ミレニアムサイエンススクールの校舎内は、先生の興味を引くものばかりだった。
廊下の壁には見慣れない端末や掲示板が並び、あちこちから機械の駆動音や電子音が聞こえてくる。
通り過ぎる生徒たちも、手にタブレットや工具、何やらよく分からない基板のようなものを持っていた。
「ミレニアムって、すごいんだね!」
先生が感心したように呟くと隣を歩いていたトキは、嬉しそうに頷いた。
「ミレニアムは科学技術力において右に出る者が居ないほど優れた学園です。加えて私は、その中でも非常に優秀なエージェントなのです」
「さっきも聞いたような…」
「何度でも申告します」
「それだけ優秀なら引く手あまたになりそうだね」
「そうです! それなのにあの方はこんなに優秀な私を残し雲隠れしたのですよ!? 酷いと思いませんか?」
トキは無表情のまま、どこか不満げに何かを思い出していた。
先生はそんなトキを慰めながら、廊下の先を見る。
「それで、ゲーム開発部の部室はこっち?」
「そうですね。先ほどケイが怒りながら走っていった方向です」
「そういえば、ケイってゲーム開発部のこと知ってるんだね」
「詳しく説明すると今後の先生の人生が灰色になってしまうので出来ませんが、ゲーム開発部に関してはそうですね」
「へえ……トキも色々と何かを知ってそうだね」
「……それはどうでしょうか?」
トキはそう言って、少しだけ微笑みながら前を歩く。
やがて二人は、ゲーム開発部の部室の前に到着した。
扉の向こうから、何やら声が聞こえる。
まず聞こえてきたのは、ケイの声だった。
「――ですから! 上の階からゲーム機を落とすなど、危険極まりない行為をするべきではないと言っているでしょう!! 先生に当たっていたらどうするつもりだったのですか!?」
「だからそれは偶然だってば!」
「そうだよ、偶然だよ!」
「どうせ喧嘩してたんでしょう!」
ケイは完全にお説教モードだった。
続いて、元気な声と、少し落ち着いた声が聞こえてくる。
「そもそも、いきなり入ってきてあなた誰なの!?」
「ミレニアムの制服だけど……見たことないよね?」
「まさか、ユウカの遺伝子から作られた自律型お説教アンドロイド……!?」
「誰がお説教アンドロイドですか! 私の名前は天童ケイです!」
「………やっぱり知らない名前だよ!」
「でも説教の圧がユウカっぽい」
「ユウカと一緒にしないでください! いえ、ユウカならきっと同じことを言うでしょうが!」
先生は扉の前で苦笑した。
「もう馴染んでるみたいだね」
「馴染んでいるというより、この場所はケイにとって――」
「いえ…。相変わらずケイはツッコミ役として適性がありますね」
「本人に言うと怒りそうだね」
「多分、怒ると思います」
「じゃあ言わないであげてね」
「了解しました。二人だけの秘密にします」
先生は軽くノックしてから、部室の扉を開けた。
「失礼します」
中にいた全員の視線が、一斉にこちらへ向いた。
部室の中は、想像していたよりもずっと散らかっていた。
モニターに繋がっているゲーム機。
床に転がったケーブルの束。
積まれた資料にどこから持ってきたのか分からない謎の機械。
その中心で、ケイが腕を組んで仁王立ちしていた。
その前に立っているのは、二人の生徒。
一人は、全体的に桃色の印象が強い少女だった。
猫耳型のヘッドホンをつけ、元気いっぱいな雰囲気で、ピンク色の大きな銃を抱えている。
もう一人は、緑色を基調にした装備の少女。
同じような猫耳型のヘッドホンをつけているが、こちらは少し落ち着いた雰囲気で、黄緑色の銃を手にしていた。
二人は先生を見るなり、同時に目を丸くした。
「知らない大人の人も来た!!」
「私たち、どうなっちゃうの……?」
桃色の少女が大げさに叫び、緑色の少女が少し不安そうに呟く。
ケイが額に手を当てた。
「どうにもなりません。落ち着きなさい、モモイ、ミドリ」
「なんで私達の名前知ってるの!?」
桃色の少女、モモイが飛び上がる。
「やっぱりアンドロイド!? 私たちの情報をすでにインプット済みってこと!?」
「違います! ……ん? 訂正します。違わないかもしれません!」
「うわーん訳わかんないよー!!」
ミドリも警戒するようにケイを見る。
「私たちはあなたのこと知らないけど……」
「それは当然です。私はこの世界の貴女たちとは初対面ですから」
「この世界?」
モモイとミドリが揃って首を傾げる。
ケイの表情が固まった。
「……ふ~、ふ~ふ~」
ケイは二人から目を逸らして音の出ていない口笛を必死に吹こうとしていた。
トキが隣で静かに言う。
「ケイ、またですか?」
「……ん?」
「馬鹿のふりをしてもダメですよ」
「チッ!」
盛大な舌打ちが聞こえたところで、先生は笑いながら一歩前に出た。
「初めまして。私はシャーレの先生だよ、何か手伝ってほしいってメッセージを読んで来たんだよ」
「シャーレの……」
モモイがぱちぱちと瞬きする。
「先生!?」
ミドリも驚いたように顔を上げた。
「本当に来てくれたんですか?」
「うん。大事な生徒からの相談を無下にしたくないからね」
先生はケイとトキを見る。
「ついでに紹介しとくと、この子は天童ケイ、こっちの子は飛鳥馬トキ。二人ともミレニアムの生徒で、今回一緒に来てもらったんだ」
「改めて名乗ります。天童ケイです。貴女たちの活動内容についてはある程度把握しています。先ほどはやや強い口調になりましたが、先生に危険が及ぶ可能性があったためです。以後、危険物の落下には十分注意してくださいね」
「まだ説教続いてる!?」
「C&C所属コールサイン04、アルティメットパーフェクトメイドにして、打倒ネル先輩を掲げる最優秀エージョント飛鳥馬トキです。ピースピース」
トキは無表情のままダブルピースを決めた。
モモイはぽかんとする。
「C&C……?」
ミドリも目を瞬かせる。
「そっちの人も初めて見たかも……?」
「フッ…私のステルス能力が高すぎるせいで認知されていなかったようですね」
「そうなの!?」
「違います。トキが勝手に言っているだけです」
ケイが即座に訂正する。
モモイは先生に近づき、興味津々でケイとトキを見る。
「先生、この二人もシャーレの関係者なの?」
「うん。募集で来てくれた生徒なんだ」
「募集?」
「そこは深く考えると深みに嵌まっちゃうよ?」
「ソシャゲっぽいやつ?」
「アロナもそう言ってたし…たぶん、それで合ってるよ」
「合ってるんだ……!」
モモイは謎に納得したような顔をした。
その後、改めて胸を張る。
「あ、自己紹介だよね! 私は才羽モモイ! ゲーム開発部のシナリオライターを担当!」
続いて、ミドリが小さく頭を下げる。
「才羽ミドリです。イラスト全般を担当してます」
「モモイとミドリだね。よろしく」
「よろしく、先生!」
「よろしくお願いします」
先生が柔らかく笑うと、二人は少しだけ安心したようだった。
「あと、今はここにいないけど、部長のユズもいるよ!」
「花岡ユズですね」
ケイが自然に口を挟む。
「企画、プログラマー担当。ゲーム開発部の部長もしている二人に比べれば比較的いい子です」
モモイとミドリがまた固まった。
「なんでユズのことも知ってるの!?」
「すごく詳しい……」
ケイは少しだけ胸を張る。
「当然です。私はゲーム開発部のことなら大体把握していますから」
「ストーカーじゃん!」
「ストーカーじゃありません!!」
先生は苦笑しつつも、ケイがゲーム開発部の情報を把握していることに少し安心した。
これなら、相談もスムーズに進むかもしれない。
そう思った矢先。
トキがケイにすっと近づき、何かを耳打ちした。
「……ケイ」
「何ですか、トキ」
「例の件です」
ケイの表情がわずかに変わる。
「……ああ」
「確認しておいた方がいいと思いますが?」
「……そうですね」
ケイは少し考えた後、先生へ向き直った。
「先生。少し用事を思い出したので、私たちはここで離席しますね」
「え? 今から?」
「すぐ戻ります」
ケイはそこでモモイとミドリをじろりと見る。
「その間、先生になにか迷惑を掛けないようにしてください」
「迷惑なことって何!?」
「自覚があるようで結構」
「ないよ!!」
モモイが抗議するのを横目に、ケイはトキと一緒に部室を出ていった。
部室に、先生とモモイ、ミドリだけが残された。
その瞬間。
モモイの目が光った。
「……うるさいのがいなくなった今のうちだ!」
「モモイ?」
ミドリが少し不安そうに姉を見る。
モモイは先生の前に飛び出し、勢いよく言った。
「先生! 私たちと一緒に廃墟に行こう!」
「廃墟?」
先生は首を傾げた。
「なんで廃墟に……?」
「そこに、ゲーム開発に必要なものがあるんだよ!」
モモイは自信満々だった。
「それがあれば、私たちはすごいゲームを作れる! すごいゲームを作れれば、ゲーム開発部の実績になる! つまり廃部回避!」
「かなり勢いで繋げてない?」
「勢いは大事だよ先生!」
ミドリは少し困ったように笑う。
「でも、実際に何かあるかもしれないんです。だから調べに行きたくて……」
「うーん」
廃部を回避したい気持ちは分かる。
けれど、廃墟へ行くとなると危険がないとは言い切れない。
その時だった。
「笑わせるわね」
背後から、冷たい声が聞こえた。
モモイとミドリの肩が、同時に跳ねる。
先生が振り返ると、部室の入口に一人の生徒が立っていた。
青みがかった髪。
きっちりとした制服。
そして、圧のある笑顔。
腕を組み、仁王立ちしているその姿からは、明らかに怒りが滲んでいた。
「そんなことに先生を巻き込もうとしていたの?」
その笑顔は綺麗だった。
綺麗すぎて怖かった。
モモイが引きつった顔で叫ぶ。
「げえっ! ユウカ!」
「“げえっ”とは何かしら、モーモーイー?」
ユウカと呼ばれた少女は、さらに笑顔を深めた。
先生は少し驚いたように声をかける。
「ユウカ、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
ユウカは先生を見ると、笑顔の圧をほんの少しだけ和らげた。
「お久しぶりです。まさか、ミレニアムに来て早々こんなことに巻き込まれているとは思いませんでした」
「あはは……私も今来たところで」
「そうでしょうね。先生は巻き込まれる側ですから」
「私ってもうそういう認識なんだ」
ユウカはきっぱり答えた。
そしてすぐに、モモイとミドリへ視線を戻す。
「先生に正式な説明もせず、いきなり廃墟に連れて行こうとしたこと。危険性の確認もしていないこと。そもそもゲーム機を落下させた件についても! 全部、説明してもらえるわよね?」
「え、えーっと……」
「モモイ!」
「はい」
「ミドリ!」
「はい……」
「正座!!」
二人は反射的に床へ正座した。
先生は苦笑いする。
「ユウカ、ほどほどにね」
「もちろんです、先生」
ユウカはにっこり微笑んだ。
「ほどほどに、必要なことをすべて説明してもらうだけです」
「それは長くなりそうだね」
そこから、長い長いお説教が始まった。
ゲーム機落下の危険性。
部室の管理状態。
廃部回避に必要な条件の説明。
先生を巻き込む前に提出すべき申請書類。
廃墟探索における安全確認の必要性。
ユウカの言葉は理路整然としていて、逃げ道がなかった。
モモイは涙目になりながら頷き、ミドリは申し訳なさそうに縮こまっている。
先生はその光景を見ながら思った。
なるほど。
さっきモモイたちがケイを見て「ユウカっぽい」と言った理由が、よく分かった気がした。