ゲマトリアの拠点を抜け、久方ぶりに地上へ出る準備を整えたベアトリーチェを、黒服は最後まで説得していた。
「……マダム。本当に、アリウスへ戻るおつもりなのですか?」
「何度同じことを聞くのです? わたくしがここでいつまでも身を潜めている理由など、もうありません!」
ベアトリーチェは足を止めることなく答えた。
矯正局から脱走し、地下生活者を囮として利用してからというもの、彼女はしばらくゲマトリアの拠点に身を寄せていた。
すぐにアリウスへ戻らなかったのは、単に状況を見極める必要があったからに過ぎない。
エデン条約の時に先生によってアリウスの生徒たちの呪縛を解かれてしまい。自分自身が一度敗北したという事実。
それらを整理した上で、再び同じ場所へ戻る準備を整えていた。そして、ベアトリーチェの中では既に敗因も明確になっている。
「前回は、少々想定外の要素が多すぎました」
立ち止まり、薄く笑う。
「最も大きかったのは、やはり先生でしょう。あの男が、わたくしの生徒たちへ余計な希望を与えてしまった」
「……なるほど」
黒服は否定しなかった。ただ、その声音には賛同とは違うものが混じっている。
ベアトリーチェはそれに気付いていたが、特に気に留める様子もない。
「飢えと苦痛の意味を理解していなかった子供たちへ、食事を与え、甘い言葉を囁き、救われる未来があるかのように錯覚させた。故に、あの者たちはわたくしへ背いた」
「先生だけが理由だと?」
「他に何があるというのです?」
ベアトリーチェは心底不思議そうに振り返る。
「本来、アリウスの生徒たちはわたくしに逆らえません。あの者たちは、わたくしがいなければ生きることすら出来なかった。何を食べるか、どこで眠るか、何を信じるか。その全てをわたくしが与えてきたのです」
「……ええ。少なくとも、かつてはそうだったのでしょうね」
黒服の言葉に、ベアトリーチェの眉が僅かに動いた。
「かつて?」
「マダム。僭越ながら申し上げれば、現在のアリウスは、貴女が支配していた頃と同一視することは推奨いたしかねます」
その言葉にベアトリーチェはしばらく無言で黒服を睨みつける。
やがて、その口元に嘲るような笑みが浮かんだ。
「まさか貴方まで、先生という男を過大評価しているのですか?」
「いえ。今回は先生のお話をしているのではありません」
「ならば、なおさら理解出来ませんね!」
ベアトリーチェはゆっくりと歩き始める。
「先生がいなければ、あの子たちが自分たちだけで何を出来るというのです? 一度餌を与えられただけで、自分たちが自由になったと錯覚しているだけでしょうに!」
「…………」
「少し時間を掛ければ十分です。以前のように、何を恐れるべきかを思い出させればいいだけです。そしてアツコを取り戻し、今度こそ儀式を完遂する」
その声には微塵の迷いもなかった。
「わたくしは崇高へ至る。そのために必要なのは、ほんの少し秩序を正すことだけ―――」
「マダム」
黒服が最後に呼び止める。
「何です?」
「今一度だけ忠告します。貴女の見通しは……少々、甘いと言わざるを得ません」
「ハァ!?」
「現在のアリウスは、貴女の知るアリウスとは違います。先生がその場にいるか否かという程度の問題ではないのですよ」
ベアトリーチェは黒服を憎たらし気に睨む。
ただ、すぐ小さく笑い始める。
「フフ……。随分弱気になりましたね、黒服?」
「…………」
「ですが、心配には及びません。次に戻ってくる時には、全て終わっていますよ」
「……そうですか」
黒服は、それ以上ベアトリーチェを止めようとはしなかった。
「では、忠告はいたしましたよ。マダム」
「ええ。覚えておきましょう」
ベアトリーチェは満足そうに笑い、その場を後にした。
黒服は遠ざかっていく彼女の背中を、しばらく眺めていた。
「貴女の企みが上手くいくと良いですね」
その言葉が、純粋な心配から出たものなのか。
それとも、これから彼女を待ち受けているものを知った上での哀れみだったのか。
この言葉の意味をベアトリーチェが知ることはなかった。
◆
アリウス自治区へ足を踏み入れた瞬間、ベアトリーチェは懐かしい空気を感じた。
視界の中に入ってくる荒れた建物。修繕されたとはいえ、未だ過去の傷跡を残す壁。
狭い道に遠くから聞こえる生徒たちの声。
「……フフ」
自然と笑みが零れる。
やはりここだ。自分が長きにわたって支配してきた場所。
先生という異物が一時的に掻き乱したところで、その本質まで変わるはずがない。
そんなことを考えながら歩いていた時。
「おや?」
前方から、一人のアリウス生がやって来た。
ベアトリーチェは歩みを止めると、向こうもこちらへ気付いた様子だった。
「……マダムっ!?」
生徒の目が大きく見開かれる。
足が止まり、表情が固まる。
そして次の瞬間には、何も言わず踵を返して全速力で走り出した。
ベアトリーチェはその背中をあえて見送る事にした。
そして、自分の考えが間違っていない事を確信して満足そうに目を細める。
「やはり身体は覚えているようですね」
どれほど自由を与えられようと。
自分の姿を見れば、長年刻み込まれた恐怖が蘇る。
そう確信するには十分な反応だった。
さらに少し進むと別の生徒がベアトリーチェを見つけた。
「あっ!?」
「フフフ…久しぶりですね」
「……っ!」
生徒は返事もせず、近くの建物へ飛び込んだ。
間もなく建物の奥から騒がしい声が聞こえてくる。
「おい!」
「どうした!?」
「マダムが戻ってきた!」
「本当に!?」
「間違いない! みんなに知らせろ!」
「……フフフ」
ベアトリーチェはその声を聞いて、ますます機嫌を良くした。
自分が戻ったという情報だけで、自治区全体へ恐怖が広がり始めている。
想像していた通りだった。
窓からこちらを見ていた生徒が、ベアトリーチェと目が合った途端に姿を消す。
別の建物では、扉が勢いよく閉じられる。
遠くでは何人もの生徒が何か大きな物を引っ張り出しているらしく、金属同士が擦れるような音まで聞こえてきた。
「随分慌ただしいですね」
ベアトリーチェはゆっくり歩きながら、その全てを満足げに眺めていた。
「逃げる者、隠れる者、本当に愚かですね。恐怖からは逃れられないというのに」
何も変わっていない。
ただ一度反抗したという経験がある分、多少虚勢を張る者がいるかもしれない。
それでも根本は同じだ。あの子たちは、自分を恐れている。
ベアトリーチェは自治区の奥を見つめる。
「待っていなさい。すぐに、全てを元通りにして差し上げます」
そうして、意気揚々とアリウスの奥地へと歩を進めるベアトリーチェの背後では。
「武器持った!?」
「持った!」
「サオリ先輩たちには!?」
「今知らせに行ってる!」
「他のみんなにも知らせて!」
「分かった!」
慌ただしく動き回るアリウス生たちの声が、次々と広がっていた。
「それと、倉庫からアレ出して!」
「ああ、アレね!」
何か巨大な金属製の物体が、何人もの生徒によって引っ張り出されていく。
ベアトリーチェは振り返らなかった。その正体を知る必要などないと、心から思っていたから。
◆
ベアトリーチェが帰還する少し前。
アリウス自治区の奥にある、スクワッドが普段使用している建物では、普段ならまず同じ場所へ集まらない面々が顔を揃えていた。
部屋の中央の長机、その片側に座っているのは。
羽沼マコト、京極サツキ、棗イロハのゲヘナ学園から万魔殿の三人が着席していた。
そして反対側には、トリニティのティーパーティーの三人。
桐藤ナギサ、聖園ミカ、百合園セイアが着席していた。
そして少し離れたところでは、アリウススクワッドの四人がパイプ椅子へ腰を下ろし、話を聞く体勢を取っていた。
「うぅ……焼肉ぅ……」
ヒヨリだけが、明らかに別のことを考えていた。
「ヒヨリ…! 会議中!」
ミサキが横目で見る。
「だ、だってぇ……先生たちは今頃ゲヘナで社会科見学なんですよね?」
「そうだけど」
「お昼は焼肉って聞きました……」
「予定ではね」
「私も行きたかったですぅ……。焼肉……お肉……」
「今はこっち」
「うぅ……苦しいですねぇ……悲しいですねぇ……」
ヒヨリは露骨に肩を落としていた。
そんな彼女を横目に、マコトが軽く咳払いする。
「そろそろ本題に入るぞ」
普段のような大仰な笑みはない。
それだけで、今日の話がいつもの万魔殿絡みの騒動ではないことが分かる。
「そもそも、どうして私たちまで呼ばれたの? ゲヘナの話なんでしょ?」
現地ミカが腕を組み、少し不機嫌そうにマコトを見る。
「ミカさん…!」
現地ナギサが軽く窘める。
「分かってるって。でも、いきなりアリウスに集まれって言われてもさ」
現地ミカはゲヘナ組を隠そうともせず警戒していた。
エデン条約へ正式に加入した今でこそ、ゲヘナとは同盟関係にある。
それでも長年染み付いた感情まで一朝一夕で消えるわけではない。
マコトもそれを理解しているのか、反論はしなかった。
「いきなり呼び出したことについては、こちらも悪かったと思っている」
「…………」
現地ミカはそれ以上何も言わず、椅子へ背を預けた。
「サツキ、説明を頼む」
「分かったよ、マコトちゃん」
サツキはいつもの朗らかな雰囲気を少しだけ引っ込め、机の上へ資料を広げた。
「みんなには、まず【NKウルトラ計画】について知ってもらいたいの」
「NKウルトラ……?」
「知らないと思うから今から詳しく説明するわね」
サツキは資料の一部を指差した。
「これは雷帝が進めていた計画の一つ。目的は単純だけど……かなり酷いの」
普段のサツキからは珍しいほど低い声だった。
「特定の周波数を使って、他人の深層意識を意のままに操る。そして最終的には、学園全体の意思を一つに統合してしまうという物なの」
サツキの話した内容に部屋の空気が変わった。
「つまり、生徒の意思そのものを奪い、一人の人間の命令へ従わせる……そういうことかい?」
現地セイアが静かに確認する。
「そう、わかりやすく言えば洗脳装置よ」
サツキは迷いなく頷いた。
「悪趣味……」
ミサキが小さく吐き捨てる。
現地サオリも表情を険しくした。
「それがゲヘナに?」
「確実に存在してるだろうな」
マコトが答えた。
「以前、未来から来たヒナが我々へ何かを伝えようとした。だが、どうやら雷帝が仕込んだ制限に引っ掛かり、詳細を口に出来なかった」
「それでマコト先輩たちがコソコソと何か調べていたんですね」
イロハが資料を見ながら呟く。
「そうだ」
イロハ自身も、ここまで具体的な内容を聞くのは今日が初めてだった。
「ですがサツキ先輩。そんな装置が本当に存在するなら、どうして今まで誰にも使われなかったんですか?」
「条件があるのよ、イロハちゃん」
サツキは別の資料を取り出す。
「これ、誰にでも突然効くわけじゃなくて。洗脳するには事前にある程度の仕込みが必要なの」
「仕込み……?」
「そう。そして調べた限りでは、その仕込みを受けている可能性が高いのが――」
サツキは一度言葉を止めた。
「現在のゲヘナ学園の三年生全員」
「…………え?」
イロハの表情が完全に固まった。
「……三年生全員、ですか?」
「少なくとも、雷帝の影響が強く残っていた時期を過ごしている世代は危ない」
「ということは……」
イロハはゆっくりマコトを見る。
「マコト先輩も?」
「ああ」
「風紀委員長も?」
「ヒナは間違いないな」
「サツキ先輩も……」
「……」
サツキも苦笑しながら頷いた。
「もし計画が本格的に動いたら、私もマコトちゃんも、ゲヘナの三年生は信用しない方がいいと思ってちょうだい」
「…………」
イロハは言葉を失った。
自分の先輩たち。普段なら対立することも多いが、ある日突然自分の意思を失って敵になるというのは意味が違う。
それが単なる想像ではなく、現実に存在した雷帝の計画だと言われれば、簡単に受け入れられるものではなかった。
「話は分かりました。それで、私たちを呼んだ理由を伺っても?」
現地ナギサが静かに尋ねる。
「ああ」
マコトは短く答えてから、自分の帽子へ手を伸ばした。
普段なら誰よりも尊大に振る舞い、自分から頭を下げる姿など想像出来ない。
そんなマコトが帽子を脱いで、トリニティとアリウスの面々へ向けて、ゆっくり頭を下げた。
「頼みがある。もし最悪の事態が起きた場合、私もヒナも、ゲヘナの三年生は信用するな」
「マコト先輩……!?」
「その上でもしゲヘナ内で事態を終息出来なかった時は、ゲヘナの二年生以下を保護してほしい」
声に迷いはなかった。
「私が私でなくなった時、万魔殿も風紀委員会もまともに機能するとは限らん。そんな状態で下級生まで巻き込ませるわけにはいかない。トリニティとは長く対立してきた。アリウスとも、つい最近までまともな関係ではなかった。そんな相手に頼むことではないと分かっている」
それでも、マコトはもう一度、深く頭を下げた。
「頼む。もしゲヘナが、自分たちの意思を失った時は……あいつらを守ってやってくれ」
「…………」
現地ナギサはすぐには答えられなかった。現地セイアも目を閉じ、考え込む。
現地ミカも口を閉ざしたまま、頭を下げているマコトをただ見つめていた。
ゲヘナは嫌いだ。それは今でも変わらない。何かあればすぐ騒ぎを起こし、トリニティとは考え方も文化もまるで違う。
「…………」
けれど目の前にいるマコトは、自分のためではなく、後輩たちのために頭を下げている。
その姿を見て、自分だけ意固地になるのがバカバカしく感じてきていた。
現地ミカがそう考え始めていた時、最初に答えたのは現地アツコだった。
「いいよ」
マコトが顔を上げると、現地アツコはいつも通り、穏やかな表情を浮かべている。
「もしそうなったら、ゲヘナの二年生以下はアリウスで預かるよ」
「アツコ」
現地サオリが少し驚いたように横を見る。
「スペースが足りなかったら、トリニティにもお願いすればいいし。食べ物だって今なら何とか出来ると思う」
「……良いのか?」
現地アツコは迷わず頷いた後に少しだけ笑う。
「それに、もしマコトさんまで洗脳されたら、私たちでゲヘナに乗り込んで殴って正気に戻してあげるよ」
その言葉にイロハは何とも言えない顔になる。マコトも数秒固まった。
「……殴って?」
「うん」
「戻るのか?」
「アリウス式だから安心していいよ?」
「その理屈でいいのか……?」
そんなやり取りを聞いて、現地ミカが手を上げた。
「それ、いいじゃん☆ 君たちが洗脳されたら、私も一緒に殴ってあげるね☆」
「お前は駄目だ!!」
マコトが凄まじい勢いで拒否した。
「えーっ!? なんで!?」
「お前に殴られたら正気に戻る前に死んでしまうわ!!」
「それどういう意味!?」
「自分の馬鹿力を自覚しろ!」
「ちゃんと手加減するよ!」
「信用出来るか!!」
「むー!」
現地ミカが頬を膨らませる。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
現地ナギサはそんな二人を見て小さく息を吐く。
「……まったく」
それから改めてマコトを見る。
「今やトリニティ、ゲヘナ、そしてアリウスは、エデン条約を通じて結ばれた同盟校です。過去の因縁を理由に、助けを求めている生徒たちを見捨てるつもりはありません」
現地セイアも頷く。
「私も同意見だよ。万が一その計画が動き出した時には、トリニティも可能な限り協力しよう」
「…………感謝する」
マコトは静かに帽子を被り直した。
「……まあ、ゲヘナは好きじゃないけど」
「おい?」
「でも今は同盟校だしね。後輩たちに罪はないし」
マコトを見る。
「だから、その時はちゃんと協力するよ」
そう言って現地ミカが笑うのだった。
「ただし、洗脳された貴女を殴る役は――」
「お前以外にしてくれ!」
「まだ言い終わってないじゃん!」
再び二人が言い合いを始める。
イロハはその光景を眺めながら、小さく肩を落とした。
「マコト先輩、もう元気じゃないですか……」
「うるさい!」
イロハは少しだけ笑った。
「でも、少し見直しましたよ」
その一言に、マコトは返事をしなかった。
会談がひとまず形になり。今後もNKウルトラ計画について得られた情報を三校で共有することが決まった、その時だった。
「サオリ先輩!!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
一人のアリウス生が、息を切らしながら飛び込んでくる。
「どうした?」
現地サオリがすぐに立ち上がった。
「マダムが……!」
「っ!」
その名前を聞いた瞬間、トリニティ側の空気が変わった。
「今、何と言いました?」
「マダムが自治区に戻ってきました!」
「…………」
現地ナギサはすぐにマコトたちへ視線を向ける。
「危険です。彼女は以前――」
「名前は知っている」
マコトが立ち上がる。
「エデン条約の際に先生を攫った奴だろう?」
「ええ。ただ、それだけではありません。相当な力を持っています」
「ならば手伝うぞ」
マコトは迷わなかった。
「先ほどこちらが頼み事をした直後だ。そちらが危機だというなら、今度は私たちが協力する番だろう」
「私も協力します」
イロハも立ち上がる。
「サツキ先輩も、いいですよね?」
「もちろんいいわよ、イロハちゃん」
サツキも頷いた。
「トリニティからも増援をミネさんやツルギさんへ連絡すれば――」
現地ナギサが自分の端末へ手を伸ばしかける。
「待って」
だが、それを遮ったのは現地アツコの声だった。
現地アツコはベアトリーチェが戻ってきたと聞いたにもかかわらず、少し考え込んでいるだけだった。
現地サオリも、ミサキも不思議なほど落ち着いている。そしてヒヨリだけは、何故か少しだけ何かを期待した顔になっている。
「アツコさん?」
現地ナギサが戸惑う。
「むしろ、増援よりも違う事を頼みたいんだけどいいかな?」
「何をだ?」
マコトが眉を寄せる。
「ナギサさんたちも、出来る限り用意してくれる?」
「もちろんです。遠慮なく仰ってください」
現地アツコは柔らかく笑った。
「じゃあ、お肉をいっぱい用意してもらっていい?」
その現地アツコの言葉に事情を知らない全員の頭の上に疑問符が浮かんだ。
「「「「「「…………?」」」」」」
全員が同じような顔をした。
「……何だって?」
マコトが聞き返す。
「出来ればA5ランク以上がいいかな?」
「注文が増えているぞ!?」
思わず声を荒らげる。
「何故ベアトリーチェが戻ってきたという話から肉の話になるんだ!?」
「この後に必要だから?」
「何にだ!?」
「焼肉ですか!?」
現地アツコが答えようとした横で、ヒヨリが勢いよく立ち上がった。
先ほどまで死んだ目で「焼肉ぅ……」と呟いていた姿が嘘のように元気になっている。
「今日焼肉食べられるんですか!?」
「ヒヨリ、少し落ち着け」
現地サオリが額を押さえる。
「今はマダムの話をしている」
「でもお肉って!?」
「いいから落ち着け」
「だって私は社会科見学にも行けなくて、ゲヘナの焼肉も食べられなくて……!」
「お前が行ったら先生のサイフが死んでいただろうな……」
「え?」
「いや、何でもない」
現地サオリは何故か少し遠い目をした。
そんな中、ミサキだけは事情を察したように小さく息を吐く。
「……帰ってきたんだ。みんな、喜んでると思うな」
「喜ぶ? 彼女が戻ってきたのにですか?」
「もちろん」
現地アツコの言っている事が理解出来ない。
トリニティ側からすれば当然だった。自分たちはあの時、ベアトリーチェの危険性を直接目にしている。
先生たちと協力し、ようやくアリウスを彼女の支配から解放した。
その相手が戻ってきたというのに、アリウススクワッドは怯えるどころか、何故か肉の心配をしている。
「……本当に大丈夫なの?」
現地ミカが恐る恐る尋ねる。
「大丈夫だよ。今のアリウスのみんななら、ベアトリーチェに負けないからね」
現地アツコの返答に迷いはなかった。
その言葉には驕りも強がりもなかった。
ただ、当然のことを言っているような確信だけがある。
「それより、早く準備した方がいいかも」
「だから何の準備なのだ!」
マコトが再び突っ込んだ、その時建物の外から声が聞こえて来た。
「いたぞー!」
「本当に戻ってきてる!」
「武器持った!?」
「持った!」
「そっちは!?」
「コンロ出した!」
「炭もある!」
「お肉はどうする!?」
「今アツコたちに聞きに行ってる!」
なんとも場違いで騒がしい声が聞こえてきた。
全員で窓の外を見るとそこではアリウス生たちが武器を手に走り回る傍ら。
何人かが、巨大なBBQプレートを力を合わせて運び出していた。
「……奴らは食事の準備でもしてるのか?」
マコトが呆然と呟いた。
「当たらずも遠からずかな。だってこんな時の為にマダムの身柄に焼肉の権利を懸けといたからね」
現地アツコは例のニヤニヤ顔を浮かべるのだった。