トリニティでの社会科見学を終えて。先生たちは予定通り、二つ目の目的地であるゲヘナ学園自治区へ向かっていた。
トリニティでは、街の治安も良く、買い物そのものは問題なく経験出来た。アリウス生たちも初めて自分で洋服を選び、店員と話し、商品を手に取るという経験を楽しんでくれたのだから、外の世界に慣れてもらうという目的だけを見れば決して失敗ではない。
ゲヘナへ向かう電車の中で、先生は先ほどの反省を踏まえてアリウス生たちへ説明していた。
「トリニティはどうしても富裕層向けのお店が多かったからね。ゲヘナはもう少し色んな価格帯のお店があるし、一般的な買い物の感覚を知るには参考になると思う」
「買ってもらった服より安いんですか?」
マイアが尋ねると、先生はすぐに頷いた。
「多分かなり安いと思うよ」
マイアはナギサとセイアに買ってもらった洋服が入った袋へ視線を落とした。
「でも安ければ何でも良いというわけではありませんよ。午前中に教えてもらったように、値段だけではなく品質も見ないといけません。安く見えても、すぐ駄目になって買い直すことになれば結果的に高くつくこともありますから」
「そうそう。今度はそれを見てみようか」
「わかりました」
マイアを含めたアリウス生たちは素直に頷いた。
やがて電車がゲヘナ自治区の駅へ到着し、先生たちは他の乗客と共にホームへ降りた。
トリニティとは街並みの雰囲気も、人々の雰囲気も随分違う。
アリウス生たちは早速周囲を興味深そうに眺めていたが、先生たちが改札へ近付いたところで、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「だから何で私なんですか~!!?」
金属を叩く音。
続いて、何かを締め直すような工具の音が響く。
「私、今日休みだったんですけど~!!?」
「…………」
先生たちが視線を向けると、改札機の横でハイランダーの生徒が一人、工具を握りながら涙目で機械を修理していた。
何度か工具で改札機を叩き、側面を開き、中の部品を弄る。
「何で休みの日まで改札直してるんですか……!?」
マイアが先生を見る。
「ゲヘナって、改札は叩いて直すの?」
「いや~、多分違うと思う」
「多分なんですか?」
スバルが不安そうに聞き返す。
「鉄道は専門外だから……」
先生は少し困ったものの、修理中の生徒があまりにも悲壮な顔をしていたので、通り過ぎる前に声を掛けることにした。
「お疲れ様!」
「え?」
「頑張ってね!」
「あ……ありがとうございます……?」
先生が笑顔でハイランダーの生徒を労ってから駅前へ出ると、ゲヘナでの案内役は既に待っていた。
「先生! こっちよ!」
真っ先に気付いたアルが、胸を張って大きく手を振っている。
その横にはムツキ、カヨコ、ハルカの三人も揃っていた。
「こんにちは、みんな」
「ええ、よく来たわね!」
アルは先生たちが近付いてくるのを待つと、自信満々の笑顔でアリウス生たちを見回した。
「聞いているわ。ゲヘナ自治区の社会科見学なのでしょう?」
「うん。よろしくね」
「ふふん。なら安心しなさい! ゲヘナのことなら私たち便利屋68に任せなさい!」
アルは大きく胸を張った。
「おぉ……」
何人かのアリウス生から感心したような声が上がる。
「流石アルちゃん、頼もしいね~」
ムツキが笑顔で拍手する。
「……本当に大丈夫かな」
その横でカヨコが小さく呟いた。
「カヨコ!?」
「いや、案内なら出来ると思うけど」
「ならどうしてそんな不安そうな事を言うのよ!?」
「ここがゲヘナだからだけど?」
カヨコの冷静な返答に、アルが言葉を詰まらせる。
ハルカも不安そうに先生たちを見る。
「あ、あの……私たちなんかで本当に大丈夫なんでしょうか……。もし何かあったら……」
「大丈夫だよ」
先生は笑って答えた。
「今日は街を見て回って、普通の買い物とか値段を見たりするだけだから」
「そうよハルカ! 今日は何も難しいことなんてないわ!」
「アルちゃんが言うとフラグみたいだね~」
「ムツキ!」
いつもの便利屋68らしいやり取りに、アリウス生たちも少しずつ緊張を解いていった。
実際に始まってみると、先生が予想していた以上に順調だった。
ゲヘナ自治区にはトリニティとは違い、学生向けの手頃な飲食店や雑貨店、個人経営の衣料品店などが数多く並んでいる。
値段も昨日見たものと比べれば遥かに現実的だった。
マイアが店頭に並んでいるシャツの値札を見る。
「トリニティの半分くらいですね」
「そうだね……」
先生はさっきまで見ていた金額を思い出し、少し遠い目になった。
「じゃあ、これくらいが一般的な値段になるんですか?」
「値段だけならね。でも、安いからってすぐ買わないで、ちゃんと商品も見てみよう」
そこへカヨコが近付いた。
「ほら、その服のタグ見てみて」
「タグ?」
マイアが服の内側を確認する。
「……変?」
「うん。ブランド名の綴りが一文字違う」
「…………」
マイアが目を細める。先生も横から覗き込んだ。
「本当だ」
「多分偽物だね」
カヨコは淡々と説明する。
「この辺の個人商店は、全部じゃないけどたまにこういうの混ざってるから。安すぎる商品は少し疑った方がいいよ」
「偽物……」
「同じように見えても、生地とか縫い方が雑だったりするしね~」
ムツキも別の商品を手に取り、縫い目を見せる。
「ほら。ここ、糸が飛び出してるでしょ?」
「あ」
「こういうのを見れば、見分けやすいよ」
アリウス生たちが一斉に集まってきた。
「こっちは?」
「それは多分本物」
「これは?」
「偽物じゃないかな?」
「何で?」
「ほら、タグがインクで滲んでいるから」
即席の目利き講座が始まる。
トリニティでは、値札を見ても「高い」ということしか学べなかったが、今日は明らかに違う。
偽物と本物。
単純に安いものを選べばいいわけではない。
先生が教えたかったことを、実際の商品を使いながら学べている。
先生が後ろから様子を窺っているとマイアが買ってもらった服を袋から取り出して見比べ始めた。
隣にゲヘナの店で売られている服を並べる。
「……全然違う」
マイアが驚いたように呟いた。
「触った時は分からなかったけど……こっちと比べるとすごくしっかりしてる」
「高かっただけはあるんだね」
「物凄く高かったですけどね」
スバルがやや疲れた顔をしながら答えた。
「でも、トリニティで本物を先に見たのがさっそく役に立ってるね」
先生は少し嬉しくなった。
「図らずもですけどね…」
高級品そのものを一般的な相場の教材には出来なかったが、本物の品質を知るための基準としてなら十分に使える。
「社会科見学っぽい……!」
先生が感動したように呟いた。
「今更ですか?」
「だって途中から洋服買ってもらう会になってたから……」
その後も便利屋68の案内で、いくつかの商店を回った。
ムツキは楽しみながら怪しい商品を見つけ、カヨコはそれが怪しい理由を丁寧に説明する。
アルも時折、「こういう怪しげな商売に騙されないのも、アウトローとして重要なことよ!」と得意げに語っていた。
実際に騙されて変な商品を掴んだ経験もあるのではないか、と先生は少し思ったが、本人が堂々としているので聞かないことにした。
ハルカも最初こそおどおどしていたものの、アリウス生たちに質問されれば知っている範囲で真面目に答えてくれていた。
内容は主に爆発物と効率よく建造物を壊す方法などと言った実戦向きの話だったため先生は全く入れなかった。
「……今回は順調だね」
先生が小声で呟く。
「今のところはですけどね」
スバルも安心したように頷いた。
◆
何軒か店を見て回るうちに、時刻は昼を少し過ぎていた。
「そろそろお腹空かない?」
先生が尋ねると、アリウス生たちからすぐに反応が返ってくる。
「空いた」
「朝から歩いたからお腹減った」
「何食べる?」
そこでアルが待っていましたとばかりに胸を張った。
「ふふん! それなら私に任せなさい!」
アルは自信満々に先頭を歩き始める。
「最近見つけた店なんだけれど、良いお肉をリーズナブルな値段で食べられるのよ!」
「お肉!」
アリウス生たちの目が一斉に輝いた。
「良いね!」
先生もかなり期待していた。
トリニティでは社会科見学としては高価すぎる店ばかりだった。
ゲヘナなら学生でも利用しやすい価格帯の店へ入って、実際に注文し、食事をし、会計するのもいい経験になるだろう。
「多分あれ、安いお肉だと思うけどね~」
ムツキが笑いながら口を挟んだ。
「美味しければいいじゃない?」
「私は十分だと思うけど、値段の割には悪くないし」
カヨコは特に気にしていない。
「ほら! カヨコもこう言ってるわ!」
ハルカだけがますます不安そうになる。
「ア、アリウスの皆さんに、そんなお店を紹介していいんでしょうか……?」
「何言ってるのハルカ! 安くて美味しいなら最高でしょう!」
そんなハルカに先生も安心させるように話しかける。
「むしろ今日の目的にはちょうどいいと思うよ」
「ほら、先生もこう言っているでしょう」
「そ、そうでしょうか……?」
そんな会話をしながら、一行は焼肉店のある通りへ向かっていった。
「あそこよ!」
確かに学生でも入りやすそうな雰囲気だった。
派手すぎず、かといって古すぎもしない。
入口には手頃なランチメニューが掲げられている。
「これなら――」
先生が言い掛けた時、店の扉が開いて中から四人の生徒が出てくる。
先生の足が止まった。店から出て来た四人も先生たちへ気付いた。
「あら?」
先頭を歩いていた少女、黒舘ハルナが少し驚いたように目を細める。
「まあ、先生!」
「あれ、ハルナ?」
その後ろにはアカリ、イズミ、ジュンコもいる。
「それに皆様も。BBQぶりですわね」
ハルナはアリウス生たちを見回し、穏やかな笑みを浮かべた。
「久しぶりですわ」
「うん。みんなも元気そうだね」
「もちろんですわ」
アカリも楽しそうに先生へ手を振る。
「先生、お久しぶりです~」
「またアリウスの子たちも一緒なんだね!」
イズミも興味深そうにアリウス生を眺める。
ジュンコは先生たちの人数を見て、不思議そうに首を傾げた。
「こんな大人数で何してるの?」
「社会科見学だよ」
「ゲヘナで社会科見学…?」
「今日はゲヘナの街を見て回ってるんだ」
先生はそこまで説明してから、ハルナたちが出て来た焼肉店を指差した。
「それで、今からここで少し遅めのお昼にしようと思ってて」
その一言にハルナの顔から笑顔が消えた。
「どうしたの?」
「先生」
「?」
「こんなお店で食事なんてしたら駄目ですわ」
ハルナがそう言った瞬間。
――ドォォォォォォォン!!
「「「!?」」」
背後で焼肉店が盛大に爆発した。
爆風が通りを駆け抜け、煙と埃が一気に舞い上がる。
その場にいた全員が呆然と煙を上げる店を見る。
数秒前まで普通に営業していたはずの店は、見事なまでに爆発していた。
「私たちが見つけたお店が……」
アルがぽつりと呟く。
「無くなっちゃったね~」
ムツキが笑う。
「笑い事じゃないわよ!」
その横でマイアが真剣な顔で尋ねた。
「ゲヘナでは、お店に入る前に爆発するか確認しないと駄目なんでしょうか?」
「それは覚えなくていいからね!?」
先生は即座に否定した。
「でも、今……」
「これは普通じゃないから!」
「ゲヘナではまあまああるけど」
カヨコが横から呟く。
「うそでしょ!?」
「いやだってここゲヘナだし…」
先生が頭を抱える。一方、美食研究会は誰一人として驚いていない。
ハルナは満足そうに頷いた。
「あのような食事を皆様へ提供する店は、存在しているべきではありませんわ」
「やったのハルナたち!?」
「当然ですわ」
「即答!」
「肉の扱い、焼き方、タレ、付け合わせ。そして何より、美食に対する姿勢。到底看過出来るものではありませんでした」
「だからって爆破する!?」
「改善を促しただけですわ」
「改善どころか建物が無くなってるよ!」
アカリがにこにこと笑いながら補足する。
「でも味は本当に微妙でしたよ~」
「肉がちょっと固かった!」
イズミも頷く。
「だからって爆破する必要はないでしょ!」
ジュンコだけは少しだけ先生寄りだった。
「ジュンコ……!」
先生が希望を見出したように見る。
「せめて私がデザートを食べ終わってからにしてほしかったのに!」
「そっち!?」
最後の希望も消えたと絶望していた時、ハルナが何かを思いついたように微笑んだ。
「そうですわ、私がゲヘナで一番美味しい食事処をご紹介いたしましょう」
ハルナの表情は真剣だった。
「せっかく先生とアリウスの皆様がいらっしゃったのです。このような店で妥協する必要などありませんわ」
先生が煙を上げている焼肉店を見る。もう昼食を食べることは物理的に不可能だった。
「……お願いします」
「任せてくださいませ」
ハルナは満足そうに歩き出した。
「え、ちょっと!」
アルが慌てて追い掛ける。
「どこへ行くのよ!」
「ついてくれば分かりますわ」
いつの間にか社会科見学の案内役へ美食研究会まで加わることになった。
ハルナに案内されるまましばらく歩いていくと、先生は少しずつ嫌な予感を覚え始めていた。
「ハルナ」
「何でしょう?」
「この道……ゲヘナ学園に向かってない?」
「その通りですわ」
「一番美味しい食事処って学園の中にあるの?」
「ええ」
ハルナは当然のように答える。
先生としては普通にレストランか定食屋か、どちらにせよお店に連れていかれると思っていたのだが、ハルナは迷うことなくゲヘナ学園へ進んでいく。
そして校門付近へ近付いたところで鋭い声が飛んできた。
「いたぞ!! 美食研究会!!」
イオリだった。
その後ろにはチナツやアコの姿も見える。さらに少し離れたところに現地ヒナまでいた。
そこで先生は事情を察した。先ほどの爆発が既に風紀委員会へ伝わっていたのだろう。
アコが怒鳴る。
「また飲食店を爆破しましたね!?」
「失礼ですね。改善ですわ」
「改善で店が消し飛ぶわけないでしょう!」
「イオリ! 今すぐ全員拘束しなさい!」
「言われなくても!」
イオリが銃を構える。
「少々お待ちくださいな」
ハルナは逃げようともしなかった。
「は?」
「今日は少々、事情がございまして…」
「事情?」
ハルナは先生たちを示す。
「こちらの皆様に、ゲヘナで最も素晴らしい食事を味わっていただきたいのです」
「…………」
「それが済みましたら、私たちは好きにしていただいて構いません」
「信じられるか!!」
イオリの声が校門前へ響き渡る。
「食べ終わったら逃げる気だろ!」
「そのようなことはいたしませんわ」
「いつも逃げてるだろ!!」
「今回は違います」
「どこがだ!」
「イオリ」
現地ヒナの静かな声に、イオリの動きが止まった。
「委員長?」
現地ヒナはハルナの前まで歩いていく。
「……本当に守れるの?」
「もちろんですわ」
「絶対に?」
「美食の名に懸けて」
「…………」
現地ヒナはしばらくハルナの目を見つめてから。
「はぁ……分かったわ」
大きな溜息を吐いた。
「ヒナ委員長!?」
アコが驚いたように声を上げる。
「本当に見逃すんですか!?」
「先生たちも一緒にいるし、今ここで戦闘になった方が面倒でしょう」
「ですが!」
ヒナはハルナへもう一度視線を向ける。
「今回は先生の前だから、今だけ見逃してあげる」
「ありがとうございます」
「ただし」
声が少し低くなる。
「用事が終わったら、自分から風紀委員会へ来なさい」
「承知しましたわ」
「信じるからね」
「美食の名に懸けましたので決して違えませんわ」
現地ヒナ軽く笑うと、そのまま校舎へ戻っていった。
「本当にいいんですか!?」
イオリが納得出来ない様子で追い掛ける。
アコも何度か美食研究会に振り返りながら現地ヒナの後を追った。
チナツだけは少しだけ先生へ頭を下げる。
「先生、何かあったらすぐ連絡してくださいね」
「うん。ありがとう」
そして風紀委員会は、一時的に引き上げていった。
「…………」
スバルが呆然と一連のやり取りを見ていた。
「ゲヘナでは、これが普通なんですか?」
「この程度日常茶飯事ですわ」
ハルナも軽く笑みを浮かべながらスバルの疑問に答えてくれるのだった。
◆
「こちらですわ」
「ここは……食堂ですか?」
マイアが首を傾げる。
「ええ」
ゲヘナ学園の食堂だった。
「ここがゲヘナで一番美味しい食事処?」
先生が聞き返す。
「間違いありませんわ」
ハルナは胸を張る。
「是非、我がゲヘナ学園が誇るフウカさんの料理を食べてみてくださいませ」
その時、厨房の奥から一人の少女が出てきた。
愛清フウカ。
昼食のピークを終えたばかりらしく、かなり疲れている様子だった。
そして、食堂へ入ってきた美食研究会を見つけると、すぐさまジト目でハルナを見つめるのだった。
「フウカさん? どうしました?」
「何しにきたの?」
フウカの声が低い。
「え~っと……ハルナたちがお店を爆破しちゃったから代わりにここに昼食を食べに来たんだけど……」
先生の説明を聞いたフウカは頭を抱えた。
「やっとお昼のピーク終わったのに……!」
「申し訳ありません、フウカさん」
「本当にそう思ってる!?」
「もちろん」
「絶対思ってないでしょ!!」
ハルナは微笑んだままだった。
先生が申し訳なさそうに尋ねる。
「何か残ってないかな? 無理なら最悪別のところ探すからさ」
フウカは先生とアリウス生たちに視線を送る。
特に腹を空かせた様子で厨房を見ているマイアたちが嫌でも視界の中に入る。
「……ちょっと待っててください」
腕まくりをして厨房へ戻る。
「カレーなら、まだ人数分くらい出来そうです」
「助かった!」
「ただし!」
フウカがハルナを指差す。
「ハルナは後で絶対手伝いなさいよ!」
「これから出頭する予定なのですが…?」
「何で!?」
「先ほど飲食店の件で少々…」
「もう聞きたくない!」
フウカの悲鳴が食堂に響いた。
◆
しばらくして、大きなテーブルには人数分のカレーライスが並んでいた。
「いただきます!」
先生の声に合わせ、全員が食べ始める。
「…………!」
最初に反応したのはマイアだった。
「美味しいです!」
「本当?」
フウカが少しだけ表情を緩める。
「うん。すごく美味しいです!」
「私も!」
「辛すぎない」
「お肉も入ってる!」
「おかわりありますか…?」
フウカは最初こそ疲れた顔をしていたものの、素直に喜ぶアリウス生たちを見ているうちに、その表情が少しずつ柔らかくなっていった。
「まだ少しあるから、おかわりしたい人は言ってね」
「やった!」
アリウス生たちの顔が明るくなる。
先生もカレーを一口食べる。
「うん、すごく美味しいよ」
「先生まで……」
フウカが少し照れたように視線を逸らす。
「まあ、普通のカレーですけどね!」
「いや普通に美味しいって結構大事だよ。それにみんなで一緒に食事をするのも立派な社会科見学かもしれないしね」
「ゲヘナって面白いですね」
マイアがカレーを食べながら呟く。
「……面白い?」
先生が聞き返す。
「うん」
「お店爆発したけど?」
「びっくりしたけど、まぁあれくらいなら昔のアリウスでも少しありましたし…」
「風紀委員会も来たけど?」
「ちょっと怖かったですね」
マイアは少し考えて。
「でも、騒がしい感じが、面白かったです」
先生は一瞬言葉を失った。
「それならよかったよ」
予定通りにはいかなかったけど、外の世界を怖いと思っていた子が。
ゲヘナを面白いと言っている。それなら今回も、無意味ではなかった。
そう思い先生も笑みを浮かべるのだった。
「ごちそうさまですわ」
少ししてハルナが席を立った。
「もう行くの?」
先生が尋ねる。
「ええ、ヒナさんとの約束を果たしてまいります」
先生は目を瞬かせた。
「頑張ってね……!」
ハルナは何を当たり前のことを聞くのかという顔をしている。
「美食の名に懸けて約束しましたもの」
アカリ、イズミ、ジュンコも立ち上がる。
「それじゃあ先生、またね~」
「次はもっと美味しいもの食べようね~」
「その前に捕まるんだけどね……」
ジュンコが溜息を吐く。
「皆様、ゲヘナへいらした際には、また美味しいものをご紹介いたしますわ」
ハルナは最後にアリウス生たちへ微笑んだ。
「うん!」
「ありがとう!」
そして、美食研究会は本当に、自分たちから風紀委員会へ向かって歩いていった。
「…………」
先生たちはその後ろ姿を見送る。
「律儀なんだか無茶苦茶なんだか分からないなぁ」
「両方だと思う」
カヨコが答えた。
「私もそう思います」
スバルも頷いて同意していた。