天童ケイと飛鳥馬トキ。
二人のミレニアム生がシャーレに現れたことで、シャーレの空気は一気に騒がしくなった。
主に、ケイのせいで。
「先生。先ほどの件は完全に忘れてください。記憶から削除してください。可能なら記録媒体ごと破壊してください」
「そんな大事件みたいに言わなくても……」
「大事件です! 私がアリスと間違えてトキに抱きついたんですよ!?」
「自分で言うと余計に傷が広がらない?」
「うぐっ……!」
ケイは胸を押さえた。
その横で、トキは涼しい顔のままダブルピースをしている。
「ケイは意外と情熱的でした」
「違います! 誤認です! 誤作動です! 事故です!」
「では事故報告書をエンジニア部辺りに提出しておきますね」
「やめなさい!!」
ケイが即座にツッコむ。
その反応の速さに、臨戦ホシノが感心したように頷いた。
「うへ~。いいツッコミ担当が来たね~」
「ん。貴重」
シロコテラーも頷く。
ナギサは紅茶を口に運びながら、どこか穏やかな目でケイを見ていた。
「このシャーレでは、貴女のような方は大切にされると思いますよ」
「なぜですか?」
「主に、ツッコミ役として」
「私はツッコミ役として呼ばれたわけではありませんけど!」
「今のところただのツッコミ役にしか見えんが?」
元理事が書類を処理しながら横から口を挟む。
「外野は黙っていてください!」
「フッ。元気なやつだ」
「なぜそんな上から目線なんですか!」
ケイのツッコミは止まらなかった。
先生はその様子を苦笑しながら見守っていたが、ふと本来の目的を思い出す。
「そういえば、二人はミレニアムの生徒なんだよね?」
「はい」
トキが即答する。
「ミレニアムサイエンススクール、C&Cに所属しています」
「一つ頼みがあってね。これからミレニアムに行く予定なんだけど一緒に来てくれない?」
「承知しました。護衛任務ですね?」
トキは淡々と頷いた。
その一方で、ケイは急に真面目な顔になった。
「ミレニアムに行くのですか?」
「うん、そうなんだよ」
先生がそう言った瞬間、ケイの表情が引き締まる。
先ほどまで顔を真っ赤にして騒いでいた姿とは違う。
どこか険しく、何かを知っている者の顔だった。
「では先生、現在の調査がどこまで進んだか教えてください」
「調査?」
「はい。ヒマリやエイミは何て言っていましたか? それとも、今からモモイ達と合流ですか?」
休憩室の空気がケイの発言で止まった。
先生はいまいちよくわかっていないのか首を傾げる。
「ヒマリ? エイミ? モモイ?」
そんな先生の反応にケイも首を傾げる。
「……あれ?」
「ごめん。まだ誰にも会ってないと思う」
「……」
「これからゲーム開発部って所に初めて行くところなんだけど……」
「…………へ?」
ケイの顔から血の気が引いていく。
そして、両手で頭を抱えた。
「あーー!!」
叫んだ。
「まだそこですか!? じゃあなんで私を呼んだんですか!!」
「えっ、私が呼んだというか、ランダムで……」
「まだアリスどころかゲーム開発部にも会っていない!? ヒマリにもエイミにも会っていない!? そんな段階で私を呼んだんですか!?」
「う、うん」
「順番が! 順番が滅茶苦茶です!」
ケイは本気で頭を抱えていた、その横でトキは静かに頷く。
「見事なネタバレ未遂でした」
「黙ってくださいトキ!」
「発言記録。ヒマリ、エイミ、モモイ、アリス。四名の名前を先生の前で開示しましたね」
「やめてください! 数えないでください!」
「さらに現在の進行度を誤認。先生がある程度進んでいると勝手に勘違いしましたね?」
「うわぁぁぁぁ!」
「ケイはうっかりさんですね、どこぞのビッグシスターといい勝負です」
「リオと同じなんて…撤回しなさい!!!」
ケイは顔を真っ赤にしながらトキへ詰め寄った。
トキは無表情のまま半歩下がり、さらに先生の近くへ移動する。
「先生、ケイが怖いです」
「トキ、今のはちょっと煽ったよね?」
「私は事実を述べただけです」
「言い方って大事だよ?」
「了解しました。今後は先生の許可を得てから精神攻撃を実行します」
「精神攻撃はしない方向でお願い出来るかな…?」
トキは少し考えた。
「善処します」
「それはまだやる人の返事だね」
そんなやり取りを聞きながら、ケイはまだ頭を抱えていた。
「どうして……どうしてこんな初期段階で私が……。いえ、呼ばれた以上は手伝いますが……しかし先生がまだ何も知らないとなると、発言のすべてに注意しなければ……」
「ケイ、大丈夫?」
「大丈夫ではありません! これも全部先生が杜撰すぎるせいです!」
「ええ!!?」
元理事は書類をまとめながら呟いた。
「ここに常識を求めるな。疲れるだけだぞ」
「一番常識から遠そうな人に諭されました!」
それから少しして、先生はミレニアムへ向かう準備を始めた。
すると、ケイが慌てて手を上げる。
「先生。私は留守番しています!」
「え?」
「この人数でミレニアムへ向かえば、向こうの迷惑になります。ゲーム開発部の相談であれば、先生と最低限の護衛だけで十分でしょう。ですから私はここで待機を――」
ケイは早口で言い切った。
その姿を、臨戦ホシノとシロコテラーが懐かしそうな目で見ている。
「うへ~。懐かしいね~」
「ん。その手は第一話で私たちが通過した地点」
「どうせ無駄なのにね~」
「無駄って言い方はやめてください!」
ナギサも少しだけ微笑んだ。
「お気持ちは分かりますが、たぶん無駄ですよ」
「何でですか?」
ケイが不思議そうに聞く。
先生は申し訳なさそうに言った。
「二人を呼んだのは、これからミレニアムに行くからなんだよね」
「……」
ケイの表情が固まった。
「つまり、ミレニアム生が来てくれたら助かるかなって」
「…………」
「だから、ケイにも一緒に来てほしい」
「そんな……!?」
ケイはゆっくり膝から崩れ落ちた。
そんな様子を気にも留めずに先生は考え込んだ。
「でも、確かに大人数で押しかけるのはよくないか……。じゃあ今回は、ケイとトキの二人と一緒に行こうかな」
ケイの顔がさらに絶望に染まった。
「私が……自分で……同行メンバーを絞ってしまった……?」
「ん。墓穴」
「自分で大人数は迷惑って言っちゃったもんね~」
「お見事です」
ナギサが優雅に拍手する。
トキも真顔で拍手した。
「自爆としては高評価ですよ」
「褒めてませんよね!?」
「はい」
「即答!?」
元理事が書類から顔を上げ、鼻で笑った。
「フッ……哀れだな」
「お前にだけは言われたくありません!!」
ケイは拳を握りしめた。
「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!!」
シャーレにケイの悔しがる声が響く。
臨戦ホシノは腹を抱えて笑い、シロコテラーは満足そうに頷き、ナギサは紅茶で口元を隠しながら肩を震わせていた。
トキは先生の隣に立ち、少しだけ誇らしげに胸を張る。
「先生。同行メンバーとして私が選ばれたのは当然です。私は優秀なので」
「うん。よろしくね、トキ」
「はい、任せてください」
トキは一瞬だけ嬉しそうに目を細めて、すぐにクールな表情へ戻る。
「それでは任務開始です」
◆
ミレニアムサイエンススクール。
巨大な校舎群。整備された通路。
行き交う生徒たちの手には、端末や工具、何やらよく分からない機械。
アビドスとはまったく違う空気に、先生は少しだけ目を奪われた。
「ここがミレニアムか」
「はい。科学技術に力を入れている学園です」
ケイが胸を張る。さっきまで散々悔しがっていたが、ミレニアムに着くと少し調子を取り戻したようだった。
「先生。くれぐれも勝手に怪しい機械へ触れないでください。爆発する可能性がありますから」
「そんなに危ないの?」
「ミレニアムですから」
「説明になってるような、なってないような」
トキは周囲を警戒しながら歩く。
「先生。周辺に敵性反応はありません。ただし、我々の頭上をドローンが複数飛行しています」
「ドローン?」
「リ……いえ、はい。普通のドローンです」
「今ちょっと言い直した?」
「言い直していません」
トキは涼しい顔で答えた。
その時だった。
校舎へ入ろうとした先生の頭上から、何かが落ちてきた。
「先生!」
ケイが叫んだ次の瞬間、彼女は跳んでいた。
小柄な体からは想像できない反応速度で宙へ飛び上がり、先生にぶつかる寸前のそれを両手でキャッチする。
ケイが手元の物体を確認するとそれは、どこにでも売ってそうなゲーム機だった。
「……」
ケイの表情が、ピシリと固まる。
先生は驚きながら駆け寄った。
「ケイ、ありがとう! えっと大丈夫?」
「私は大丈夫です」
「それ、ゲーム機?」
「そうみたいですね」
ケイはゲーム機を見つめながら、わなわなと震え始める。
「……まったくもう!! あの子達は相変わらずなんだから!!」
「ケイ?」
「先生、少し失礼します!」
そう言うやいなや、ケイはゲーム機を抱え、一目散に校舎の中へ走っていった。
「ちょ、ケイ!?」
「部室の場所は把握しています! 私は先に行きます!」
声だけを残し、ケイは廊下の奥へ消えていく。
先生はその背中を見送り、少し笑った。
「あはは。ケイは元気いっぱいだね~」
そう言ってトキの方を振り向く。
すると、トキはいつの間にかスケッチブックを取り出していた。
先生が驚きで目を見開いていると。
トキは真顔で、10メートルほど頭上を飛んでいるドローンへ向けてスケッチブックを掲げていた。
そこには大きく、こう書かれている。
【横領都市エリドゥを許すな! あともっと褒めてください!!←重要】
先生は数秒、文字を見つめたが意味が分からず聞いてしまう。
「……何してるの?」
「あのドローンに精神攻撃をしている最中です」
「精神攻撃?」
「そうです」
「効いてそう?」
「ドローンの向こう側にいるかもしれない相手は混乱の極致でしょうね」
「そうだといいね」
「はい。念のためです」
トキはさらにスケッチブックを高く掲げる。
ドローンは一瞬だけ揺れたように見えた。
気のせいかもしれない。
先生はしばらく考えて出た答えが。
「不思議な子だなぁ」
「先生」
「うん?」
「私は不思議ではありません。優秀なんです。今は訳が分からないかもしれませんが私の一挙手一投足はすべて敵の精神を削っているのです」
「そうだったのか…! 凄いね!」
先生がそう言うと、トキの表情がほんの少しだけ緩んだ。
そしてドローンに向かって叫ぶ。
「いいですか?普段から先生並みに褒めてくださいね!」
そして、スケッチブックをぱたんと閉じる。
「精神攻撃は完了しました」
「完了したんだ」
「では、ケイが向かったゲーム開発部へ行きましょう」
「場所分かる?」
「当然です。私はアルティメットパーフェクトメイドなので」
「それで分かるものなんだ」
「はい。あと、先生に褒められたので精度が上昇しました」
「褒めると精度が上がるんだね」
「はい。いっぱい褒めればもっと上がりますよ」
トキは先生をじっと見た。
無表情なのだが、明らかに何かを期待して待っていた。
先生は苦笑しながら言う。
「じゃあ、案内よろしくね。頼りにしてるよ、トキ」
「了解しました」
トキは一瞬だけ、ものすごく満足そうな空気を出した。
そしてすぐに背筋を伸ばす。
「先生、こちらです。ゲーム開発部まで最短経路で案内します」
先生はトキの後ろを歩きながら、改めて思った。
ケイは怒りながら走っていった。
トキはドローンにスケッチブックで精神攻撃をしていた。
ミレニアムに着いて、まだ数分しか経っていない。
それなのに、もう十分すぎるほどに騒がしい。
「……今回も、大変そうだなぁ」
先生がぽつりと呟く。
トキは振り返らずに答えた。
「ご安心ください、先生。私がいます」
「うん。頼もしいよ」
「ありがとうございます。今ので私の好感度が100に到達しましたので、よかったら今から静かな所で休憩しませんか?」
「今は移動しようね」
「……了解しました」
こうして先生は、ケイが先に飛び込んでいったゲーム開発部へ向かうことになった。
その先で待っているのが、廃部寸前の部活なのか。
それとも、また別の大騒ぎなのか。
ただ一つ確かなのは、今回のミレニアム訪問も、静かには終わらなさそうだということだった。