新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

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新人先生、後始末をする

 カイザーPMCによるアビドス襲撃事件は、ひとまず幕を下ろした。

 もちろん、すべてが完全に解決したわけではない。

 

 アビドスの借金は、まだ残っている。

 壊れた街の修復も必要だ。

 クロノス報道部への対応もある。

 協力してくれた風紀委員会と便利屋68へのお礼もある。

 トリニティから勝手に持ち出された戦車について、ヒフミがナギサからどれだけ叱られるのかも、まだ誰にも分からない。

 

 そんな騒動の終わり際。

 ミカの体が、淡い光に包まれ始めた。

 

「あれ?」

 

 ミカは自分の手を見下ろし、少しだけ首を傾げる。

 

「そろそろ時間切れっぽい?」

 

「そのようですね」

 

 ナギサが静かに頷いた。

 

 助っ人機能で一時的に呼び出されたミカは、役目を終えれば元の場所へ戻る。

 それは最初から分かっていたことだった。

 

 先生はミカを見る。

 

「ミカ、手伝ってくれてありがとう」

 

「うんうん、どういたしまして☆ 先生のためなら、私はいつでも――」

 

 そこまで言って、ミカはぴたりと固まった。

 そして、今さら思い出したように目を瞬かせる。

 

「あれ? そういえばビナーは!?」

 

 その場の空気が、一瞬止まった。

 ナギサが余計な事に気が付いたなという顔をした。

 

「……」

 

「え、だってナギちゃん、ビナーが来るかもって言って私を呼んだんだよね? 結局来なかったじゃん!」

 

「ミカさん」

 

「もしかしてナギちゃん、完全に早とちりで私呼んだの?」

 

「ミカさん!」

 

 ナギサが珍しく声を荒げた。

 

「うるさいですよ! これ以上余計なことを言わずに早く消えてください!!」

 

「ひどっ!? ナギちゃんが早とちりして呼んだくせに!!」

 

「早とちりではありません! 可能性に備えただけです!」

 

「ポンコツ面白水着女!!」

 

「ミカァァ!!!!」

 

 ミカは光に包まれながら、最後まで笑っていた。

 

「先生はナギちゃんがまたポンコツしたってしっかり覚えておいてねー☆」

 

「覚えなくて結構です!」

 

 ナギサの叫びを最後に、ミカの姿は光の粒となって消えていった。

 残されたナギサは、水着姿のまま肩で息をしている。

 先生は少しだけ困ったように笑った。

 

「えっと……ビナーって?」

 

「何でもありません」

 

「でも今、ミカが――」

 

「先生、今はそんな事気にする必要ありません」

 

 ナギサはきっぱりと言い切った。

 その横で、アロナがシッテムの箱の中で頬を膨らませている。

 

『先生! 助っ人機能は本来、先生の切り札のはずだったんですよ! それをナギサさんが勝手に使って、しかも空振りです!』

 

「空振りって言わないであげて」

 

『もうナギサさんには使わせないですからね!!』

 

 先生は苦笑するしかなかった。

 

 

 ゲヘナ学園、風紀委員会本部。

 アビドスでの騒動を終え、ヒナとアコはようやく戻ってきていた。

 

 報告書に始末書にその他諸々の書類。

 やるべきことは山ほどある。

 

 その中で、執務室のテレビにはクロノス報道部による臨時ニュースが流れていた。

 

『本日、アビドス自治区で発生したカイザーPMCによる大規模侵攻事件について、現場にはシャーレの先生、アビドス高等学校の生徒、さらに複数の他学区生徒が居合わせていたことが判明しました』

 

 画面には、アビドス砂漠での映像が映し出されている。

 

 カイザーPMCの部隊。

 横転した装甲車。

 紙袋を被ったヒフミが乗っていた戦車。

 そして。

 

『なお、現場にはトリニティ総合学園ティーパーティー所属と思われる生徒の姿も確認されています』

 

 画面に映ったのは、水着姿の桐藤ナギサだった。

 その隣には、聖園ミカの姿もある。

 

 改めてその姿を確認したヒナとアコは終始無言だった。

 二人は並んで、テレビ画面を見つめていた。

 

 長い沈黙を経て、やがてアコが小さく口を開いた。

 

「……ヒナ委員長」

 

「何かしら?」

 

「やはり、あれは見間違いでも、疲労による幻覚でもなかったようですね」

 

「……どうやらそうみたいね」

 

 ヒナは目を閉じて眉間を揉みながら、内心では出来れば、幻覚であってほしかった。と願ってしまう。

 

 戦場に水着姿の桐藤ナギサがいた。しかも、その横には聖園ミカまでいた。

 自分は疲れていた。だから、妙な幻覚を見た。そう思うことにしていた。

 

 しかし、テレビから流れて来た映像は無慈悲だった。

 クロノス報道部の映像は、あまりにも鮮明にそれを映していた。

 

「……どう報告すればいいのかしらね?」

 

「報告、ですか…」

 

「正直に書くのであれば、『アビドス自治区での戦闘現場に、トリニティ総合学園のティーパーティー所属の桐藤ナギサ(水着)と聖園ミカが出現』となりますが……」

 

「その報告書を読んだ者は、私たちの正気を疑うでしょうね」

 

「私なら疑います」

 

「私も疑うわ」

 

 二人はまた黙った。

 テレビの中では、解説役のクロノス生が真面目な顔で状況を説明している。

 

『映像から判断する限り、現場にはゲヘナ風紀委員会も合流していた模様です。なお、なぜトリニティの要人が水着姿でアビドスにいたのか、現時点では詳細不明です』

 

「詳細不明……そこが一番知りたいんですけどね…」

 

 アコが頭を抱えた。

 ヒナは深いため息を吐いた。

 

「この件は、万魔殿には報告しないでおきましょう」

 

「よろしいのですか?」

 

「どう報告してもおかしなことになるわ。それに、もし万魔殿が気にするなら、向こうから声がかかるでしょう」

 

「……それもそうですね」

 

 アコは納得したように頷く。

 

「では、我々は何も見なかった。そういうことで」

 

「ええ、しばらくはそれでいいわ」

 

 ヒナはもう一度テレビを見る。

 水着姿のナギサが、妙に堂々と映っていた。その横でミカが楽しそうに笑っている。

 さらに端の方では、紙袋を被ったヒフミの戦車が映っていた。

 

「……」

 

「……」

 

 ヒナとアコは、同時に目を逸らした。

 

「何も見なかったことにしましょう」

 

「わかりました」

 

 そう結論づける声には、疲れが滲んでいた。

 

 一方その頃。

 

 トリニティ総合学園では昼下がりのテラスで、この世界の桐藤ナギサが優雅に紅茶を楽しんでいた。

 

 白いテーブルクロス。

 整えられた茶器。

 香り高い紅茶。

 小さく切り分けられたロールケーキ。

 

 いつも通りの、穏やかな時間。

 少なくとも、数秒前まではそうだった。

 

「ナギサ様!」

 

 慌ただしい足音と共に、フィリウス分派所属の生徒がテラスへ駆け込んできた。

 現地ナギサはティーカップを手にしたまま、静かに視線を向ける。

 

「どうしました。ここではもう少し落ち着いて――」

 

「ナギサ様! 水着姿で他学区に行ったのですか!?」

 

「……はい?」

 

 現地ナギサの手が止まった。

 フィリウス分派の生徒は、震える手で端末を差し出す。

 

「こちらを見てください!」

 

 画面には、クロノス報道部のニュース映像が映っていた。

 

 アビドス砂漠でカイザーPMCの部隊とアビドス生が睨みあっている。

 そして、なぜかそこに混ざっている水着姿の自分。

 さらにその横には、幼馴染であるミカまで居る。

 

「ぶっ――!?」

 

 現地ナギサは、飲みかけていた紅茶を盛大に吹き出した。

 

「ナ、ナギサ様!?」

 

「ごほっ、こほっ……! な、何ですかこれは!?」

 

 ナギサは信じられないものを見る目で画面を凝視する。

 そこに映っているのは、自分だった。

 

 間違いなく自分の顔。

 

 しかし、服装が明らかにおかしい。

 水着を着ていて、しかもアビドスという縁のない土地の戦場に居るという場違い。

 

「……なぜ?」

 

 ナギサの思考は停止した。

 

「なぜ私が、水着で、アビドスに……? いえ、私は今までここに……ではこれは……? 合成? 幻覚? ミカさん? なぜミカさんまで……?」

 

 いつもの冷静なティーパーティーの現地ナギサは、完全に処理落ちしていた。

 

 その時。

 

「ナギサさん」

 

 すぐ傍から、妙に嬉しそうな声がした。

 現地ナギサがぎこちなく振り向くと、そこには、いつの間にか浦和ハナコが立っていた。

 しかも、スクール水着姿でにこにこと、心底嬉しそうな顔をしている。

 

「私は、あなたのことを誤解していたようです……。まさか、こんな近くに同志がいたなんて!」

 

 その言葉を聞かされた現地ナギサはすぐさま再起動した。

 

「違います」

 

 即答だった。

 

「これは違います。まったく違います」

 

「ですが、映像には水着姿のナギサさんが――」

 

「罠です!」

 

 現地ナギサは勢いよく立ち上がった。

 

「これは罠です!!」

 

「罠……?」

 

「そうです! 誰かが私を貶めようとして仕組んだ罠なんです!!」

 

 必死の訴えが叫びに変わってテラスに響く。

 フィリウス分派の生徒はおろおろし、ハナコは両手を頬に当てて嬉しそうに微笑んでいる。

 

「なるほど……罠という体で新しい扉を――」

 

「開いていません!」

 

「では、次から私もご一緒に――」

 

「ご一緒しません!」

 

 現地ナギサは必死だった。

 しかし、ニュース映像は無情にも繰り返し流れる。

 

 アビドス砂漠で堂々と立つ、水着姿の桐藤ナギサ。

 その横で笑う聖園ミカ。

 さらに少し遠くで、戦車から顔を出す紙袋を被った謎のトリニティ生。

 

 現地ナギサの脳を破壊するには十分な情報量だった。

 

「なぜミカさんまで……なぜ紙袋を被ったトリニティ生徒が戦車に……いえ、それより、なぜ私が水着で……!」

 

 現地ナギサはその場で頭を抱える。

 ハナコはその横で、感極まったように頷いていた。

 

「ナギサさん。私はこれから、あなたをより深く理解できそうです」

 

「理解しないでください!」

 

「同志として」

 

「同志ではありません!」

 

 その日トリニティ総合学園に、現地ナギサの叫び声が響き渡った。

 

「罠です! これは罠なんです!!」

 

 そして遠く離れたシャーレでは、そんな事が起こっていたことなど何も知らないナギサが優雅に紅茶を飲んでいたという。

 

 

 あの混沌とした決着から数日後。

 

 諸々の手続きが終わり、先生たちはシャーレへ戻っていた。

 アビドスの件は、完全解決とはいかないまでも、大きく前進した。

 

 カイザーコーポレーションは、今回の事件での自分たちのやらかしを重く受け止めた。

 というより、クロノス報道部に現場を押さえられ、風紀委員会とトリニティ関係者まで居合わせてしまった以上、言い逃れができなかった。

 

 その結果、アビドスの借金は慰謝料という形で半分近くまで減額された。

 さらに、これまで不当に膨らんでいた利子も、正規の金額へと戻された。

 

 シャーレの執務室で、先生はその報告書を見ながら息を吐いた。

 

「借金がなくなったわけじゃないけど……それでも、かなり楽になったね」

 

「うへ〜。先生の作戦勝ちだねぇ〜」

 

 ソファーに寝転がっていた臨戦ホシノが、のんびりと笑う。

 

「最後の入れ替わり、黒服もカイザーも全然読めてなかったしね〜」

 

「ん。私の活躍もちゃんと知っておくべき」

 

 シロコテラーが静かに主張する。

 

「クロノスを呼んだのは私」

 

「うん。あれも大きかったね」

 

「ん。もっと褒めていい」

 

「偉い偉い」

 

「ん」

 

 シロコテラーは満足そうに頷いた。

 いつもの服に着替えたナギサは、優雅に紅茶を飲みながら言う。

 

「やはり、困った時はミカさんを呼んでおけばいいのですよ。最終的に力があれば相手はいう事を聞かざるをえないのですよ」

 

「…身も蓋もないね。ただアロナがもうナギサには助っ人機能を使わせないって言ってたからもう呼べないんじゃないかな?」

 

「え!? 実際、非常に強力なのに!? アロナさんのケチ!」

 

「でも今回は早とちりしたんだよね?」

 

「先生」

 

「うん?」

 

「その話は終わりました」

 

「…はい」

 

 先生は素直に引いた。

 その横で、書類の山に向かってものすごい速度で手を動かしている人物がいた。

 

 元カイザーPMC理事。

 

 事件の責任を取らされ、カイザーPMC理事の座を解任。

 実質的にクビとなった彼は、なぜか今、シャーレの執務室で雑務をこなしていた。

 

「……私はこんな奴らに負けたのか……」

 

 元理事は低い声で呟くとすぐに三人が反応する。

 

「うへ〜。拾ってあげたんだから、ちゃんと働いてね〜」

 

「ん。変なことを考えたら、次はない」

 

「まあ、逆らう気力もないでしょうけどね。シャーレの雑務担当さん♪」

 

「クソが!」

 

 元理事は悔しそうに吐き捨てた。

 だが、その手は止まらない。

 

 書類の分類。

 経理資料の確認。

 補償金関連の整理。

 アビドスへの報告書作成。

 カイザー側の不正な利子計算の洗い出し。

 

 文句は言うが仕事は真面目だった。

 

 先生はその様子を見て、素直に感心した様子で頷く。

 

「やっぱり、あんな大きな会社の理事ともなると仕事も早いですね」

 

「……ふん」

 

 元理事の手が、ほんの少しだけ止まる。

 

「おだてても何も出んぞ」

 

「本当に早いと思っただけですよ。実際すごく助かってますし」

 

「……当然だ。この程度の書類処理、私にかかれば造作もない」

 

 そう言って、元理事の作業速度がさらに上がった。

 

 臨戦ホシノが口元を押さえる。

 

「くくくっ……」

 

 シロコテラーも肩を震わせる。

 

「ん。ちょろい」

 

 ナギサも紅茶で口元を隠しながら、明らかに笑いを堪えていた。

 

「ふふっ……流石ですね、雑務担当さん」

 

「その呼び方をやめろ!」

 

「ですが、実際に雑務を担当されていますので」

 

「クソが!!」

 

 元理事は怒鳴りながらも、さらに一枚、完璧に整理された書類を提出した。

 先生はそれを受け取り、笑った。

 

「ありがとう。助かるよ」

 

「……ふん」

 

 元理事は素直に褒められるのが気恥ずかしいのかそっぽを向いた。

 その姿を見て、臨戦ホシノたちはついに堪えきれず、声を上げて笑った。

 

「あっはっは! いや〜、いい拾い物したね先生!」

 

「ん。書類処理担当として凄く優秀」

 

「カイザーにいた時より、よほど社会貢献していますね」

 

「貴様らぁ!」

 

 元理事の怒声が、シャーレの執務室に響く。

 先生は苦笑しながらも、その光景を見ていた。

 

 カイザーとの因縁も、完全に終わったわけではない。

 黒服も、きっとまたどこかで動くだろう。

 そして募集で来た生徒たちは、これからも先生の知らない未来をちらちらと漏らし続けるに違いない。

 

 けれど、今は。

 

 現地ホシノはアビドスに残っているし、アビドスは学校としてちゃんと残っている。

 みんなが、前より少しだけ楽に息をできるようになった。

 今は、それだけで十分だった。

 

「……本当によかった」

 

 臨戦ホシノがその声を拾って、にやりと笑った。

 

「うへ〜。先生、やり切ったいい顔してるね〜」

 

「そう?」

 

「ん。先生はすぐ顔に出る」

 

「先生らしくていいと思います」

 

 元理事だけが、机に向かいながら不満げに唸った。

 

「この職場、不満は無いが空気が緩すぎる……」

 

「じゃあ、引き締め役もお願いしようかな」

 

「誰がやるか!」

 

 そう叫びながらも、元理事は次の書類へ手を伸ばしていた。

 シャーレの一日は、今日も騒がしい。

 こうして先生の初仕事は、ひとまずここで幕を閉じるのだった。

 だが先生は、まだ知らない。次に募集を押した時、またどんな“ネタバレ生徒”が現れるのかを。

アビドス編が終わったら次はどっちの話が見たいですか?

  • 時計じかけの花のパヴァーヌ編
  • エデン条約編
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