契約書に記されていた砂漠横断鉄道の関連施設を調べることになった先生たちは、アビドス自治区にある小さな駅へと集まっていた。
砂漠の真ん中にぽつんと取り残されたような駅は、砂埃に晒され続けたせいで看板も随分と色褪せている。現在も最低限の運行は続いているものの、最盛期の賑わいを知る者が見れば、随分と寂しい姿に映るのだろう。
そんなホームへ足を踏み入れた先生は、先に到着している三人の姿を見つけて目を瞬かせた。
「あれ? ヒナ?」
「先生」
先生の声に反応し、ヒナが振り返る。その隣には現地ヒナとマコトも立っており、どうやら三人とも先生たちが来るのを待っていたらしい。
少し前、ゲヘナ自治区へ向かったヒナから「少し確認したいことがある」とだけ聞かされていた先生は、具体的な内容までは知らされていない。それでも元気そうな姿を見て安心したのか、自然と表情を緩めた。
対するヒナは先生のところまで歩み寄ると、ほんの少し申し訳なさそうに目を伏せた。
「先生に呼んでもらったのに、ずっと傍にいられなくてごめんなさいね」
「全然気にしてないよ」
先生は何でもないことのように笑った。
「それより、ヒナは目的を果たせた?」
「…………」
自分を責めるより、真っ先にこちらを気遣う。
今までいろいろな事件を乗り越えた後のヒナにとって、今さら驚くようなことではないはずだった。それでも、この人は本当に変わらないと改めて思わされる。
「ええ。全部とは言えないけれど、出来ることはしたわ」
ヒナは僅かに口元を緩めてから、後ろにいる現地ヒナとマコトへ目を向けた。
「それに、これから片付けに行くために先生たちを待っていたの」
「片付け?」
「詳しいことは、現物を確認してから話すわ。今のところ、私たちにも分かっていないことの方が多いから」
「そっか。じゃあ一緒に行こうか」
先生があっさり受け入れる一方で、マコトは先ほどから別の方向をじっと睨んでいた。
視線の先にいるのは、今回の調査に同行するハイランダー鉄道学園の三人――スオウ、ヒカリ、ノゾミ。
その剣呑な視線に真っ先に気付いたのはヒカリだった。
「……ねえノゾミぃ。あの人、さっきからこっち見てない?」
「見てる見てる。しかもすっごい怖い顔してるんだけど……私たち何かした?」
「知らないよぉ……」
二人がひそひそと話している間にも、マコトは真っ直ぐ三人の方へ歩いていく。
スオウだけは逃げることもなく、近づいてくるマコトを無言で迎えた。
そして二人の距離がすれ違うほどに近づいた瞬間、マコトがスオウにだけ聞こえる程度まで声を落とした。
「どこから嗅ぎ付けたのかは知らんがな。遺産に手を出すつもりなら、私が敵に回ることだけは覚えておけ」
スオウの目が僅かに細くなる。しかし、怯んだ様子はない。
「……一体、何のことを言っているのか分からないな」
ただ契約書と砂漠横断鉄道の記録を調べる必要がある――スオウとしてはその建前を守った形をとった。
だが、そんな事情を知らないマコトからすれば、完全にしらばっくれているようにしか見えない。
「ふん」
マコトは鼻を鳴らし、そのまま数歩通り過ぎたところで足を止めた。
背中を向けたまま、顔だけを僅かに振り返る。
「私は確かに言ったからな? 後悔するなよ」
「…………」
スオウも無言で睨み返す。完全に一触即発の空気だった。
少し離れたところでは、ヒカリとノゾミが二人揃って身を寄せ合っている。
「こ、怖いよぉ……」
「なんで監督官も普通に睨み返してるの!?」
「さあ……?」
そんな緊張した空気を壊したのは、現地ヒナだった。
「マコト」
「何だ?」
「八つ当たりは良くないわよ」
「八つ当たりではない! これは警告だ!」
「はいはい」
「雑に流すな!」
いつもの調子へ戻り始めた二人を見て、先生は苦笑しながら列車の到着を待つことにした。
それからしばらくして到着した列車へ全員で乗り込み、契約書に記されていた砂漠横断鉄道の関連施設へと向かった。
列車はアビドスの広大な砂漠を横断しながら、かつて多くの路線が行き交っていた地域へ進んでいく。
窓の外には、ところどころ砂に埋もれた古い線路や、既に使われなくなった駅舎が見えた。ユメはそれらを眺める度に何かを思い出そうとするように眉を寄せていたが、今のところ決定的な記憶が蘇ることはないらしい。
やがて一行が降りたのは、現在の路線図ではほとんど名前すら残っていない古い車両整備施設だった。
巨大な建物は長年放置されていた割には原形を保っているものの、内部へ入れば至るところに砂が吹き込み、壁や床には長い年月を物語るような傷みが目立つ。
「うわぁ……広いねぇ」
先生は思わず天井を見上げた。
外から見た以上に内部は広く、複数の車両を同時に収容出来る巨大な整備区画から、いくつもの通路がさらに奥へ続いている。
「昔はここも結構使ってたのかな?」
「そのはずなんだけど……」
ユメは懐かしそうというより、どこか腑に落ちない顔で周囲を見回していた。
「何となく知ってる感じはするんだけど、はっきりとは思い出せないなぁ」
「焦らなくていいよ」
先生がそう言うと、ユメも「うん」と頷いた。
先生たちは手分けして施設内部の記録を調べ始めた。
現在残されている設備そのものには目立った異常はない。しかし、調べれば調べるほど、普通の車両整備施設として見るには妙なところがいくつも見つかった。
床の一部は通常の列車を扱うには過剰と思えるほど補強され、古い電力設備も施設規模に対して異様に大きい。
だが、一番大きな発見をしたのはアヤネだった。
「先生! 皆さん! ちょっとこちらへ来てください!」
資料室から聞こえた声に、散らばっていた面々が集まってくる。
「何かあった?」
「これを見てください」
アヤネが机の上へ広げていたのは、古びた路線図だった。
その隣には現在使用されている路線図が並べられている。
「この二つを比べていたんですが……ここの部分が違うんです」
アヤネが指先で一箇所を示す。
現在の路線図では、関連施設から少し離れた地点で線路が途切れている。
しかし古い路線図では。
「……続いてる?」
先生が顔を近づけた。
「はい。今の地図には載っていない線路が、ここからさらにアビドス砂漠の奥へ延びています」
細い一本の線が、現在知られている路線から分岐し、砂漠の奥深くまで続いている。
途中には駅名も施設名も書かれていない。
ただ、線路だけが存在していた。
「かなり長いですね~」
ノノミが地図を覗き込む。
「歩いて確認する距離じゃないわね」
セリカも腕を組んだ。
「……この線路」
ユメが呟く。
「知ってるの?」
「う~ん……」
古い路線図を見つめながら、ユメは眉間に皺を寄せた。
「見たことあるような気がする。でも、どこに繋がってたかは……」
「無理に思い出そうとしなくてもいいですよ」
現地ホシノが声を掛ける。
「うん……ごめんね、みんな~」
その横で、マコトとヒナは無言のまま路線図を見つめていた。
先日ゲヘナで共有されたばかりの情報。アビドスと雷帝が共同開発した列車砲。
通常の地図には存在しない線路。
偶然で片付けるには、少々出来過ぎている。
「……ヒナ」
「ええ」
マコトが小さく名前を呼んだだけで、現地ヒナは意図を察した。
「調べる価値はありそうね」
ヒナも二人の反応から何を考えているのか察したらしく、真剣な表情で路線図へ目を落とす。
一方、スオウは何故か線路の先から目を離せなくなっていた。
「この先を確認したい」
突然の言葉に先生が振り返る。
「スオウも?」
「ああ」
「何か知ってるの?」
「……いや」
スオウ自身も一瞬だけ言葉に詰まった。
「何故かは分からない。ただ、この線路の先は確認した方がいい気がする」
「…………」
先生は不思議そうに首を傾げたものの、否定する理由もなかった。
「私も調べたいと思ってたし、ちょうどいいかな」
「でも問題があります」
アヤネが古い路線図を見ながら言う。
「仮にこの路線がまだ使える状態だったとしても、かなりの距離があります。私達が乗ってきた列車は通常運行の車両ですから、勝手にこの支線へ入れるわけにもいきません」
「歩くのは無理かな?」
「途中で先生が干からびると思います」
「そっかぁ~……」
「ん。砂漠舐めない方がいいよ、先生」
シロコにまで真顔で言われ、先生は素直に歩いて向かう案を撤回した。
「となると……足が欲しいねぇ」
臨戦ホシノがのんびり呟く。
ちょうどその時だった。
遠くから、低い振動音が聞こえてきた。
「……何か来る」
真っ先に反応したシロコが、施設の外へ視線を向ける。
アヤネもすぐにドローンを飛ばし、施設周辺の状況を確認した。
「線路の方から車両が来ています。それと……かなりの数の反応があります!」
「誰?」
「識別信号は――」
画面へ表示された情報を見たアヤネの顔が曇る。
「カイザーPMCです!」
「カイザー?」
先生が聞き返した瞬間、現地アビドス組の空気が変わった。
「全員、いったん隠れよう」
現地ホシノの判断は早かった。
相手の目的も分からないまま正面から接触する必要はない。急いで資料をまとめると、施設内に残されていた古い機材や壁の陰へ身を隠した。
やがて大きな列車が施設前へ停車し、次々とカイザーPMCの兵士ロボや戦闘車両が降りてくる。
相変わらず数だけなら、かなりの規模だった。先生は隠れたままそっと様子を窺った。
「何しに来たんだろ……?」
「先生、静かに!」
すぐ近くに、偶然二体の兵士ロボが歩いてきた。
『本当にこんな場所にあるのか?』
『知らねぇよ。上からの話じゃ、とんでもない兵器がこのアビドスのどこかに隠されてるらしいぞ』
「…………」
隠れていた面々の表情が変わった。
マコトの目だけが鋭く細められた。
そしてユメも、「兵器」という単語に反応するように古い線路図を見下ろしていた。
しかし、そんな重要な情報を口にしている本人たちは、近くで聞き耳を立てられているとは夢にも思っていない。
『それよりさぁ、最近ひどくね?』
『何がだよ?』
『うちの評判だよ。たった二人の生徒に負けた雑魚集団とか言われてんだぞ?』
『あれは相手がおかしかっただけだ!!』
もう一体の兵士ロボが突然大声を上げた。
『お前、あの時の部隊だったのか?』
『地上部隊にいたよ! だから言ってんだろ!? 盾持ったちっこいピンク髪と、黒いドレスを着た奴が二人で突っ込んできて、こっちの地上戦力を片っ端から潰していったんだぞ!?』
『でもたったの二人だろ?』
『二人だから何だよ!? あんなもん二人とかそういう問題じゃねぇんだよ!! あいつらは生徒なんて生易しいものじゃない、あいつらは化け物なんだよ!!』
兵士ロボの切実な叫びを聞きながら。
臨戦ホシノとシロコテラーが、静かに顔を見合わせた。
「おじさんたちのことかなぁ?」
「ん。私たちの事を指している確率100%」クイッ
「あの、突然私の眼鏡を取らないでもらっていいですか?」
先生はシロコテラーが眼鏡をクイクイ動かしてる所を見て吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
まさか、こんなところで当時の被害者と再会することになるとは二人も思っていなかった。
『もうあいつらとは二度と会いたくねぇよ……』
『まあ大丈夫だろ。こんな砂漠のど真ん中にいるわけないって』
『それもそうだな』
二体はそんな会話をしながら、そのまま施設の奥へ歩いていった。
姿が見えなくなってから、先生たちはようやく小さく息を吐く。
「……とんでもない兵器、だって」
先生が囁くように言う。
「偶然とは思えなくなってきたわね」
現地ヒナが路線図へ視線を落とす。
「カイザーまで調査に来ているということは、何らかの情報が外へ漏れている可能性があるな。連中より先に見つけるぞ。雷帝の遺産なら尚更だ」
マコトも険しい表情で答える。
「でも結局、今の私たちには移動手段が無いんだよね」
「…………」
その一言で何人かの視線が同時にカイザーの列車へ向いた。
先生もその視線を追う。
「ちょっとまって、嫌な予感がするんだけど?」
シロコが最初に口を開いた。
「ん。カイザーを襲う」
そう言ってシロコはカイザーの列車を指差した。
「アビドスの地は弱肉強食が鉄則。弱い方が悪い」
シロコテラーも即座に同意した。
「そんな話初めて聞いたんだけど!?」
セリカが小声で突っ込む。
だが、そのセリカ自身も数秒後には列車と砂漠の奥へ延びる路線図を見比べ、腕を組んだ。
「……でも、まあ、他に手段ないのよね?」
「セリカちゃん!?」
アヤネが驚いてセリカを止めようとするがセリカは怒りを露わにしていた。
「何よ! カイザーよ!? 今さら一回くらい電車借りたところで誤差でしょ!」
「誤差なんですか!?」
「賛成です~」
ノノミまでにこやかに手を上げる。
「この人数で歩くよりずっと安全ですし、カイザーさんたちには少し休んでいてもらいましょう」
「言い方が優しいだけでやること変わってないよぉ!?」
今度はユメが慌てる。
臨戦ホシノも列車を見ながら楽しそうに頷いた。
「いやぁ、向こうから電車を持ってきてくれるなんて親切だねぇ」
「ホシノちゃんまで!?」
「おじさんたち、カイザーとは昔から仲良くないからねぇ」
さらに、マコトが力強く手を上げた。
「キキキ、私は賛成だ。何せカイザーだからな! 遠慮する理由がどこにある?」
「マコト…」
現地ヒナが呆れたように見る。
「何だ?」
「声が大きい」
「そこなの!?」
先生は周囲を見回した。
積極的に列車強奪――本人たちは借用と主張しているが――それを支持していないのは、ユメ、二人のヒナ、そしてハイランダーの三人くらいだった。
特にハイランダー組の反応は露骨だった。
「ハイジャックされちゃう~!」
ヒカリが小声ながら全力で抗議する。
「人の列車を勝手に持っていっちゃダメだからねぇ! なんでみんな当然みたいな顔してるの!?」
ノゾミもヒカリと完全に意見が一致している。
「カイザーからは何を奪ってもいいんだよ?」
シロコの無茶苦茶な理論にスオウは無言で額を押さえて、ヒカリとノゾミは口を開けて止まっていた。
先生も流石にすぐ賛成することは出来ず、しばらく悩む。
「う~ん……」
カイザーか……。
過去にはアビドスを散々追い詰め。シャーレへまで攻め込んできた。
そして、今そんな因縁ある相手が欲しかった移動手段を目の前へ持ってきた。
「まあ……カイザーだしいいか」
「先生まで!?」
ユメの声が裏返った。
「一時的に借りるだけ! ちゃんと壊さずに大事に使おう!」
「そこじゃないんだよぉ!」
「先生……」
二人のヒナから同時に何とも言えない視線を向けられ、先生は少しだけ目を逸らした。
その時だった。
『侵入者発見!』
「え?」
施設奥へ向かっていたカイザー兵の一体が、こちらに気付いた。
『施設内に武装集団を確認! 全部隊、戦闘態勢!』
次の瞬間には銃口が向けられ、先生たちが隠れていた場所へ一斉に銃弾が叩き込まれる。
「うわぁ!?」
全員が咄嗟に身を伏せる。
「先生、下がって!」
ヒナが先生を庇うように前へ出る。
壁を削る銃撃を見ながら、先生はしばらく呆然としていた。
「向こうから先に撃ってきたよね」
「……そうね」
ヒナが淡々と答える。
「…………よし!」
先生は勢い宣言した。
「正当防衛!正当防衛! 電車も借りよう!」
「絶対後半の方が本音でしょ!?」
セリカの叫びと同時に、戦闘が始まった。
『敵戦力確認! 数は――』
指揮を取っていたカイザー兵が、施設から姿を現した一行を確認する。
『何でこんなところに集まってるんだ!?』
『構うな! 包囲して――』
そこまで叫んだところで。
一人の兵士ロボの動きが止まった。
「ん~、しょうがないなぁ」
前へ出てきた小柄な少女。
ピンク色の髪、左腕には大きな盾。
「…………」
少し前にぼやいていた兵士ロボだった。
『…………え?』
臨戦ホシノの隣から。
「ん」
黒い衣装を身に纏ったシロコテラーが静かに銃を構える。
兵士ロボは二人を認識すると。
『なんだよもぉぉぉぉぉぉ!!』
突然の絶叫が施設中へ響き渡った。
『またかよぉぉぉぉぉぉぉ!!?』
『どうした!?』
『さっき話した化け物だよ!!』
『は!?』
『地上部隊を壊滅させた奴らだ!!』
臨戦ホシノが首を傾げた。
「お互いに縁がありますねぇ~」
しばらく兵士ロボを見る。
「ん、お久!」
『俺たちは会いたくねぇんだよ!!』
悲痛な叫びが上がった。
さらに兵士ロボが二人の後ろを見る。
そこには現地ホシノを始めとしたアビドス対策委員会。
ゲヘナ風紀委員長の空崎ヒナともう一人の空崎ヒナ。
万魔殿の議長にハイランダー鉄道学園の生徒たち。
『なんで化け物が増えてんだよぉぉ!!?』
『見るな』
『いやでも――』
『現実を見るな!!』
「相談は終わった?」
ヒナが機関銃を構える。
『ヒィッ!?』
答えを待つ必要はなかった。
次の瞬間、二人のヒナによる銃撃がカイザーの前衛へ同時に襲い掛かった。
狭い施設内へ激しい銃声が反響し、カイザー側が用意していた防衛線が瞬く間に崩れていく。
臨戦ホシノは飛び交う銃弾を盾で受け止めながら真正面から進み、その陰からシロコテラーとシロコが正確に敵戦力を削っていく。ノノミの制圧射撃が逃げ道を塞ぎ、セリカが横から回り込んで陣形を崩した。
『左翼が突破された! 増援を――』
「遅い!」
声と同時にスオウの射撃が兵士ロボの足元へ突き刺さる。
「向こうから撃ってきた以上、こちらも応戦する」
「もぉ~! 私たちまで巻き込まれたじゃん!」
ノゾミは文句を言いながらも、戦闘が始まれば迷いはない。
「うーん……カオスだね~」
ヒカリも同意しながら援護に入り、カイザー兵が列車側へ逃げ込もうとするのを阻止していく。
それを見た先生が思わず感心した。
「二人ともなんだかんだ協力してくれてるね」
「先生! 感心してないで隠れてて!」
一方、マコトは高笑いしながらカイザーの戦力を見下ろしていた。
「ハーッハッハッハ! この程度の戦力でゲヘナの遺産に手を出そうなんて百年早い!」
「マコト!」
現地ヒナの鋭い声が飛ぶ。
「何だ!?」
「余計なことを口走らない!」
「……しまった!」
マコトが慌てて口を押さえる。
「もう遅いと思うよ……」
ユメが困ったように笑った。
だが、カイザー側にはその発言を詳しく追及している余裕など残されていなかった。
元々、数で押し切ることを前提に編成された部隊である。
ところが今回の相手は、以前二人だけで地上部隊を壊滅させた臨戦ホシノとシロコテラーに加え、他の無視できない戦力も複数人混ざっている。
『撤退! 撤退しろ!』
『列車まで戻れ!』
指揮官機がすぐに撤退の判断する。
「ん。逃がしたら電車も逃げる」
現地シロコが列車を見る。
「それは困っちゃうなぁ~」
現地ホシノが盾を前へ構えた。
『何でこっちの列車が戦利品扱いなんだよぉぉぉ!!』
カイザー兵の悲鳴を最後に戦闘はそれほど長く続かなかった。
◆
数十分後。
施設の前には大量のカイザー兵士ロボが綺麗に並べられていた。
完全に破壊されたわけではない。
武装だけを取り上げられ、しばらく動けない状態にされている。
『……ひどい目に遭った』
先ほどの兵士ロボが地面に転がったままぼやく。
『だから言っただろ……あの二人はおかしいって……』
その視線の先で先生たちはカイザーが乗ってきた列車の前に集まっていた。
「いやぁ、助かったね」
先生は満足そうに列車を見上げた。
「ちょうど欲しかったものが向こうから来てくれるなんて」
『返せよぉ!!』
「ちゃんと返すよ!」
『本当だろうな!?』
「……多分」
『多分!?』
カイザー兵の悲鳴を無視し、先生はハイランダー組へ振り返った。
「というわけで、君たちに頼みたい事があるんだけどさ……」
「嫌な予感するんだけど」
ノゾミの顔は何かを察してすでに引きつらせていた。
「この列車、動かせる?」
「…………」
ヒカリとノゾミが顔を見合わせた。
「せんせー」
ヒカリが何とも言えない顔をする。
「これ、カイザーの列車だよー」
「うん」
「ハイランダーの私たちが勝手に動かしたら問題にならない?」
「大丈夫借りたやつだから! それにカイザーから抗議されたらシャーレの先生の命令って言ってくれていいよ!」
「言い換えてもダメだからね!?」
ノゾミが全力で突っ込んだ。
スオウが列車を見ながら静かに口を挟む。
「二人とも諦めろ。このまま素人に触らせる方が危険だ」
「監督官!? 本気で言ってる!?」
「事実だろう。運行するなら、私たちが扱った方がいい」
「うぅ……それはそうだけどさー」
ヒカリまで渋々納得し始める。
ノゾミも最後まで不満そうではあったものの、先生が列車を運転し始める未来を想像したのか、最終的には大きな溜息を吐いた。
「分かった! 動かしてあげるから、勝手に触らないでよ!」
「ありがとう!」
「お礼を言われても全然嬉しくない!」
こうして、先生たちはカイザーから一時的に借り受けた列車を使い、古い路線図にしか存在しない路線の先を調べることになった。
運転席ではハイランダーの三人が古い路線情報と現在の設備を照合し、アヤネも横から確認していた。
「分岐はまだ残っているようです」
「問題は、その先の線路が使える状態かどうかだな」
スオウが操作盤を確認する。
「とりあえず、速度を落として進む」
「お願い」
先生が頷く。
やがて線路の分岐器が、長い年月を経て初めて動くような重い音を響かせた。
列車がゆっくりと進路を変える。現在の地図には載っていない。
誰も今では使っていない。砂漠の奥へ伸びていく古い線路。
その入口へ列車が静かに進んで行くのだった。
「…………」
ユメは窓の外を眺めながら、何か引っ掛かるように眉を寄せていた。
「ユメ先輩?」
現地ホシノが声を掛ける。
「ううん……何でもない」
そう答えながらも。
ユメの視線はどこまでも砂漠の奥へ続いていく線路からなかなか離れなかった。
列車が古い分岐へ入り、車輪が継ぎ目を踏むたびに一定の振動が車内へ伝わり、窓の外では見渡す限りの砂漠が少しずつ後方へ流れていった。
その景色を眺めていたマコトは、しばらく黙ったまま腕を組んでいたが、やがて心底うんざりしたように長い息を吐いた。
「まったく……調べれば調べるほど出てくるな、雷帝の置き土産という奴は」
隣に立っていた現地ヒナも、珍しくその愚痴には同意するように小さく頷いた。
「同感。ゲヘナの中だけでも面倒なのに、まさかアビドスにまで残しているなんて思わなかったわ」
「しかも列車砲だぞ、列車砲! 何故ただの鉄道では満足出来なかったのだ!」
「それは本人に聞いて」
「聞けるならとっくに聞いている!」
マコトは苛立たしげに窓の外へ視線を向けた。だが、先ほどスオウへ向けていたような刺々しさとは少し違う。未知の遺産がまだどこかに眠っているという事実そのものに、心底辟易しているようだった。
「列車砲に、NKウルトラ計画……まだ他にも残っていたらどうする」
「その時は、その時に処理するしかないでしょう」
「簡単に言うな!」
「でも、放置する気はないでしょう?」
「当たり前だ! ゲヘナの恥部を他校に晒せるか!」
即答だった。
現地ヒナはその返事を聞き、僅かに表情を緩める。
「なら同じよ。見つけたものから一つずつ潰していけばいいわ」
「……ふん。言われるまでもない」
普段なら顔を合わせるだけで喧嘩になりかねない二人だが、こと雷帝の遺産に関してだけは、不思議なくらい話が早かった。
そんな二人から少し離れた座席では、セリカが窓へ頬杖をつきながら、砂漠の奥へ延びていく線路を眺めていた。
「それにしても……なんか流れで、とんでもないことになっちゃったわね」
朝の時点では、契約書に書かれていた施設を少し調査するだけのつもりだった。
それが蓋を開けてみれば、地図に載っていない線路を見つけ、カイザーPMCの大部隊と戦い、その連中が乗ってきた列車まで借りることになった。
しかも、その先には正体不明の兵器が眠っている可能性まである。
「何で私たち、カイザーの列車で秘密の線路走ってるのよ……」
隣に座っていたシロコは、そんなセリカとは対照的に少し楽しそうだった。
「ん。でも、宝物探しみたいで楽しい!」
「宝物じゃなくて兵器かもしれないんだけど!?」
「それでも、何があるか分からない場所を探すのはワクワクしますよね~」
ノノミまでにこにこと同意する。
「ほら、昔の地図にしか載っていない線路を進んで、その先に誰も知らない施設があるかもしれないなんて、ちょっとした冒険みたいですよね?」
「ノノミ先輩まで……」
セリカは呆れたように肩を落としたものの、再び車窓へ目を向けると、しばらく黙って砂漠を眺めた。
「……まあ少しだけなら、分からなくもないけど」
「ん。やっぱりセリカも楽しいんだ」
「少しだけって言ったでしょ!」
シロコが満足そうに頷き、ノノミも楽しそうに笑う。
騒がしいやり取りが続く車内の、そのさらに後方。
「…………」
シロコテラーは一人、窓際に立ちながら端末を耳へ当てていた。
いつの間に電話が掛かってきたのか、周囲の誰も気付いていなかったらしい。
「ん。分かった。気を付ける」
電話口の相手から何か説明を受けているのか、時折小さく頷きながら話を聞いている。
「それと、そろそろ私の新衣装を――」
ぷつっ。
言い切る前に通話が切れた。
シロコテラーは文句を言いながら端末を見つめる。
「…………逃げられた」
ぽつりと呟いたところで、ちょうど近くを通りかかった臨戦ホシノがその様子に気付いた。
「大きいシロコちゃ~ん?」
「ん?」
「誰と電話してたの~?」
臨戦ホシノは興味深そうに顔を覗き込む。
シロコテラーは特に隠す様子もなく端末を仕舞った。
「ん。運営」
「…………へ?」
臨戦ホシノが一度だけ瞬きをした。
「そ、そっかぁ~……」
深く追及すると何か良くないものに触れそうな気がしたのか、臨戦ホシノはあっさり流した。
だがシロコテラーには、どうしても伝えておきたいことがあったらしい。
「ホシノ先輩にいい知らせがある」
「ん~?」
「限定的だけど、ワープのBANが解除された」
今度は臨戦ホシノの目が僅かに開く。
「本当?」
「ん」
「へぇ~……。それはいい知らせだねぇ」
臨戦ホシノの口元が、ゆっくりと持ち上がっていく。
その笑顔だけ見ればいつもの気の抜けたものと大差ない。しかし、シロコテラーの言葉の意味を理解した瞬間から、その目には明らかに別の光が宿っていた。
シロコテラーも淡々と続ける。
「次にあの引きこもりが先生たちへ直接干渉してきたら、場所を割り出してこっちから殴り込みに行ける」
「……ハハハ!」
「ボコボコに出来るよ」
その一言を聞いた瞬間、臨戦ホシノの笑顔がさらに深くなった。
「もちろん、おじさんも連れてってくれるよね?」
「いいよ」
「やったぁ!」
あまりにも軽い返事だった。
まるで近所へ買い物に行く約束でもするような調子で、二人は地下生活者への殴り込みを決定している。
少し離れた場所では先生たちが古い線路図を囲み、これから何が待っているのかを話し合っていた。
この先に眠る兵器が何なのか、地下生活者が次に何を仕掛けてくるのか。
そして当の地下生活者自身も、当然知る由もない自分が次に盤面へ手を伸ばした瞬間。
これまで一方的に干渉していたはずの相手から、その手を逆に掴まれる可能性が生まれていることなど。
「今度は逃がさない」
シロコテラーが窓の外を眺めながら、小さく呟く。
臨戦ホシノも隣でいつもの調子のまま笑った。
「そうだねぇ。そろそろ一回、直接お話ししたいと思ってたところなんだよねぇ」
口調こそ穏やかだった。
だが、その【お話】が言葉だけで終わらないことだけは、聞くまでもなかった。
砂漠の奥へと続く名もなき線路を、列車はゆっくり進んでいく。
アビドスを巡る物語が終着点へ近づいているのと同じように。
どこかで好き勝手に盤面を弄ってきた男の逃げ道もまた、知らないうちに少しずつ塞がれ始めていた。