新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

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新人先生、作戦を決行する

 翌朝。

 

 アビドス高等学校には、重い空気が流れていた。

 昨日まで、どれだけ混沌とした出来事が起きても、どこか騒がしさの中に紛れていた不安が、今日ははっきりと形を持ってそこにあった。

 

 理由は一つ。

 小鳥遊ホシノが、居なくなった。

 

「先生……」

 

 対策委員会の教室で、アヤネが震える声を出した。

 

「先生は、何か知りませんか? ホシノ先輩がどこに行ったのか……」

 

 セリカも腕を組みながら、落ち着かない様子で足元を睨んでいる。

 

「昨日から連絡が取れないのよ。アビドスにもいないし、いつものサボり場所にもいないし……本当に、どこ行ったのよ……」

 

「ん。ホシノ先輩が何も言わずにいなくなるのは変」

 

 シロコも、普段より元気が無いように見える。

 ノノミも不安な表情を隠そうともせずに、どこか苦しげだった。

 

「ホシノ先輩、何か悩んでいたんでしょうか……?」

 

 先生は、しばらく事態を見守って黙っていた。そして、機を見て苦しそうに目を伏せる。

 

 もちろん、演技だった。

 だが、完全に嘘という事もなかった。

 

 ホシノが一人で背負おうとしたこと。

 誰にも相談せず、自分を差し出そうとしたこと。

 

 それを思えば、胸が痛んだのは本当だった。

 

「……これを」

 

 先生は震える手つきで鞄を開けた。

 そこから取り出したのは、一枚の退部届。

 

 そして、複数の手紙。

 アヤネの顔から血の気が引いた。

 

「それは……?」

 

「ホシノが、置いていったものだと思う」

 

 先生は、それらを机の上に置いた。

 セリカが勢いよく手紙を取ろうとして、途中で手を止めてしまう。

 まるで、それを読んでしまえば何かが決定的に壊れてしまうような気がしたからだ。かと言って読まないわけにはいかない。

 

 アヤネが退部届を手に取る。

 シロコが手紙を見る。

 ノノミも静かに便箋を開いた。

 セリカは最後まで迷っていたが、やがて乱暴な手つきで自分宛ての手紙を開いた。

 

 しばらく、紙の擦れる音だけが教室に響いた。

 読み終えた後、誰もすぐには言葉を発しなかった。

 

 アヤネは唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔で俯いている。

 ノノミは手紙を胸に抱きしめ、必死に涙が零れるのをこらえていた。

 

 セリカは違った。手紙を握り締め、肩を震わせている。

 

「……何よ、これ!」

 

 その声は、怒っていた。

 

「何が“ごめんね”よ。何が“みんななら大丈夫”よ。勝手にいなくなって、勝手に背負って、勝手に終わらせようとして……!」

 

 セリカの目に涙が浮かぶ。

 

「ふざけないでよ……!」

 

「ん!」

 

 シロコも静かに怒っていた。

 

「ホシノ先輩は怒られるべき」

 

「シロコ先輩……」

 

「ん。見つけたら殴る」

 

 その様子を、臨戦ホシノの格好をした現地ホシノは、少し離れた場所で見ていた。

 

 セリカの怒りも。アヤネの涙も。ノノミの無理をした表情も。シロコの静かな怒りも。

 

 すべて、自分が残そうとしていたものだった。

 現地ホシノは、苦い顔をすることしかできなかった。

 その隣に立っていたシロコテラーが、ホシノにしか聞こえない小さな声で囁く。

 

「分かった?」

 

 ホシノは、何も言い返せなかった。

 ただ、小さく頷く。自分がいなくなれば、みんなは楽になるとそう思っていた。でも、今ここにあるのは、楽になった誰かの顔ではなかった。

 置いていかれた人たちの重苦しい雰囲気と苦しそうな顔だった。

 

 そうして自分がした事を噛みしめていた。その時だった。

 

 ピピッ、とアヤネの端末が鋭い音を立てた。

 アヤネは涙を拭う間もなく画面を見る。

 

「……っ!」

 

「どうかしたの?」

 

 先生がそうアヤネに声をかけると。アヤネは驚いた表情で口を開く。

 

「アビドス地区に、武装勢力らしき反応が検知されました……! こちらへ向かって来ています!」

 

「はぁ!?」

 

 セリカが椅子を蹴るように立ち上がった。

 

「ホシノ先輩がいなくなって、今それどころじゃないのに! いったい何なのよ!!」

 

 怒りの矛先を探すように、セリカは自分のアサルトライフルを掴んだ。

 シロコも無言で装備を確認する。

 

「ん。いつでも出られる」

 

「待ってください、まずは敵の規模を――」

 

 アヤネはそう言いながらも、自分の頬を拭った。

 ノノミもゆっくりと立ち上がる。

 

「泣いている場合ではありませんね〜。まずは、こちらの事態を何とかしましょう」

 

 教室の空気が切り替わる。

 

 ホシノがいない悲しみは消えていない。

 けれど、アビドスに危機が迫っているなら、動かなければならない。

 

 その瞬間。

 

 勢いよく、教室の扉が開いた。

 

「大きいシロコさんから連絡を受けて急いで来ましたが、皆さん大丈夫ですか!?」

 

 聞こえてきたのは、ナギサの声だった。

 全員が少し安堵した空気でそちらを見ると。そこにいたのは、紛れもなく桐藤ナギサ本人なのだが、昨日までの優雅な装いではなかった。

 

 黒を基調とした水着姿に、軽やかな羽織。

 頭にはサングラスを乗せ、いつもの気品はそのままに、なぜか完全に夏の装いだった。

 

 アビドスの教室に、朝から水着姿のナギサが現れた。

 その事実だけで、十分すぎるほど情報量が多かった。

 

 だが、それだけではない。

 ナギサの横には、見慣れない生徒が立っていた。

 

 淡い桃色の髪、白を基調としたトリニティの制服。

 ふわりとした雰囲気。そして、どこか天真爛漫な笑み。

 その生徒は、先生に向かって小さく手を振った。

 

「やっほー、先生☆」

 

 教室内の全員が、ぽかんとした。

 

 セリカも。

 アヤネも。

 シロコも。

 ノノミも。

 現地ホシノも。

 シロコテラーも。

 

 先生でさえ一瞬固まった。

 

 ただ一人。

 

 先生の手元にあるシッテムの箱の中で、アロナだけが、一足早く完全に復活した。

 

『あーーーーー!!』

 

「うわっ、アロナ?」

 

『ナギサさん! 勝手に助っ人機能を使いましたね!!』

 

「助っ人機能?」

 

『しかもクレジット決済までちゃんと済ませてます! 正規利用ですけど! 正規利用ですけどぉ!!』

 

「あー……」

 

 先生は困ったようにナギサを見る。

 

「いろいろ聞きたいことがあるんだけど、まずその生徒は誰かな? なんかアロナが、助っ人機能?とかいうのを使ったって怒ってるよ……?」

 

 その言葉に、ピンク髪の少女がにこっと笑った。

 

「私は聖園ミカだよ〜☆ また会えてうれしいよ、先生!」

 

「また?」

 

 先生は首を傾げる。

 ミカの笑顔が、ほんの少しだけ固まった。

 

「あっ」

 

 ナギサが小さく咳払いをする。

 

「ミカさん。先生はまだ、こちらの貴女とお会いしていません」

 

「え、そうなの?」

 

「はい」

 

「最初からやらかしたじゃん!!」

 

 ミカはあっけらかんと言った。

 セリカが小さく震える。

 

「また未来っぽいこと知ってる人が増えたわよ……?」

 

 ナギサは涼しい顔で先生に向き直った。

 

「先生、先ほどの質問ですが。トリニティでは、恋と戦においてはあらゆる手段が正当化される、という諺がありまして」

 

「そんな諺あるの?」

 

「もちろん、意味は通じるかと思いますが。私もそれに従った行動をしただけです。そのアロナさん?とかいう方に何かを言われる筋合いはありませんね」

 

『むがーーー! 私がピンチの先生に教える予定だったのにーー!!!』

 

 アロナが画面の中でじたばたしている。

 しかし、その声は先生にしか聞こえない。

 ナギサは聞こえないことをいいことに、非常に堂々としていた。

 先生は一旦、ナギサの言い分を飲み込むことにする。

 

「……分かった。よろしくね、ミカ」

 

「うん、よろしくね先生☆」

 

 ミカはにこにこと手を振る。

 先生は続けて、ナギサを見る。

 

「次なんだけどさ――」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「なんでナギサは水着を着ているの?」

 

 教室の全員が、改めてナギサを見る。

 ナギサは一瞬だけ視線を逸らした。

 

「ミカさんが、どーーしても、と言うものですから仕方なく……」

 

「えっ!? 私のせいにするの!?」

 

 ミカが抗議する。

 

「だってそうでしょう?」

 

「まあ、ナギちゃんの水着、かわいいから見たかったけど」

 

「そういうことを今ここで言わないでください」

 

 ナギサは少し頬を赤くして咳払いをする。

 

「……それに、こちらの方がサポート性能が高いというのもありますが」

 

「え?」

 

 先生が聞き返す。

 

「何でもありません!」

 

「今、何か言ったよね?」

 

「聞き間違いでは?」

 

 ナギサは押し切った。

 先生は、これ以上深く考えると戻ってこられなくなりそうだと判断し思考をやめた。

 

「今は緊急時ですよ」

 

 ナギサは真面目な顔で言った。

 

「事情は後で詳しく説明します。ですが、今は事態の収拾に向かいましょう。皆さん、準備はできていますか?」

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 セリカはナギサを指差した。

 

「いきなり水着で現れて、知らない生徒まで連れてきて、何ちゃっかり指揮しようとしてんのよ!」

 

「セリカ、今は心を無にする時だよ……?」

 

 アヤネが端末を見ながら言う。

 

「敵影、近づいています!」

 

「ん。出る」

 

 シロコはすでに銃を手にしていた。

 ノノミも表情を引き締める。

 

「まずは、目の前の危機を何とかしましょう〜」

 

 臨戦ホシノの格好をした現地ホシノは、自分の装備を見下ろした。

 

 まだ慣れない。

 

 けれど、今は迷っている場合ではない。

 その隣で、シロコテラーが静かに言う。

 

「ん。行こう」

 

「……うん」

 

 先生も頷いた。

 

「みんな、気をつけて。無理はしないこと」

 

 ミカが明るく拳を握る。

 

「大丈夫大丈夫! 私が居るからさ大船に乗った気持ちでいいよ☆」

 

『助っ人機能は先生の切り札として使うはずだったのにぃ……』

 

 アロナはまだ少しだけ拗ねていた。

 ナギサはそんな声など聞こえないまま、堂々と教室の入口に立つ。

 

「では、行きましょう」

 

 セリカは悔しそうに歯を食いしばった。

 

「もう……本当に何なのよ、この状況!」

 

 ホシノがいなくなった朝。

 けれど、立ち止まっている時間はすでになかった。

 アビドスの外では、もう次の騒動が始まろうとしていた。

 

 

 アビドス砂漠の奥地。

 

 カイザーコーポレーションが所有する基地の一室で、黒服は上機嫌だった。

 

 無機質な壁に薄暗い照明。

 周囲を警備するカイザーPMCのロボット兵士たち。

 

 そして、その中央には拘束具をつけられた小鳥遊ホシノがいた。

 

「クックック……」

 

 黒服は、心底愉快そうに笑っていた。

 

「実に素晴らしい。キヴォトス最高の神秘を持つその身柄が、ついに私の手元にある」

 

 ホシノは俯いたまま、椅子に座らされていた。

 見た目は、確かに黒服が知る小鳥遊ホシノそのものだった。

 

「うへ〜……本当に、借金は半分にしてくれるんだよね〜?」

 

「もちろんです。契約は守ります。貴女の身柄と引き換えに、アビドス高等学校が抱えている借金を半分にする。その約束は必ず履行されます」

 

「……よかった」

 

 小さく呟いたその声は暗く沈んでいるようにも聞こえた。

 

 黒服はその様子を見て満足げに頷く。心が折れている、とそう判断した。

 自らの犠牲でアビドスを救う。その選択をした少女は、もう抵抗する気力を失っている。

 

 そう見えた。

 

 そこへ、基地内の通信が入る。

 

『カイザーPMC、侵攻準備完了。アビドス地区への部隊展開を開始します』

 

 その言葉に、ホシノが顔を上げた。

 

「……え?」

 

 その声には、明らかな焦りがあった。

 

「ちょっと待ってよ。アビドスに侵攻って……何で!?」

 

 黒服はゆっくりと振り返る。

 

「おや。まだ理解していなかったのですか?」

 

「どういうこと!?」

 

「アビドスの正式な生徒会のメンバーであり、最後の一人でもある貴女が退学してしまいましたからね」

 

 黒服は物覚えの悪い生徒に現実を教えるかのように淡々と告げる。

 

「それでは、学校としては成り立たないでしょう。もうアビドス高等学校は、学校という体裁すらないのですよ」

 

「……っ!!」

 

 ホシノは言葉を失ったように俯いた。

 黒服は、その反応を見てさらに満足する。

 

「貴女はアビドスを救うために、自らを差し出した。立派な事ですが、組織とは残酷なものです。守るべき体裁を失えば、そこに残るのはただの土地と建物に過ぎない」

 

「……」

 

「それを回収する。何も不自然なことではありません」

 

 ホシノは何も言わなかった。

 俯いたまま、肩を小さく震わせているように見えた。

 黒服は、ホシノが完全に折れたと思いこんでしまった。だからホシノから目線を切ってしまった。

 

「安心してください。契約は履行されます。借金は半分になる。貴女は貴女なりに、アビドスへ貢献したのです」

 

 その瞬間。ガキン、と乾いた音が響いた。

 

 黒服の動きが咄嗟に止まる。

 拘束具が壊れる音。続けて、鈍い打撃音が二つ。

 黒服が慌てて振り返った時には、ホシノの両脇に立っていたカイザーPMCのロボット兵士が、床に倒れ伏していた。

 先ほどまでホシノが座らされていた椅子は空になっており、ホシノの姿が消えていた。

 

「……っ!」

 

 黒服の背筋に、冷たいものが走る。

 

「これは……!?」

 

 あり得ない。

 

 あの小鳥遊ホシノは、心が折れていたはずだ。

 アビドスのために自分を差し出し、抵抗する意思を失っていたはずだ。

 

 少なくとも、黒服はそう判断していた。

 なのに気配がない。

 

 周囲にいるはずなのに、どこにもホシノの姿が見えない。

 黒服はゆっくりと辺りを見回した。

 倒れたロボット兵士に壊れた拘束具の中で静まり返った部屋。

 

「……小鳥遊ホシノ」

 

 黒服が名前を呼んだ、その時。

 背後から、ぽん、と肩を掴まれた。

 

「呼んだ〜?」

 

 間延びした声が背後から聞こえて黒服が慌てて振り向く。

 そこにいたのは、ホシノだった。

 だが、何かが違う。

 

 表情、目、纏う空気それら全てが黒服が知る小鳥遊ホシノと微妙に一致しなかった。

 その違和感を黒服が認識するのと、腹部に拳が叩き込まれるのは、ほぼ同時だった。

 

「――がっ」

 

 重い衝撃。

 

 黒服の体が宙に浮き、背後の壁まで吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、ずるりと床に落ちる。

 痛みよりも先に、理解不能という感情が黒服の中を満たした。

 

「な、何が……」

 

 その前に、ホシノがゆっくりと歩いてくる。

 いつもの眠たげな顔ではなく、獲物が罠に引っかかった様子を見ているかのように、その口元には楽しそうな笑みが浮かんでいた。

 

「あんたが言っていた、キヴォトス最高の神秘を宿した私の本気のパンチはどうかな〜?」

 

「……」

 

 黒服は腹部を押さえながら、息を整える。

 そして、強がりだと自覚していても自らの矜持の為に、かろうじて口角を上げた。

 

「……堪能させていただきましたよ」

 

「そっか〜」

 

 ホシノは笑みを深める。

 

「お代わりをご所望とは、私も困っちゃうね〜」

 

 そう言いながら、再び拳を握る。

 黒服の表情が強張った。

 

「待ってください」

 

「ん〜?」

 

「貴女は……」

 

 黒服は初めて、焦りを滲ませた。

 

「貴女は、いったい誰なのですか!?」

 

 目の前にいるのは、小鳥遊ホシノだ。

 

 だが、違う。

 

 黒服の知るホシノではない。

 先ほどまで俯いていた、心の折れた少女でもない。

 

 もっと深く、もっと古く、もっと重い何かを知っている目をしている。

 ホシノは、楽しげに笑った。

 

「あはっ!」

 

 その笑い方は、いつもの「うへ〜」とは少し違っていた。

 非常に楽し気だけれど、底が見えない。

 

「私は私――」

 

 ホシノは拳を振り上げる。

 

「小鳥遊ホシノだよ〜」

 

 その拳が、黒服へ振り下ろされた。

 轟音が響き床が砕け、壁が揺れ、基地の一室に衝撃が走る。

 黒服の視界が白く染まった。

 

「うへ〜。思ったより硬いね〜」

 

 瓦礫の舞う部屋の中で、ホシノは肩を軽く回した。

 

 倒れたカイザーPMCのロボット兵士たち。

 壁に刻まれた亀裂。

 そして、その中心で膝をつく黒服。

 

 黒服は息を乱しながら、それでも必死に状況を整理しようとしていた。

 

「ごほっ……。この洗練された神秘は…貴女はもしや…!?」

 

 その呟きに、ホシノは目を細めるだけで答えはしない。

 

「本来ここに来るはずだった小鳥遊ホシノは……!?」

 

「それ、お前に教えると思う?」

 

 ホシノは一歩近づくと黒服は、初めて後退した。

 

「貴女は、未来の……」

 

「おっと」

 

 ホシノは黒服の言葉を遮るように、床を踏み込んだ。

 たったそれだけで、床にひびが入る。

 

「余計な考察してる暇、果たしてあるのかな〜?」

 

 その声はゆるい。

 けれど、その小さな体から放たれる圧は強烈だった。

 

「おじさんさ、お前にちょっと借りがあってね〜」

 

「借り……?」

 

「うん、覚えてるかな?」

 

 ホシノは笑う。

 

 楽しいようにも怒っているようにも、どちらにも見えた。

 

「私の時も、随分好き勝手してくれたからさ〜」

 

 黒服の目が細くなる。

 その言葉の意味を、理解しようとした。

 だが、その前にホシノがまた一歩踏み込む。

 

「だから今日は、契約とか、神秘とか、そういう面倒くさい話は一旦置いておこうよ〜」

 

 ホシノは拳を構えた。

 

「ただの、お礼参りってことで」

 

「……っ!」

 

 黒服は、もう笑っていなかった。

 その顔に浮かんでいるのは、警戒。

 そして、わずかな恐怖。

 ホシノは、それを見て満足そうに頷いた。

 

「その顔が見たかったぁ……! 私に恐怖する、その顔がさぁ! アハハハハハハ!!」

 

 そして、次の瞬間。

 基地内に、再び轟音が響いた。

 

 

 一方その頃。

 

 アビドスに向かって侵攻していたカイザーPMCの部隊は、まだ知らない。

 自分たちが予定通りアビドスを攻めているその裏で。

 作戦の中核であるはずの黒服が、想定外の小鳥遊ホシノによって、完全に予定を崩され始めていることを。

 

 そして黒服自身も、まだ理解しきれていなかった。

 自分が手に入れたと思っていた小鳥遊ホシノは自ら差し出された哀れな犠牲などではなく。自身を殴るためだけに、わざわざ檻の中へ入ってきた獣だったのだ。

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