モモイの「セミナー会長に直談判しよう!」という勢いだけは百点満点の作戦により、ゲーム開発部の面々は慌ただしくどこかに行ってしまった。
「私たちは、少しだけ寄り道しましょうか」
不意に、ケイがそう言った。
「寄り道?」
「アリスたちが居ないので、ちょうど少し受け取りたいものがありまして」
「受け取りたいものって?」
「今後のアリスに必要なものです」
ケイの言葉に、先生は首を傾げる。
臨戦トキは何か察したように頷いた。
「ヒマリ部長のところですね?」
「そうです」
「ヒマリ?」
先生が聞き返すとケイが説明してくれた。
「先生はまだお会いしていませんでしたね。特異現象捜査部の部長です。色々と個性的ですが、今回の件では頼りになります」
「ケイがそう言うなら、相当なんだね」
「まぁ基本的にはいい人ですよ」
先生、ケイ、臨戦トキの三人は、ゲーム開発部から一度離れ、特異現象捜査部へ向かうことになった。
特異現象捜査部の部室前。
扉の前に立ったケイは、軽くノックした。
「ヒマリ、居ますか?」
だが部屋から返事は返ってこない。
「……?」
ケイが眉をひそめる。
「ヒマリ?」
先生も静かに扉を見る。ケイは一瞬だけ臨戦トキと視線を交わし、すぐに扉を開けた。
そして、三人は固まった。
部屋の中。
車椅子に座った白髪の少女が、ぐったりともたれかかっていた。
指先がぴくぴくと痙攣している。
「ヒマリ!?」
ケイが叫ぶ。
「どうしたんですか!?」
臨戦トキが即座に周囲を警戒する。
「大丈夫!?」
先生も慌てて駆け寄った。
「ふ……ふふ……」
車椅子の少女は、涙を流していた。
泣いている。いや、違う、笑っていた。
「ふふふ……あは……あははは……!」
その顔は青白く、体は力が抜けているのに、口元だけはどうしようもなく笑っていた。
ケイは一瞬で真顔になった。
「……何をしているんですか?」
「いえ……少々、笑いすぎまして……」
ヒマリはハンカチで目元を拭う。
「ご心配をおかけしました。私は無事ですよ」
「無事な人は車椅子にもたれて痙攣しません」
「ふふ……少々、腹筋に負荷が……」
「病弱が腹筋に負荷を掛けてなにしてたんですか!?」
ケイが即座にツッコむ。
先生はまだ状況が分からず、困惑していた。
「えっと……初めまして。私はシャーレの先生なんだけど、突然押しかけてなんかごめんね?」
ヒマリはようやく姿勢を整えて先生を見据えるその瞳は好奇心で爛々と輝いていた。
「これはこれは。あなたがシャーレの先生ですね」
「そうだよ、これからよろしくね」
「私は明星ヒマリ。完全無欠超天才清楚系病弱美少女ハッカーです」
「……情報量が多いね」
「事実ですので!」
「なるほど、確かに個性的な人だ」
先生が素直に言うと、ヒマリは満足げに微笑んだ。
「お褒めいただき光栄です」
「褒めたのかな……?」
ケイは呆れたようにため息を吐く。
「それで、ヒマリ。なぜあんな事になっていたのですか?」
「ふふ……実はですね」
ヒマリは笑いをこらえながら空間ディスプレイを展開する。
そこには、いくつかの映像ログが並んでいた。
その大半が、リオに関するものだった。
「あなた方が来てからのリオの周りが、あまりにも面白すぎまして」
「ハァ、相変わらずリオを監視していたんですか?」
「もちろんです♪」
ヒマリはまったく悪びれなかった。
「ミレニアムの生徒会長であるリオが、ゲーム開発部の後輩たちに会長だと認識されていなかったり」
画面に、モモイとミドリから「リオ」と呼ばれて少し複雑そうな顔をするリオが映る。
「さらに、テイルズ・サガ・クロニクルをプレイさせられ、精神崩壊寸前まで追い込まれたり」
画面には、死んだ目でゲーム画面を見つめるリオ。
「そして、メンタルが急速にクソザコ化したり」
画面には、体育座りで泣きかけているリオ。
「さらには、アリスに対して自作の強制TSCプレイゴーグルを装着するという、合理性と情緒が迷子になった行動によってアリスが勇者になってしまい茫然としていたり」
「リオも頑張ってるんだよ」
先生が思わず言う。
ヒマリは涙を拭きながら肩を震わせる。
「いえ、笑ってはいけないとは分かっているのです。しかし、普段のリオを知っている身としては、あまりにも……あまりにも……!」
「また笑いそうになっていますよ」
臨戦トキが冷静に言う。
「最近は、リオが空回りしている姿が面白すぎて、よく笑いすぎてこうなることがありまして」
「よくあるんですか!?」
ケイが叫ぶ。
「ええ。超天才清楚系病弱美少女ハッカーの腹筋にも限界はあるのです」
「なら見なければいいでしょう!」
「面白いものを見ないという選択肢は、私にはありません」
「この人、思ったより自由だな……」
先生は小さく呟いた。
ヒマリは咳払いを一つして、ようやく本題に戻る。
「さて。私の元に来たのは、これを受け取りに来たのですよね?」
そう言って、ヒマリは一枚のカードを差し出した。
ミレニアムサイエンススクールの学生証。
そこには、名前が記されている。
【天童アリス】
先生は目を丸くした。
「アリスの学生証?」
「発行手続きは少々特殊でしたが、私に掛かれば大した問題はありません」
「特殊って……」
「安心してください。ほぼ正規です」
「ほぼ?」
「細部は気にしない方が健康に良いですよ、先生」
ケイはその学生証を受け取り、うれしそうにしていた。
「ありがとうございます、ヒマリ」
「いえいえ。未来から来た特異現象のお二人のお願いですからね」
「未来?」
先生が反応する。
ケイがぴしりと固まった。
ヒマリはにこにこしている。
「おやおや? 先生にはまだ秘密でしたか~?」
「ヒマリ!!」
「ふふ。超天才清楚系病弱美少女ハッカーのちょっとしたジョークですよ。先生もあまり気にしないでください♪」
「次からは本当にやめてください!!」
臨戦トキは、先生の横で涼しい顔をしていた。
「先生。学生証は無事確保しました。戻りましょう」
「そうだね。そろそろモモイ達も戻ってきてるかもしれないしね」
先生は改めてヒマリを見る。
「ヒマリ、ありがとう。アリスもきっと喜ぶよ」
「それは何よりです。次はぜひ、先生ともじっくりお話したいですね」
「私でよければ、今度時間がある時に立ち寄らせてもらうよ」
「ええ。シャーレの先生という特異点にも、非常に興味がありますので」
「特異点か……」
先生は少し困ったように笑った。
◆
特異現象捜査部を後にして、三人はゲーム開発部へ戻る。
道中、先生はぽつりと言った。
「ケイが言っていた通りで、ヒマリって結構個性的な人だったね」
「いつも通りです」
「はい。通常運転でしたね」
「今ので通常なんだ……」
先生は、ミレニアムの懐の深さをまた一つ知った気がした。
そしてゲーム開発部の部室に戻ると。
今度は別の意味で、先生は足を止めた。
「先生!」
アリスが満面の笑顔で振り向く。
その手には、身の丈を遥かに超える巨大なレールガンがあった。
先生は一瞬、言葉を失った。
「……アリス、それは?」
アリスは目を輝かせながら、武器を掲げた。
「これがアリスの新しい武器、光の剣:スーパーノヴァです!」
「光の剣……?」
見た目は完全に巨大レールガンだった。
だが、アリスは誇らしげだった。
「勇者には伝説の武器が必要です! モモイが言っていました!」
「いやー、やっぱり勇者には専用武器がいるでしょ!」
モモイが胸を張る。
ミドリは少し不安げに武器を見ていた。
「でも、思ったより大きいね……」
ロッカーの中から、ユズが小さく声を出す。
「こ、これ……アリスちゃん本当に使えるの……?」
「大丈夫です! アリスは使えます!」
アリスは自信満々だった。
先生はしばらく武器を見つめ、それから笑った。
「すごいね。かっこいいよ、アリス」
「光の剣はかっこいいでしょう!」
先生に褒められたアリスは嬉しそうに笑う。
ケイもそっと学生証を差し出した。
「アリス。これを」
「なんですか?」
「ミレニアムの学生証です。これで、貴女も正式にミレニアムの生徒です」
アリスは学生証を受け取った。
そこに書かれた名前を見る。
「天童アリス……」
アリスは、ぱあっと顔を輝かせた。
「これでアリスは、正式な仲間ですね!」
「はい、そうですよ」
ケイの声は少しだけ震えていた。
「貴女は、天童アリスです」
「はい! アリスは天童アリスです!」
アリスは嬉しそうに学生証を胸に抱いた。
先生はその光景を見て、胸が温かくなるのを感じた。
だが、感動の時間は長く続かなかった。
「全ての準備は整った!」
モモイが突然立ち上がる。
「セミナーに突撃だー!!」
「突撃!?」
ミドリが叫ぶ。
「直談判だよ! アリスも学生証がある! 武器もある! ユズもいる! 先生もいる! これで勝てる!」
「何に!?」
「廃部に!」
「戦う相手じゃないよ!」
「行くぞー!」
モモイはアリスとミドリ、ユズを巻き込みながら、勢いよく部室を飛び出していった。
そんな勢いよく飛び出していったモモイ達を先生たちも慌てて後を追う。
セミナーへ向かう途中。
廊下の先に、見慣れた青髪の少女がいた。
早瀬ユウカ。
ただし、いつものようなきりっとした雰囲気ではなく、困った顔でおろおろしていた。
「あ、ユウカ!」
モモイが勢いよく駆け寄る。
「ちょうどよかった! 私たち、会長に直談判しに来たんだけど!」
「モモイ、あんた何言ってんの? あっ……先生!」
ユウカは先生を見ると、少しだけ安心したような顔をした。
だがすぐに、困った表情へ戻る。
「どうしたの、ユウカ?」
先生が尋ねるとユウカは深いため息を吐いた。
「実は……突然、会長が緊急の案件で居なくなってしまって…」
「え!?」
モモイが固まった。
「会長が居なくなった!!?」
「ええ。さっきまで連絡が取れていたのに、急に“緊急の案件が発生したから”とだけ残して……」
「ええーー!!?」
モモイの叫びが廊下に響く。
「じゃあ直談判できないじゃん!」
「そもそも、その直談判の内容を私は聞いていないのだけど」
「廃部を撤回してもらうため!」
「それを会長に直接持っていくつもりだったの!?」
「当たり前じゃん!!」
「……モモイ、あとで詳しく話を聞くわね?」
「あれ、悪寒がする…?」
こうして、モモイ発案の直談判計画は、開始前に崩れ去ってしまった。
その事がショックだったのか露骨にがっかりするモモイ。
アリスだけがよく分かっていない顔で、光の剣:スーパーノヴァを抱えていた。
「会長とは強いボスですか?」
「違うよアリスちゃん……あぁ、でもミレニアムのボスではあるかな……?」
ミドリが弱々しく答える。
その後ろで、ケイと臨戦トキは同時に同じことを考えていた。
あっ、逃げたな。
口には出さなかったが、二人の視線が一瞬だけ窓の外の監視ドローンへ向く。
ドローンは、微妙に震えていた。
◆
結局、一行はゲーム開発部へ戻ることになった。
部室へ帰ってきた途端、モモイは机に突っ伏す。
「どうしよう! どうしよう! 直談判作戦が失敗しちゃった!」
「始まってすらなかったけどね……」
ミドリが力なく言う。
「廃部、廃部が……!」
ユズはロッカーの中から顔を出し、青ざめていた。
「あぁ……ゲーム開発部が……無くなっちゃう」
アリスは首を傾げる。
「廃部とは、ゲームオーバーですか?」
「だいたいそんな感じ!」
モモイが叫ぶ。
「アリスはゲームオーバーを回避したいです!」
「うん、私たちも!」
だが、どうすればいいのか分からない。
部室に焦りが広がる中、ミドリがふと思い出したように顔を上げた。
「……そうだ、G.Bible!」
「え?」
モモイが顔を上げる。
「お姉ちゃん。最初に廃墟へ行ったのは、G.Bibleを探すためだったじゃん!」
「……」
モモイの目に、少しずつ光が戻る。
「……そうだった!」
モモイは勢いよく立ち上がった。
「まだG.Bibleがある! それを見つければ、最高のゲームを作れるかもしれない!」
「本当にあるかは分からないけど……」
「でも、可能性はある!」
ユズもおずおずと顔を出す。
「も、もう一度……廃墟に行くの?」
「行こう!」
モモイは拳を握る。
「藁にもすがる思いで、もう一度探索だ!」
「お姉ちゃん、それ自分で言うとちょっと悲しいよ」
「でも本当だもん!」
アリスは光の剣:スーパーノヴァを抱えたまま立ち上がる。
「アリスも行きます! 勇者は仲間と一緒に冒険します!」
先生はその様子を見て、静かに頷いた。
「分かった。今度こそ、G.Bibleを探しに行こうか」
ケイは少しだけ緊張した表情になる。
臨戦トキも、静かに武器を確認した。
廃部回避のため。
G.Bibleを探すため。
そして、アリスがゲーム開発部の一員として歩き出すため。
ゲーム開発部は、再び廃墟へ向かうことになったのだった。