「先生」
地下の隠れ家に、ケイの低い声が響いた。
先生は、体育座りで泣いているリオの頭を撫でながら振り返る。
「うん?」
「バカなことをしていないで、さっさとモモイ達のお願いを聞いてきてください」
「バカなこと……って」
先生は少し困ったように笑う。
「いや、泣いている生徒を放っておくのは先生としては良くないでしょ?」
「それ自体は否定しませんが! 今の先生はゲーム開発部の相談を受けてミレニアムに来ているはずではなかったのですか?」
「それは………そうだったね」
先生は本来の目的を思い出したのか素直に頷いた。
その横で、リオがぐすっと鼻を鳴らす。
「……先生?」
「ごめんね、後でちゃんと君の話を聞くよ。リオが何を抱えているのか、まだ私は何も知らないから。だから、ちゃんとその時に話して欲しいな」
「……本当に?」
「約束するよ」
リオは少しだけ目を伏せ、袖で涙を拭った。
その隣では、現地トキが無表情で先生の袖を掴んでいる。
「先生。私はまだ慰められていません」
「トキも後でね」
「…わかりました」
トキも、現地トキをじっと見つめていた。
「順番を守る精神は評価します」
「ありがとうございます。別の私」
「ただ、先生の袖を掴むのは許容できません」
「ここは譲れません」
「張り合わないでください!」
ケイのツッコミが、地下室に響いた。
先生は苦笑しながら立ち上がる。
「じゃあ、私たちは一度ゲーム開発部に戻るね」
「……分かったわ」
リオはまだ少し目元を赤くしながら頷いた。
こうして、先生とケイ、そしてトキは、リオと現地トキに一度別れを告げて隠れ家を後にした。
◆
ゲーム開発部の部室へ戻ると、モモイとミドリはすでにユウカのお説教から解放されていた。
モモイは椅子に座って机へ突っ伏していたが、先生たちの姿を見るとぱっと顔を上げる。
「あっ! 先生、戻ってきた!」
「大丈夫でしたか?」
ミドリも心配そうに尋ねてくる。
どうやら二人とも説教された衝撃からはある程度回復したらしい。
「ごめん心配かけたね。大丈夫だよ」
ケイも少し胸を張った。
「問題ありません。先生は無事です」
「そうなんだ。よかったー」
モモイがほっと息を吐いて安堵した空気が流れ始めた時。モモイとミドリの視線が、ふと先生たちの背後へ向いた瞬間、二人の表情が、ピシリと固まる。
「「……え? 双子?」」
先生が二人の反応に首を傾げて振り返った。
「二人ともどうしたの?」
ケイも怪訝そうに振り返った。
そこには、先ほど別れたはずのリオと現地トキが、何食わぬ顔で立っていた。
「……何故ここに居るんですか!?」
ケイの叫びが部室に響いた。
リオは少しだけ目を逸らす。
「別に、私が居てはいけない理由はないでしょう?」
「ありますよ!! さっき別れましたよね!?」
現地トキは淡々と言った。
「私はまだ慰められていませんから」
「あなた馬鹿なんですか!?」
「貴女にはわからないかもしれませんが、私にとっては重要な事なのです」
「あーもう! ハァー……トキは馬鹿だからで無理やり納得したとして、リオは何で付いてきたんですか……?」
リオは不思議そうに首を傾げる。
「まだ私の受けた精神的苦痛が回復していないからだけれど……? 何か変かしら?」
「…………私は少なくとも、リオの事は信じていたのに……貴女までここまで馬鹿になるなんて……」
ケイが絶望したように呟く。
その言葉に、トキが即座に反応した。
「ケイ。そんな言い方をしたら、今のクソザコメンタルなリオ様はすぐに泣きますよ? 絶対泣きますよ?」
リオの目が、みるみる潤んでいく。
「………………………グス」
「ほら泣いちゃいましたよ。ケイのせいです。責任を取ってくださいね」
「今のはトキの言い方のせいでしょう!?」
ケイが叫んで抗議した時には、リオはすでに涙目だった。
「私……クソザコなのかしら……?」
「違うよ、リオ。落ち着いて! 今のは言葉の綾って奴だよ!」
先生が慌てて慰めに入る。
「大丈夫だよ! ケイって子も悪気はないと思うし!」
モモイも勢いよく参加する。
ミドリもおろおろしながら慰める事に参加する。
「あ、あの……泣かないでください。えっと……その……」
初対面の相手だが、目の前で涙目になられては放っておけなかった。
モモイは何かを思いついたように、机の上からゲーム機を取り出す。
「そ、そうだ! ゲームやる!? ほら、これ!」
そう言ってモモイが差し出したのは、ゲーム開発部が作ったゲームだった。
「テイルズ・サガ・クロニクル! 私たちが作った思い出のゲームだよ!」
「……ゲーム?」
リオは涙目のままゲーム機を受け取る。
「気分転換になるかもしれないよ!」
モモイはにこにこしていたが、横で見ていたミドリの表情はマジかこいつという顔で固まった。
「お姉ちゃん、それは……」
ミドリが止めようとしたが、もう遅かった。リオは画面を見つめ、ゲームを開始していた。
そして数分後。
リオの表情は完全に死んでいた。
「………」
「リオ?」
先生が心配そうに声をかける。
リオは画面を見つめたまま呟く。
「なぜ……開始直後に即死トラップが三つ連続で……」
画面には、序盤とは思えない理不尽な選択肢と、明らかに不親切なチュートリアルと、説明不足のギミックが並んでいた。
「なぜ……チュートリアルでここまで死ぬの……?」
リオの声が虚ろになる。
「なぜ……なぜなぜなぜなぜ……?」
ミドリが頭を抱えた。
「お姉ちゃん! なんでそれ渡したの!? もっと他のゲームがあったでしょ!!?」
「いや~、私たちが作ったゲームだしさ~。いけるかなって」
「お姉ちゃんのおバカ!」
モモイは肩をすくめる。
「で、でも、思い出は大事だし!」
「今渡すものじゃないよ!」
ケイはリオの死んだ目を見て、深く息を吐いた。
「まぁ泣き止んだのならこの際何でもいいです。追撃になってる気もしますが」
「追撃じゃないよ! 慰めようとしたんだよ!」
「結果的に精神ダメージが増えてますけどね」
現地トキも頷いた。
「リオ様のメンタルがさらに低下しましたね」
「他人事みたいに言わないでください!一応貴女の上司でしょ!?」
リオはゲーム機をそっと机に置いた。
「……これは、何? そもそも私は何…?」
「虚無顔で哲学的な事言い出し始めたよ……?」
先生が困ったようにオロオロとしていると。リオはまだ目元を赤くしていたが、先ほどよりは少しだけ落ち着いていた。
理由は不明だが、クソゲーの理不尽さが涙を引っ込めさせたのかもしれない。
そうして、ようやく部室内に少しだけ落ち着きが戻り始めた時だった。
「……あれ?」
モモイが、ふと首を傾げた。
ミドリも瞬きしながら疑問を口にする。
「トキさんの服が変わってる……?」
先生もトキに視線を向けるとそこに立っていたトキは、先ほどまでのメイド服ではなかった。
白と濃紺を基調にした戦闘用のジャケット。
両手には二丁の銃。
メイド服の時とは違い、より戦闘態勢に近い装備へと変わっている。
「……は?」
ケイがゆっくりとトキを見ると、理解できずに叫んだ。
「いつの間に着替えたんですか!?」
「メイド姿の私が二人もいると、分かりにくいと思いまして、パーフェクトメイドとしての配慮です」
「そこでは無くてどうやって一瞬で着替えたのですか!?」
「え? そんなの2着目を持っているなら誰でも――」
トキは言いかけて何かに気が付いた。
そして、ケイから顔を逸らして、肩をプルプル震わせる。
「フフ…そういえばケイはまだ2着目を持っていませんでしたね……」
「は?」
「ちなみに、私は3着持っていますよ?」
「…は?」
「羨ましいですか?」
トキがドヤ顔ダブルピースで勝ち誇っている姿にケイもムカついてきたのかポツリと呟くように言ってしまう。
「私は、メインアイコンになりましたけどね…」
「ふ…… ふざけないでください……! 戦争でしょうがっ…… それを口にしたら…… 戦争でしょうがっ……!」
先ほどまでの自身に満ち溢れていた表情は消え失せ、ハイライトの消えた瞳でケイに両手の銃を向ける臨戦トキ。
「貴女から仕掛けて来たんでしょうが!!!」
ケイは臨戦トキの自由過ぎる行動に頭を抱えた。
先生は少しだけ笑う。
「でも確かに、これなら見分けやすいね」
「はい。先生にわかっていただけたので、着替えた甲斐がありました」
先生からの言葉にすぐにいつもの調子に戻りトキは淡々と頷く。
「この姿の私の事は臨戦トキと呼んでください。こうすれば読者の皆様にもわかりやすいでしょう?」
「臨戦トキ……。確かに分かりやすいね」
臨戦トキは無表情のまま、胸を張った。
◆
しばらくして、部室内の混乱はようやく収まってきた頃。
リオは椅子に座り、まだ少し不満そうにゲーム機を見つめていた。
現地トキは当然のように先生の近くに立ち、臨戦トキも反対側に控えていた。
二人のトキに挟まれた先生は、なんとも言えない顔をしている。
ケイは疲れ切った様子で、壁に背を預けていた。
「なんとか落ち着いたし、先生! 改めてお願いがあるの!」
先生がモモイを見る。
「なんだい?」
モモイはぱっと元気を取り戻したように立ち上がった。
ミドリも少し緊張した様子で続ける。
「私たち、廃墟に行きたいんです」
「廃墟で、あるものを探したいんだよ!」
モモイが拳を握る。
「それがあれば、きっとゲーム開発部の廃部を回避できるはず!」
先生は首を傾げた。
「その探したいものって何かな?」
モモイとミドリは顔を見合わせる。
そして、モモイが少しだけ得意げに言った。
「G.Bible!」
その名前を聞いた瞬間。
ケイの表情が、ほんの少しだけ変わった。
臨戦トキもまた、静かに目を細める。
リオも画面から顔を上げた。
「G.Bible……?」
現地トキがリオの方を見た。
「リオ様。ご存じですか?」
「確か…昔、ミレニアムに所属していたゲームクリエイターが作ったとされるマニュアルだったかしら?」
リオは小さく答える。
モモイはその反応を見て、嬉しそうな顔になる。
「そうなんだよ! 伝説のゲームクリエイターが残したゲーム開発マニュアル! 絶対多分すごいやつ!」
「確信がふわっとしてるね」
「でも、これしかないんです」
ミドリが真面目な顔で言った。
「このままだとゲーム開発部は廃部になっちゃいます。だから、少しでも可能性があるなら試したくて……」
先生は二人を見た。
さっきまで騒がしかったモモイも、どこか不安そうなミドリも、本気でゲーム開発部を守りたいのだと分かった。
「分かった」
先生は頷いた。
「一緒に行こう。ただし危ないと思ったらすぐ戻る。それでいい?」
「もちろん!」
「ありがとうございます、先生!」
モモイとミドリの顔が明るくなる。
ケイは小さく息を吐いた。
「ハァ……ようやくですね」
「ケイ?」
「何でもありません」
ケイは疲れ果てた瞳で先生を見ていた。
現地トキもまた、先生の袖を控えめに引っ張る。
「廃墟探索には私も同行します」
「む! 私も同行します」
臨戦トキも即座に言った。
先生は少しだけ笑う。
「頼もしいね」
二人のトキは同時に頷いた。
「「当然です」」
ケイは頭を抱える。
「トキが二人いるだけで、こんなに疲れるなんて……」
モモイはキラキラした目で二人を見比べた。
「こうやって仲間が増えていく所、なんかRPGみたいだね!」
ミドリが少しだけ考える。
「そうかな……そうかも……」
「そういう問題ではありません!」
ケイが叫ぶ。
リオは小さく呟いた。
「トキが二人居るという事は……アビ・エシュフも……?」
「リオまで変な事に気づかないでいいので隅でクソゲーでもやっててください!」
ようやく、話は本筋へ戻った。
廃部の危機にあるゲーム開発部。
廃墟にあるという謎のマニュアル【G.Bible】
そして、そこへ向かうことになった先生たち。
ただし、その同行者は予定よりずっと増えている。
モモイ。
ミドリ。
ケイ。
臨戦トキ。
現地トキ。
なぜか付いてきたリオ。
先生は改めて部室を見回し、少しだけ遠い目をした。
「なんか気づいたら大人数になっちゃったね」
ケイが即座に言う。
「今さらですか……?」
ケイの呆れたようなその言葉に、先生は苦笑するしかなかった。