「……スバルの攻撃は効くんだ!」
先生がそう口にした瞬間、戦場にいた全員の視線が現地スバルへ集まった。
水着サオリたちが何度撃ち込んでも決定打にはならず、次第にこちらの攻撃へ適応し始めていたベアトリーチェが、現地スバルの放った一発だけは明らかに受け止め切れず、大きく体勢を崩した。
これは偶然ではない。
紫色の防壁を貫き、ベアトリーチェが纏っている異質な力そのものへ食い込むように命中していた。
先生のすぐ傍でその一部始終を見ていたマイアも、確信を持って現地スバルへ目を向けた。
「やっぱりそうです。スバル先輩の弾だけ、マダムの周りにある紫色のものを貫いていました。他のみんなの攻撃とは、明らかに違います」
「うん。だったら、やることは決まったね」
肩を押さえながらこちらを睨みつけているベアトリーチェ。
その前方に立つ現地スバル。
左右には水着サオリとスバル。
アツコとマイアも、いつでも動ける状態を保っている。
力そのものでは、ベアトリーチェが上回っているが、倒せない相手ではない。
「みんな、聞いて!」
先生の声に、全員が僅かに視線を向ける。
「ベアトリーチェを直接倒そうとしなくていい! みんなの攻撃は効いてないわけじゃないけど、このままじゃ決定打にならない。それより、スバルが撃てる状況を作ろう! スバルはさっきの紫色の弾をもう一度撃てる?」
先生に尋ねられ、現地スバルは自分の銃へ視線を落とした。
先ほどは半ば感覚任せだった。黙示録の天使由来の力が自分の中に存在していると意識し、それを銃へ集めるようにした結果、紫色のオーラが弾丸へ宿った。
もう一度同じことをしろと言われれば、出来ないとは思わないが。
「少し時間が要る」
「時間?」
「集中しないと上手く纏まらない。さっきも撃てる状態になるまで少し掛かった」
「わかった!」
先生は迷わず頷いた。
「その時間をみんなで作る」
「……なるほど、じゃあそっちは任せた」
現地スバルの口元が僅かに上がる。
「マイア」
「はい、スバル先輩」
「先生を守ってやってくれ」
「……分かりました!」
マイアもすぐに真剣な表情で頷いた。
「何があっても、先生の近くにいます」
「頼んだ」
「スバル先輩も、無茶しないでくださいね」
「クラス1stを舐めるな」
一方でもう一人のスバルも先生の作戦を聞きながら何かを考えていた。
「先生。少しだけ、私にも考えがあります」
「考え?」
「マダムは、もう一人の私の攻撃を警戒し始めています。恐らく次からは、彼女を最優先で潰そうとするはずです」
実際、ベアトリーチェの目は先ほどから現地スバルを追い続けている。
自分の防壁を正面から貫いた唯一の相手なのだから、当然と言えば当然だった。
「だからこそ、その認識を利用します」
スバルはアツコの方を見る。
「アツコさん。マイアさんをお願いします」
「任せて。先生の近くにいるなら、二人まとめて私が守るよ」
「ありがとうございます」
そしてスバルは、自分の胸元へ手を添えた。
「……出来れば、もう二度と使いたくなかったんですけどね」
「スバル?」
先生が不思議そうに見る。
「以前言ったでしょう? 私だって両翼くらい顕現出来るって」
「……あれ、本当に出来るの?」
「何だと思ってたんですか!?」
「現地スバルに張り合って言っただけかと……」
「それもありましたけど!」
スバルは咳払いして誤魔化す。
「私は一度、黙示録の天使を完全に顕現させています。あの時ほど深く繋がるつもりはありませんが……少しくらいなら、あの時の力を引き出せます」
「危なくない?」
「長時間は無理です。でも短時間なら、私の意識を保ったまま使えると思います」
「……分かった」
先生は少し迷った。
だが、スバルの表情には揺るがない覚悟が垣間見えた。
「危ないと思ったらすぐやめてね」
「わかりました」
ベアトリーチェが、そんなやり取りを黙って待ってくれるはずもない。
「作戦会議は終わりましたか?」
紫色の光が再び彼女の周囲へ集まり始めた。
「わたくしの前で随分と余裕ですね。少し攻撃が通った程度で、勝てるとでも思っているのですか?」
「私一人じゃ無理だけど、今はみんながいるからね!」
先生の回答にベアトリーチェの顔が歪む。
「……その虫唾の走る言葉、以前から、本当に癇に障りますね!」
紫色の光弾が一斉に放たれた。
「散って!」
先生の指示と同時に全員が動くと、再び銃声と爆発音が辺りに響き始めた。
戦闘が再開されると、ベアトリーチェの動きは大方予想通りだった。
「そこです!」
紫色の衝撃波が現地スバルへ向かう。
現地スバルは床を蹴り、片翼を大きく羽ばたかせながら横へ飛び退いた。
その直後、先ほどまで立っていた場所が大きく抉れる。
「やはり私ばかり狙ってくるな」
「当たり前でしょう!」
ベアトリーチェが苛立ったように叫ぶ。
「わたくしへ通用する攻撃を持っているのが貴女だけだというのなら、最初に潰すのが当然です!」
「一人狙いは大人げなくないか?」
「わたくし一人を多数で囲んでおいて、いまさら何を言っている!?」
「それはそう」
現地スバルはベアトリーチェに同意しつつ、攻撃を避けながらも反撃はしなかった。
正確には撃つ準備をしている。
銃を握る手へ意識を集中させ、先ほど自分の中に生まれた力を少しずつ引き出していく。
しかし、ベアトリーチェもそれを見逃さない。
「させません!」
「こっちだ!」
水着サオリの銃撃が横から飛ぶ。
ベアトリーチェは防壁で受け止めるが、それだけで現地スバルへ向けていた注意が一瞬逸れた。
反対側からスバルも撃ち、さらにマイアが後方から牽制射撃を加え、ベアトリーチェの周囲へ次々と火花が散った。
「鬱陶しい……!」
ベアトリーチェが苛立ちを募らせる。
やはり決定打にはならないが、完全に無視出来るほど弱くもない。
現地スバルだけを狙いたいのに、他の生徒たちが絶え間なく邪魔をしてくる。
かと言ってベアトリーチェが先生へ攻撃を向けようとすれば、すぐに射線を遮る。
「先生に手を出させません!」
マイアが珍しく強い口調で叫び、銃撃を浴びせる。
「小賢しい!」
ベアトリーチェが片手を振るうと、衝撃波がマイアへ向かう。
「危ない!」
アツコがマイアの腕を掴み、二人まとめて横へ飛び込んだ。
床が弾け、破片が散る。
「ありがとうございます、アツコさん!」
「スバルに頼まれてるからね。それに、マイアに怪我されたら困るし」
「私も頑張ります!」
「わかってる。でも前に出すぎないで」
ベアトリーチェの意識は、どうしても現地スバルへ引き寄せられていた。
自分へ傷を与えられる唯一の存在。
「まず貴女からです!」
大きな紫色の光弾が形成され、現地スバルへ向けて撃ち出される。
「サオリ!」
先生の声に呼応するように水着サオリが前へ飛び出した。
「胸が、高鳴る……!!」
いつの間にか展開されていた大型のスピーカーから、強烈な音楽が鳴り響く。
「……何っ!?」
ベアトリーチェが目の前の光景を理解できず思わず顔を顰めた次の瞬間。
大量の水が、真正面から彼女へ叩きつけられた。
「なっ――!?」
紫の防壁では防ぎ切れないほどの大量の水が一気に視界を覆う。
「な、何をするのですかぁぁぁ!?」
予想外の攻撃に、ベアトリーチェの視界が完全に遮られる。
「今だ。スバル!」
「分かっています!」
水着サオリの声に合わせ。
スバルは集中する。
自分の中に残っているあの時の力の残滓を確かめるように。
本来なら思い出したくもなかったものだが、それでも今は……!
「……借りますよ」
背中から黒い光が溢れる。
巨大な黒い翼が、左右へ広がった。
「…………!」
先生も思わず目を見開く。
現地スバルの片翼とは違う左右対称の完全な二枚の黒翼。
そしてスバルが言っていたように力に呑まれている様子はない。
呼吸を整えながら、自分の意志で立っている。
「……思ったより、きついですね」
スバルは苦笑した。
「やはり長時間は無理そうです」
「十分だ」
現地スバルが隣へ並ぶ。
片翼と両翼。同じ顔をした二人のスバルが、ベアトリーチェの前へ立った。
ようやく視界が戻ったベアトリーチェが二人を見る。
「…………は?」
初めて。
完全に理解が追いつかない顔をした。
「何故……? 増えているのです!?」
「最初から二人いましたよ!」
「またあの男の力ですか!? ふざけるのも大概にしなさい!!」
痺れを切らしたベアトリーチェから紫色の光弾が放たれる。
それを現地スバルは片翼を羽ばたかせて高く跳び、スバルは両翼で僅かに宙へ浮き上がる。
「なっ……!」
片方だけを警戒することは、もう出来ない。
片方を狙えば、もう片方の銃弾が飛んでくる。
どうするか考えていた所に現地スバルが天井近くの壁を蹴り、角度を変えて攻撃してくる。
「くっ!」
ベアトリーチェが防壁を張る。
そこへスバルが正面から飛び込む。
「こっちですよ!」
「っ!?」
紫の衝撃波。
両翼を盾にして受け止める。
現地スバルが再び銃口へ紫の力を集める。
「また……!」
ベアトリーチェがそちらを見る。それこそが狙いだった。
「サオリ!」
「任せろ!」
横から銃撃。
「アツコ!」
「こっちも!」
さらに別方向から弾丸が飛び込む。
決定打にはならないが、ベアトリーチェの動きを止めるには十分だった。
「どうして……!?」
紫色のオーラが激しく揺れる。
「どうして、こんな……理不尽が!?」
ベアトリーチェは次第に後退していった。
自分の力は圧倒的なはずだった。
実際一対一なら、誰にも負ける気などしない。
しかし、目の前の者たちは決して一対一で戦おうとしない。
先生の指示で互いを補い、誰かが狙われれば別の誰かが割り込み、隙が出来ればさらに別の誰かが撃つ。
そして、何より二人のスバルが着実に距離を詰めてくる。
「わたくしが追い込まれてる……?」
「そうだよベアトリーチェ。だからこれ以上被害を出す前に諦めるんだ!」
「……っ!」
紫色の光が膨れ上がる。
「どいつもこいつも……!」
苛立ち、屈辱で胸中を満たすが。
ベアトリーチェ自身、無自覚とは言え一番感じていたのは、再び自分の思い通りにならないという恐怖だった。
「もういいです!」
ベアトリーチェが両腕を広げた。
紫色のオーラが床へ流れ込む。
「全員まとめて、そこで焼け死ねぇ!!」
次の瞬間、先生たちを取り囲むように巨大な紫色の炎が噴き上がった。
「っ!?」
炎の壁が先生たちを囲むように、紫色の炎が一気に広がる。
「熱っ……!」
マイアが反射的に顔を庇う。まだまだ距離があるのに、皮膚がひりつくほどの熱が伝わってくる。
「先生、下がって!」
アツコが先生を庇おうと前へ出ようとするが。
「二人とも私の後ろに!」
逆に、先生が二人の前へ立った。
「先生!?」
「何してるんですか!?」
「二人が前に出ちゃ駄目だよ!」
「それは先生も同じです!」
「私より二人の方が大事だから!」
「先生!」
アツコの声が強くなる。
「そういうことを今言うのはずるいよ!」
「ごめん。でも今は――」
先生が言い終えるより早く。
水着サオリが上を見る。
「逃げる気か!」
ベアトリーチェは、先生たちを炎で囲むと。
自分だけ、天井に開いていた大きな穴へ向かって跳躍していた。
黙示録の天使の力で身体能力まで大幅に強化されているのか、その身体は信じられないほど高く跳び上がっている。
「なぜ気が付かなかったのでしょう! わたくしは、わざわざ貴女たちに付き合う必要はなどない事に!!」
ベアトリーチェが笑う。
「この力さえあれば、あとはアリウスへ戻って全てをやり直せばいい!」
「逃がすか!」
ベアトリーチェが自分だけ天井の穴から逃れようとしていることに気付いた現地スバルは、迷うことなく床を強く蹴った。同時に背中の片翼が大きく羽ばたき、その勢いを受けた身体が弾かれるように上昇していく。
「そんな奴やっつけちゃえ! スバル先輩!!」
マイアが思わず叫ぶ中、現地スバルは天井へ向かって一気に高度を上げ、先に逃げようとしているベアトリーチェとの距離をみるみる縮めていった。
「しつこいですね!」
背後から迫る気配に気付いたベアトリーチェが振り返り、片手を向ける。その掌から連続して光弾が放たれると、現地スバルは空中で身体を捻り、一発目をかわし、続く二発目も翼を僅かに動かして軌道をずらすことで避けた。
だが三発目までは避け切れなかった。
「――っ!」
光弾が肩へ直撃し、現地スバルの身体が大きく弾き飛ばされる。
「スバル!」
先生の叫びが下から響く。
あと少しだった、手を伸ばせば届きそうなところまで追い付いていたというのに、肩への一撃で上昇の勢いを完全に失った現地スバルは、そのまま重力に引かれるように落下し始めた。
「くそ……!!」
頭上では、ベアトリーチェが勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「終わりです! その不完全な翼で、わたくしに追い縋ろうとしたこと自体が間違いだったのですよ!」
しかし、現地スバルが落下を始めた次の瞬間、さらに上方から別の声が響いた。
「まだです!」
「何っ!?」
ベアトリーチェが驚いて顔を上げる。
そこには両翼を大きく広げ、短時間ながら自力で空を飛んでいるスバルの姿があった。
「手を伸ばして!」
「……!」
スバルが差し出した手を、現地スバルが迷わず掴む。
二人の身体へ大きな負荷が掛かるが、スバルは歯を食いしばりながら両翼をさらに強く羽ばたかせ、落下していた現地スバルの勢いを何とか受け止めた。
「一度しか出来ませんよ!」
「十分だ!」
「最後くらい決めてきてください!!」
スバルは現地スバルの腕を掴んだまま空中で大きく身体を捻り、そのまま一回転する。両翼による加速と回転で生まれた遠心力、そして自分自身の全力を余すことなく乗せると、現地スバルをベアトリーチェのいる方向へ向けて思い切り投げ飛ばした。
「――任せろ!!」
再び現地スバルの身体が上昇する。
先ほどとは比較にならないほどの速度で距離を詰めてくる姿を目にして、ベアトリーチェはとうとう余裕を失った。
「まだ来るのですか!!?」
悲鳴にも近い叫びを上げながら、ベアトリーチェは次々と光弾を撃ち出す。
現地スバルは最初の一発を翼で僅かに身体の軌道をずらしてかわし、二発目も身体を捻って避ける。そのまま勢いを殺すことなく、ベアトリーチェとの距離をさらに詰めていく。
「どうして……どうしてわたくしの言うことを聞かないのですか!?」
とうとうベアトリーチェの表情から最後の余裕が消えた。
下にいる先生、水着サオリ、アツコ、マイア。そして、自分へ向かってくる二人のスバル。
かつてなら自分へ逆らうことなど考えもしなかったはずの者たちが、今は誰一人として従おうとしない。
その現実を受け入れられないまま、ベアトリーチェは自分へ抗う全ての者を睨みつけて叫んだ。
「どうして分からないのです!? 貴方たちは、わたくしの道具として生きること以上に大切なことなど無いというのに!!」
その言葉を聞いた瞬間、現地スバルの顔から僅かに残っていた笑みすら消えた。
「……哀れだな」
「何ですって!?」
「あんたは、何も分かっていない」
現地スバルは飛ばされてきた勢いを保ったまま銃を構える。銃口には先ほどよりも強い紫色の光が集まり始め、黙示録の天使から得た力が少しずつ弾丸へ集中していく。
「私たちが何のために生きてるのかも、何が嬉しいのかも、何を守りたいのかも……あんたは何一つ理解しようとしなかった」
「生意気な……! 黙りなさい!」
ベアトリーチェが怒鳴りつけても、現地スバルはもう言葉を止めなかった。
意識を一点へ集中し、持てる力の全てを一発へ込めていく。
そして真っ直ぐにベアトリーチェを見据えた現地スバルは、自分たちにとって何よりも大切なものを堂々と言い放った。
「毎日満足いくまで食事を食べられる以上に、大切なことなんて無い!!!」
「何を――」
続きを言わせることなく、銃声が響く。
現地スバルの銃から放たれた紫色の弾丸は、一直線にベアトリーチェへ向かって飛んでいった。
「っ!?」
慌ててベアトリーチェが紫色の防壁を展開する。しかし、これまで水着サオリたちの攻撃を何度も防いできたその防壁でさえ、現地スバルの一撃を止めることは出来なかった。
弾丸が防壁へ突き刺さった瞬間、その表面へ一本の罅が走る。
「な……!」
さらに二本、三本と亀裂が広がっていき、ベアトリーチェが信じられないものを見るように目を見開く。
「そんな……! わたくしの力が……!」
次の瞬間、防壁が粉々に砕け散った。
勢いをほとんど失っていない弾丸は、そのままベアトリーチェの胸元へ飛び込み、真正面から直撃する。
「――っ!!」
強烈な紫色の光が爆ぜ、ポルタパシス全体を揺らすほどの衝撃が周囲へ広がった。
先生は咄嗟にアツコとマイアの前へ出ると、二人を庇うように身体を低くした。先ほどまで自分たちを取り囲んでいた紫色の炎も激しく揺らめき、まるで燃料を失ったかのように勢いを失っていく。
「……先生、見てください」
マイアが先生の背後から顔を上げる。
「炎が消えていきます」
その言葉通り、周囲を塞いでいた紫の炎は急速に薄くなり、最後には何事もなかったように完全に消滅した。
「スバル!」
先生は安全を確認するより先に上空へ目を向ける。
天井の穴へあと一歩のところまで迫っていたベアトリーチェは、現地スバルの一撃を受けたことで完全に力を失い、そのまま落下を始めていた。背後に浮かんでいた紫色の光輪は砕け散り、全身を包んでいたオーラも煙のように空中へ溶けていく。
同時に現地スバルも投げ飛ばされた勢いを失い、そのまま下へ落ち始めた。
「危ない!」
水着サオリが反射的に走り出す。
だが、それより早く両翼を広げたスバルが現地スバルの下へ回り込み、落下してきた身体を何とか受け止めた。勢いを完全には殺し切れず、二人は床へ転がるように着地する。
「痛った! ……やっぱり、長時間使うものじゃありませんね……」
スバルが身体を起こす頃には、背中にあった黒い両翼も徐々に薄くなり始めていた。
その横で現地スバルも身体を起こし、何事もなかったかのように一言だけ告げる。
「………」
「貴方、命懸けで助けてもらった相手に対して、感謝の言葉を言えないんですか?」
「……ありがとう。ザックス」
「誰がザックスですか!!?」
こんな状況でも普段通りのやり取りを始めた二人を見て、先生はひとまず無事らしいと胸を撫で下ろした。
一方で、少し離れた場所へ落下したベアトリーチェは、床へ横たわったまま微動だにしない。
「気を付けて。まだ何かあるかもしれない」
アツコが銃を構えながら慎重に近付いていく。
「そうだな。あれだけの力を使っていたんだ。完全に気を失っているとは限らない」
水着サオリも油断せず、その隣へ並んだ。
先生とマイア、そして二人のスバルも少し距離を空けながら後に続く。
ところが、ベアトリーチェへ近付くにつれて、全員が別の違和感へ気付き始めた。
「……あれ?」
最初に声を上げたのはマイアだった。
「マダム……さっきより小さくなってませんか?」
「え?」
先生も改めてベアトリーチェを見る。
確かに、先ほどまで立っていた時と比べると、身体が明らかに小さい。
「いや……違う」
水着サオリが目を細めた。
「今も縮んでいる」
「そんなことあるの?」
先生は思わず疑問を口にしたが、その答えは目の前で示されていた。
ベアトリーチェの身体から残っていた力が煙のように抜けていくたび、それに合わせるように身体そのものが少しずつ縮んでいる。
大人の女性だった体格は徐々に小さくなり、着ていた服だけが元の大きさを保ったまま余り始めた。
「…………」
さすがに誰も何を言えばいいのか分からず、その変化を黙って見守る。
やがて最後に残っていた紫色のオーラまで完全に消えると、そこに倒れていたベアトリーチェは、もはや先ほどまでの大人の姿ではなくなっていた。
「……小さくなったね」
アツコが率直な感想を口にする。
「小さくなったな」
水着サオリも同じように頷いた。先生も何か別の言い方を探そうとしたが、実際その通りなので結局何も言えなかった。
目の前で気絶しているベアトリーチェは、小学生程度の背丈まで縮んでいる。服だけは元の大きさのままなので、身体の大部分がぶかぶかの布地に埋もれてしまっていた。
「……どうするんですか、これ」
スバルが何とも言えない表情で尋ねる。
「とりあえず起きるまで待つ? 力も消えたみたいだし、今すぐ何か出来る状態には見えないけど」
先生がそう提案すると、水着サオリとアツコがほぼ同時に互いの顔を見た。
しばらく無言で見つめ合った後、二人は示し合わせたように小さく頷く。
「……え?」
二人の様子を見た先生の胸に、妙な嫌な予感が浮かんだ。
すると水着サオリが、どこからともなく一本のロープを取り出した。
「ちょっと待って。何でそんなもの持ってるの?」
先生が困惑している間に、今度はアツコがロープの反対側を受け取った。
「今回はちゃんと確保しておこう。起きてからまた逃げられたら面倒だし」
「二人とも手際良すぎない?」
「経験があるから」
「何の経験!?」
先生が止める暇もなく、水着サオリとアツコは小さくなったベアトリーチェを持ち上げると、慣れた手つきでロープを巻き始めた。
身体の周囲を一周し、さらにもう一周。腕も脚も動かせないように隙間なく巻いていく。
「……もう十分じゃない?」
先生が恐る恐る口を挟む。
「まだ足りない」
「でも、今は小学生くらいの大きさだよ?」
「大きさと危険度は別だよ、先生」
アツコも同じく冷静に返し、そのまま作業を続ける。
「それに、今までのことを考えたら、このくらいしておいた方が安心だからね」
「まあ、それは……否定しづらいけど」
先生が何とも言えない表情で見守る中、水着サオリとアツコはさらに念入りにロープを巻き続けた。
そして最終的に、小さくなったベアトリーチェは頭だけを外へ出した状態で、身体のほぼ全てをロープに包まれた立派な簀巻きへと変わり果てた。
「…………」
先生とスバル、現地スバル、マイアの四人は、床へ転がされているベアトリーチェを揃って見下ろした。
「……やっぱり、ちょっとやりすぎじゃない?」
先生が最後にもう一度だけ尋ねる。
「これくらいでちょうどいい。前科があるからな」
水着サオリが即答すると、アツコも当然のように頷いた。
「今度こそ逃げられないようにしないとね」
その説得力のある二人の返答を前に、先生たちはそれ以上何も言えなくなった。
こうして、アリウスを再び支配し、自らは崇高へ至るための力を手にしたつもりだったベアトリーチェは、最後にはその力を失って小さくなり、かつて自分が支配していた生徒たちの手によって完全な簀巻きにされるという、本人が目を覚ましたら到底受け入れられそうにない姿で確保されることになった。