高評価や感想、誤字報告など、本当に励みになっています。
特に感想をいただけると「ここ楽しんでもらえたんだな」「このノリで大丈夫そうだな」と分かるので、続きを書く上でとても大きなモチベーションになっています。
アビドス編も一段落し、今回からパヴァーヌ編に入っていきます。
相変わらず先生の周りにはネタバレ生徒たちが集まってきますが、引き続き息抜き気分で楽しんでいただければ幸いです。
それでは、パヴァーヌ編もよろしくお願いします。
新人先生、募集を温存しようとする
シャーレの執務室には、今日も今日とて平和な日々が流れていた。
「うへ~。ナギサちゃん、ウノって言ってないね~!」
「なっ!?」
テーブルを囲んでいたナギサが、手札を握ったまま目を見開いた。
向かいには、だらしなくソファーに寝転んでいる臨戦ホシノ。
その隣には、無表情でカードを整えているシロコテラー。
そしてナギサは、あと一枚だったはずの手札を前に、明らかに動揺していた。
「言いましたよ! 確かに言いました! お二人に聞こえていなかっただけで……!」
「ん。聞こえてないなら、言ってないのと同じ」
「そんな横暴な理屈がありますか!?」
「ある」
「ありません!」
ナギサが叫ぶと、部屋の隅から低い声が飛んできた。
「嘘をつくな。確かにお前はウノと言っていなかったぞ」
書類作業用の机に座っていた元理事が、淡々と言った。
彼はシャーレに拾われてからというもの、雑務担当として恐ろしい速度で書類を処理している。
今日も山積みの書類を処理しながら、なぜかUNOの審判までしていた。
「外野から茶々を入れて来ないでください!」
「私は事実を言っただけだ」
「うへ~。じゃあ証言も出たことだし、追加ドローしてね~」
「ん。ルールはルール」
「ぐっ……!」
臨戦ホシノがにこにこと山札を指差すとナギサは悔しそうに唇を噛んだ。
そして、震える手で山札に手を伸ばす。
「あ、あぁ……私の勝利の方程式がぁ……」
「UNOで方程式って言う人、初めて見たかも」
先生は、少し離れた場所でコーヒーを飲みながら、その光景を眺めていた。
臨戦ホシノはいつものように緩く笑っている。
シロコテラーは無表情のまま、たまに鋭い一手を出してくる。
ナギサは本気で勝ちに行って、本気で罠にかかっている。
元理事は文句を言いながらも、なぜか審判としての仕事も正確だった。
平和な一日だった。
あまりにも平和で、逆に少し怖いくらいだった。
そんな時、先生の端末から明るい声が響いた。
『先生! なにやら緊急のメッセージが届きましたよ!』
「緊急?」
先生はカップを置き、シッテムの箱を覗き込む。
アロナが画面の中で、ぴょこぴょこと手を振っていた。
『はい! ミレニアムサイエンススクールからのメッセージです!』
「ミレニアムから?」
先生は届いた文章に目を通した。
内容は、少し長かった。
色々と丁寧に書かれていたが、要約するとこうだった。
ミレニアムのゲーム開発部という部活が、廃部を回避するために助けを求めている。
「ゲーム開発部……」
先生がポツリ呟くと、UNOをしていた三人も反応した。
「今度はミレニアムですか…?」
ナギサがカードを持ったまま顔を上げる。
「ん。ゲームは私も好き」
「うへ~。なんだか楽しそうな名前だね~」
「楽しそうではあるけど、廃部の危機らしいからね」
先生は少し困ったように笑った。
その横で、アロナが急にうきうきとした顔になる。
『先生~! また新たな仕事が舞い込んできましたね♪』
「うん。そうみたいだね」
『それでですね! ちょうどまた二人ほど募集できるようになったので、ここは景気よく募集していきましょう!』
「募集かぁ」
アロナは期待に満ちた目で先生を見ていたが、アロナの期待を裏切るように先生は難しい顔で言った。
「いや、今回は募集はしないでおこうと思う」
『えぇ!?』
アロナの声が部屋の中に響いた。
もちろん、その声が聞こえているのは先生だけである。
しかし先生が急に端末へ向かって話し始めたため、ナギサたちも自然とそちらを見る。
『何でですか!? 先生が大好きな募集ですよ!?』
「別に大好きってわけじゃないけど……」
『でも押すと生徒さんが来るんですよ!?』
「言い方がだいぶ危ないよ、アロナ」
先生は苦笑してから、画面の中のアロナへ説明する。
「いやだって、この内容なら新しい人手は要らないでしょ? 廃部を回避したいって相談みたいだし」
『ですが!』
「それに、ホシノもシロコもナギサも頼りになるし、いざとなれば元理事もいるしさ」
「私を数に入れるな」
元理事が書類から顔を上げずに言った。
「だって仕事早いし…書類整理要員として頼りになるし」
「改めて言われると、腹立たしいな」
先生は元理事の言葉を流しつつ、アロナへ向き直る。
「だから、募集は貯めておこうと思うんだ」
そう先生に言われたアロナは絶句していた。
画面の中で、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
『……』
「大丈夫?」
『……先生が募集を温存するなんて……!?』
「そんなに驚くことかな?」
『驚くことです! 驚天動地です! シッテムの箱に記録しておきますね!』
「大げさだなぁ」
先生が困っていると、アロナは何かを思いついたように、ぱっと顔を上げた。
『はっ! そういえば、ホシノさんとシロコさんはアビドス生で、ナギサさんはトリニティ生ですよね?』
「そうだね」
『今から行くのはミレニアムですよ? いいんですか? ここで募集して、ミレニアム生が来てくれればスムーズに進めると、私は思うんだけどな~?』
アロナは、わざとらしくちらちらと先生を見る。
確かに、ミレニアムに行くなら、ミレニアムの生徒がいてくれた方が話は早いかもしれない。
現地の事情にも詳しいだろうし、ゲーム開発部という部活についても何か知っている可能性がある。
「……それ言われると、そうかもしれないね」
『ですよね!』
「でも募集でミレニアム生が来る保証は?」
『そこは先生の運です!』
「一番信用できないところに丸投げされた気分だよ」
先生はしばらく悩んだ。
臨戦ホシノはにやにやしながら眺めている。
「うへ~。先生、押したそうな顔してるね~」
「ん。押した方がいい」
「貴方たち、完全に面白がっていますね」
ナギサが呆れたように言う。
しかし、そのナギサも少しだけ興味深そうだった。
「ですが、ミレニアムの問題なら、ミレニアムの方が来てくださる可能性に賭けるのも一つの手ではあります」
「ナギサまで……」
「先生。必要な時に適切な人材を呼ぶのは、組織運営において重要です」
「それっぽいこと言ってるけど、募集ってランダムなんだよね」
「そこは先生の徳です」
「急に精神論になったな~」
先生はため息を吐き、そして小さく笑った。
「分かった。じゃあ募集してみようか!」
『やったー!』
『では先生! 募集開始ですよ!』
シッテムの箱から光があふれ出し、瞬く間に部屋は光で満たされる。
臨戦ホシノが身を起こし、シロコテラーがカードを置いて、ナギサも手札を伏せた。
元理事まで書類の手を止め、興味深そうにしながら視線を向ける。
一人目。
淡い輝きの中から現れたのは、白い髪の少女だった。
長い白髪に赤い瞳。
ミレニアムの制服に、白い上着を羽織った小柄な少女。
その背後には、小柄な体には似合わないほど大きな武器が見える。
少女は静かに目を開けて、先生を一瞥する。
「……先生!」
本当に一瞬だけ、彼女の表情が嬉しそうに緩んだ。
だが次の瞬間、その顔は険しくなる。
「ふん。私を呼ぶとは、相変わらず人手が足りていないようですね」
「……えっと?」
先生は戸惑いながらも、優しく笑った。
「初めまして、で合ってるかな?」
少女の眉がぴくりと動いた。
「……」
「あ、もしかして会ったことある感じ?」
「そういう事ですか…。いえ、初めましてで合っています」
「では改めまして、私は天童ケイと言います」
ケイは腕を組み、少しだけ顔を背けた。
「呼ばれた以上、力は貸します。ですが、勘違いしないでください。別に先生に会えて嬉しいとか、そういうわけではありませんので」
「まだ何も言ってないよ?」
「余計な事を言われる前に否定しただけです」
「なるほど」
ナギサとシロコテラーが小声で呟く。
「分かりやすい方ですね」
「ん。相変わらずツンデレ」
「違います!」
その二人の会話にケイが即座に反応した。
「私はツンデレなどではありません! 極めて合理的に、現在の状況に応じた態度を取っているだけです!」
「うへ~。反応早いね~」
「そう言うあなた達は! いつも私のサポートエリアに勝手に入ってくる人達じゃないですか!!? あれはアリスを援護するために展開しているのですよ!」
「ケイちゃんのサポートが優秀なのが悪いよね~?」
「ん。その通り」
「なんなんですかこの人たちは!?」
ケイの表情がころころ変わる。
険しい顔をしたかと思えば、すぐに動揺し、また真面目な顔に戻ろうとして失敗する。
先生は少し安心した。何となく悪い子ではなさそうだし、うまくやっていけそうな子が来てくれた。
その時、再び光が集まり始める。
ケイはその光を見た瞬間、はっと目を見開いた。
「……二人目?」
そして、勝手に確信した。
「この流れで私が呼ばれたということは、次は当然アリスですね!」
「さっきも言ってたけどアリスって誰なのかな?」
先生が首を傾げる。
ケイは先生の疑問を聞いていなかった。
光が収まる直前、彼女は勢いよく前へ出る。
「アリス! これから私と一緒に頑張りましょうね!」
そして、現れた相手を確認せずにそのまま抱きついた。
先生は感動的な光景なのかと黙って眺めていたがケイが抱きついた相手は、アリスではなかった。
そこにいたのは、メイド服姿の少女だった。
金色の髪に青い瞳。黒と白のクラシカルなメイド服。
背筋を伸ばした立ち姿は凛としており、耳元の通信機器がどこかエージェントらしさを漂わせている。
彼女は、ケイに抱きつかれたまま、表情一つ変えずに先生へ向かって両手を上げた。
そして、クールな顔でダブルピースを決める。
「ケイ。残念でしたね」
「……え?」
「呼ばれたのは、アルティメットパーフェクトメイドの飛鳥馬トキでした」
ピース、ピース、と静かな声でそう付け足す。
頭上から聞こえてきた声にケイの体が固まった。
ナギサは口元を押さえた。
臨戦ホシノはお腹を抑えて笑いを堪えている。
シロコテラーは無表情で親指を立てた。
「ん。完璧な登場」
「ありがとうございます。多大な評価を受領しました」
トキは涼しい顔で淡々と答える。
ケイは、ゆっくりと顔を上げた。
自分が抱きついている相手がアリスではない。
それをようやく認識する。
ケイの白い肌が、耳まで真っ赤になった。
「あ……」
トキは首を傾げる。
「どうしましたか、ケイ。顔が赤いですよ?」
「言わないでください」
「もしや、照れているのですか?」
「あーもう!これ以上指摘しないでください!」
「コールサイン04よりC&C全隊員に報告します。ケイがアリスと誤認して私に抱きついてきました。皆さん羨ましいですか?」
「そんな事を全員に報告しないでください!!」
「フッ…冗談です」
ケイは恥ずかしさから慌ててトキから離れた。
しかしその行動はもう遅い。
臨戦ホシノはソファーの上で腹を抱えている。
「うへっ、うへへっ……! アリスちゃんじゃなかったね~!」
「笑わないでください!」
「ん。へっぽこかわいい」
「かわいくありません!! ……ん?」
ナギサも堪えきれず、肩を震わせていた。
「い、いえ……失礼。あまりにも見事な勘違いでしたので……」
「貴女まで!?」
ケイの目に、ほんの少し涙が浮かぶ。
悔しさと恥ずかしさと、どうにもならない空気のせいだった。
そして次の瞬間、ケイは無言で壁の方へ歩いていった。
「ケイ?」
突然の行動に先生が心配そうに声をかけるものの、それらを無視してケイは壁に頭を打ち付け始めた。
ゴン!
「ちょっ!」
ゴン!!
「ケイ!?」
ガン!!!
「私は……私は何を……アリスだと決めつけて……抱きついて……しかも先生の前で……」
「ケイ、頭! 頭痛くない!?」
「痛いですよ!」
「ならやめよう!?」
先生が慌ててケイを止めに入る。
トキはその様子を見つめ、満足そうに胸を張った。
「先生。ご安心ください。ケイはそのうち元に戻りますから。そんな事よりもまずはするべき事があるんじゃないですか?」
そう言ったトキは先生に向けて頭を差し出す。
「あっ…えっと~?」
「どうしたんですか? 先生の為に駆け付けた優秀メイドの頭を撫でてください」
「多分だけど、君とも初めましてだと思うんだけど…」
トキは先生の言っている事を最初は理解できなかったが、短い時間でこの目の前の先生の事情を大方理解した。
「なるほど…。では自己紹介した方がいいですね。私は飛鳥馬トキと言います。そして私は優秀なエージェントです。どのような困難な任務でも円滑な遂行が可能です」
「そうなんだ、すごいね!」
「はい。私は非常に優秀ですので」
トキは即答した。
「さらに、メイドとしての能力も完璧です。清掃、料理、護衛、給仕、添い寝、ゲームの対戦相手、ダブルピース。全て高水準で実行可能です」
「最後のも能力なんだ」
「はい。重要です」
そう答えるトキは表情はいたって真剣だった。
その一方で、先生がケイに意識を向けると、トキの視線がほんの少しだけ先生を追った。
褒められた直後の大型犬が、もっと撫でてもらえると思って待っているような、そんな気配があった。
先生はそれに気づき、トキにも笑いかける。
「トキも来てくれてありがとう。これからよろしくね」
「……はい」
トキは一瞬だけ目を瞬かせた。
それから、いつものクールな表情に戻る。
「先生の命令であれば、私は全力で任務を遂行します」
「命令じゃなくても、困ったら助けてくれると嬉しいかな」
「……わかりました」
そう答えた時の声色は少しだけ慈愛に満ちていた。
トキと会話をしているとようやく正気に戻ったケイは、顔を真っ赤にしたまま先生の前へ戻ってくる。
「……先ほどの件は忘れてください」
「うん、わかったよ」
「本当に忘れてくださいね!」
「…努力するよ」
「努力ではなく完全消去してください!」
「私の記憶は外部ストレージではないからなぁ」
「では今すぐ外部ストレージになってください!」
「無茶言うね!?」
ケイは両手で顔を覆った。
新たな二人の生徒が現れたことでシャーレは、一気に騒がしくなった。
アビドスの事件が終わって、ようやく少し落ち着いたと思った所に、新たなミレニアム生が二人。
天童ケイ。
飛鳥馬トキ。
どちらも明らかに先生を知っている。
どちらも何かを隠している。
そしてどちらも、何かを抱えているような雰囲気をしていた。
先生は、まだ何も知らない。
これから向かうミレニアムで待っているのが、ただの廃部問題では済まないことを。
ゲーム開発部という小さな部室から始まる物語が、やがて一人の少女の存在そのものを巡る大騒動に繋がっていくことを。
そして何より。
この二人が、その事件におけるネタバレそのものだということを。
アロナだけが、画面の中で満足そうに胸を張っていた。
『ほら先生! やっぱり募集して正解でしたね!』
先生は、顔を真っ赤にしてツッコミ続けるケイと、無表情でピースするトキを見た。
「……うん」
少しだけ、不安そうに笑う。
「正解だったかどうかは、これから分かるかな」
その言葉に、ケイが勢いよく振り向く。
「先生。安心してください。私がいる以上、問題など――」
「先ほど壁に頭を打ち付けていた人物の発言とは思えませんよ」
「トキ!」
「私は正直メイドなので」
「だったらそのピースをやめなさい!!」
先生はコーヒーを一口飲んだ。
静かな日常は、もう戻ってこなさそうだった。