新人先生はネタバレ生徒しか引けない   作:KuRoNia

2 / 4
アビドス編
新人先生、アビドスに行く


 先生は初めての任務に向けて準備をしていた。

 

 行き先は、アビドス高等学校。

 

 届いたメッセージによれば、廃校寸前の学校からの相談らしい。

 詳しい内容は現地で説明したい、ということで、先生はひとまずアビドスへ向かうことにした。

 

 そして、その初任務に同行することになったのが。

 

「うへ〜……本当に行くんだね〜…」

 

「先生は行動力がある。ありすぎる」

 

 小鳥遊ホシノと砂狼シロコの二人。

 ただし、先生がまだ出会ったことのないアビドス高等学校の生徒――ではない。

 

 募集によってシャーレへやって来た、アロナ曰く「ガチャで来た二人」である。

 桃色の髪をポニーテールにした、どこか雰囲気の違うホシノ。

 黒いドレスをまとった、妙に落ち着き払ったシロコ。

 

 アロナの説明によれば、この世界に存在する同名の生徒とは似て非なる存在らしい。

 先生はその説明を聞いて、最終的にこう理解した。

 なるほど。ガチャなら仕方ない。

 

 その横で、当の二人は今にも胃を押さえそうな顔をしていた。

 

「ねえ、二人とも。本当に無理してない?」

 

 先生が心配そうに尋ねる。

 

 ホシノはへらりと笑った。

 

「うへ〜、大丈夫大丈夫。おじさん、こう見えて頼れるからね〜」

 

「ん、私も問題ない」

 

「でも、さっきからずっと顔が引きつってるけど」

 

「…気のせいだよ〜」

 

「…ん、先生の錯覚」

 

「二人して同じ方向に誤魔化すんだね」

 

 先生が苦笑する。

 すると、机の上に置かれたシッテムの箱から、明るい声が響いた。

 

『先生! アビドスまでのルート確認、完了しました!』

 

「ありがとう、アロナ」

 

 先生が自然に返事をした。

 その瞬間、ホシノとシロコテラーがぴたりと動きを止める。

 

「……先生」

 

「うん?」

 

「今、誰と話してたの〜?」

 

「アロナだけど」

 

「アロナちゃん?」

 

「うん」

 

 先生はシッテムの箱を軽く持ち上げた。

 

「さっきから案内してくれてるでしょ?」

 

 ホシノとシロコテラーは顔を見合わせた。

 

「……シロコちゃん、聞こえた?」

 

「ん、何も」

 

「だよね〜」

 

 先生は瞬きをした。

 

「あれ、聞こえてないの?」

 

『はい! アロナちゃんの声は基本的に先生にしか聞こえません!』

 

「あ、そうなんだ」

 

『そうなんです!』

 

「なるほど」

 

 先生は納得したように頷いた。

 ホシノとシロコテラーは、その先生をじっと見た。

 周囲から見ると、先生は何も聞こえない端末に向かって自然に会話しているようにしか見えない。

 

「うへ〜……先生、それあまり人前でやらない方がいいよ~」

 

「知らない人が見たらただの不審者」

 

「え、そう?」

 

 二人は迷いなく頷いた。

 先生は少しだけ困ったように笑った。

 

「でも、アロナが案内してくれるみたいだから助かるよ」

 

『はい! 先生のことはアロナちゃんにお任せください!』

 

「うん、頼りにしてる」

 

 また先生が自然に返事をする。

 ホシノが小声で呟いた。

 

「これ、アビドスのみんなの前でもやるのかな〜」

 

「多分やると思う」

 

「アヤネちゃん、頭抱えるだろうな〜」

 

「セリカは叫ぶ」

 

「ノノミちゃんは笑ってそうだね〜」

 

「この世界の私は……どうだろう、面白がるかな…?」

 

「そうかもね~」

 

 ホシノとシロコテラーは、遠い目をした。

 先生だけが、何も知らないまま穏やかに出発準備を進めていた。

 

 

 アビドス自治区。

 

 砂に覆われたその街は、先生が想像していたよりもずっと静かだった。

 かつては多くの人で賑わっていたのだろう。その名残のような建物がいくつも並んでいる。

 けれど今は、人気が少ない。風が吹くたび、砂が地面を薄く滑っていく。

 

「ここがアビドス……」

 

 先生が呟く。

 隣を歩いていたホシノが、少しだけ目を細めた。

 

「そうだよ~、この砂の都がアビドスだよ〜」

 

 その声はいつも通りのんびりしていたが、どこか懐かしさが滲んでいた。

 

 シロコテラーも周囲を見渡している。表情は変わらない。

 けれど、その視線はただの観察ではなかった。

 

「まだいる…」

 

「シロコ?」

 

「ん!何でもない!」

 

 シロコテラーはすぐに首を振った。

 先生は首を傾げる。

 そこへ、またシッテムの箱からアロナの声がした。

 

『先生! 目的地まで、もう少しです! この先の建物がアビドス高等学校ですね!』

 

「分かった。ありがとう、アロナ」

 

 ホシノとシロコテラーが無言で先生を見る。

 

「……あ」

 

 先生はそこで思い出したように笑った。

 

「ごめん。二人には聞こえないんだった」

 

「慣れるまでちょっとびっくりするね〜」

 

「先生も早く直した方がいい」

 

「怪しい?」

 

「かなり」

 

「そっか……」

 

 先生は少し考えてから、真面目な顔で言った。

 

「じゃあ、生徒たちの前ではなるべく気をつけるよ」

 

「うんうん、その方がいいと思うよ〜」

 

「ん、混乱要素は減らすべき」

 

 二人は強く頷いた。すでに自分たちの存在が最大級の混乱要素であることは、ひとまず横に置いておいた。

 

 やがて、アビドス高等学校の広い校舎が見えてくる。しかし、その周囲にはやはりどこか寂しさがある。

 先生が校門の前で足を止めた。

 

「ここだね」

 

「うへ~……来ちゃったね〜」

 

「ん、とうとう来ちゃった」

 

「二人とも、帰りたそうな顔してる」

 

「そんなことないよ〜?」

 

「ん、少しだけ」

 

「あ、少しあるんだ」

 

 先生が苦笑した、その時だった。

 

「今すぐ止まりなさい!」

 

 校舎の方から鋭い声が飛んできた。先生が顔を上げる。

 そこには、制服姿の少女が数人いた。

 

 銃を構えている少女。警戒した様子でこちらを見つめる少女。

 少しのんびりとした雰囲気の少女。

 そして――。

 

「……うへ?」

 

 眠たげな表情の、小柄な少女。

 

 この世界の、小鳥遊ホシノがいた。

 先生の隣に立つ臨戦ホシノと、現地のホシノ。

 

 とうとう邂逅した二人の視線が、正面からぶつかる。

 風が砂を運ぶ音だけが、やけにはっきり聞こえた。

 最初に声を上げたのは、セリカだった。

 

「はあああああああああああああああ!?」

 

 その叫びが、アビドスの校門前に響き渡った。

 

「ホ、ホシノ先輩が……ホシノ先輩が向こういる!? ていうか二人いるじゃない!!!?」

 

 アヤネが眼鏡を押さえながら固まっている。

 

「これは……ええと……疲労による幻覚でしょうか……?」

 

「すごいですね〜。ホシノ先輩が増えましたよ〜☆」

 

 ノノミだけがニコニコとしていた。

 

「ノノミ先輩、落ち着きすぎです!」

 

 セリカが叫ぶ。

 

 現地のホシノは、臨戦ホシノを見たまま動かない。

 数秒後、ゆっくりと自分の頬をつねった。

 

「いふぁい…」

 

 そして、もう一度臨戦ホシノを見る。

 

「うへ〜……おじさん、ついに寝不足で自分の幻覚を見るようになっちゃったかな…?」

 

 臨戦ホシノは苦笑した。

 

「その反応は分かるな〜。おじさんも逆の立場ならそう思うよ〜」

 

「喋った!?」

 

 セリカがさらに一歩下がる。

 

「いや、喋るでしょ〜。おじさんを何だと思ってるのセリカちゃん?」

 

「ホシノ先輩の声でホシノ先輩っぽい事喋ってる!」

 

「それはそうだよ〜」

 

「そうだけどそうじゃないの!!」

 

 セリカは完全に混乱していた。

 

 一方、シロコは先生の隣にいる黒いドレスの少女をじっと見ていた。

 シロコテラーも、シロコを見ていた。

 二人はしばらく無言で見つめ合う。

 

「ん」

 

「ん」

 

「私?」

 

「そうかもね」

 

「なんか大きくない?」

 

「あなたも素質がある」

 

「ん~? 好きな事は?」

 

「先生を襲う事」

 

「食べるって事?」

 

「ある意味そう」

 

 なぜかシロコ同士は会話が成立していた。

 シロコ同士のやり取りを見て、アヤネの眉間のしわが深くなる。

 

「あの、先生…確認させてください」

 

「なにかな?」

 

「こちらの方々は、どなたですか?」

 

 先生は隣の二人を見ながら素直に答えた。

 

「募集で来た、二人なんだけど…」

 

 アヤネがゆっくりと瞬きをする。

 

「……募集?」

 

「シャーレの募集機能を使って来てくれた二人なんだ」

 

「…?」

 

「アロナが言うには、ガチャみたいなものらしいよ」

 

「ガチャ…ですか…?」

 

「そうなんだよ、私もあまり詳しい説明とかは出来ないから申し訳ないんだけど」

 

 アヤネはしばらく黙った。

 それから、深く息を吸った。

 

「先生」

 

「うん?」

 

「説明をお願いします」

 

「え!? 今したよね!?」

 

「説明になってません!」

 

「ええ!!?」

 

 今度は圧があった。先生は少し困った顔をした。

 その隣で、臨戦ホシノが小声でシロコテラーに囁く。

 

「アヤネちゃん、予想通り頭抱えてるね〜」

 

「ん、まだ序の口なのにね」

 

「これ以上あるの?」

 

「私たちがここにいる時点で、だいぶね」

 

 その会話を、この世界のホシノがじっと聞いていた。

 

「……ねえ、そっちのおじさん」

 

「なに〜?」

 

「ホントに私なの?」

 

「うん。そうだよ〜」

 

「小鳥遊ホシノ?」

 

「そうそう」

 

「アビドスの?」

 

「うんうん」

 

「……?」

 

 この世界のホシノは、考えるのを一旦やめたような顔をした。

 

「…まあ、いっか〜」

 

 アヤネが即座に叫ぶ。

 

「ホシノ先輩が受け入れないでください! 明らかに異常事態じゃないですか!」

 

「でもさ〜、向こうのおじさんがおじさんって言ってるし〜」

 

「それが一番問題なんです!」

 

 アヤネはこめかみを押さえる。

 先生は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「ごめん。混乱させるつもりはなかったんだけど」

 

「いえ、先生が悪いというより……」

 

 アヤネは臨戦ホシノとシロコテラーを見る。

 

「この状況が悪いです」

 

「うへ〜、直球だね〜」

 

「ん、正論」

 

 シロコテラーが頷く。

 すると、現地シロコが一歩前に出た。

 

「先生」

 

「うん?」

 

「その黒い私って危険?」

 

 先生が答えるより早く、シロコテラーが首を振った。

 

「ん、危険じゃない」

 

「自分で言うの?」

 

「私は信用できる」

 

「私も私を信用してる」

 

「なら問題ない」

 

「ん、わかった」

 

 シロコ二人が同時に頷く。

 セリカが頭を抱えた。

 

「問題しかないでしょ! 何で自分同士で納得してるのよ!」

 

「「シロコちゃんだからね〜」」

 

 臨戦ホシノと現地ホシノがのんびりと腕を組んで頷いた。

 

「ホシノ先輩たちも揃って納得しないでください!」

 

 アヤネの声が校門前に響く。

 先生はその様子を見ながら、少しだけ安心していた。

 

 驚かせてしまったのは間違いない。

 けれど、少なくともいきなり撃たれるような事態にはなっていない。

 そう思った瞬間、シッテムの箱からアロナの声が聞こえた。

 

『先生! 現在、現地の皆さんの混乱度がかなり高いです!』

 

「うん、見れば分かるよ」

 

『まずは落ち着いて説明しましょう!』

 

「そうしたいんだけどね…」

 

 先生が自然に返事をする。

 その場にいたアビドス対策委員会の面々が、一斉に先生を見た。

 

 先生ははっとした。

 アロナの声は、自分にしか聞こえない。

 つまり今の返事は、周囲から見ると完全に独り言である。

 

「……先生?」

 

 アヤネの声が少しだけ震えていた。

 

「今、どなたとお話を?」

 

「あ、えっと…」

 

 先生はシッテムの箱を見せた。

 

「アロナと」

 

「アロナ……さん?」

 

「私のサポートをしてくれている子なんだけど、声は私にしか聞こえないみたいで」

 

 また沈黙が降りた。

 セリカが小さく呟く。

 

「何それ怖いわ!」

 

「怖くないよ」

 

「先生、今の説明だと普通に怖いです」

 

 アヤネが真顔で言った。

 

 臨戦ホシノは肩を震わせて笑いを堪えている。

 シロコテラーは無表情だが、少しだけ口元が緩んでいる。

 

「二人とも、笑ってない?」

 

「笑ってないよ〜」

 

「笑ってない」

 

「絶対笑ってるって!」

 

 先生がじとっとした目を向ける。

 その様子を見て、ノノミがふわりと笑った。

 

「なんだか、先生は不思議な方ですね〜」

 

「不思議で済ませていいのかしら……?」

 

 セリカがぼそっと呟く。

 しかし、そこでアヤネが咳払いをした。

 

「と、とにかく。立ち話もなんですし、中で詳しくお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」

 

「うん。もちろん」

 

 先生は頷いた。

 

「私たちも、君達からの相談内容を聞きに来たんだから」

 

 その言葉で、対策委員会の空気が少しだけ変わった。

 

 混乱はしている。それは間違いない。

 けれど、彼女たちはシャーレに助けを求めた。

 そして、先生はその依頼を受けてここまで来た。

 

 アヤネは姿勢を正す。

 

「では、改めまして。アビドス高等学校対策委員会へようこそ、先生」

 

「ありがとう」

 

 先生が微笑む。

 その隣で、臨戦ホシノが小さく息を吐いた。

 

「うへ〜……なんとか校舎には入れそうだね〜」

 

「ん、第一関門突破」

 

「次は説明会かな〜」

 

「そんな事したらネタバレ地獄」

 

「だよね〜」

 

 二人が小声で話していると、現地ホシノがその横に並んだ。

 

「ねえ、そっちのおじさん」

 

「ん〜?」

 

「あとで色々聞くからね〜」

 

「うへ〜……お手柔らかにお願いしたいな〜」

 

「それはこっちの台詞だよ〜」

 

 ホシノが二人並んで歩き出す。

 その少し後ろで、シロコとシロコテラーも並んでいた。

 

「黒い私」

 

「ん?」

 

「銀行は好き?」

 

「襲うのは好き」

 

「ん!やっぱり私だ」

 

「ただし、今はやめておいた方がいい」

 

「なんで?」

 

「ネタバレになる」

 

「ネタバレ?」

 

「ん、忘れて」

 

「気になる」

 

「忘れろ」

 

 その会話を聞いていたセリカが、勢いよく振り返った。

 

「銀行って何!? 今、銀行って言った!?」

 

「言ってない」

 

 シロコテラーが即答する。

 

「言ったでしょ!」

 

「聞き間違い」

 

「シロコ先輩と同じ顔で同じ誤魔化し方しないで!」

 

 シロコは少し考えてから、頷いた。

 

「ん、私はもっと高度に誤魔化す!」

 

「ここで張り合わないで!」

 

 校舎へ向かう道中も、混乱はまったく収まらなかった。

 先生はそんな彼女たちを見ながら、少しだけ微笑む。

 

 初めての任務。

 初めて訪れる学校。

 初めて出会う生徒たち。

 

 分からないことは多い。

 むしろ、分からないことしかない。

 

 けれど、目の前の生徒たちは確かに困っていて、先生を必要としている。

 ならば、まずは話を聞こう。先生はそう思いながら、アビドス高等学校の校舎へと足を踏み入れた。

 その背後で、アロナの声が明るく響く。

 

『先生、アビドス編開始ですね!』

 

「アビドス編?」

 

『はい!』

 

「それ、どういう意味?」

 

『えへへ、そこは気にしてはいけません!』

 

「またそれ?」

 

 先生が小さく呟く。

 

 その独り言を聞いたアヤネが、そっと先生から視線を逸らした。

 セリカは警戒を強めた。ノノミは終始ニコニコしていた。

 ホシノたちは二人並んで「うへ〜」と笑い。

 シロコたちは二人並んで「ん」と頷いた。

 

 こうして、先生のアビドス初訪問は始まった。

 なお、対策委員会の面々が落ち着いて話を始められるまで、そこからさらに十分ほどかかったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。