を上げた。
「二人とも、アビドスの生徒なんだよね?」
「……う、うん」
「……ん」
「なら、案内してもらえるかな。初仕事、一緒に行けたら心強いし」
ホシノとシロコテラーは、再び互いに顔を見合わせた。
行けるわけがない。
いや、行こうと思えば行ける。けれど、行ったら間違いなく面倒なことになる。
この世界のホシノがいる。この世界のシロコがいる。対策委員会がいる。
そこに、臨戦状態のホシノと黒いドレスのシロコテラーが先生に連れられて現れたら、どうなるか。
答えは簡単だ。
大混乱である。
「せ、先生!」
「うん?」
「おじさん、ちょっと思ったんだけどさ〜」
ホシノは珍しく慎重な声で言った。
「今回は留守番してようかな〜って」
「ん、私もシャーレの警備をする」
「警備?」
「とても大事な仕事」
「でも、ここに来たばかりだよね?」
「だからこそ警備が必要」
「そうかな?」
先生は少し考え込んだ。
そして、ほんの少し寂しそうに笑った。
「そっか……せっかく一緒に行けると思ったんだけどな…」
「……うぐぅ!?」
「……んんん!!?」
ホシノの笑顔が引きつった。
シロコテラーの目がわずかに揺れた。
それは、ずるい。
何も知らない先生が、何も知らないまま、ただ純粋にそう言っている。
自分たちを頼りにしている。
初仕事を一緒にしたいと言っている。
ホシノはゆっくりと天井を見上げた。
「はぁ〜……」
「ホシノ先輩」
「シロコちゃん、これ無理だよ〜」
「先生のしょんぼり顔は防御不能」
「だね〜」
「えっと、二人とも?」
先生が不思議そうに声をかける。
ホシノは大きく息を吐くと、いつものようにゆるい笑みを浮かべた。
「分かったよ〜。おじさんも行く」
「私も同行する」
「本当?」
「うん。先生の初仕事だもんね〜。ちゃんと見守ってあげないと」
「よく考えたら先生を一人でアビドスに行かせるのは危険」
「そんなに危ない所なの?」
「色々と」
先生はよく分かっていない顔をしたが、それでも嬉しそうに頷いた。
「ありがとう。二人がいてくれると助かるよ」
その言葉に、ホシノとシロコテラーは同時に目を逸らした。
ネタバレはしない。余計なことも言わない。
この世界の自分たちと会っても、できるだけ穏便に済ませる。
そう決意した…したのだが。
『先生! アビドスまでのルートを表示しますね!』
「お願い、アロナ」
『はい! それでは、シャーレ初任務です!』
アロナの元気な声が執務室に響く。
先生は出発の準備を始める。
その後ろで、臨戦ホシノとシロコテラーは小声で話していた。
「……シロコちゃん」
「ん?」
「これ、絶対大変なことになるよね〜」
「混乱は避けられない…」
「だよね〜」
「でも先生が行くなら、私たちも行くしかない」
「うへ〜。初仕事から胃が痛いな〜」
「ん、大丈夫。たぶんアヤネがもっと痛くなる」
「それはそう」
二人は深く頷いた。こうして、先生の初めてのシャーレ任務が決まった。
行き先はアビドス高等学校、同行者は、小鳥遊ホシノ。そして、砂狼シロコ。
ただし。
この世界の彼女たちは、まだ先生のことも、二人のことも、何も知らない。
その事実に気づいていない先生だけが、穏やかな顔で言った。
「よし。それじゃあ行こうか、アビドスへ」
ホシノは乾いた笑みを浮かべた。
「了解〜……」
シロコテラーは真顔で親指を立てた。
「大事故の予感」